鋼鉄のビューティーガール

八八(cm)艦隊仮想戦記


前編



1 接触

 この日の北海は、この冬の季節にしては珍しく晴れ渡っていた。
 だが海面は空とは対称的で、白く長い筋模様が蒼い海を飾り立てている。実に冬の北海らしい。だがそれだけであればどんなに良かっただろう。<富嶽改「加農装」号>機長、木目沢少佐は思った。
 彼をそんな思いに駆り立てているものは、海面に自然現象とは異なる波――軍艦の立てる艦首波が生じているからである。しかも複数。それが複雑に重なり合い、訳のわからない模様を作り出しているのだった。
 「あれが……あれが<ミズセ“シュトロハイム”アークデーモン>か……」木目沢は驚愕を隠し得ない震えた声で呟いた。それもその筈だった。
 <ミズセ“シュトロハイム”アークデーモン>――それは長いこと、枢軸軍内部では恐怖の代名詞だった。謎のドイツ新型戦艦として。それが今、木目沢の眼下に存在する。全長・全幅はどう少なく見積もってもそれぞれ500メートル・200メートル以上はある「要塞戦艦」という存在すら疑いたくなるような巨大戦艦として。
 日本海軍機動部隊による航空攻撃は失敗したと木目沢は聞かされている。250機以上も投入してなんら損害を与えられなかった敵艦。もしもあれへ攻撃するのが自分たちであったら――。木目沢はそう考えると操縦桿を握る手が震えてきそうだった。木目沢は、爆撃機乗りにとっての地獄であるグロス・ベルリン爆撃に第1回目から参加、幾度もその死戦をくぐり抜けてきたベテランの搭乗員だったが、その彼が眼下の敵に圧倒され、言い知れぬ威圧感と恐怖感を感じていた。
 しかし今回、彼らに与えられた任務は攻撃ではなく偵察だった。敵艦の進路を見極め、それを報告するのが木目沢たちの任務だった。
 「こちら日本統合航空軍、第2重攻撃飛行師団、第60飛行中隊長機――」木目沢は自分の所属する基地――アイスランド島、ケフィラヴィク基地に報告を送った。あんな化け物と戦うことにならなくて良かったと思いつつ。しかし木目沢は成すべきことは成すつもりだった。そして今、それを実践しつつある。
 「我、目標を補足。目標は現在シェトランド諸島沖を航行中。進路……」
 

2 要塞戦艦

 要塞戦艦<ミズセ“シュトロハイム”アークデーモン>。この世界軍艦史上例を見ない超々々々巨大戦艦の計画がスタートしたのは1944年、ドイツ海軍の艦船設計局の1つであるゲヴェンリッヒャー・プラッツ設計局のシュテッヒパルメ・スターン・ハントゥヴェルクスマイスター大佐が「不沈戦艦」のアイデアを提示したことから始まる。それは、巨大な艦を1隻建造するのではなく、複数の6万トンクラス戦艦を洋上で合体させて1隻の戦艦を構成するという奇抜なアイデアだった。
 ハントゥヴェルクスマイスターはこの案を海軍上層部へ持ちこんだ。しかし即座に却下された。この頃すでに「Z計画」は終盤に差し掛かっていた。<フリードリヒ“オタク”デァ“ヨコ”グロッセ>級が2番艦まで完成、3番艦が儀装中。<フリードリヒ>級に続く<フォン・モルトケ>級2隻が建造中。さらに<モルトケ>級を上回る<皆瀬“フォン・ヒンデンブルグ”葵>級も工事が着手され、強大な八八(cm)艦隊を有する日本海軍に対抗すべき戦艦戦力を整えつつあった。そのような中、いくらドイツ人が奇想天外な兵器を好む傾向にあるとはいえ、あまりにも奇抜過ぎた合体戦艦は相手にされなかったのだ。
 しかし思わぬところから救いの手が差し伸べられる。それはを差し伸べたのは誰あろう大ドイツ帝国総統、アドルフ・ヒトラーだった。この「不沈戦艦」のアイデアをどこからか入手していたヒトラーはハントゥヴェルクスマイスター本人から計画を聞き出し、それに感動して計画を正式なものにするよう命じた。かくして「不沈戦艦」は大規模に修正された「Z計画」の中に組み込まれてスタートした(すでに建造が着手されている戦艦はそのまま建造が続けられたが、まだ起工されていなかった戦艦はことごとく中止の憂き目にあった)。
 建造計画が正式になったとはいえ、それがそのまま建造に問題がなくなった訳ではなかった。兵器に関して「天才的」な思いつきをするヒトラーは<アークデーモン>のコードネームを与えたり(これは計画そのものには何も影響しなかった)、80センチ列車砲<グスタフ>を主砲とするよう指示(実質的には命令)した。そして設計は修正につぐ修正を強いられたうえ、複雑な合体機構の製造にも手まどり、当初の予定を大幅に遅れて1951年9月23日に完成した<ミズセ“シュトロハイム”アークデーモン>は、もっとも巨大な中核艦<Z>(20万トン)と、前部右舷・左舷に合体する<T>と<U>(各6万2000トン)、中部右舷・左舷に合体する<V>と<W>(各7万5000トン)、そして後部右舷・左舷に合体する<X>と<Y>(各6万3000トン)の計7隻で構成される、合計基準排水量60万トンという、空前絶後の艦となっていた。この実物を視察したヒトラーは狂気乱舞し、「要塞戦艦」の称号を与え、ここに要塞戦艦<ミズセ“シュトロハイム”アークデーモン>が誕生したのだった。
 主砲80センチ列車砲2門、副砲49口径50,8センチ砲28門(<T><U><X><Y>がそれぞれ連装2基、<V><W>連装3基)。ディーゼル機関による速力は最大18ノットの低速だが、防御を徹底的に優先した構造になっている。<T>から<Y>は対50,8センチ砲防御だが、<Z>は自艦の80センチ砲に対する防御を想定している。さらにこの7隻に共通することは、この堅固な装甲を集中防御形式ではなくほぼ艦全体に張り巡らせている全体防御形式を採用していることだった。水密区画も細分化され、なおかつ頑丈なのは言うまでもない。<ミズセ“シュトロハイム”アークデーモン>こそ、(反応兵器を除けば)人類が産み出したまさに最強最大最悪の凶器に他ならなかった。
 そして<ミズセ“シュトロハイム”アークデーモン>完成からおよそ4ヵ月後の1952年2月、枢軸国軍による英国奪還作戦<アーク・エンジェル>が発動した。

