鋼鉄のビューティーガール

八八(cm)艦隊仮想戦記
 
 

後編






6 決戦

 34,6ノットの全速で護衛艦隊の救援に向かう<水瀬“播磨”名雪>の昼戦艦橋では、相沢が総員戦闘配置を下名していた。目標はすでに艦橋から見ることができる。
 「いやはや、本当にでかいな」相沢は双眼鏡を構えながら呆れたような声を出した。
 「まったくです」北川も同意する。彼も双眼鏡を<ミズセ“シュトロハイム”アークデーモン>に向けていた。「距離は7万近くあるのにはっきりと見えます。本艦も巨大ですが、あれはそれ以上です」
 「あちらはドイツ究極の戦艦、こちらは日本究極の戦艦」相沢はオペラ歌手のように喋りだした。「おお、なんたることだ。まるで姉妹のようだ」
 「大きさから考えると、姉妹というより親子といった方が適切ですよ」北川が指摘する。
 「親子か、なるほどね。しかしそうだとしても差異がありすぎる。こっちの方がまともとは思わんかね?」
 「まともですか? まぁ確かにそうですね」北川は頷く。「7胴式の超巨大艦。しかも分離・合体が自由というらしいですから。何と言うか、次元が違います」
 「ということは、そうだな。親子だとしてもあちらは異世界の親ということにでもしておこうか。それよりも――」相沢は<ミズセ“シュトロハイム”アークデーモン><水瀬“播磨”名雪>親子談義から話題を変える。しかし口調はいつもの――どこか冗談めいたような、そして部下の緊張をやわらげるような――ままだ。
 「さて、敵はいったいどう反応するかな? 護衛艦隊を無視してこちらに突っ込んで来てくれれば良いんだけど」相沢は言った。まるでそれが当然だといった口振りで。
 「そうでないと我々がここまで来た意味がなくなります。ここから見る限りでは、<シーブリーム・バーニング>の戦艦は4隻共にかなりまずい状況です」北川も考えることはおなじだった。「まぁ本艦ならばあちらから盛大な歓迎を受けることは間違いありません」
 「なぜそう言える? 副長」
 「普通は突然の転校生と言えば、美少女と相場は決まっています、艦長」北川は自艦を転校生にたとえて冗談を言った。「大人気ですよ」艦橋の乗組員たちから笑いがこぼれる。
 「それは傾聴に値する意見だな、副長」相沢は言った。そして心から愉快そうな顔になって続けた。
 「その点、本艦ならば心配ないな。この<水瀬“播磨”名雪>を女性にたとえるなら掛け値なしの美少女だ」
 艦橋は爆笑に包まれた。
 
 そのような話をしているうちに各部署から報告が入る。いずれもおなじ内容だった。乗組員が戦闘配備につき、<水瀬“播磨”名雪>そのものが戦う準備を整えたのだった。
 最後に、戦艦の生命たる主砲塔からの報告が飛び込む。
 「第1砲塔、射撃準備よし!」
 「第2砲塔、射撃準備よし!」
 「第3砲塔、射撃準備よし!」
 「第4砲塔、射撃準備よし!」
 日本海軍では、ドイツ海軍のように主砲塔を愛称で呼ぶ風習は存在しない。前からそれぞれ番号で順番に呼ぶだけである。
 しかし<水瀬“播磨”名雪>の場合は例外だった。誰が名付けたのかは不明だが、第1砲塔は「いちご」、第2砲塔は「めろん」、第3砲塔は「ぶどう」、そして第4砲塔は「きうい」という、それぞれ果物の愛称を持つ。そして<水瀬“播磨”名雪>の乗組員たちはその愛称を好んで使っていた。
 それを思い出した相沢は笑いかけた。いったいだれがこんな愛称をつけたのだ? まるで俺の女房とおなじセンスじゃないか。
 彼の妻は海軍の航空搭乗員で、かつて戦艦<テルピッツ>攻撃にも参加した女傑(なんとも似合わない表現だが)である。現在は第一戦を離れ、本国で教官――おなじ女性の搭乗員を育てている。どうやら訓練生たちから「部長」と呼ばれ慕われているらしい。
 ともかくも、すべての体勢が整った。後は砲戦距離に突入するだけだった。相沢は凛とした声で号令する。
 「目標、砲戦距離5万!」

