〈伊藤《エンタープライズ》乃絵美〉

提供: 隆山鎮守府第三会議室
2015年11月6日 (金) 00:06時点におけるTakayama (トーク)による版
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元ネタ
メーカー・ブランド カクテル・ソフト
作品 With You~みつめていたい~
キャラクター 伊藤乃絵美
登場人物元ネタ 横山信義「修羅の波濤」
艦歴
発注 1933年
起工 1934年
進水 1937年
就役 1938年
退役 1975年
除籍 1975年
その後 記念艦として公開
性能諸元(1938年 - 1944年)
基準排水量 19,979 t
満載排水量 27,992 t
全長 251.6 m
全幅 29 m(飛行甲板最大幅:36 m)
機関 蒸気タービン 4軸, 170,000hp
速力 35.21 ノット
兵装 5インチ 単装砲 8門
ボフォース 40mm機関砲(連装 8基、4連装 4基)
ブローニングM2 12.7㎜機銃 40基
搭載機 96機
性能諸元(1945年 - 1964年)第一次大改装後
基準排水量 21,568 t
満載排水量 31,887 t
全長 257.8 m
全幅 31.3 m(飛行甲板最大幅:44 m)
機関 蒸気タービン 4軸, 180,000hp
速力 33.49 ノット
兵装 Mk41 5インチ 単装砲 4門
Mk34 連装3インチ自動砲 16基
ブローニングM2 12.7㎜機銃 40基
搭載機 72~86機
性能諸元(1965年 - 1977年)最終状態
基準排水量 25,579 t
満載排水量 36,133 t
全長 257.8 m
全幅 32 m(飛行甲板最大幅:46 m)
機関 蒸気タービン 4軸, 180,000hp
速力 32.74 ノット
兵装 シースパロー 8連装ランチャー 3基
バルカン・ファランクスCIWS 3基
搭載機 51機


解説

 合衆国海軍最強の「ヒロイン」と称えられる航空母艦。〈伊藤《エンタープライズ》乃絵美〉の名は初代である合衆国海軍建軍時の帆走軍艦より数えて7代目に当たる由緒正しい艦名で、合衆国海軍にとっては常に心の支えであり、いつもそばに控えていてくれる「可愛い妹」のような名である。その名を受け継いだ彼女も、伝統に恥じない活躍ぶりを示し、隆山条約枠内の設計で、排水量も25,000トンに満たない中型空母ながら、太平洋戦争、第二次南北戦争、第三次世界大戦と3つの戦争を戦い抜き、常に激戦の渦中にあった艦として知られている。

並みの空母ならば確実に沈んでしまうような状況でも生還するそのサバイバビリティの高さは、かのドイツ最強ヒロイン〈日野森《ビスマルク》あずさ〉をも越えると言われ、彼女と戦った敵手をして「何故だ!何故彼女は落せないのだ!!」と血を吐くような叫びを上げさせている。戦果の方も巨大であり、その愛称「ビッグE」あるいは「ノエル」は合衆国将兵のみならず彼女と戦った全ての敵から敬意を持って扱われ、他国では主に戦艦が占めている海軍の象徴としての役割を彼女が占めるにいたったのも当然と言えよう。


建造の経緯

 1933年に計画された隆山条約枠内での中型空母〈鳴瀬《ヨークタウン》真奈美〉級の二番艦。しかし、建造途中で新技術のテストヘッド的な役割を果たす事が求められたため、原設計のまま完成した三番艦〈氷川《ホーネット》菜織〉よりも1年完成が遅れて竣工している。そのため、研究者によっては彼女を〈鳴瀬《ヨークタウン》真奈美〉級とは別のクラスとして扱う場合もある。

〈伊藤《エンタープライズ》乃絵美〉の建造開始は1935年。本来は1937年完成予定だったが、前述の通り完成は1938年5月7日にずれ込んでいる。奇しくも彼女が公試を終了して合衆国海軍に引き渡された日はこの年のクリスマスに当たり、艤装委員にして初代艦長のグレン・トゥーシュ大佐は自らの一族の出自であるフランスの言葉でクリスマスを意味する「ノエル」を〈伊藤《エンタープライズ》乃絵美〉のコールサインとしている。

 改設計の主な部分は機関の強化である。広大な太平洋戦域を戦場とする関係から、速度の増大と航続距離の延伸を図って装備された新型の低燃費高出力機関を装備していることで、このため、姉妹艦と比較してやや艦橋を大型化して煙突部分を増設。また、この機関特有の高熱排気が艦載機の着艦や艦橋の電子設備に影響を与えるとの指摘から、煙突を舷側に向けて傾斜させて突き出し、熱を舷側に逃すという、日本の艦隊型空母に習ったかのような設計が為されている。

 この煙突から排煙をなびかせて航走する様子はさながらポニーテールのように見え、「サイドテール」という通称が与えられている。この機関は改良されたものが続く艦隊型空母である〈橋本《エセックス》まさし〉級にも搭載されたが、傾斜煙突については継承されず、合衆国海軍の空母では彼女だけが持つ特徴的な装備となった。

 この改装は後に大きな成功を収める事になった。大型化されて余裕のできた艦橋の構造は、後の改装において設備の増設スペースが十分に取れる事を意味し、指揮能力の向上にも寄与した。反面、船体には特に改装が施されなかったため、大型化した艦橋のためにやや安定性が低下したが、実用上問題はなかった。

 しかし、それ以上に好評であったのは、この改装が彼女に何とも言えない優美な外見を与えた事にある。元来〈鳴瀬《ヨークタウン》真奈美〉級は以降の合衆国艦隊空母群の原型ともなった流麗なスタイルを持つクラスであるが、その中でも〈伊藤《エンタープライズ》乃絵美〉の外見の美しさは際立っていた。完成した彼女は、既に先に完成していた〈鳴瀬《ヨークタウン》真奈美〉〈氷川《ホーネット》菜織〉とではなく、航空巡洋艦〈伊藤《ワスプ》正樹〉とペアを組み(注1)、第34任務部隊を編制する事になった。

(注1)これ以来〈伊藤《ワスプ》正樹〉勤務は憧れの的となり、乗員はしょっちゅう絡まれてケンカになったそうである。


評価

 しかし、肝心の新型機関には問題が発生していた。確かに優れた性能を持っていたが、しょっちゅう不具合を起こしたのである。燃料ポンプに問題があったらしく、35ノットの最高速力を出した…と思いきや、まるで貧血でも起こしたように出力低下を起こす始末。

 また、エンジンへの吸気機構が弱かったのか、咳き込むような不完全燃焼を起こす事もあり、一時期は軍港から出る事すらままならないほどだった。度重なる修理と改装で次第に健康を取り戻し、すこしずつ外洋にも出かけられるようになったが、故障頻発は相変わらずでその度に、護衛兼僚艦の〈伊藤《ワスプ》正樹〉に曳航されて母港に帰る事になる。その様は、まるで身体の弱い妹を背負って帰る兄のようだった(注2)。

 しかし、35ノットの高速と96機に達する艦載機のもたらす強大な攻撃力を備えた彼女は合衆国海軍全体の期待の星であり、そのような問題は問題ともされなかった。むしろ、それ故に「我々は体を張ってでも彼女を守るぞ!!」と言う熱烈な〈伊藤《エンタープライズ》乃絵美〉シンパを多く生む事になる。彼女に勤務することを希望するものも多く、中には「〈伊藤《エンタープライズ》乃絵美〉はオレのものだ」と公言して総スカンを食ったS大佐(後の空母〈柴崎《ハンコック》拓也〉艦長)のようなお調子者(注3)もいたが…