 「通報されましたな」見張り員と通信室からの報告を受けた<ミズセ“シュトロハイム”アークデーモン>の艦長、オットー・フォン・レヴィンスキー大佐は言った。
 「我々はどのみち、枢軸側のフネがうようよする場所に強引にのりこんでいくのだ。いま発見されても大して変わらんよ、オットー」レヴィンスキーの傍らで落ち着いて言ったのは、大ドイツ帝国海軍に最後に残されたまともな水上艦隊「アークデーモン艦隊」の司令長官、ゴドフリート・ハイエ中将である。
 もっとも「まともな水上艦隊」とは言っても、この時点でのアークデーモン艦隊は先の日本海軍機による攻撃で12隻の護衛駆逐艦をすべて失い、<ミズセ“シュトロハイム”アークデーモン>ただ1隻という厳密に言えば艦隊とは呼べない状況にあったのだが。

 現在、アークデーモン艦隊に総統から直々に与えられている任務は単純だった。ブリテン島に上陸した枢軸軍を粉砕し、ブリテン島陥落を阻止する。それだけだった。
   地中海で密かに訓練を行っていた<ミズセ“シュトロハイム”アークデーモン>はこの命令を受け、ジブラルタル海峡を通過した後に合体し「要塞戦艦」となり、12隻の駆逐艦を率いて一路ブリテン島を目指した。そしてセントジョージズ海峡からアイリッシュ海、ノース海峡を経て、キンタイア半島沖に到達した<ミズセ“シュトロハイム”アークデーモン>はそこから80センチ主砲によるアウトレンジ砲撃で、枢軸軍第1派上陸部隊の内、すでにグラスゴー郊外に達していた数個師団を壊滅させた。そして北上を続け、北海側に向かった。
 枢軸軍の橋頭堡はモレー湾のインヴァネス郊外に存在し、スコットランド最大の港湾施設を有するエディンバラがまだ陥落していない現状では、その橋頭堡以外に物資を集積する場所は存在しない。ハイエは<ミズセ“シュトロハイム”アークデーモン>を駆ってそこに殴り込みをかける作戦を立てたのだった。橋頭堡を殲滅すれば、貴重な戦略物資を失った枢軸軍は、先に殲滅した数個師団とおなじ運命を辿るだろう。
 枢軸軍側もこれを黙って見ていた訳ではない。<ミズセ“シュトロハイム”アークデーモン>を航空偵察で確認した直後には、ドイツ海軍最後の一大反攻作戦<北の暴風>でドイツ機動部隊を撃滅した日本海軍機動部隊による航空攻撃を行った。<北の暴風>での勝利もあり、絶対の自信を持って攻撃を敢行した250機を越える航空隊だったが、彼らは地獄を見た。
 <ミズセ“シュトロハイム”アークデーモン>は65口径10,5センチ連装高角砲を246基、艦対空ミサイル発射機を28基、そして無数の対空機関砲をその巨体に積み上げている。これらが撃ち上げる対空射撃はあまりにも凄まじく、近接信管の炸裂は空一面を黒く染め上げるほどだった。日本機は空対艦誘導弾を発射する前に撃墜、もしくは戦闘不能になる機が続出、ようやく発射にこぎつけても要塞戦艦の圧倒的な弾幕は、<北の暴風>でドイツ空母とその護衛艦を海の藻屑に変えた誘導弾を次々と迎撃、もしくは無力化していった。結局、日本の攻撃隊が挙げた戦果は、駆逐艦12隻すべてを沈めた以外は<ミズセ“シュトロハイム”アークデーモン>に数発の誘導弾を命中させただけにとどまった。当然<ミズセ“シュトロハイム”アークデーモン>の損害は無視できるほど軽いものだった。
 そして枢軸軍の妨害を排除した<ミズセ“シュトロハイム”アークデーモン>がシェトランド諸島沖を航行し、モレー湾を目指しているのだった。

 「その場所に突撃する前に敵艦隊と遭遇する可能性もあります」レヴィンスキーは言った。「その場合はいったいどうしますか? 長官」
 「敵艦隊を殲滅する。本艦の能力ならばそれは可能だろう? オットー」ハイエは日本航空隊を一方的に痛めつけた先の戦闘を思い出し、不敵な笑みを浮かべた。
 「ヤー」レヴィンスキーは力強く頷いた。レーダー室から、敵輸送船団探知の報告が入ったのはその時だった。
 