 <キング・ジョージX世>の艦橋は絶望に打ち沈んでいた。<シーブリーム・バーニング>の戦艦4隻すべてが戦闘能力をほぼ喪失し、このままでは敵超巨大戦艦になぶり殺しにされるか、それとも彼らが命に代えてでも守らねばならない船団を全滅させられるかのどちらかの道しか残されていなかった。
 そこへ、顔に満面の希望を浮かべた伝令が飛び込んできた。
 「本艦宛に電文!『宛、<シーブリーム・バーニング>司令、ツゥキィーミャ・ウグー大佐殿。発、大日本帝国海軍戦艦<水瀬“播磨”名雪>艦長、相沢祐一大佐。本文。我之ヨリ戦闘加入ス。遅レテ済マヌ、貴艦隊ハ直チニ退避サレタシ。仇討チハ引キ受ケタ』です!」
 「アイザワ君か!」ウグーが思わず叫んだ。地獄で神に出会ったような声で。
 ウグーと相沢は7年前に面識があった。第2次大戦も末期の1945年1月、当時から大佐だったウグーは英日合同対潜護衛戦隊<ダッフルコート>の司令、当時少佐の相沢は護衛駆逐艦の艦長で、ウグーの指揮する戦隊に隻数不足を埋めるため編入されたのだった。わずか1ヵ月足らずの付き合いだったが、大いに親睦を深めたものだったな。アイザワ君に奨められて食べた“タイヤキ”とかいう菓子の味は忘れようがない……。
 しかしおなじ年の2月26日、いわゆる第2次2・26事件の際、ウグーは決起派の日本海軍の将官にそそのかされ、訳もわからず反乱軍に組してしまったという不名誉な経験を持つ。彼の駆逐艦は同盟軍の――日本の艦と戦闘をすることはなかったが(ウグーは決起派の艦隊が鎮圧派の艦隊と戦端を開く直前、自分がなにをしているのかに初めて気づき、慌てて戦線を離脱した)、これが元でウグーは出世の機会を断たれた。これがなければ、ウグーは今ごろ良くて大将、悪くても少将にはなっていただろう。
 それに対し、この時すでにウグーの戦隊を離れていた相沢は反乱には組せず、その後も順調に昇進し、今はウグーと階級が同等になっている。その彼が日本最強の戦艦を駆って助けにきた。
 ウグーは明るい声で叫んだ。「諸君、これで我々も船団も危機を脱したぞ!」
 艦橋の空気は瞬時に歓喜へと変わった。フレーの歓声が自然に起こる。
 「<水瀬“播磨”名雪>に返信。『我ノ願イハ叶エラレタリ、我奇跡ノ存在ヲ確信ス。マタ“タイヤキ”ヲ共ニ食ベルコトヲ望ム』」

 「どうしますか? 4隻の敵戦艦はあとひといきですが」レヴィンスキーは尋ねた。
 「戦う。向こうが怪物ならこっちも怪物――いや、魔王だ。相手にとって不足はない。それに<ミナセ“ハリマ”ナユキ>を片付ければ虫の息の敵戦艦はどうにでも料理できる。目標を変更しよう」
 「それでは、新たな敵艦に突撃すると同時に主砲射撃を開始します。距離は6万――少し遠いですが」
 「とにかく、先手を打とう。オットー、やってくれ」
 「ヤー、という訳だ、砲術長。主砲打ち方始め!」
 スピーカーから砲術長の返答が届く。「目標、左50度敵大型戦艦。距離6万3000。主砲解析値伝達完了。フォイアー!」

 <ミズセ“シュトロハイム”アークデーモン>の設計にあたって、ゲヴェンリッヒャー・プラッツ設計局がもっとも頭を悩ませたのは、主砲の80センチ列車砲についてである。
 80センチ列車砲――通称<グスタフ>(またの名を<ドーラ>)は、本来要塞攻撃用に開発された世界最大の火砲である。1門あたりの重量は1350トン、砲身の全長は32,48メートルの40口径である。この巨砲は重量7,1トンの徹甲弾なら3万8000メートル、4,8トンの榴弾なら4万8000メートル先まで飛ばす能力がある。
 しかし、この戦艦の主砲とするにはこれでは射程が短すぎた。最低でも6万メートル以上は必要だった。
 だが、この<グスタフ>を不沈戦艦に搭載するのは大ドイツ帝国総統、アドルフ・ヒトラーの厳命だった。であるから、<グスタフ>を改良して射程を延ばすしかない。
 まず考え出されたのが、砲身長を伸ばすことだった。要は長砲身80センチ砲を造ることである。が、これは予算の制約という極めて現実的な問題によって却下された。そんなことをしたら、砲身はおろか砲架まで新たに造り直さねばならなくなる。副砲は<皆瀬“フォン・ヒンデンブルグ”葵>級で必要がなくなった50,8センチ連装砲塔を使い、高角砲も旧式の10,5センチ砲を再利用して少しでも予算を節約しようとしているのに、そんな贅沢は許されない。
 次に考え出されたのが、装薬の量を増やして初速を――ひいては射程を延ばすという方法だった。だがこれもすぐに没となった。そんなことをしては砲身命数が著しく低下する。80センチ砲身に予備など存在しない(しかし後に<ミズセ“シュトロハイム”アークデーモン>用に砲身が新たに2門製造されている)。
 そして3番目の案として浮上したのが、苦肉の策としか表現できない方法だった。すなわち、装薬量はそのままで、砲弾の重量を軽くして遠くまで飛ばせるようにしようという方法が浮上したのだ。しかしそれでは威力が低下する。そんな意見も出たが、そもそも徹甲弾の重量が7,1トンとこれまでの艦砲と比べたら桁違いの代物だ。これを少し、いや、相当軽くしたとしてもこれまでの戦艦主砲よりも遥かに大きな破壊力が見込めるのではないか。
 ではどうやって軽くするのか? そのまま軽くしたのでは、砲弾の容積に対して重量が釣り合わず、弾道に悪影響を及ぼす。関係者が頭を悩ませていたところ、砲弾軽量化のアイデアが陸軍からもたらされた。戦車の徹甲弾――装弾筒付徹甲弾(APDS)である。要塞戦艦の主砲徹甲弾は、APDSの技術を80センチ砲弾に流用して軽量化を図ったのだ。
 かくして今、<ミズセ“シュトロハイム”アークデーモン>から<水瀬“播磨”名雪>に対して放たれた80センチ徹甲弾――正確に言うと、敵に飛んで行く弾芯の直径は80センチよりも小さいが、ここではあえて80センチと表現する――の重量は4,5トンに低下し、その代わり6万5000メートルの最大射程を得ることに成功していた。なお榴弾に関しては、砲弾をロケット推進式にすることによって最大12万メートルの射程を確保している。
 ちなみに、砲弾の装填作業は完全に機械化され、1分間に1発の発射が可能となった。列車砲時代は15分に1発だったのだから、これは驚くべき数字と言える。