 諸外国でも〈伊藤《エンタープライズ》乃絵美〉のファンは極めて多く、ぜひとも彼女にお相手願いたいと言う人々は多かった。ただし、その多くは合衆国海軍を仮想敵国とする日本や英国、南部連合の艦載機パイロット…とりわけ艦爆、艦攻乗りであったが。世界で最も美しく有名な空母を「攻略」(撃沈)する事は、彼らの夢だったのである。こうした〈伊藤《エンタープライズ》乃絵美〉ファンは彼女のコールサイン「ノエル」にちなんで「ノエミスト」(注4)と呼ばれた。

 ジェーン海軍年鑑も〈伊藤《エンタープライズ》乃絵美〉に関してはページを割いて特別解説を掲載し、海事雑誌でも特集が組まれる(注5)など、まさに世界の海でのアイドル…とも言うべき扱いである。もっとも、当の〈伊藤《エンタープライズ》乃絵美〉乗組員達はこの高い評価に適応できずおろおろしていたが…

(注2)「え、曳航任務を代わってくれぇ!」と言う他艦の叫びは毎回即座に却下された。

(注3)一時期彼は二代目の〈伊藤《エンタープライズ》乃絵美〉艦長に内定しかけていたが、それは実現しなかった。〈伊藤《ワスプ》正樹〉や〈鳴瀬《ヨークタウン》真奈美〉の艦長達との確執が原因とも言われているが定かではない。

(注4)本来は「ノエリスト」になるところがなぜ「ノエミスト」になったのかは諸説があり判然としない。

(注5)戦後の話だが、空母を特集した船舶雑誌「Flattop&Carrier」(通称F&C)では〈伊藤《エンタープライズ》乃絵美〉とドイツの〈愛沢《ライン》ともみ〉が人気を二分している。


太平洋戦争

 1942年になると、独伊との間に同盟を結んだ合衆国は自らの求める新たな経済秩序構築のため、アジアにおける最大のライバルたる日本との開戦を決意。日本勢力圏に艦艇を送り込むなどの挑発を繰り返した。そして、遂に3月には南シナ海で合衆国海軍満州派遣部隊と日本艦隊の偶発的戦闘が起こった。これを口実にロング政権は対日宣戦を布告。4月8日、日米両国は開戦に至った。

 この時、潜水艦隊の戦果を過大評価して合衆国艦隊が壊滅したと判断してしまった日本海軍はミッドウェイ占領作戦を発令、これに対して太平洋艦隊の主力空母群、〈鳴瀬《ヨークタウン》真奈美〉級3隻と〈伊藤《ワスプ》正樹〉からなる第31任務群(ミッチャー)には、出撃した日本艦隊(高須)を中部太平洋海域で撃破する命令が下り、合衆国艦隊は太平洋を西進した。

 日本艦隊の主力は空母〈飛龍〉〈神岸《蒼龍》ひかり〉〈剛龍〉〈森川《雲龍》由綺〉からなる第二航空艦隊に、欧州では「猛獣使い」の異名で猛威を振るった雷撃艇母艦〈神岸《昇竜》あかり〉〈宮内《伊吹》レミイ〉級巡洋戦艦4隻と〈篠塚《金剛》弥生〉が護衛に付くと言う強力な陣営。実戦経験も豊富であり、これが初陣となる合衆国艦隊にとっては厄介な相手だった。

 しかし、この豊富な実戦経験が日本海軍にとって却って仇となった。欧州で強力極まりないドイツ空軍の攻撃を体験した日本艦隊は、ミッドウェイの基地航空隊を必要以上に警戒すると言う誤判断を犯したのである。ミッドウェイの基地航空兵力を徹底的に叩くべく、攻撃隊に陸用爆弾を装備している最中に、発進した哨戒機が西進する合衆国艦隊を発見する。これによって日本海軍は大混乱に陥った。基地を狙うべきか、それとも新手の艦隊を叩くか?

 だが、偵察機からの第二報が全てを決した。敵艦隊は〈伊藤《エンタープライズ》乃絵美〉を伴う――特徴的な「サイドテール」を見間違えるような人間は偵察機乗員にはいなかった。

 この瞬間、指揮官高須四郎中将は基地航空隊の存在を忘れた。〈伊藤《エンタープライズ》乃絵美〉がいるのならばターゲットは彼女の他に考えられない。直ちに陸用爆弾を外し、対艦装備へ切りかえる様命令が下った。

 しかし、この時になって「忘れていた」はずの基地航空隊の攻撃が始まった。散発的な攻撃だが、その度に艦隊は回避運動を余儀なくされ、作業効率が低下の一途をたどる。ようやく準備が完了し、一番機発艦…と言うところでそれは起きた。

 上空に漂う雲の陰から、合衆国海軍の主力艦爆、ダグラスSBD〈ドーントレス〉の一群が突っ込んできたのである。それはまさに完璧な奇襲となった。空母の飛行甲板に500ポンド爆弾が吸い込まれ…それは燃料・弾薬ともフル装備の攻撃隊と、まだ仕舞われずに放置されていた陸用爆弾百発以上の誘爆を惹起した。猛烈な閃光と共に真っ赤な火焔と黒煙が日本空母を舐めるように走っていく。

 この攻撃で〈飛竜〉〈剛竜〉の2隻の空母が手の施しようが無い大火災に見舞われ、後に沈没。〈森川《雲龍》由綺〉も沈没こそ免れたものの大破し、操舵機構不調で「主体性を失ったように」ふらふらと逃げ回るが、彼女の「マネージャー」こと〈篠塚《金剛》弥生〉の必死の防空戦闘で致命的な被雷だけは免れ、辛うじて戦場を離脱した。その他の艦にも次々に火柱、水柱が突き立つ。

 この戦いで〈伊藤《エンタープライズ》乃絵美〉の攻撃隊は〈剛竜〉に爆弾3発を命中させて彼女を撃沈し、さらに護衛の〈宮内《鞍馬》ジョージ〉にも自慢のライフルが火を噴く間も与えずに魚雷3発を命中させて大破後退させるなどの大戦果を挙げた。

 しかし、完全勝利を成し遂げる事はできなかった。〈鳴瀬《ヨークタウン》真奈美〉が復讐の一念に燃える日本軍攻撃隊の集中攻撃を受け、大破炎上する。日本軍はもちろん〈伊藤《エンタープライズ》乃絵美〉を狙ったのだが、いち早くスコールの下に潜り込んだ彼女を発見できず、代わりにレーダーの不調で遅れていた〈鳴瀬《ヨークタウン》真奈美〉が狙われたのだった。

〈伊藤《ワスプ》正樹〉はなんとか〈鳴瀬《ヨークタウン》真奈美〉を救援しようとしたのだが、32.7ノットしか出ない〈伊藤《ワスプ》正樹〉は34ノットで迷走する〈鳴瀬《ヨークタウン》真奈美〉に「走って電車を追いかけようとする」ように追いつくことができない。そこへ接近してきた日本潜水艦〈チャムナ《伊-168》フォン〉が「絆を断ち切るように」無情の雷撃を敢行。2発が命中し、これがとどめとなって〈鳴瀬《ヨークタウン》真奈美〉は沈没した。

 しかし、戦いそのものは戦術戦略両面で合衆国軍の勝利だった。この戦闘の結果、日本軍防衛ラインは一挙に後退。猛烈な攻勢に転じた合衆国軍は5月初頭にはマーシャル諸島を、7月にはトラック諸島を占領し、戦場は内南洋へと移った。

 この急激な戦線拡大は、さすがの合衆国の生産・兵站能力を持ってしても追いつくのは容易ではなく、空母部隊にも輸送任務やその護衛に従事するよう命令が下る。これを聞いて根っからの航空主兵主義者であるハルゼー提督などは激怒したのだが、グレン・トゥーシュ〈伊藤《エンタープライズ》乃絵美〉艦長は「それが国のためでしたら」と笑いながら二つ返事で輸送を引きうけ、陸軍のP-38ライトニング戦闘機などを本国、ハワイから前線基地へとせっせと輸送しつづけた。その様子はさながら忙しい時間帯の喫茶店のウェイトレスのようだった。積み荷の中にはスイカや鮮魚などの「何でそんなものまで」と思うようなものまであり、積み荷の重みで喫水が下がり、ゆらゆらと揺れながら航行する様は「買い出しで思わぬ大荷物を抱え込んだ女の子のようだ」と護衛に付く艦艇の乗組員を萌えさせた。