3 船団

 シェトランド諸島沖を航行していたのは<ミズセ“シュトロハイム”アークデーモン>だけではなかった。
 RM3船団――レイキャヴィク−モレー湾間第3次船団はその名の通り、モレー湾の枢軸軍橋頭堡へ弾薬・食料などの戦略物資、戦車・重砲等の重火器、野戦飛行場へ配備する航空機、そして兵員を運んでいる最中だった。現在の英国本土戦線はまったく予断を許さない。この船団が運ぶものが英国戦線にどのような意味があるかはRM3船団護衛英米合同艦隊<シーブリーム・バーニング>の艦長たちから1兵卒に至るまで誰もが理解し尽くしていた。
 <シーブリーム・バーニング>には英国海軍の戦艦が2隻、合衆国海軍の戦艦が2隻所属していた。内訳は、
 大英帝国海軍戦艦 <キング・ジョージX世> <セント・デイビット>
 アメリカ合衆国海軍戦艦 BB−55<ロードアイランド> BB−63<ルイジアナ>
 となっている。
 <キング・ジョージX世>と<ロードアイランド>。前者は英国がポスト隆山条約艦の第1号として建造した戦艦のネームシップで、後者は合衆国が<サウスダコタ>級の後継として建造したポスト隆山条約艦<アラバマ>級の5番艦である。両艦とも第2次、第3次両大戦をこれまで戦い抜いてきた殊勲艦と言えよう。この2隻は主砲が40,6センチ砲9門であるのが共通しているが、砲身長は<キング・ジョージX世>が45口径、<ロードアイランド>が51口径と異なっている。
 <セント・デイビット>は1920年代に建造され、その後隆山条約の失効まで世界の海の平和を保った88隻の戦艦の内の1隻である。この時すでに艦齢25年にも達する旧式艦で速力も23ノットと低速だが、9門の45口径45,7センチ砲と重装甲を持ち、その性能はけして侮れないものがあった。
 そして<ルイジアナ>は、合衆国が日本の<高瀬“大和”瑞希>級への切り札として建造した<ケンタッキー>級の5番艦――実質的に合衆国が建造した最後の戦艦である(6番艦と7番艦は建造中にドイツの侵攻を受け、ドッグの中で鹵獲されたうえ、ドイツの戦艦として完成していた)。主砲は<セント・デイビット>とおなじ45口径45,7センチ砲だが、流石に新しいだけあって砲自体の威力と発射速度が優れている。30ノットの高速と合衆国艦らしい堅固な防御をあわせて考えると、砲力、防御力、速力の3要素をなるべく高い水準でバランスを取った、実に優れた戦艦である。
 これら4隻の戦艦を中心とする護衛艦隊<シーブリーム・バーニング>。船団につける護衛としてはかなり強力である。本当ならば<シーブリーム・バーニング>に所属している戦艦は<キング・ジョージX世>と<ロードアイランド>だけだったのだが、アイスランドでの整備が終わり英国戦線の支援に向かう<ルイジアナ>と<セント・デイビット>の出撃がRM3船団の出発と重なったため、それならば英国に着くまで護衛を勤めてもらおうということで急遽<シーブリーム・バーニング>に編入されたのだった。それが2隻の45,6センチ砲戦艦を含む4隻の戦艦が護衛についている理由である。

 「本当にあれとやりあうのですか、艦長」
 <シーブリーム・バーニング>旗艦は<キング・ジョージX世>である。その艦橋で副長、ストール・ガイド中佐の問いに対し、艦長兼護衛艦隊司令、ツゥキィーミャ・ウグー大佐は視線を水平線遥か先の敵に見据えながら答えた。
 「それしかあるまい。あの得体の知れないドイツ戦艦は祖国奪還部隊の数個師団を吹き飛ばし、日本人が2度にわたって仕掛けた航空攻撃も失敗に終わった。彼ら自慢の<小出“葛城”由美子>級3隻分の航空隊が何もできなかったのだ。我々枢軸海軍は現在、戦艦を手当り次第かき集めて奴に対抗しようとしているが、間に合うまい」
 ウグーはそこで言葉を区切り、今度はガイドにふりかえり、優しい声で続けた。
 「副長、君がダートマスで最初に学んだことは何かね?」
 「それは……『見敵必戦』であります、サー」
 「そうだ。そして我々は英国海軍軍人だ。成すべきことは一つだよ。副長」
 副長の顔つきが変わった。何かを悟ったような、そして覚悟を決めた顔だった。
 「そうですね、そうでした」
 しかし、ウグーの内心は別のところにあった。ウグーはかつて水雷戦隊を率い、縦横無尽の活躍をしてきた根っからの「水上生活者」だった。その襲撃と退避の巧妙さから「食い逃げ屋」の異名を取ったこともある。日本海軍との合同演習では精強をもって知られる日本水雷戦隊に何度も煮え湯を飲ませ、日本海軍からも一目置かれるほどの存在だった。
 ウグーは思った。この戦いでは僕がもっとも得意とする一撃離脱――食い逃げはできないな。それどころか敵に食い逃げ――いや、あの巨大戦艦はそんなことはしない。こちらは何もかも食い尽されてしまうかもしれない。なにせ船団の速力は10ノット足らず(高速戦時標準船はRM1船団とRM2船団に集中配備され、RM3は民間徴用の低速船がほとんどだった)、敵はあまりにも巨大とはいえ18ノットは出るようだし。
 その時、水平線の彼方でなにかが光った。少し遅れてレーダー室からの報告が飛び込む。
 「敵艦発砲!」
 艦橋が興奮(そして若干の恐怖)で包まれゆく中、ウグーは冷静に通信参謀に命令を下した。
 「僚艦に信号。『<ダブルスウィート>より<ヴィクセン><ミスター・ハニーベア><マジックガール>各艦へ。突撃、我に続け』」
 <シーブリーム・バーニング>の戦艦にはそれぞれに呼び出し符丁が設けられている。<キング・ジョージX世>が<ダブルスウィート>、<ロードアイランド>が<ヴィクセン>、<ルイジアナ>が<ミスター・ハニーベア>、そして<セント・デイビット>が<マジックガール>である。
 ウグーの命令は続く。
 「次に近隣の友軍すべてに発信。『我、敵巨大戦艦ノ砲撃ヲ受ケタリ。コレヨリ戦闘ヲ開始ス』位置、時間だ」そしてさらに続けた。
 「あとこれを付け加えたまえ。『我ニ奇跡ハ起コセズ。サレド祖国ヲ離レルコトハ無シ。我ハ誓イタリ。雪降リシ冬モ、花咲キシ春モ、静カナル夏モ、葉ノ色ガ変ワリシ秋モ、ソシテ再ビ雪ガ降リテモ、我ハ逃ゲズ。我ハ祖国ヲ護リタリ。我、英国ヲ愛シタリ』と」
 この電文は後に、世界軍事史上もっとも感動的な電文と称されることになる。
 かくして、後に「シェトランド沖海戦」と称される海戦の幕が開けた。
 