 「敵艦発砲! 距離6万3000」戦闘指揮所からの報告が艦橋に届く。相沢は本来、戦闘時には情報が集中し、適確な指揮ができ、なおかつ艦の奥深くにあり比較的安全な戦闘指揮所にいるのが望ましい。しかし今次大戦においておそらく最後の戦艦決戦、しかも個艦レベルでは史上最大となる砲戦において戦闘指揮所にじっとしていることなど相沢にはできなかった。そのため最新の設備を集めた戦闘指揮所は現在、もったいないことに電測室としての役割しか果たしていない。
 「6万、遠いな」相沢は声に驚きを秘めて言った。「それでもここまで届くということか」
 「ですがたった2門です」北川が応じる。「5万の距離を保てば本艦の受ける火力は最小限にとどまります。それにわずか2門では命中はあまり見こめません」
 その後しばらく<水瀬“播磨”名雪>は一方的に射撃を浴びたが、北川の分析は正しかった。命中弾はおろか至近弾すら1発もなかった。やがて<水瀬“播磨”名雪>は砲戦距離の5万に達する前に、大きく取り舵を取った。それに合わせて1基あたり約1万トンの重量を持つ砲塔が敵のいる方角――右舷に旋回する。艦の進路が安定したときには距離はちょうど5万前後になっていた。そして相沢も号令を発する時が来た。
 「主砲、打ち方始め!」

 艦橋最高部、20メートル測距儀の上部にある主砲射撃指揮所。艦長からの命令を受けた<水瀬“播磨”名雪>砲術長、斎藤中佐は腕を大きく振り上げた。射撃用電探や測距儀を始めとするさまざまな観測機器からの数値を元に、正確な射撃に必要な砲塔旋回角と砲身仰角は瞬時にはじき出されていた。
 <水瀬“播磨”名雪>の射撃諸元の計算には電子計算機が用いられ、素早く正確な計算が可能になっている。なおこのシステムも<水瀬“播磨”名雪>完成直後からトラブルが多発したものである。主砲発射時の振動によって故障したり、自らが発する高熱によって誤動作を起こしたりしたが、前者は近接信管にも使われている対衝撃真空管を使用し、後者は冷却装置を改善することによってそれぞれ問題を解決した。なお電子計算機は射撃諸元計算用だけではなく、情報処理用のものも搭載されている。
 各砲塔はすでに、電子計算機のはじき出した数値に従い、砲塔と砲身を動かす操作を完了させていた。
 斎藤は腕を振り下ろすと同時に彼のすべて――これまで砲術家として培った技術と経験、そしてプライドを込めた叫びを発した。
 「射ぇーっ!」
 斎藤の声に反応した方位盤射手が引き金を引いた。引き金から発せられた電気信号は艦の奥深くにあるケーブルを伝わり各砲塔に達し、砲身内に収められていた装薬を爆発させる役割を果たした。そして、56センチ徹甲弾が発射された。
 発射炎は海面を舐めるように膨張し、轟音は雷の声かとばかりにどよんだ。そして衝撃波は白波の立っていた海面を一瞬、まるで鏡面のように綺麗にならした。
 1発あたり約3トンの巨弾を発射した砲身はその反動で後退したが、砲身の大きさに見合う駐退機と船体そのものが巨大な反動を見事に受けとめた。そして砲弾は毎秒850メートル以上の速度で遥か彼方の敵艦に向けて一目散に飛んで行った。

 <水瀬“播磨”名雪>の第1斉射が<ミズセ“シュトロハイム”アークデーモン>に達したのはそれから1分以上経ったころだった。12発の砲弾は見事に<ミズセ“シュトロハイム”アークデーモン>を取り囲むように弾着し、うち3発が命中弾となった。いかに目標が大きいとはいえ、初弾から命中というのは<水瀬“播磨”名雪>の砲術員たちの技量と射撃指揮装置の性能がどのようなものかを物語っていた。
 だがいかにそれらが優秀でも、主砲に設計以上の破壊力を持たせることは当然できない。3発の命中弾の内、1発が前部左舷艦<U>の舷側に命中してその対51センチ防御装甲を突き破ることに成功したが、中核艦<Z>に命中した残り2発はことごとく弾かれ、あらぬ方向に跳ね飛ばされた。

 「被害状況を報告せよ!」レヴィンスキーは叫んだ。少しして返答がある。
 「<U>艦尾に直撃弾1発。浸水発生するも対処可能。本艦<Z>に直撃弾2発。損傷なし。戦闘、航行に支障ありません!」
 「よし、いいぞ」レヴィンスキーは弾んだ声で言った。敵艦の主砲ではこの中核艦の装甲は抜けない。外郭艦はそうはいかないようだが、ダメコンには自信がある。そう簡単にはやられはしない。
 だがハイエの顔は曇っていた。彼は戦闘開始以来敵の動きをじっと観察していたが、それは一つの結論に達していた。
 「小癪な日本人め。アウトレンジのつもりか。オットー、連中は本艦の副砲射程外にとどまるらしいぞ」
 「アウトレンジ?」レヴィンスキーは聞き返した。そしてそれの意味するところを理解し、ハイエとおなじような顔つきになる。「なるほど、そういうことですか。副砲が使えなければ本艦の残る手段はわずか2門の主砲だけです。しかも本艦は最大18ノットの低速ですからね、敵は場所的なイニシアティブを独占できる。日本人め」
 ハイエもレヴィンスキーも憎々しげに言ったが、あえて「劣等人種」の言葉は使わなかった。何の根拠もない敵国人への偏見は、戦争においては百害あって一理ないというのが彼らの共通した考えだった。
 「しかし」レヴィンスキーは考え直す。「本艦の主砲ならば1発でも奴に大打撃を与えることが可能だと思います。こちらのストレートが敵にクリーンヒットするか、それとも敵のジャブがこちらの体力を消耗させるか、まさに我慢比べです」
 その時、<ミズセ“シュトロハイム”アークデーモン>の80センチ主砲が発射された。とにかく全力で撃ち、敵艦を沈める。それしか生き残る術はない。