 10月にはパラオの占領にも成功し、〈伊藤《エンタープライズ》乃絵美〉の「デリバリー」任務はますます忙しさを増すかに見えた。しかし…


東太平洋海戦

 開戦から8ヶ月後の12月8日、大型重装空母〈長森《大鳳》瑞佳〉〈里村《海鳳》茜〉などを中心とする日本海軍連合艦隊主力が突如としてハワイに侵攻した。後方基地を失う絶体絶命の危機に追い込まれた合衆国艦隊は総力を挙げたハワイ奪還作戦に挑む。〈伊藤《エンタープライズ》乃絵美〉も開戦以来の僚友〈氷川《ホーネット》菜織〉、いつも兄のように守ってくれた〈伊藤《ワスプ》正樹〉らと共にこの史上最大の決戦へ参加した。

 果たして、両者合わせて20隻以上の空母が激突するこの戦いは凄まじいものとなった。直衛隊は戦闘機隊の阻止に拘束され、低空に舞い降りてくる攻撃隊に対して全艦は必死の回避運動を繰り返し、対空砲火を打ち上げる。

 中でも〈伊藤《エンタープライズ》乃絵美〉に殺到する日本軍機の数は凄まじかった。無線に「〈伊藤《エンタープライズ》乃絵美〉を仕留めるのは俺だ!」「馬鹿言うな、目を付けたのはこっちが先だ!!」と言う叫び声が溢れる。乗組員が「周囲にいくらでも魅力的な目標がいるのに、なんでわざわざこの艦を狙って来るんだ!?」と悲鳴を上げたほどの猛攻であった。

 しかし、後に村上武雄(当時大佐。空母〈緒方《瑞鶴》理奈〉艦長)と並ぶ空母操艦の達人として知られるようになるトゥーシュ艦長の操艦指揮は神業の一言に尽きた。攻撃隊の針路を、投弾のタイミングを、的確に読み取り命中弾を与えない。既に攻撃は六派に及んでいたが、夕暮れが迫っている。これならば何とか切り抜けられるかもしれない…そう思った瞬間、異様な振動が艦橋に伝わって来た。

 そう、持病の貧血…機関故障が再発したのである。35ノットの最高速力から一挙に11ノットにまで速度が低下する。機敏な行動ができなくなった彼女の周りに至近弾が落下し、このショックが更に機関を不調にさせて、速力は実に3ノットにまで低下した。ほとんど失神状態である。そこへ、魚雷を抱いた攻撃隊が突入してきた。これに巻き添えを食らう事を恐れた〈柴崎《ハンコック》拓也〉は「足手まといだ!!」と言うと突き飛ばすようにして離れて行ってしまい、〈伊藤《エンタープライズ》乃絵美〉は無防備で取り残される。彼女の運命はここに尽きるかと思われた。

 しかし、次の瞬間〈伊藤《エンタープライズ》乃絵美〉の全乗員は我が目を疑った。敵機と彼女の間に〈伊藤《ワスプ》正樹〉が入り込み、主砲の8インチ砲を乱射。攻撃隊を追い散らしたのである。

 さらに、〈氷川《ホーネット》菜織〉も駆け付け、空をほうきで掃き散らすような猛烈な対空砲火で〈伊藤《エンタープライズ》乃絵美〉に近寄る敵機を 追い払う。結局、この攻撃が最後となり、空母部隊は戦場からの離脱を開始した。合衆国機動部隊の損害は、沈没4隻に搭載機の損耗実に7割。まさに総力戦だった。

 辛うじて生き残った〈伊藤《エンタープライズ》乃絵美〉は機関を応急修理し、速力を16ノットまで回復。〈氷川《ホーネット》菜織〉に寄り添われてクリスマス島へ後退した。一方、兄貴分である〈伊藤《ワスプ》正樹〉艦長は〈伊藤《エンタープライズ》乃絵美〉を傷物にされた事によほど激怒したらしく、逃げた〈柴崎《ハンコック》拓也〉の鼻先に8インチ砲を撃ち込んで黙らせた後、ハルゼーに直訴して日本空母部隊への夜間強襲に参戦。日本巡洋艦群と砲火を交えている。

 善戦した空母機動部隊だったが、味方戦艦部隊にダメージが及ぶことを防げず、結果的に海戦の帰趨を決定付けた戦艦部隊同士の砲撃戦において合衆国艦隊は敗北。全軍はクリスマス島への撤退を余儀なくされた。


第二次南北戦争

 状況を激変させたのは、東太平洋海戦からわずか2日後に勃発した南部連合の北進…第二次南北戦争の勃発である。南部連合の進撃により、合衆国は建国以来最大の危機に直面した。フィラデルフィアなどで建造中の〈橋本《エセックス》まさし〉級空母多数がドックごと放棄、あるいは破壊され、合衆国大西洋艦隊の航空戦力は壊滅的な状況となった。

 これと東太平洋海戦の敗北―ハワイ奪還失敗により、急遽日米講和が成立。太平洋艦隊は直ちに手持ちの無傷か比較的損傷が軽微な艦を抽出して第37任務部隊を編成。南部連合上陸部隊と現地守備隊の激戦が展開されているパナマへ派遣した。この中には突貫工事で機関の修理を進めた〈伊藤《エンタープライズ》乃絵美〉も含まれていた。

 彼女たちと対決する南部連合海軍空母機動部隊は、英国の〈アーク・ロイヤル〉を原型とする有力な重防御空母〈アンティータム〉級や、戦時急造ながら侮れない搭載量を持つ〈サン・アントニオ〉級軽空母、〈ガルベストン〉級護衛空母など。広大なカリブ海を守るために分散配置されている状況であったが、数は力である。おまけに、カリブ海は彼らにとっては掌中にある地理を知り尽くした場所だ。

 これに対し、合衆国海軍の稼動空母は〈氷川《ホーネット》菜織〉〈伊藤《エンタープライズ》乃絵美〉の他、〈橋本《エセックス》まさし〉〈柴崎《ハンコック》拓也〉のわずか4隻。後は全てドックの中にある。それらが戦線に出てくるまで、この4隻で支えなくてはならないのだ。

 とりわけ、〈伊藤《エンタープライズ》乃絵美〉は、今や最大の危機を迎えている合衆国にとってはまさに象徴的な艦。南部連合は彼女を撃沈する事に全力を投入してくる事だろう。しかし、退く事は出来なかった。

 そして、〈伊藤《エンタープライズ》乃絵美〉はその細い身体に襲い掛かった重圧を全て跳ね返して行った。パナマでは南部連合海兵隊を支援していた〈ガルベストン〉級護衛空母6隻を全て撃沈し、パナマ守備隊の苦境を救った。

 カリブ海進出後は南部連合軍の立てこもる島嶼航空要塞を一つ一つ破砕して行った。さらに、急遽東海岸攻撃から呼び戻された南部連合空母部隊主力と初めて交戦した第一次ユカタン半島沖海戦では正規空母〈ウィルソンズ・クリーク〉を撃沈している。

 開戦から約1年後…年が変わって1944年の初頭には、合衆国海軍は〈伊藤《エンタープライズ》乃絵美〉たち第37任務部隊が稼いだ時間を利用して修理完了、あるいは新造された艦を続々と投入しつつあった。

 これに対し、補充能力の低い南部連合海軍の劣勢は次第に明らかになりつつあった。南部封鎖作戦に出る合衆国艦隊と南部連合艦隊の間に続けざまに数次の海戦が勃発。戦いは必然的に狭い海峡での殴り合いになり、双方ともに甚大な損害を被ったが、補充能力に欠ける南部連合海軍のダメージはより深刻だった。