4 <7号艦>

 艦首に菊を頂き、マストに旭日旗を翻したその艦は、巨大だった。それが北海の荒波を蹴立てて征く。
 大日本帝国海軍戦艦<水瀬“播磨”名雪>。仮称<7号艦>級で唯一建造された艦。そしてその仮称で日本海軍、そして敵であるドイツ海軍にも知られていた。無論、その性能は別だが。
 日本海軍が明治維新以来脈々と築きあげてきた建艦技術、その頂点に位置するのがこの<水瀬“播磨”名雪>だった。基準排水量21万7000トン、全長380メートル、全幅57メートルにも達する巨体には、55口径56センチ3連装砲塔が前部に2基、後部に2基、それぞれ背負い式に配置されている。高くそびえる艦橋、角張った重厚な煙突、多少小振りな後檣楼、艦上構造物付近に積み上げられた両用砲と機銃。これら艦を構成するパーツがバランスよく船体に添え付けられている。まさに見事と言うほかはない。<水瀬“播磨”名雪>は強さと同時に美しさの象徴でもあった。

 <水瀬“播磨”名雪>は本来、計画だけで終わるはずだった。<7号艦>の仮称はこの艦が、日本が隆山海軍軍縮条約の効力が切れてから建造するいわゆる「ポスト隆山条約戦艦」で7番目の戦艦であるということを意味する。だが、実際に建造された戦艦はこの<水瀬“播磨”名雪>を除けば、<高瀬“大和”瑞希>と<澤田“信濃”真紀子>のわずか2隻にとどまった。なぜなら、訓練中に空母艦載機からの実弾誤爆を受けて<幽霊“陸奥”部長>が轟沈した1938年の「海軍甲事件」、<高倉“武蔵”みどり>建造再開を巡る同年の汚職事件「海軍骨董品事件」等の不祥事が相次いだうえ、海軍の戦略そのものが航空主兵主義へと流れていったからだ。そして41年の太平洋戦争勃発がその流れを決定的にした。日本の戦艦建造計画は当初の予定よりも大幅に縮小され、超<高瀬“大和”瑞希>級戦艦2隻、そして<7号艦>級3隻も計画中止に追い込まれた。
 そして1945年、太平洋戦争は終わった。当面の主敵であったアメリカ合衆国との休戦は達成したものの、今度は第2次世界大戦において欧州の全土を席巻した大ドイツ帝国が日本の前に立ち塞がるであろうことは誰にでも予測がついた。そして彼らは「Z計画」という、戦艦を中心とした一大建艦計画を実行に移していた。
 日本海軍は、ドイツの新型戦艦群にはかつて海軍の中心であり日本の誇りでもあった八八(cm)艦隊計画艦とポスト隆山条約戦艦の2隻、そして太平洋戦争中に確固たる地位を築き上げ、ついには戦艦に代わり海軍の主力となった空母機動部隊で対抗できると考えた。その分析は後世の観点から言えば正しかった。日本が当時把握していた「Z計画」での最大艦は<皆瀬“フォン・ヒンデンブルグ”葵>級2隻(7万6000トン、49口径46センチ砲――計画では49口径50,8センチ砲――8門)だった。この艦が相手ならば<高瀬“大和”瑞希>級でも勝負ができる。
 しかし、不安要素がなかった訳ではなかった。英国諜報部が名前だけは掴んだドイツの新兵器開発計画――「アークデーモン計画」が海軍に不安を与えていたのだった(これは陸軍も統合航空軍もおなじだった。陸軍は「アークデーモン計画」をドイツの新型重戦車開発計画と考え、統合航空軍は戦略爆撃機、もしくは大陸間弾道弾の開発計画と考えた)。
 さらなる諜報工作の結果、1946年に「アークデーモン計画」の内容が判明した。それは海軍にもっとも影響を与えるものだった。正式名称SS−Z。SSはドイツ語のSchlachtschiffeの略称であり、戦艦を意味した。そしてZは計画の順番を指していた。ドイツはAから順番にアルファベットを戦艦に割り振っている。
 問題はこのZだった。日本がこれまでに掴んでいた「Z計画」におけるドイツ戦艦の最終番号はS。それからいきなりZまで――アルファベットの最後まで飛ぶとは、これはいったい何を意味しているのか。この「Z」についてさまざまな憶測が飛び交い、そして一つの恐るべき結論に達した。ドイツ海軍は「S」以降の「T」から「Y」の計画を中止し、それを「Z」に集約してこれまでにない超巨大戦艦を――大艦巨砲の頂点に位置するような戦艦を造ろうとしている(これは半分間違いで半分正解であった。ドイツはTからYまでの6隻もちゃんと建造した。そしてそれを集約――合体させて1隻の要塞戦艦にしたのだから)。
 海軍は愕然とした。新たに判明したドイツの新型戦艦への対抗策が陸空軍、統合軍令本部をも巻き込んで検討された(海軍の対抗策がどうなるかによって陸空軍に割り振られる予算も変わってくる)。しかも結論は急がねばならなかった。この時点で日本はドイツの「アークデーモン計画」と比べて大きく出遅れている。ぐずぐずしていればやがて取り返しの付かない事態に陥るだろう。
 結局、統合軍令本部が打ち出した対抗策は(結論を急いだがゆえ)極めて単純なものだった。目には目を、歯には歯を、そして戦艦には戦艦を――日本も新型戦艦を1隻建造するという決定が下されたのだった。そして建造されるべき艦はある程度計画が煮詰まっていた艦で最強のもの、つまりは仮称<7号艦>と決定した。なお、この時建造計画が進められていた日本初の反応動力航空母艦<宮田“飛天”健太郎>は<7号艦>建造を優先するため計画が凍結された(<宮田“飛天”健太郎>が実際に完成するには1961年まで待たねばならない)。
 艦政本部の総力を上げた設計、そして大神工廠での突貫工事の末、<水瀬“播磨”名雪>と命名されたこの超巨大戦艦は1950年12月23日、くしくも皇太子殿下が御誕生あそばされたのとおなじ日に完成したのだった。
 しかし<水瀬“播磨”名雪>を実質的な戦力にするのはまだしばらくの時間が必要だった。この艦に盛り込まれた数々の新機軸がトラブルを起こしたためである。技術者や乗組員の努力の末、幾多のトラブルを克服し実戦力になったのは完成から半年以上経った頃だった。