 「第10斉射、弾着まで5、4、3……だんちゃーく!」<ミズセ“シュトロハイム”アークデーモン>の周りに色付きの水柱が乱立する。その高さは150メートルを優に越えている。
 「確実に命中弾を出していますが……、効いていないのでしょうか」双眼鏡を覗きながら北川が言った。
 「ああ、そうだな」相沢はぶっきらぼうに答えたが、内心では焦りが出始めていた。すでに20発以上は命中弾を与えているはずなのに、敵の戦力が低下したとはどうしても思えない。うーん、<シーブリーム・バーニング>もRM3船団も敵戦艦とは距離を離しつつあるな。いや、こっちが奴を引き寄せているのか。
 この時「撤退」の2文字が相沢の頭の中に浮かんだが、すぐにそれを振り払う。いやいや、たとえRM3船団が窮地を脱しても、あの敵は橋頭堡を目指して突き進むだけだ。戦闘不能にでも追いこまない限りは。そして俺はあいにく、第2次、第3次両大戦を通してドイツ海軍の軍艦が勇気にもとる行為を行ったという話はほとんど聞かない。
 相沢がそのような思考を張り巡らせていた時、ついに<水瀬“播磨”名雪>が被弾した。命中個所は艦尾の第4砲塔であった。

 <水瀬“播磨”名雪>主砲塔の前楯には1500ミリという分厚い装甲が施されていたが、それでも<ミズセ“シュトロハイム”アークデーモン>の80センチ徹甲弾を防ぎきるには至らなかった。第4砲塔は貫通こそ許さなかったものの、80センチ弾は前楯の左砲と中央砲の間に突き刺さった形となり、装甲板を大きく歪めた。しかも命中時の衝撃で装甲の内側が剥離し、それが砲塔内部を跳ね回って半自動砲弾装填装置を使い物にならなくした。「きうい」こと<水瀬“播磨”名雪>の第4砲塔はその能力を喪失した。

 「こちら第4砲塔。旋回も射撃もできません」砲塔長の無念極まるといった声がスピーカから聞こえる。「申し訳ありません、艦長」
 「戦死者か負傷者は?」相沢は艦内電話の受話器を顔に当てて応じた。
 「戦死者なし。負傷者は5名。今衛生兵が診ています。重傷ですが命に別状はなさそうです」
 「それなら良かった。よし、ご苦労だった。誘爆の防止措置をしたら艦内で待機していてくれ。人手が足りなくなるかもしれない」
 「了解。そうならないよう祈ります」そして電話は切れた。
 「これで本艦の装甲は敵弾の直撃に耐えられないことが判明しましたな」北川が深刻な表情で言った。砲塔前楯よりも厚い装甲は1800ミリあるが、それは司令塔にしか施されていない。そして1500ミリの装甲がやられたとなると、1000ミリの舷側、680ミリの甲板が耐えられる筈がない。
 「ある程度は想像がついたさ」相沢は応じる。「しかしそれよりも、本艦の砲力が25パーセント低下してしまったほうが痛いぞ」
 その時、<水瀬“播磨”名雪>の第12斉射が<ミズセ“シュトロハイム”アークデーモン>に達した。その瞬間、敵艦の主砲発砲とも、<水瀬“播磨”名雪>がこれまで与えた命中弾が発する閃光ともまったく質が異なる光が生まれ、それはすぐさま火柱と爆炎に変化した。56センチ徹甲弾の1発が中部左舷艦<W>のB砲塔――50,8センチ副砲塔の天蓋を完璧に貫通し、その弾薬庫を誘爆させたのだった。

 「やったか!?」敵艦中央部が猛烈な煙に包まれ、その姿が暫し隠されたのを見て、相沢は思わず叫んだ。だがその期待は、次に展開された現実と共にかき消された。黒煙の中から現れたのは火災こそ起こしているものの、速力の低下も、浸水による傾斜も起こしているとはほとんど思えない<ミズセ“シュトロハイム”アークデーモン>の巨体だった。
 「化け物め、奴は不死身か?」
 相沢は誰にも聞こえないような小声で呟いた。
 「こりゃあ、いざとなったら体当たりでもするしかないかな」
 そこまで言って相沢は気づいた。体当たりだと? この時代になって――ジェット機や誘導弾が飛び交う現代の海戦で衝角戦をやるというのか? 莫迦野郎、冗談ではない。そんなことをして本艦を、この愛しの<水瀬“播磨”名雪>をあのドイツの怪物と海底へ道連れにしてなるものか。それに俺は生きて日本へ帰らなければならない。もう2度と彼女に――女房に悲しい思いをさせないと誓ったのだ。あの雪の降る街で。
 「雪の降る街」で相沢と、従妹でもあり当時はまだ恋人だった彼の妻との間に起こった出来事は、妻の母親(相沢にとっては叔母、現在は義母にあたる)が飛行機事故――彼女の母親も海軍の搭乗員だった。<テルピッツ>攻撃には飛行長として参加している――で重態となり、彼女は絶望で心を閉ざしてしまったというものだった。その時相沢は彼女を慰め、心の支えになると約束し、彼女の心を開いて笑顔を取り戻した。そして母親は奇跡的に回復し、現在も元気でいる。
 相沢はその時のことを思い出して考えた。あの時俺は「ずっと一緒にいる」とも言ったが、俺は軍人、彼女も軍人ではどのみち無理があったな。でも心は常に一緒、堅く繋がっている筈だ。それを守るためにも俺はなんとしてでも勝つ。そして生還する。そう、絶対に。
 そして相沢は砲戦のみで<ミズセ“シュトロハイム”アークデーモン>を仕留めることを決意し、これまで内に秘めていた闘志を初めて表に出して、怒鳴った。
 「面ぁ見られてんだ、生かして返すな! 撃ちまくれ!」
 その声に応えるように、<水瀬“播磨”名雪>の砲口から炎がほとばしった。