 南部連合の敗北が決定的になりつつあった1945年初頭、南部連合残存艦隊がカリブ海を脱出しようとしているとの情報を得た第37任務部隊(シャーマン)は直ちに出撃。これを追撃した。南部連合残存艦隊には南部連合首脳が座乗し、どこかに亡命政権を樹立しようとしているとの報告もあり、これを逃すわけには行かなかった。

 だが…これが焦りに繋がった。南部連合側の潜水艦が牙を剥いて待ち伏せていたのである。彼らの狙いは当然〈伊藤《エンタープライズ》乃絵美〉である。南部連合潜水艦は三番艦の位置に付いている〈伊藤《エンタープライズ》乃絵美〉に向かって雷撃を敢行した。

 魚雷発射後、4回の爆発音を聞いた南部連合潜水艦隊は大歓声を挙げた。いかに「難攻不落」をうたわれる〈伊藤《エンタープライズ》乃絵美〉といえど、片舷にそれだけの魚雷を集中して受ければ撃沈確実である。しかし、彼らの喜びも長くは続かなかった。

〈伊藤《エンタープライズ》乃絵美〉には確かに4本の魚雷が向かっていたが、その全てが艦首波に叩かれて早発、自爆していたのである。激しい水中衝撃波が彼女の華奢な肢体を揺るがし、発作(機関停止)を起こさせはしたものの、被害はそれだけであった。機関が停止して漂流する〈伊藤《エンタープライズ》乃絵美〉を〈伊藤《ワスプ》正樹〉がおんぶ(曳航)する一方、〈氷川《ホーネット》菜織〉から飛び立った〈アヴェンジャー〉が対潜攻撃を加え、南部連合潜水艦隊は片端から血祭りに挙げられてしまった。

 しかし、彼らの犠牲も決して無駄にはならなかった。残存艦隊が逃亡するための時間は稼ぐことができたからである。そして、イタリアへ逃げた]]〈端本《リプライザル》久美子〉]]や、ドイツへ逃げた〈ゲティスバーグ〉を取り逃した事は、後に合衆国海軍全体に痛恨の想いを持って受け止められる事になる。


第一次改装

 第二次南北戦争は合衆国の勝利に終わり、南部諸州の併合――統一を果たした合衆国の国力は強大なものとなった。しかし、海軍力は大きな打撃を受けており、合衆国はその再建に乗り出さなくてはならなくなった。

 そうした中で、太平洋戦争、第二次南北戦争の激戦を生き残ってきた〈伊藤《エンタープライズ》乃絵美〉は多数が失われた〈橋本《エセックス》まさし〉級空母を補完する艦として注目され、第一次の近代化改装が行われる事となった。それは、今後登場するであろうジェット艦載機に対応していくためのものだった。

 まず、飛行甲板を延長し、艦首と一体化したエンクローズド・バウに改造すると共に、既に日英では実用化されていた斜行式飛行甲板の装備が決定された。ただし、装甲化はトップヘビーと搭載機数の極端な減少を招く事から見送られ、スプリンター防御と弾火薬庫、機関室の強化に止まっている。

 カタパルトは使い勝手の悪い格納庫内のサイドカタパルトを全廃し、飛行甲板上に大出力の蒸気カタパルト2基を装備。その後方にはジェット機の後方噴流を艦の上方へそらす遮蔽板、ブラスト・ディフレクターを設置する。

 また、〈鳴瀬《ヨークタウン》真奈美〉が沈没した戦訓から、水線下に対魚雷防御用のバルジを増設し、発電機や電路の配置もダメージ・コントロールがより適切に行えるように多重化する。 エレベーターも中央の一基が〈橋本《エセックス》まさし〉級に習ったサイドエレベーターに変更されると同時に、大型化と最大重量の強化を実施する。

 ハワイの工廠で行われた半年に及ぶこれらの大改装の結果、〈伊藤《エンタープライズ》乃絵美〉は見違えるような近代型空母への大変身を遂げた。しかし、こうした改装は彼女の優美さを全く損なうものではなく、むしろ引き立たせ、清楚ささえ漂わせる効果を発揮していた。言うなれば、ハイスクールの制服からメイド服に着替えたような(?)ものであろう。

 搭載機数はやや減少し、96機から86機(後に機体の大型化に伴い72機)になったが、搭載する機体が新型になった事から言えば彼女の攻撃力は決して低下しておらず、むしろ強化されたと言っても良い。この当時、彼女は隆山条約型空母としては、間違いなく世界最強の存在だった。

 しかし、この姿が彼女が祖国と過ごす最後の安らかな時となった。彼女と合衆国の上に、あまりにも大きな試練が待ち構えていたのである。

 第三次世界大戦の勃発―統一合衆国の崩壊であった。


第三次世界大戦

 第三次世界大戦勃発後の〈伊藤《エンタープライズ》乃絵美〉の初任務は、空母部隊を率いて南下し、パナマ運河上空に艦載機を飛ばしてファンディ湾海戦で大損害を被った合衆国大西洋艦隊の太平洋脱出を援護する事だった。この任務により、ボロボロに傷付きながらではあったが、戦艦4、大型巡洋艦1など水上戦闘艦艇の多くが救出された。

 しかし、大西洋艦隊の空母は全てパナマの向こう側に取り残され、それを助ける術も無い。太平洋艦隊司令部は今や同重量の宝石よりも貴重な空母を失う事を恐れ、パナマ運河に殺到する欧州連合軍との交戦を企図する〈伊藤《ワスプ》正樹〉を制してハワイへの帰還を命じた。

 半月後、消息不明のまま撃沈されたと思われていた「片翼の天使たち」こと支援空母〈広場《バンカーヒル》まひる〉、軽空母〈広場《プリンストン》ひなた〉がハワイに現れ、久々の朗報に太平洋艦隊は沸いた。しかし、合衆国の戦況は酷い状態に陥っていた。2年前にあれほど苦労して打倒したはずの南部連合は何食わぬ顔で東海岸へ帰還し、アメリカ連合国を名乗っている。彼らを含む欧州連合軍はミシシッピーを突破して中西部に猛攻を加えており、アイゼンハウアー率いる陸軍の精鋭部隊もずるずると後退を余儀なくされていた。

 これに引き換え、太平洋艦隊は未だに自分達が忠誠を誓うべき政権が確立されていない事に動揺していた。彼らの戦力は世界でも屈指の大戦艦である〈川上《ケンタッキー》由里己〉〈飯塚《メイン》カノコ〉以下戦艦10、空母9を中軸にした強大なものを持っていた。しかし、戦力はハワイ、サンフランシスコ、サンディエゴ、シアトルに分散しており、さすがに太平洋艦隊司令部のお膝元であるハワイではそうでもなかったが、本土の軍港では東海岸に故郷を持つ水兵の脱走が頻発するなど、士気の低下が無視できないレベルに達していた。

 加えて、合衆国の主要産油地帯であるテキサスなどは中立を宣言するかドイツ北米総軍に席巻されており、カリフォルニアの油田だけではこれだけの大艦隊を動かすのは難しくなっていた。

 結局、過去の行きがかりを捨てて日英同盟と手を組む以外、半分になってしまった合衆国の生きる道はなかった。長い混乱を経てようやく大統領代行の地位に就いたトーマス・デューイ上院議員がハワイにおいて日英同盟への参加に調印。ここに日英米枢軸(ジャングロ・アクシズ)が結成されたのである。