 「艦長、アイスランドから映像が届きました」
 「おう、ご苦労さん。さっそく見せてくれ」
 通信長の呼びかけに応えたのは<水瀬“播磨”名雪>の乗員約7000名を率いる、艦長の相沢祐一大佐である。海軍内部でも変わり者として知られている人物だが(流石に変人奇人とまではいかないが)、その態度からは部下に対する傲慢な態度は微塵も感じられない。戦艦の艦長というより、駆逐艦長に多いタイプの人物と言えるかもしれない。
 艦橋に設置されたブラウン管に、統合航空軍の索敵機が撮影した映像が流れ出した。いくつもの艦首波が発生している。中央にひときわ巨大な艦があり、その周囲にもかなりの大きさのを持つ艦が6隻、亀甲状に合体していた。
 「7胴艦か、でかいな」相沢は言った。
 「でかいですね」傍らからブラウン管を覗き込んでいた<水瀬“播磨”名雪>副長、北川潤中佐も言った。
 「なんだ副長、いたのか」
 「私はさっきからここにいますよ、艦長。私を無視しないで下さい」北川が呆れたような声を出した。このふたりはいつもこんな調子だった。そして彼らはこのやり方で上手く付き合ってきた。乗組員たちはこのような艦長と副長のやりとりを「漫才」と呼び親しんでいた。
 「全然そんなことはないぞ。ああ、まあいいか。それよりも見てみろ、副長」
 「よくはありませんが……」北沢は呟きながらも気持ちを切り替え、相沢が指をさす部分に注目する。「……砲塔みたいですね。砲身が見えませんが」敵艦を構成する中央部、その真ん中あたりに円形のドームがあった。
 「おそらくは君の言うとおりだろう」相沢は北川の意見を肯定した。「51センチ砲塔らしきものはこの周りに多数見える。1、2、3……14基、51センチが28門か……」
 「ではこの中に、グラスゴー付近の数個師団を吹き飛ばした例の大口径砲が……」
 「多分な。数は1、2門ぐらいだろう。そこでだ、副長」
 「はい」
 「君なら、どう戦う? この怪物と」相沢は真面目な顔つきになって北川に尋ねた。このあたりは流石に艦長らしい。
 北川は少し考え、答える。
 「そうですね……、本艦の装甲は対56センチ砲を想定していますが、28門の51センチ砲の集中砲火を浴びるのはかなりきついでしょうね。こちらは砲力と――おそらく装甲も敵に劣っていると思います」ここでいったん区切り、続ける。「ですが、速力はこちらがはるかに優越しています。ですから、こちらは常に有利な位置を占め、敵の51センチ砲の射程外から射撃をおこなうしかないと愚考しますが」
 「敵から受ける射撃を大口径砲だけにとどめるというわけか」相沢はうなずいた。「確かに大口径の主砲のみならず51センチ副砲まで浴びるのは御免被りたいな。よし、それでいこう。というより、それしかなさそうだ」
 「ありがとうございます、艦長」北川は自分の案を採用してくれた相沢に礼を言った。
 「いや、礼を言うことはないぞ。俺も似たようなことを考えていたからな」相沢はいたずら好きの子供のような笑みを浮かべた。つられて北川も笑う。
 そこへ、通信士官が相沢の元へやって来て「艦長。電文です」と告げる。その顔には多少動揺の色があった。
 「なんだ、読んでくれ」
 「読みます。『発、RM3船団護衛艦隊<シーブリーム・バーニング>。宛、友軍各位。本文。我、敵巨大戦艦ノ砲撃ヲ受ケタリ。コレヨリ戦闘ヲ開始ス』」そして通信士官は場所と時間を読み上げた。
 「しまった……!」北川が顔面蒼白になって呟く。「船団があの怪物に……」
 「電文にはまだ続きがあります。『我ニ奇跡ハ起コセズ。サレド祖国ヲ離レルコトハ無シ。我ハ誓イタリ。雪降リシ冬モ、花咲キシ春モ、静カナル夏モ、葉ノ色ガ変ワリシ秋モ、ソシテ再ビ雪ガ降リテモ、我ハ逃ゲズ。我ハ祖国ヲ護リタリ。我、英国ヲ愛シタリ』以上です」
 艦橋にいる何人かが思わず唸った。あまりにも悲壮、そして感動的。目を潤ませる者まで現れた。
 「航海長、全速だ」相沢は即座に言い放った。疑問を挟むことを許さないような断固たる口調だった。しかしこの場に彼の主張に反対する者などいる筈がない。航海長が「宜侯、機関全速・GT全力運転」と応じ、機関室へ伝えた。
 その間相沢は電話付きの水兵に命じ、艦内電話を全艦のスピーカーに繋がせる。
 「こちら艦長。たった今、友軍の護衛船団が敵の新型戦艦に襲撃された。本艦はただちに現場に急行、船団を救い出す。宜しく頼む、諸君。以上」
 機関の音がにわかに高まりだした。<水瀬“播磨”名雪>の心臓部は、総計72万馬力の出力を生み出すCODLAG――ディーゼル電気推進/ガスタービン複合推進システムである。英国と合衆国の技術協力もありようやく実用化されたこのシステムによって、<水瀬“播磨”名雪>は巡航速力18ノットで1万8000海里という、有力な陸上長距離のマラソン選手のような航続距離と、最大で34,6ノットというこれまた有力な短距離走選手のような瞬発力と速力を併せ持つに至っている。
 しかし同時に、<水瀬“播磨”名雪>の実戦力化が遅れた最大の要因はこのガスタービン機関だった。これまで駆逐艦などで実験を重ね、相当の成果を出していたが戦艦用の大型機関となると話は別であった。扱いは慎重を極めたが、動かそうとしてもまったく動かないこともあり、そのため機関科員は<水瀬“播磨”名雪>を当初「眠り姫」と呼んだほどだった。
 艦首が蹴立てる波は大きくなり始め、<水瀬“播磨”名雪>は全力で駆け出した。遅刻は絶対に許されない。
 