 相沢が不死身の怪物として見た<ミズセ“シュトロハイム”アークデーモン>側でも事態はそんなに軽いものではなかった。
 「長官、<W>は戦闘機能を半分以上失いました」生じた被害への対応を一通り済ませたレヴィンスキーはハイエに言った。「<W>のA砲塔とB砲塔が吹き飛ばされました。浮力も――まぁ単独では浮かんでいられないでしょう」
 レヴィンスキーの言う<ミズセ“シュトロハイム”アークデーモン>の状況とは、次のようなものだった。
 <W>のB砲塔弾薬庫で生じた爆発は、そのままA砲塔の弾薬庫も誘爆させていた。そのため<W>の船底は一部が裂け、<W>の前部水線下はほぼ水没、合体していなければおそらく轟沈していてもおかしくはなかっただろう。しかし後部のC砲塔は無事だった。<W>だけでの砲力低下は約66パーセント、全体的に見ても副砲砲力は約86パーセントが健在であった。なお<W>の機関部は、装甲とほぼ等しい厚さを持つ、艦の前部と機関部を隔てる内部隔壁によって無事であり、全力運転が可能だった。そのため速力の低下もさほど生じていない。
 極言するなら、<水瀬“播磨”名雪>の第12斉射が<ミズセ“シュトロハイム”アークデーモン>にもたらした被害とは「決して無視できないが、致命傷ではない」というものだった。
 「そうか。しかし、本当に大したものだな。普通の艦ならば轟沈だぞ、さっきの爆発は」ハイエの声には自分の艦に対する尊敬と感謝の念が込められていた。
 「そういうことか」レヴィンスキーが何かに気づいたように言った。「長官、わかりましたよ。なぜこの艦が『要塞戦艦』といわれるのかが」レヴィンスキーは続ける。「昔流行した陸上要塞を思い浮かべてください」
 「星の形をしたあれか? 中央部の周りを保塁が囲んでいる」
 「はい。本艦も原理はあれとおなじです。この場合は中核艦が本郭、外郭艦は突角堡になりますが。外郭艦1隻が戦力を喪失しても他の外郭艦及び中核艦がそれを補完します。そう簡単には陥落しません。もしどうしようもないほどやられた場合は分離して――本郭と占領された突角堡を繋ぐ橋を落としてしまえば良い訳です」
 「なるほど。だから『要塞戦艦』か」ハイエも納得したように言った。「そう考えると、実に相応しいネーミングだな。ならば祖国に残された最後の要塞らしく、ドイツ海軍の意地を日本人に見せつけてやろうではないか」
 「ヤー」
 
 難攻不落のドイツ要塞戦艦と快速軽快の日本大型戦艦は、その後も5万メートル前後の距離を隔てつつ砲撃戦を続けた。<水瀬“播磨”名雪>の射撃は、撃つ度に<ミズセ“シュトロハイム”アークデーモン>のどこかに必ず命中し、ある時は副砲塔を破壊し、またある時は火災と浸水を発生させた。
 <ミズセ“シュトロハイム”アークデーモン>の射撃は相変わらず主砲2門のみだったが、第20斉射が<水瀬“播磨”名雪>の煙突を直撃、ガスタービン機関の排気口を半分ほど塞いだ。<水瀬“播磨”名雪>のガスタービン機関はただでさえ高熱を発する代物だったが、高熱の空気を逃す術を失いかけたためさらに温度を上げ、相沢は機関全力運転を断念せざるを得なくなった。速力は一時的に24ノットまで落ちた。
 さらに第25斉射が<水瀬“播磨”名雪>第3砲塔の至近に命中、最上甲板を紙のように貫いた80センチ徹甲弾は第3砲塔のバーベットにめり込んで運動エネルギーを失った。その直後に信管が作動、炸裂し今度は化学エネルギーを撒き散らしてバーベットを大きく歪ませ、第3砲塔は射撃不能になった。この時点で<水瀬“播磨”名雪>の砲力は50パーセントまで低下した。しかし、この第3砲塔が被弾の25秒前に放った第42斉射――最後の56センチ徹甲弾3発が、<水瀬“播磨”名雪>がこれまで敵から受けた損害を何十倍にもして返すことになるとは、被害への対処を指示していた相沢には知る由もなかった。
 