〈兄〉との別れ

 1949年初頭、日英米枢軸合同艦隊はパナマを奪還し、太平洋におけるUボートの跳梁を食い止めると共に、大西洋方面への反攻を行うための「贖罪」作戦を決行。合衆国艦隊は〈伊藤《エンタープライズ》乃絵美〉〈伊藤《ワスプ》正樹〉〈氷川《ホーネット》菜織〉、そして4隻の〈橋本《エセックス》まさし〉級と保有する全正規空母を第一陣として投入した。枢軸同盟参加以来日が浅く、しかも数年前までは日英と全面戦争を行っていた合衆国は、最も危険な先陣を切る事で「誠意」を見せたのである。

 合衆国艦隊の意気込みは凄まじかったが、中でも〈伊藤《ワスプ》正樹〉の意気込みは大きかった。同艦はかつて航空巡洋艦と言う優柔不断そのものの存在だった。自分がどちらかに思い切った艦であれば―空母としても巡洋艦としても中途半端な艦ではなく、個々の場面で決定的な選択肢を取れるだけの力があれば、今の祖国の苦境はなかったのではないかと考える乗組員たちにとって、迷いを振り切り、優柔不断を捨てて正規空母になった今こそが機会だった。米日英が集結した、いわば艦隊作戦の「大会」とも呼べるこの大作戦で、必ず大きな戦果を挙げる事。それが救国の道であると。総指揮を取るマーク・ミッチャー大将が旗艦としてより新しい〈橋本《エセックス》まさし〉ではなく、〈伊藤《ワスプ》正樹〉を選んだ事もそれに拍車をかけていた。

 パナマ攻撃を開始した合衆国軍は順調に航空撃滅戦を進め、パナマ上空の制空権を奪取、海兵第一師団を中心とする上陸部隊をパナマに送り込む事に成功した。

 こうした状況はヒトラーを激怒させ、かつ、彼にパナマ防衛が危機的状況にあるとの認識を植え付けた。ヒトラーは直ちに枢軸国にパナマ撤退を要求する放送を行い、それが無視されると枢軸艦隊に対する報復を命じた。その切り札は、コロン沖に待機中の大型商船改造の弾道弾母艦。彼女たちに搭載されていた18発の弾道弾のうち、1発は核弾頭を装備していたのである。

 放送の翌日、航空支援を行なっていた〈橋本《エセックス》まさし〉〈柴崎《ハンコック》拓也〉を中核とする第58.2任務群(マッケーン)に対して弾道弾が発射された。もちろん、洋上を移動する艦隊に直撃弾が出る可能性はほとんどない。しかし、最後の1発…核弾頭型は別だった。

 最後の弾道弾が弾頭に搭載された原子爆弾を起爆したその瞬間、爆心にあって熱線と衝撃波の直撃を受けた〈柴崎《ハンコック》拓也〉は艦体構造物そのものを粉砕され、沈没と言うよりは文字通り消滅した。少し離れていた〈橋本《エセックス》まさし〉も、爆風に艦橋を倒壊させられ、熱線を浴びて爆発した搭載機による大火災で戦闘・航行とも不能となり、後に引退―廃艦処分となった。また、衝撃波によって半数以上の艦艇が損傷を受け、第58.2任務群は戦闘能力を喪失した。

 この非常事態に、旗艦〈伊藤《ワスプ》正樹〉に座乗するミッチャーは直ちに直率する第58.1任務群を前進させて第58.2任務群の救助と上陸軍の支援を再開しようとしたが、直撃を受けた58.2任務群だけでなく、彼の部隊も核爆発に伴うEMP効果によって電子装備を破壊されていた。そして、混乱に乗じたドイツ空軍太平洋航空集団の残存兵力を用いた総攻撃が開始される。第58.1任務群は対艦ミサイルによる飽和攻撃を史上初めて経験する艦隊となったのである。しかも、レーダーが全く使えないと言う最悪の状況下。「悪意を持った精霊に襲われる」ような、常識では対処する事など出来ない事態だった。

 そして、残酷な運命はその牙を剥いた。交戦中、集中攻撃を受け、多数の誘導弾が迫る〈伊藤《エンタープライズ》乃絵美〉を庇い、限界まで出力を振り絞った〈伊藤《ワスプ》正樹〉は、「妹」に迫る悪意―ドイツ空軍の集中攻撃をその身に受けて大破炎上する。〈伊藤《エンタープライズ》乃絵美〉は必死に〈伊藤《ワスプ》正樹〉の救援を図るが、彼女自身、依然として猛烈な攻撃にさらされていて〈伊藤《ワスプ》正樹〉に近づく事ができない。

 激痛にのたうちまわる〈伊藤《ワスプ》正樹〉に接近し、救援に当たろうとしたのは〈氷川《ホーネット》菜織〉だった。しかし、彼女もBo335重爆(注6)の投下した徹甲爆弾を被爆し、操舵機構を損傷。〈伊藤《ワスプ》正樹〉と衝突した。投下される爆弾と魚雷の立てる水柱が神殿の柱のように2隻を包み込み、激しく燃え上がった2隻は、寄り添う恋人たちのようにもつれ合ったまま夕暮れのパナマ湾に沈んでいった。目の前で大事な幼馴染み――〈鳴瀬《ヨークタウン》真奈美〉を失って以来、それを取り戻そうとするかのように走りつづけて来た空母の人生は幕を閉じた。だが、この日〈伊藤《ワスプ》正樹〉の航空隊は全軍の中で第3位の撃墜数・目標破壊数を記録している。

 この悪夢の一日の戦闘で、合衆国艦隊は空母4隻、戦艦2隻、そしてミッチャー大将とマッケーン中将と言う二人の得難い空母指揮官を失った。余りにも激甚な被害だった。

 救いがあるとすれば、これだけの戦果と引き換えに、ドイツ空軍太平洋航空集団は出撃戦力の5割を喪失。事実上作戦能力を失った事だろう。合衆国艦隊はその身と引き換えに上陸部隊と同盟軍を守ったのだ。

 そして…残った〈伊藤《エンタープライズ》乃絵美〉だが、第58.3任務群(シャーマン)旗艦の〈天都《イントレピッド》みちる〉艦長の励ましを受け、同任務群の〈鳴瀬《ランドルフ》健一〉ら共に第58任務群を再編。今度は日本艦隊の支援に回った。

 その後の彼女はパナマ戦の最後まで戦い抜き、ガツン湖に潜んで枢軸軍の陸上兵力に出血を強いていたドイツ太平洋艦隊モニター艦戦隊に攻撃を加えた。パナマに降下した日本海軍特務陸戦隊が巧妙に偽装されたモニター艦の位置を突き止めると、直ちに攻撃を行い、〈伊藤《エンタープライズ》乃絵美〉の攻撃隊は〈タレイラン〉に爆弾を叩き込んで撃沈に追い込んでいる。

 3ヶ月後、パナマは奪還された。〈伊藤《エンタープライズ》乃絵美〉艦長は、カリブ海に進出する日本海軍主体の先遣隊を見送って本土への帰途に就いた。途中、3ヶ月前に〈伊藤《ワスプ》正樹〉たちが沈んだ海域を通過した時、〈伊藤《エンタープライズ》乃絵美〉の艦上から物悲しげなピアノの音色が響いてきた。それは、彼女なりの鎮魂と別れの儀式だった。

(注6)ボーイングB-29〈スーパー・フォートレス〉のドイツライセンス生産型。


カリブの激戦再び~中部大西洋海戦

 1949年半ば、かつて南部連合と激戦を繰り広げたカリブの海に、修理を完了した〈伊藤《エンタープライズ》乃絵美〉は帰って来た。あの時一緒にいた二隻はもういないが、もう彼女は悲しまなかった。合衆国のため、彼女は戦いつづける。