5 戦闘開始

 「ほぅ、船団を逃がして本艦と正面からやる気か」ハイエは感心したように言った。
 「英国海軍と合衆国海軍、流石ですな」レヴィンスキーも感じたことはハイエとおなじらしい。
 <シーブリーム・バーニング>の4隻の戦艦はRM3船団を北方に向けさせたあと、<ミズセ“シュトロハイム”アークデーモン>に突撃を開始している。砲撃はまだ開始していない。距離が遠すぎるのだった。
 対する<ミズセ“シュトロハイム”アークデーモン>は先手を打った。だがまだ照準は不正確で、初弾に続く第2、第3斉射も敵艦から大きく離れた場所に水柱を上げただけだった。そのうち、<シーブリーム・バーニング>は<ミズセ“シュトロハイム”アークデーモン>に接近し、距離を3万5000まで詰めた。そして<シーブリーム・バーニング>は反撃を開始した。

 「敵艦を射程距離に捕らえました!」主砲射撃指揮所から砲術長の嬉々とした声が届く。この時点で射程に勝る他の戦艦3隻は砲撃を開始している。特に45,7センチ砲戦艦の<ルイジアナ>と<セント・デイビット>は(目標があまりに巨大なこともあり)敵に命中弾を与え始めていた。
 「打ち方始め」ウグーは命じた。
 歴戦の戦艦<キング・ジョージX世>は轟音と共に9門の40,6センチ砲を発射した。それは約50秒に<ミズセ“シュトロハイム”アークデーモン>に達し、驚くべきことにこの初弾から3発の命中弾を出した。流石は第2次大戦勃発からこれまで、当時の最新鋭艦として常に第一線で戦ってきたヴェテラン戦艦である。だが与えた命中弾はすべて弾き返された。
 「命中はしていますが……効いていないようですね」ガイドが言った。その顔は悔しさを完全には隠しきれていない。そのガイドにウグーは諭すように答えた。
 「とにかく射撃を加え続けよう。我々にはそれ以外の何もできない」
 ガイドがそう言った直後、至近距離に50,8センチ砲弾が落下した。凄まじい衝撃が<キング・ジョージX世>を大きく揺さぶる。
 その動揺にウグーは堪えきれなかった。バランスを崩して艦橋の側壁にぶつかり、彼独特の変わった呻き声を喉の奥から漏らした。
 一方、ガイドの受けた衝撃は物理的なものよりも精神的なものの方が大きかったらしく、床に座りこんで放心状態となっていた。軽い戦争神経症だな。体勢を整え直したウグーはそう分析し、ガイドに手を差し伸べた。
 「大丈夫か? 副長、しゃんとしろ」
 「……あ、艦長。申し訳ありません」ウグーの手を借りて立ち上がりつつガイドは詫びた。
 「副長、今のは凄かったな」
 「はい、50,8センチ砲ですね。ですが命中はしていないでしょう」ガイドはいつもの調子に戻って言った。そして彼の発言を肯定するような報告が連続で飛び込んできた。
 「主砲異常なし。射撃続行」
 「機関異常なし。全力発揮可能」
 よし、まだだ。戦いはこれからだ。ウグーは制帽を被り直した。
 だがその直後、後方からくぐもったような爆発音が轟き、ウグーの耳を打った。
 