7 奇跡

 「いいぞ、砲術。3度目の命中だ」
 敵艦の第3砲塔付近で命中弾の閃光、そして爆発が発生したのを見て、レヴィンスキーは満足げに言った。さっきので第25斉射。命中率は6パーセントか。わずか2門の主砲による砲撃を考慮すれば、うん。悪くない。それに、機関部にダメージを与えたのか敵艦は速力を落としてもいる。とにかくこのまま撃ち合えば――。
 大きくうなずいたレヴィンスキーはハイエに向かって笑った。
 「長官、いけますよ。こちらの80センチ砲ならば奴の装甲はどこでも貫けます。このままいけば、<ミナセ“ハリマ”ナユキ>を犯れます!」
 ハイエもレヴィンスキーに笑みを向けた瞬間、彼らの視界は乳白色の光に包まれた。

 <ミズセ“シュトロハイム”アークデーモン>の中枢艦は、搭載主砲――80センチ砲に見合うだけの装甲を施されていた。常識的に考えれば、<水瀬“播磨”名雪>の55口径56センチ砲では貫通できない。
 しかし、この80センチ砲は列車砲である。その搭載方法は通常の戦艦とは大きく異なり、巨大なターンテーブルにレールが引かれ、砲はその上に横に並んだ状態で乗っている。そしてこのターンテーブルは分厚い装甲ドームが被せられ、砲はこのドームによって防御されるのである。旋回部も含めた重量は3万トンを軽く越える。
 この80センチ連装砲塔が射撃をする際には、ドームに設けられた開口部の蓋――これにも分厚い装甲が張られている――を開いてそこから砲身を突き出す。天文台の望遠鏡が収められたドームを連想すると理解しやすいだろう。ハイエやレヴィンスキーの視界を光で埋めた事態とは、<水瀬“播磨”名雪>の第3砲塔が放った最後の砲弾3発中2発が、この開口部に飛び込んだために発生した。
 56センチ砲弾の1発は砲架部分に直撃し、80センチ砲身の中に収められた装薬と砲弾を誘爆させた。砲身は砲架から強引に引き剥がされ、そのまま外に飛び出し、チアガールの投げたバトンのように回転しながら遠く離れた水面に落下、砲撃のそれに劣らない水柱を盛大に噴き上げた。そしてもう1発は揚弾機に直撃、そのまま揚弾筒を逆走し弾薬庫に達した時点で信管を作動させ、内部に仕込まれていた炸薬に一瞬の生命を与えた。まさに「奇跡」としか表現のしようがないほど確率の低い事態が起こったのである。

 レヴィンスキーが目を覚ました時には、艦橋は無人――生きた人間がいない――になっていた。艦橋そのものも半壊していた。あちこちに人体のかけらと体液らしきものが散らばっている。レヴィンスキーは立ち上がろうと思ってが前につんのめってしまった。体を支える両腕のうち、左のそれがまったく動かないのだった。痛みは感じなかった。
 近くに落ちていた制帽を拾い上げ、千切れかけた手すりに右手でつかまり立ちあがったレヴィンスキーが見たものは、断末魔の惨状を示す<ミズセ“シュトロハイム”アークデーモン>の前方部だった。
 中核艦の前に合体していた2隻――前部右舷艦<T>と前部左舷艦<U>の姿はなかった。中核艦の、2門の80センチ砲を収めていた堅固なドームも消滅していた。ただ端の部分が一部残っていて、かつてそこに「大きな何か」が存在していたという事実だけを示していた。中核艦の弾薬庫誘爆により生じた事態だというのはレヴィンスキーにもすぐ理解できた。だがこの場合、弾薬庫――80センチ砲弾とその装薬がすべて誘爆しても、なお原型をかろうじてとどめている中核艦の頑丈さを誉めるべきであろう。ハントゥヴェルクスマイスター大佐率いるゲヴェンリッヒャー・プラッツ設計局は<ミズセ“シュトロハイム”アークデーモン>を不沈艦に限りなく近い艦として造りあげたことがはからずも証明されたのだ。
 レヴィンスキーは負傷した足を引きずりながら右舷側へ、そして左舷側へ移動し、両舷の状況を確認した。その途中、艦がゆっくりと、そして徐々に傾きつつあることをかれは感じた。中部右舷艦<V>も、すでに副砲塔弾薬庫が誘爆して、艦としての機能を失いかけていた中部左舷艦<W>も、中核艦の爆発に巻きこまれ、原型をほとんどとどめてはいなかった。レヴィンスキーは思った。外郭艦6隻のうち4隻がやられ、中核艦もすでに浮力を失った。この艦は死んだのだ。不沈戦艦などというものは、結局存在しないのだな。
 そして敵を見た。後部甲板から煙を噴き上げていたが、まだ生きているようだった。いやそれどころか、前部甲板で砲弾命中のそれとは異なる閃光が発生した。
 破壊を免れていた高声電話が鳴ったのはその時だった。受話器の向こう側にいるのは、後部右舷艦<X>ならびに後部左舷艦<Y>の艦長で、状況を問い合わせてきたのである。<X>と<Y>はまだ無事らしかった。レヴィンスキーは司令部が全滅したこと、そして現在生き残っている乗員の中の最上級者が自分であることを告げ、<X>と<Y>の艦長に命じた。
 「本艦の命運は尽きた。諸君らはただちに中核艦より分離、本国に帰還せよ。生還の可能性がある限りは」帰還が無理なら投降せよとの意味を含んだ言葉だった。レヴィンスキーは大ドイツ帝国が滅びつつあることを理解していた。そして、これ以上の戦いは無用な死者を生むだけだと。レヴィンスキーは最後にこう締めくくった。
 「私に代わり、遥かなる祖国を目指してくれ、諸君。そして最後には、平和な祖国を。さようなら」
 直後、<水瀬“播磨”名雪>から降り注いだ6発の56センチ砲弾のうち1発が、レヴィンスキーただ1人がいる艦橋に命中した。その砲弾は彼の肉体も意識も含めて、そこにあったすべてを吹き飛ばし、無に帰した。