 日英米枢軸機動部隊の一員として、かつてハワイ沖で鎬を削った〈長森《大鳳》瑞佳〉級や日英合同機動部隊「HoneyBee」と肩を並べてカリブ海を駆けずり回り、欧州連合と戦う。かつての「ウェイトレス」時代を思い起こさせる忙しさの中を彼女は駆け抜けた。第二次ウィンドワード海峡海戦ではフランス艦隊を痛撃し、味方の攻撃を援護した他、対地攻撃から制空任務まで甲斐甲斐しい妹のような働きぶりで枢軸軍全体から「もっとも組んでみたい味方」の一つに数えられるようになった。マルティニークの攻防戦では、彼女の存在を知った連合軍の水上打撃戦部隊が撤退を決断するなど、敵に対してもその存在感は非常に大きなものとなっていた。

 1949年10月、マルティニーク島を巡る両軍の攻防戦は熾烈さを増していた。こうした中、10月23日に連合側が開始した大攻勢により、一気に情勢は緊迫。第二次ウィンドワード以来の両軍空母機動部隊同士の大決戦が始まろうとしていた。欧州連合軍の空母機動部隊は主要三国全てが主力空母を出撃させ、その数は世界最新鋭のドイツ空母〈高井《エーリヒ・レーヴェンハルト》さやか〉をはじめとする正規空母5隻に達していた。

 一方、枢軸軍の主力を構成する日本海軍空母機動部隊、第一機動艦隊(柳本)が〈長森《大鳳》瑞佳〉級4隻と「ばかばか艦」こと〈折原《吉野》浩平〉の計5隻。加えて第二機動艦隊(城島)が〈森川《雲龍》由季〉級4隻の戦力を有し、これだけで連合機動部隊と互角に渡り合える戦力を有しているはずだった。

 しかし、メキシコ湾海戦の傷が癒えない第二機動艦隊は戦闘参加が許可されず、また南大西洋で活発な通商破壊活動を繰り広げるフランス海軍戦艦部隊を撃破するために〈城戸《神鳳》芳晴〉と〈折原《吉野》浩平〉が引き抜かれている。これを埋めるために、マルティニークの地上支援を行うはずだった〈伊藤《エンタープライズ》乃絵美〉を旗艦とする合衆国第37任務部隊(C・スプレイグ)と日英合同機動部隊「HoneyBee」(バイアン)に第一機動艦隊への合流命令が下った。

 両部隊はそれぞれ地上部隊支援のために〈天都《イントレピッド》みちる〉〈江藤《白鳳》結花〉をマルティニーク近海に残置して出撃、第一機動艦隊の〈長森《大鳳》瑞佳〉〈里村《海鳳》茜〉と合流。数の上では両軍の空母戦力は互角となった。

 26日、戦端が開かれた。この日は合衆国の海軍記念日に当たり、第37任務部隊将兵は必ず戦果を挙げるぞと燃えていた。

 先に発見されたのは連合軍。しかし、発見したのが陸上機だったため、通報が遅れ、枢軸軍が攻撃隊を発進させた時には連合側は既に発艦を完了させていた。やはり、ミッドウェイのような僥倖はそうそうあるものではない。

 まず、日本の2空母から発進した攻撃隊は前衛部隊に殺到し、重巡〈日野森《プリンツ・オイゲン》美奈〉を大破させるなど、外縁防空網に穴を空けた。そこから空母部隊へ殺到する英米空母からの攻撃隊。目的は独伊の2隻の正規空母である。独空母〈高井《エーリヒ・レーヴェンハルト》さやか〉に〈リアン〉隊が突撃し、伊空母〈端本《チーニョ》久美子〉に合衆国隊が突っ込む。〈端本《チーニョ》久美子〉は旧南部連合空母の〈端本《リプライザル》久美子〉であり、合衆国軍にとっては仇敵なのである。

〈リアン〉隊は4隻の駆逐艦が守るだけの〈高井《エーリヒ・レーヴェンハルト》さやか〉に爆弾6を命中させ、見事大破後退に追い込んだ。しかし、一方の合衆国部隊にはツキがなかった。合衆国隊は最強女王様こと、〈柴崎《ルクレツィア・ロマーニ》彩音〉をはじめとするイタリア艦隊のエスコート艦が装備する自動砲の作り出す炎の壁の前にたちまち攻撃隊の6割を撃砕されてしまい、戦果を挙げる事ができなかったのである。

 一方、独仏部隊の攻撃を受けた枢軸側では〈長森《大鳳》瑞佳〉が徹甲爆弾3発をくらい大破炎上。〈里村《海鳳》茜〉も魚雷1を受けたが、ダメコンに成功。沈没に至るような被害にはならない。戦歴の長い英空母〈リアン〉はさすがの実力を見せつけ攻撃を回避している。

 一方、第37任務部隊に殺到したのはイタリア隊。噂のヒロインを是非食ってやろうと襲いかかる漢達の前に現れたのは、現時点では世界最強級の艦載戦闘機、FJ-2〈上小園《フューリー》茜〉からなる制空戦闘隊。トップ女優にも似た彼女の洗練された機体がひらめき、その迎撃をかいくぐった先では、〈穂永《ロアノーク》圭衣〉などの防空艦艇群が5インチから3インチの自動砲を乱打。それを突破して、ようやく取り付くことのできた〈伊藤《エンタープライズ》乃絵美〉は相変わらず卓越した操艦術を持って、彼らの攻撃を次々に回避する。先ほど、合衆国隊がイタリア艦隊上空で味わった悲劇が、攻守所を変えて再現された。次々と火を吐いて無念の海へと叩き落される攻撃隊。

 しかし、〈伊藤《エンタープライズ》乃絵美〉を手強いと見たイタリア隊は、「まずはお邪魔なおまけから始末だ」と言わんばかりに目標を〈橋本《エセックス》まさし〉級の〈鳴瀬《ランドルフ》健一〉に変更する。つれない女の子というのはそれはそれで萌えるが、余りしつこくして大怪我をするのもつまらないと考える辺りはさすがイタリア軍である。そして、〈橋本《エセックス》まさし〉級の不運はここでも健在だった。全艦が〈伊藤《エンタープライズ》乃絵美〉防衛に気を取られていたため、〈鳴瀬《ランドルフ》健一〉への対応が遅れてしまったのだ。しかも、被弾はたったの2発だったにもかかわらず、それがよりによって煙突と左舷のエレベータ開口部に直撃したのだからたまらない。一瞬でボイラーの半数が停止し、格納庫内を猛火に包まれた〈鳴瀬《ランドルフ》健一〉はよろめくように速度を下げていく。

 これに気を取られたのか、〈伊藤《エンタープライズ》乃絵美〉にもついに爆弾が命中した。上空から獲物に襲い掛かる猫のように飛び込んできたイタリア軍機がSC500徹甲爆弾3発を投下。猛烈な火柱が吹き上げ、〈伊藤《エンタープライズ》乃絵美〉は黒煙に包まれた。命中させた部隊は「〈ノエル〉は燃えている。〈ノエル〉は燃えている。撃沈確実!」と誇らしげに打電した。…その直後に彼らも相次いで撃墜されたが。

 その打電を受け取った連合軍は歓声に包まれた。電波状況が悪いのか、「のえ…のえ…もえ…もえ」としか聞こえなかったが、状況から言って〈伊藤《エンタープライズ》乃絵美〉を沈めたらしい。ついにあの最強ヒロインを犯ったのだ。

 しかし、これは誤報(注7)だった。〈伊藤《エンタープライズ》乃絵美〉は確かに命中弾を受けたが、可燃物の管理などダメコンが完璧だった事もあり、命中から30分後には火災を鎮火、1時間後には航空機の着艦も可能になっている。発作慣れしているのは悲しいが伊達ではないのだ。もっとも、格納庫の使用と発艦は不可能だったため、〈鳴瀬《ランドルフ》健一〉や〈長森《大鳳》瑞佳〉の搭載機の一部を引き受けたあとは帰還した機は全て海中投棄し、戦線離脱する事を余儀なくされたが…