 2番艦の位置にあった、呼び出し符丁<ヴィクセン>こと<ロードアイランド>を襲った事態を説明すると、以下のようになる。
 まず、<ロードアイランド>右舷中央部から5メートルという至近距離に<ミズセ“シュトロハイム”アークデーモン>の80センチ徹甲弾(この徹甲弾の詳細については後述)が弾着した。次に、浅い角度で弾着したその砲弾は海底に沈むことなく水中を進み<ロードアイランド>のバルジと比較的薄い水中防御装甲を破って機関室に入り、高圧缶の一つに命中した時点で信管を作動させた。そして、大爆発が発生した。
 この40,6センチ砲戦艦にとって80センチ砲の威力は絶大に過ぎた。機関のシフト配置という、ダメージコントロール上極めて有利な設計もこの場合は何の役にも立たなかった。機関は完全に破壊され、煙突は吹き飛び、その衝撃で前檣楼も大きく抉られた。当然幹部乗組員の大部分は即死、破壊を免れた後檣で副長が迅速にダメコンの指揮を取ったため被害の拡大はかろうじて防いだが、<ロードアイランド>は右舷に大きく傾きながら停止した。火災炎は艦全体を覆い尽くさんばかりに噴き上がっている。戦闘能力も航行能力も失った彼女は、もはや燃えながら浮かぶ鉄の箱に過ぎない。

 「2番艦落伍!」見張り員の悲鳴に近い声がする。
 「<ヴィクセン>が、<ロードアイランド>が……」ガイドが半ば呆然となりながら呟く。だが先ほどと違い、彼は冷静さを辛うじて保っていた。
 「進路そのまま。射撃を続行しつつ距離を詰める」ガイドとは違い最初から冷静沈着を保っていたウグーはここでも冷静に命じた。その表情は決意に満ちている。助けることはできない。ここは奴を倒――いや、それは無理だろうが、船団だけは何としてでも守らないと――。
 ウグーがそのような思考を張り巡らせていたら、これまでのものを上回る衝撃と金属の甲高い音が<キング・ジョージX世>を揺さぶった。ついに被弾したのだ。

 <キング・ジョージX世>を襲った<ミズセ“シュトロハイム”アークデーモン>の50,8センチ砲は8発。内1発が前部甲板の非防御区画にクレーターのような穴をあけた。その後5分の間に被弾数は4発を数え、後部の4連装砲塔は空の紙箱のように叩き潰され、第2煙突は根元から消失した。艦橋直前の第2砲塔はバーベットを歪まされ旋回不能。ヴァイタルパートに命中した1発はそこを貫通して機関にも損傷を与えたばかりか、浸水まで引き起こした。
 自艦が敵に打ちのめされる阿鼻叫喚の世界の中で、ガイドの独り言だけがウグーには妙にはっきりと聞こえた。
 「畜生。こんなことをする奴は嫌いだ」

 被弾の相次いだ<キング・ジョージX世>は速力を落としつつあった。その傍らを艦隊の先頭に立った<ルイジアナ>が、そしてその後ろについた<セント・デイビット>が追い越して行く。<キング・ジョージX世>の艦橋は混乱に支配されようとしていたが、ウグーの冷静かつ適切な対応がそれに歯止めをかけていた。
 「こちら機関室。出力30パーセントに低下。出しうる速力15ノット」
 「<ルイジアナ>に信号を送れ。『旗艦<ダブルスウィート>より<ミスター・ハニーベア>へ。我に代わりて指揮を取れ。我を忘れよ』だ」
 少しして返答がもたらされる。
 「<ルイジアナ>より返信。『<ミスター・ハニーベア>より<ダブルスウィート>。了解、貴艦に代わりて指揮を取る。我はナチスを討つものなれば』です!」
 しかし、これは間違っていた。レヴィンスキーもハイエもナチスではない。それどころか、このふたりが大のナチス嫌いであることは大ドイツ帝国海軍内でも公然の秘密だったのだ。もっともウグーも<ルイジアナ>艦長もこのことを知る由はなかったが。
 <キング・ジョージX世>が被った被害の報告は続く。
 「右舷第2区画浸水中! 防ぎきれません!」
 「ダメコン要員を退避させろ、第2区画は放棄。右舷に注水して安定を保て」
 「B砲塔弾薬庫温度上昇中! このままでは……!」
 「B砲塔弾薬庫は放棄だ。注水急げ。それとA砲塔、まだ撃てるか?」
 「イエス・サー。射撃は続行可能です!」
 「よし、射撃を続けろ!」
 「イエス・サー! 照準修正完了。第16斉射、ファイア!」
 この時の<キング・ジョージX世>は、傷ついても戦い続ける誇り高い騎士のように、諦めという2文字とはまったく無縁だった。