 「カタがついたね、副長」戦闘海域からの離脱を指揮しつつも、<水瀬“播磨”名雪>と<ミズセ“シュトロハイム”アークデーモン>の一騎討ちの一部始終を確認したウグーが言った。額にはじっとりと汗がにじんでいる。この季節には相応しくないが、日独巨大戦艦の決戦は、傍から見るものにとってもそれほどの緊迫感と迫力があった。
 「どうやら……そのようですね」声をかけられたガイドが返答する。そこへ、<ロードアイランド>から通信が入った。
 「こちら<ヴィクセン>。先ほど総員退艦命令を発しました。残念ですが本艦は自沈します」戦死した艦長に代わって指揮を取る副長の声は、無念さと言うよりもむしろ全力を尽したが力及ばなかった者が持つ一種の諦めが混じっていた。
 <ミズセ“シュトロハイム”アークデーモン>の80センチ砲ただ一撃で戦闘・航行能力をすべて失った<ロードアイランド>を救うため、他の<シーブリーム・バーニング>所属戦艦はどうにか<ロードアイランド>を曳航しようとしたが、その生き残りの3隻も自力航行がやっとという状態では手の打ちようがなかった。約1時間の奮闘の末、<ロードアイランド>は放棄されることが決まった。
 「力が及ばず申し訳ない」ウグーは詫びた。
 「いいえ、仕方がありません。これまで本艦に与えられた助力に感謝します、なお乗組員の救助を宜しくお願いします」
 「もう準備はできている。いつでもどうぞ」これで交信は終わった。
 「艦長、わたしは最後まで勇敢でいられたでしょうか?」突然、ガイドが無表情なままでウグーに尋ねた。
 「副長?」
 「わたしは勇敢でいられましたか?」再度尋ねる。
 ウグーは微笑み、部下をねぎらうような穏やかな口調で言った。「君は良くやってくれたよ、ガイド君。僕は君が義務を果たしてくれたことに感謝している。ありがとう」
 「あ……ありがとうございます、艦長」そう言ってガイドは頭を下げた。そして再び上げられた彼の顔は、戦闘が開始されて以来一度も見せていなかった爽やかな笑顔だった。
 良い顔だ。ウグーは思った。彼のような軍人がこれからの祖国防衛を担うのだな。願わくば僕たちのように祖国を奪われたなどという過ちは犯して欲しくないものだ。頼んだぞ。
 「我々はこのままでは任務を遂行できないな、損害を受けすぎた。我々を助けてくれたアイザワ君――<水瀬“播磨”名雪>も無傷ではないから、我々共々アイスランドに戻ることになるだろう。レイキャヴィクに行ったら“タイヤキ”でも探してみないかね? 僕と君とアイザワ君の3人で」
 「“タイヤキ”ですか? うーん、わたしはそれよりもアイスクリームの方が良いですね。たっぷりのバニラアイスが」
 「この寒いのにか?」
 「それでも美味しいものは美味しいですよ」
 ウグーは呆れたように独特の呻き声をあげた。だがその声はどこか楽しげだった。

 <ミズセ“シュトロハイム”アークデーモン>の後部から2隻の戦艦が分離、撤退しようとしても、<水瀬“播磨”名雪>にはそれを追撃するだけの余力はなかった。相沢のもとには先ほど砲術長から「主砲徹甲残弾あとわずか」の報告が寄せられていた。敵が沈黙したのを確認し、自艦も攻撃の手段をなくした相沢が追撃の代わりに命じたのは、敵艦への接近だった。
 それからおよそ40分後、<水瀬“播磨”名雪>は、姿を大きく変じた<ミズセ“シュトロハイム”アークデーモン>と1000メートルと離れていない場所で停止していた。相沢はすでに「手空き総員救助用意。カッター下ろせ」の命令を下している。上村彦之丞中将の故事――日露戦争、蔚山沖海戦において、撃沈したロシア装甲巡洋艦<リューリック>の乗員を「生きとし生ける者は犬、猫までも救助せよ」の命令で救助した――に習うことが、恐るべき敵は沈みつつある今、日本海軍軍人として成すべきことだと相沢は認識していた。
 「終わりましたね、艦長」安堵の表情を浮かべた北川が相沢に話しかけた。熾烈を極めた戦闘に決着がつき、RM3船団は無傷、<シーブリーム・バーニング>艦隊も撃沈された艦だけはないので声が明るい。<ロードアイランド>は自沈したが。
 「そうだな、終わったな。副長」相沢も北川とおなじような表情をしていた。
 「これで、この戦争は……」
 「そうだな、英国奪回は予定通り進むだろうな。我々の勝利はほぼ確実となった訳だ。まぁドイツが反応弾の全面使用などという無茶苦茶さえしなければ」
 北川は押し黙った。それが幸運にも起こらなかった場合でも、戦後の我々は常にその恐怖と隣り合わせで生きていかなければならないんだろうな、畜生。目の前の光景も、そしてこれからの世界秩序もまさに“この悪しき世界”だな。
 「副長、帰ったら奢ってやるよ」黙りこくった北川に、相沢がいつもの調子に戻って話しかけた。
 「当然ですよ、前は私の奢りだったんですから」そう言って北川も難しい顔を緩め、ニヤリと笑った。
 そして2人は笑いあった。まわりの部下もつられて笑っている。相沢はしみじみと思った。その戦争の行方がどうなるにせよ、うん。やはり俺たちはいつもこうじゃなくちゃならんな。
 空はすでに、いつもの冬の北海に戻っていた。すべてが灰色になった世界では、いつしか、雪が降り始めていた。
 