 結局、〈伊藤《エンタープライズ》乃絵美〉は大破判定。しかも、フランス軍機動部隊の攻撃で〈里村《海鳳》茜〉〈リアン〉が損傷してエア・カヴァーを失ったために、追撃で更に酷いダメージを負った〈鳴瀬《ランドルフ》健一〉を放棄せざるを得なくなった(注8)。「この日ほど悲惨な海軍記念日を迎えるとは想わなかった」と真珠湾の〈蛍坂《ブルーリッジ》小鈴〉の宣伝放送も伝えるくらいの、戦術的には負け戦だった。

 しかし、欧州連合のヴェテランパイロットの大半を海に叩き込み、マルティニーク救援を阻止した事を考えれば、戦略的に見ればむしろ勝利したのはこちらだとスプレイグほかの枢軸軍指揮官たちは判断していた。事実、この戦いは欧州連合軍空母機動部隊が勝利を収めた最後のものとなったのである。以降、深刻なパイロット不足に見舞われた彼らはノルウェー沖での壊滅へと至る長い坂道を転げ落ちて行く事になる。

(注7)欧州連合空母部隊の航空参謀を務めていたノルトマン大佐(当時)は、年度の古い条約型空母であるにもかかわらず、必殺の徹甲爆弾3発を受けた彼女が沈んでいない事を知り、「なんでそれで沈まないんだ?どう見てもあれは攻略可能キャラだろう、普通」とその不沈ぶりを嘆いたと言う。彼女を沈めんとする人々全ての心情を的確に代弁した言葉と言えよう。

(注8)戦闘後、スプレイグは〈鳴瀬《ランドルフ》健一〉を曳航して帰らなかった判断について査問会議に掛けられた。その席上で救出された当の〈鳴瀬《ランドルフ》健一〉艦長が「もしそれを強行していれば、フランス艦隊の追撃で〈伊藤《エンタープライズ》乃絵美〉をも失っていただろう」と主張。査問に当たったハルゼー提督はその主張を認め、スプレイグの〈鳴瀬《ランドルフ》健一〉放棄に関する責任は問われなかった。


北の暴風

 1951年末、欧州連合は大西洋における制海権争奪において完全な劣勢に陥り、欧州本土は枢軸軍による猛烈な戦略攻撃にさらされていた。

 その矢の一本がアイスランド、ケフィラヴィク基地から発進する〈池柳《富嶽改》彩女〉による戦略爆撃。そして、もう一本が艦隊戦力による沿岸諸都市攻撃である。

〈伊藤《エンタープライズ》乃絵美〉も機動部隊の一員としてこの攻撃に参加していたが、ブレーマーハーフェン攻撃において特筆すべき戦果を挙げることになる。パナマにおいて、「兄」〈伊藤《ワスプ》正樹〉を初め、多くの大事な僚友たちを死に追いやった弾道弾母艦を残らず撃沈したのである。もっとも、その時は外見通りの高速商船を撃沈したと思っていたので、真実が明らかになるのは戦後のことだったが、この事は彼女の「健気さ」という評価をより高めたのであった。

 一方、この事態に対し、ドイツはその海空戦力の総力を挙げた一大攻勢作戦〈北の暴風〉を発動。欧州本土から北米東海岸に至る広範囲に散らばる戦力を一ヶ所へ向けた。その一点とは、ケフィラヴィクとその沖合に集結しつつある英本土奪還作戦上陸部隊を運ぶ輸送船団。

 これを叩くことで戦争を否応無しの長期戦に持ち込み、逆にそれを嫌った枢軸軍からの停戦申し入れを引き出そうとする、きわめて政治的な作戦である。ここに、第三次世界大戦最後にして最大の一大艦隊決戦の幕が開いた。

 1952年1月22日、リガより欧州最強の空母機動部隊が出撃した。主力は最新鋭7万トン級装甲空母〈橘《フォン・リヒトホーフェン》天音〉〈美咲《ヘルマン・ゲーリング》彩〉からなる第十一航空戦隊。これに加えてマルティニーク攻防戦で枢軸軍を散々に悩ませてくれたフランス海軍の主力空母2隻、〈君影《シャンプレン》百合奈〉〈御薗《デスタン》瑠璃子〉からなる第十二航空戦隊を含め、正規空母4隻と軽空母3隻、加えて護衛部隊も豊富。これをドイツ―いや、欧州最高の空母戦術の大家、ゲオルク・ジークフリート・ノルトマン提督が直率するとなれば、枢軸軍にとってはなんとしても見逃せない脅威になる。

 手強いイタリア海軍空母部隊が地中海に侵攻した英国艦隊に拘束され、大西洋に出てこれない状況にある今こそが好機だった。これを機に徹底的に叩きのめしてしまわねばならない。

 迎え撃つのは長年にわたり彼らと鎬を削ってきた艦を主力とする枢軸軍第二機動艦隊(大林)。すなわち、〈長森《大鳳》瑞佳〉級と〈リアン〉を主力とするヴェテランの第21任務群。さらに、最新鋭の超6万トン級空母〈葛城〉級4隻からなる第22任務群。

〈伊藤《エンタープライズ》乃絵美〉はこの時、合衆国艦艇からなる第23任務群に所属していた。指揮官スプレイグ中将は指揮下の艦艇を見つめる。指揮下の正規空母は彼が座乗する旗艦、〈広場《バンカーヒル》まひる〉と〈伊藤《エンタープライズ》乃絵美〉の2隻で、総搭載機数200機。対潜及び哨戒を担当する〈広場《プリンストン》ひなた〉の固定翼対潜機を入れても220機で、1任務群辺り300~400機の艦載機を有する日本海軍とは大きな差があった。合衆国海軍は地中海戦線にも兵力を派遣していたため、大西洋の決戦に投入できるだけの戦力はこの3隻しか用意できなかったのだ(注9)。かつて日本と太平洋の覇権を競った国の艦隊としては余りにわびしい現実である。特に、改装されても25000トン無い〈伊藤《エンタープライズ》乃絵美〉は最低でも40000トン級以上の他の正規空母と比較して明らかに小さく、まるで艦隊全体の「妹」のようだった。とは言え、彼女に匹敵する戦歴を有するのは、〈長森《大鳳》瑞佳〉ぐらいだし、搭載機数も実は大差ない。

 たとえ数は少なくとも母艦には不沈なんじゃないかと思えるほどに強運の艦が揃っており、パイロットの腕も劣らない。戦力的に見劣りすることは無い…スプレイグはそう意識を切り替え、全体の総指揮を取る日本海軍の草鹿大将の命令に耳を傾けた。

 決戦の火蓋が切って落されたのは1月24日。コペンハーゲン沖を通過する第一航空艦隊に対し、これを撃破すべく第二機動艦隊は南下を開始した。先手を打ったのはノルウェーに駐留するルフトヴァッフェの第五航空艦隊。総計で300機を越える各種作戦機を擁する強力な部隊である。彼らは迷う事無く第二機動艦隊に対する全力攻撃を開始し…壊滅的な打撃を被った。攻撃の集中性に欠けたため、大半がいち早く舞い上がった直掩機によって叩き落とされる結果となり、第五航空艦隊は第一航空艦隊の上空援護が辛うじて可能、というレベルにまで戦力をすりつぶされてしまったのである。

 報告を聞いたノルトマンは航空機を運用するプラットフォームとしての空母の優位性を確信しつつ、遂に攻撃隊を放つ。総計170機(独136機、仏34機)の強大な打撃力を持つ航空機の群れは開戦以来のライヴァルである第21任務群に集中。とりわけ元日英合同機動部隊〈HoneyBee〉所属艦艇が集中攻撃を受け、〈江藤《白鳳》結花〉〈リアン〉が損傷。軽巡〈シェフィールド〉が沈没する。

 2隻の空母の損傷は軽微だが重大なもので、〈江藤《白鳳》結花〉は艦首を破壊されて速力が低下し、〈リアン〉はレーダーを破壊されて眼鏡を落した近眼の少女のようにあたふたする有様。このため、第二機動艦隊司令部は二空母の分離、アイスランドへの退避を命じる。