 レヴィンスキーは敵艦隊の様子を見ていた。<アラバマ>級は大破し遥か後方に取り残され、そして先ほどまで艦隊の先頭にあった<キング・ジョージX世>級も艦隊から落伍しつつある。しかしその主砲はなお火を噴き、矛先を<ミズセ“シュトロハイム”アークデーモン>に向け続けている。
 「大したものだな。オットー」ハイエが賛嘆を込めた声でレヴィンスキーに話しかけた。
 「ええ。連中、本国を失っても海軍立国としての矜持は失っていないようです」
 「あれこそが戦艦というものなのだろう。我々もかくありたいものだな」
 「まったくその通りです」
 そんなことを話しているうちにも、まだ戦闘能力を残している2隻――<ケンタッキー>級と<セント・アンドリュー>級が射撃を続けながら接近を図ろうとしていた。2隻の敵艦の「装甲を貫通できないのならできる距離まで接近するだけだ」という意図は明白だった。だがハイエもレヴィンスキーもそれを許すつもりは毛頭なかった。勇敢な敵への敬意と情けは両立しない。
 「オットー、主目標をあの2隻に変えよう。残りは当面の間無視しても大丈夫だろう」
 「ヤー」
 レヴィンスキーは特に<ケンタッキー>級――<ルイジアナ>をもっとも脅威と感じた。アメリカ合衆国海軍最新鋭の45,6センチ砲戦艦で、主砲の発射速度も高い。ドイツは南部連合と協力して合衆国の東部を占領したが、よりにもよってその南部連合を構成する州の1つとおなじ名を持つ合衆国の戦艦が、ドイツの艦に対して熾烈に抵抗しているのは皮肉な話だった。

 その後、3万から2万5000メートルの間で1隻の要塞戦艦と2隻の45,6センチ砲戦艦の水上砲戦は続けられた。<ルイジアナ>も<セント・デイビット>も戦艦の、そして海軍の本分を示すような戦いぶりを展開した。しかしそれは蟷螂の斧にも似たものだった。
 まず最初に<セント・デイビット>が多数の被弾に耐えきれず沈黙した。<セント・デイビット>はこの時「本艦は速力の低いただの旧式艦なり」との信号を僚艦に送っている。
 <セント・デイビット>の沈黙を見て取った<ルイジアナ>はその仇を討たんと言わんばかりに<ミズセ“シュトロハイム”アークデーモン>に45,6センチ砲弾を叩き込み続けた。事実<ルイジアナ>艦長と<セント・デイビット>艦長は、おなじ45,6センチ砲艦として互いに親近感を抱き、<シーブリーム・バーニング>に編入された時から親友同士になったと言う経緯がある。そのため、感情を滅多に表に出さない<ルイジアナ>艦長はは烈火の如く怒り、強大な魔物――<ミズセ“シュトロハイム”アークデーモン>を討ち果たそうとした。しかし、その抵抗も長くは続かなかった。<ルイジアナ>も50,8センチ砲弾を多数浴び戦力を漸減され、最後に残った主砲塔に被弾した瞬間、1本の砲身がまるで剣士の手から弾かれたサーベルのように宙を舞った。<ルイジアナ>もついに戦う力を失った。
 勝敗は決した。<ミズセ“シュトロハイム”アークデーモン>は副砲だけでも50,8センチの大口径、しかもそれを28門も搭載しているのだからある意味、当然過ぎる結果だった。

 もういいだろう。それよりも敵輸送船団を叩こう。ハイエはそう命令を出そうとしたが、レーダー室から突然飛び込んだ報告がかれの思考を遮った。
 「レーダーに感! 新たな目標を探知。隻数1。方位280度、距離7万2000。大きい、極めて大きい! おそらくは戦艦クラス」
 「敵か?」瞬時に思考を変えたハイエは冷静に言った。
 「間違いありません。この近辺には本艦以外に大ドイツ帝国の艦は存在しません」レヴィンスキーも平静な声で答える。
 レーダー室からの報告は続く。
 「真っすぐこちらに向かってきます。速力は……さ、34ノット以上! 極めて速い!」
 「34ノットの戦艦だと? なるほど、今度は日本人か。英国人も米国人もそんなに速い戦艦は持っていなかった筈だ」ハイエはまだ落ち着き払っていた。だがレヴィンスキーは疑問を呈す。
 「しかし、日本人とて莫迦ではありません。先ほどの勇敢な護衛艦隊との海戦がどんな結果になったかは彼らだって知っている筈です、長官。それがたった一隻で向かってきて、この<ミズセ“シュトロハイム”アークデーモン>にかなう訳がありません。本艦に匹敵するような艦なら別――まさか!」
 そこまで話してレヴィンスキーは自らの想定した可能性に気がついて絶句した。
 「どうした、オットー? まさかとはいったい――おい、まさかあれのことか?」
 「はい、長官」レヴィンスキーの声は乾いていた。「そのまさかです。<ミナセ“ハリマ”ナユキ>です。<7号艦>です。日本人め、あれを完成させていたんだ」
 
 

後編に続く