 


 
 
 
 






 解説

・題名「鋼鉄のビューティーガール」:「鋼鉄のレヴァイアサン」が元ネタです。
・艦名の表現:七崎さんがお考えになった「予算獲得時の暗号」のアイデアを使う手もありましたが、それをやると「この<水瀬“播磨”名雪>を女性にたとえるなら掛け値なしの美少女だ」の台詞の説得力がなくなってしまうので、あえて「愛称」も使いました(反応爆)。
・要塞戦艦<ミズセ“シュトロハイム”アークデーモン>:コミック版「新旭日の艦隊」に登場する要塞戦艦フェルゼンが元ネタです。7巻巻頭にカラーイラストがあります。
・ハイエ中将とレヴィンスキー大佐:<ミズセ“シュトロハイム”アークデーモン>の上層部に適切なキャラクターが思い浮かばなかったので、RSBC外伝1から使わせて頂きました。
・<シーブリーム・バーニング>:英語で「たい焼き」の意。
・ ストール・ガイド中佐:「ガイド」は英語で本の間にはさむものを意味します。
・<ロードアイランド>の呼び出し符丁<ヴィクセン>:英語で「雌ぎつね」の意。
・<水瀬“播磨”名雪>の全幅57メートル:名雪のウエストサイズ57センチから。
・相沢大佐の妻およびその母親:daiさん作の「戦艦<テルピッツ>を撃沈せよ」から設定を拝借致しました。
・ ウグー大佐の「独特の変わった呻き声」:説明の必要はありませんね(笑)。
・「面ぁ見られてんだ、生かして返すな! 撃ちまくれ!」:コンバットコミック98年秋号収録の「カクダ・チャージ」の台詞の一つより。なんか気に入ったので。
・「<ミナセ“ハリマ”ナユキ>を犯れます!」:誤字ではありません(爆)。「殺れます」だとちょっと痛いので、って、どっちも変わりませんね(自爆)。
・レヴィンスキー最期の言葉:元ネタは「戦艦<ヒンデンブルグ>の最期」ですが「Air」にも影響されました。
・「主砲徹甲残弾あとわずか」:<水瀬“播磨”名雪>は当初地上砲撃を想定して出撃したので、榴弾の比率が多かったということです。
 
 

 主な元ネタ

・「レッドサンブラッククロス外伝1」佐藤大輔/徳間書店
・「鋼鉄のレヴァイアサン」横山信義/徳間書店・中央公論新社
・コミック「新旭日の艦隊」原作・荒巻義雄 作画・飯島祐輔/中央公論新社
・「kanon」/key
・「Air」/key
・「kanono」/いつものところ
 
 

 あとがき

 どうも、自称「八八(cm)艦隊随一のトンデモ艦設計者」のU−2Kです(自爆)。
 まず始めに、この作品はあくまでも八八(cm)艦隊物語の仮想(火葬?)戦記だということをお断りしておきます。八八(cm)艦隊物語がギャルゲーや仮想戦記の2次創作ですから、これはさしずめ3次創作といったところでしょうか(笑)。
 ですから、この作品の設定が八八(cm)艦隊本編に影響を及ぼすことは一切ありませんので、その点はどうかご了承下さい。
 それではネタバレです。
 そもそもこの作品は、以前私が「日本未成戦艦」を考えた時に「もし<7号艦>が完成していたらこの世界ではどうなっていただろうか?」と思ったのが始まりでした。そしてこの世界には「要塞戦艦」があり、これと<7号艦>が撃ち合えばさぞ凄い戦いになるのではないか。このような妄想を抱いて描き始めました。
 しかし、<ミズセ“シュトロハイム”アークデーモン>がこの世界には相応しくなく、凍結することになるに従い、作成途中の当作品もお蔵入りすることが決定しました。しかし書き始めた以上は完成させたい。そう思いどうにか完成にこぎつけ、ごく一部の関係者のみへ配付しました。
 ところが、10月8日から9日にかけて川崎市で開かれた会談で、当作品掲載の依頼を受けました。そして加筆と修正の上、当作品は現在ここにあるに至っているという訳です。
 私ごときの文章力でどれほどの迫力を出せたかははなはだ疑問ではあります。しかし、こういった戦艦の砲戦話は書いてて楽しかったです。純粋な火力と火力のぶつかり合いでわかりやすいと言う面もありますが。大艦巨砲が航空主兵に比べ対費用効果で劣ることがわかっていても、やはり戦艦は男の浪漫(爆)。
 それでは最後に、この作品のネタを与えて下さった造船官を始めとする皆様、そしてこの作品を読んで下さった皆様、どうもありがとうございました。

 2000年9月21日完成 2000年10月18日加筆修正



 さきの川崎密談では無理を言ってしまい申し訳ありません(確かあれ頼んだの〇三〇〇時位だった気がする・・・)。
 いや〜先日拝見したベータ版がさらにパワーアップしています。解説の強化もあって、管理者の立場も忘れて楽しませていただきました。
 我々の世界から見る「播磨」の出てくる仮想戦記が、八八(cm)世界ではこうなると言う事ですね。
 ま、色々ありましたが、十分仮想戦記として読める作品になっていると思います。
 U−2K製図部長、「了承」して下さり有難うございました。
管理者(当時) 七崎


文書館へ
トップページへ