 これに代わって第23任務群に穴を埋める様に指示が下り、米空母群はいよいよ最前線に立つ事になった。

 第二機動艦隊は直ちに報復攻撃を開始する。2隻の空母が欠けたとは言え、総計700機を越える艦載機群を有する枢軸艦隊の優位は揺るがない。欧州軍に殺到する300機以上の攻撃隊は第一次攻撃で〈鈴原《エムス》琴美〉を大破航行不能に陥れ、続く第二次攻撃では空母こそ仕留めそこなったものの、輪形陣外周のエスコート艦艇を次々に沈黙させていく。

 翌25日になると、エスコート艦艇の多くが損傷し、防空能力を大幅に減じた第一航空艦隊は一方的な猛打を浴びるようになっていった。第三次攻撃で〈《ドクトル・エッケナー》コリン〉が沈み、第四次攻撃ではなんとドイツの期待の星、〈美咲《ヘルマン・ゲーリング》彩〉やフランスのヒロイン〈君影《シャンプレン》百合奈〉と言った主力級までもが大破航行不能に陥る。

 こうした中で、合衆国軍最大の戦果を挙げたのが〈伊藤《エンタープライズ》乃絵美〉であった。疲労と消耗で戦闘力を失った日本隊に代わり、第23任務群主体で実施された第六次攻撃において彼女の航空隊が総旗艦〈橘《フォン・リヒトホーフェン》天音〉を捉えたのである。空対艦誘導弾で上部構造物の多くを破壊されながら闘志を失っていない彼女に対し、〈伊藤《エンタープライズ》乃絵美〉の航空隊が魚雷4発を命中させる。既に手酷い傷を負っていた〈橘《フォン・リヒトホーフェン》天音〉は40分後に総員退艦が命じられ、さらにその1時間後に横転沈没。ノルトマンが計画段階から建造に関与し、言わば彼の「可愛い幼馴染み」のような存在だった同艦はその短い一生を終えたのであった。最強妹VS最強幼馴染みという対決の軍配は〈伊藤《エンタープライズ》乃絵美〉に挙がった。

 2日に及ぶ戦闘で欧州連合空母部隊は壊滅し、〈北の暴風〉は失敗に終わった。敗走する第一航空艦隊の残存を追撃する第23任務群は、その途中で大破漂流中の〈鈴原《エムス》琴美〉を発見する。その状態でも戦闘を止めようとしない彼女と、その救援に残っていた護衛艦群は〈広場《プリンストン》ひなた〉艦載機の雷撃と砲戦により全滅する。スプレイグ提督は歓声を上げる部下達を制して言った。

「浮かれるな。どこかで歴史の歯車が狂っていれば、彼らの運命は我々のものだったのかもしれないのだから…」

 この一言が、第三次世界大戦における合衆国空母機動部隊の最後の戦闘を締めくくる一言になった。

(注9)米本土航空戦の激化に伴い、パイロット、機体ともそちらに最優先で配備され、海軍に回る分は少なくなっていた。空母自体は正規空母6、軽空母3、護衛空母多数を保有している。ただし、それらは地中海派遣艦隊や英国奪還艦隊に分散配置され、任務も地上支援中心となっていた。


戦後

 1952年、4年に渡った第三次世界大戦は終わった。最後の任務として、〈伊藤《エンタープライズ》乃絵美〉はデューイ大統領を含む合衆国特使乗艦として、スカパ・フローで行なわれた講和条約調印式へ参列した。既に彼女も20年近い艦齢になっており、周囲には彼女より大きさで一回り、排水量では二回り以上大きな新世代の艦が多数停泊していて、時代の移り変わりを感じさせた。

 それでもなお、彼女は「ヒロイン」としての魅力を全く失っていなかった。それは世代を超えた不朽の魅力だったのである。3つの大戦争を生き残り、なおこれからも現役で居続けるであろう彼女に、式典参列者の多くが敬意を込めた眼差しを向けていた。

 戦後、ミシシッピ川を「国境」として東部連合と対峙する事になった合衆国では、陸軍、空軍の強化が優先事項となり、海軍の強化は二の次とされた。予算が大幅に減額された海軍は第三次大戦を生き延びた艦艇を改装してやりくりしながら活動していく事になる。

〈伊藤《エンタープライズ》乃絵美〉もこうした国家戦略の下で戦後もその活躍を続ける事になり、〈広場《バンカーヒル》まひる〉〈天都《イントレピッド》みちる〉らと交互に合衆国空母部隊の旗艦を務め、1965年にはエレベーターの全サイド化、最新型ジェット戦闘機の運用能力付加、対空兵装の近代化などを含む第二次改装を実施。なおも現役に止まりつづけた。この頃になると、誰が言い出したのかはわからないが、彼女を従来の「ノエル」と並んで、「ビッグE」と呼ぶ事が多くなっている。世界の現役正規空母の中では最小ながら、戦歴においては偉大なものを残した彼女には相応しいニックネームと言えよう。

 1970年代に入り、同盟国にも応分の軍備増強を求める日本の中曽根政権の影響から、ようやく海軍が長年熱望していた7万トン級の大型通常動力型空母が建造を認められた。これにより、〈伊藤《エンタープライズ》乃絵美〉もその39年の長きに渡った現役生活にピリオドを打つ事となり、1977年、彼女は後継艦の就役とともに退役。サンディエゴにおいて永久係留による保存艦となる事が決定した。

 生涯戦績は撃沈133隻、撃破209隻、撃墜1571機。その輝かしい記録は空母としては空前のものであり、恐らく絶後だろう。

 彼女と戦った事のある日独では、その功績を讃えつつも、やはり彼女を撃沈できなかった事が悔しかったのだろう。1980年代末から世界的にブームとなった、いわゆる「仮想戦記」と呼ばれるジャンルの小説において、日独ではあらゆる手を尽くして彼女を撃沈する試みが為されている(注10)。日本では他の沈没艦と立場を入れ替えたり、音響ホーミング魚雷の早期実用化などの大人しい手段を取るソフトな作品が多いが、ドイツでは核兵器の使用などとという「禁断の手段」を取っている過激な作品もあるという。

 ともあれ、彼女の名は合衆国海軍の言わば象徴であり、彼女の後継艦には迷う事無く、同じ〈伊藤《エンタープライズ》乃絵美〉の名が与えられている。8代目の彼女も幸運艦として知られ、1995~6年の第四次世界大戦、1998年の湾岸戦争、そして2047~48年の接触戦争までも参加し、そして生き残った。合衆国がそこへ降下した〈ヲルラ〉ごと消滅した現在も、北米系植民星系、ハイ・ヴァージニアの星系軍に第一次オリオン大戦の武勲艦、航宙母艦〈伊藤《エンタープライズ》乃絵美〉(9代目)が在籍しており、フロンティア・スピリットある限り、彼女の名前はその精神と共に受け継がれていくに違いない。

 なお、本稿で扱った7代目の〈伊藤《エンタープライズ》乃絵美〉は接触戦争でサンディエゴが反応兵器によって破壊された際も、爆心から遠い位置にあった事が幸いしてその惨禍を無事に免れた。現在は北米大陸に残った数少ない大都市であるニューオーリンズに回航され、そこで在りし日のアメリカ合衆国を偲ぶよすがとして、改めて永久保存されている。

(注10)一番人気なのが合衆国分裂時に〈伊藤《エンタープライズ》乃絵美〉と〈伊藤《ワスプ》正樹〉が別陣営に別れてしまい、「兄妹」で戦った挙げ句〈伊藤《エンタープライズ》乃絵美〉が沈む、という展開を取る作品である。仮想戦記ファンであれば、一回は〈伊藤《ワスプ》正樹〉の砲撃に刺し貫かれる〈伊藤《エンタープライズ》乃絵美〉を見たことがあるのではないだろうか?|