作・U−2K製図部長・兼・現図場長


笑殺(しょうさつ)の凶犬(フッケバイン)

 1945年4月、欧州での戦禍はひとまず去り、太平洋でも熾烈な戦いを収めるための話し合いがなされていたこの時期、大ドイツ帝国南部、カッツェンボルン郊外に謎の国籍不明機が墜落した。

 この国籍不明機が地球外の技術で造られており、その技術を手に入れれば「世界征服」に限りなく近付くとふんだ大ドイツ帝国総統、アドルフ・ヒトラーは、国籍不明機の調査と回収を命じた。
 <フッケバイン>と命名された国籍不明機の回収作戦を指揮したオットー・スコルツェニィ親衛隊少将は、まず始めにSSと収容所のユダヤ人科学者で組織された第1次調査隊をカッツェンボルンへ送り込んだが、彼らはカッツェンボルンの街でガソリンと人員を徴発したのを最後に消息を一切絶ってしまった。
 この事態を重く見たスコルツェニィは、今度は東部戦線で活躍していた降下猟兵中隊をベルリンに呼び寄せ、直接命令を与えた。この歴戦の降下猟兵中隊の指揮官の名は、マクシミリアン・フォン・グロスマイスター大尉である。

 回転翼機でカッツェンボルンまで運ばれたグロスマイスターたちは早速活動を開始、用心に用心を重ね国籍不明機の墜落現場に到達、さらに接近を図った。
 その国籍不明機はどう見ても飛行機とは思えない形状をしていた。翼もなければエンジンもない。まるでスープ皿をひっくり返したような円形で、全体が銀色に輝いていた。
 慎重に接近を続けるグロスマイスターと中隊。そしてその円盤まで10メートル足らずの至近距離まで近付いた時、円盤に変化が生じた。
 突如、何もない円盤の外壁に切れ込みが入ったかと思うと、それがまるでドアのように開き、さらに地面に向けスロープらしきものが突き出てきた。そして、その空間から外界に現れたものは……。
 2頭身の白い生物が降りてきた。頭部の大きさはちょうどバレーボールぐらい、胴体は頭部よりも小さい。まるで毛糸の玉のような、犬とも見えなくもない、とにかく珍妙としか表現できない生物であった。
 中隊は呆気に取られた。それはグロスマイスター例外ではなかった。
 そしてその「犬」――ここでは、そう表現しておく――は、中隊の面前で、奇妙な踊りを始めた。
 その一部始終を目撃したグロスマイスターの副官、ハラルト・オスター軍曹(当時)は大ドイツ帝国崩壊後、この時の模様をこう語っている。
 「あの生物が我々に見せたダンスは……まぁ、何というか、とにかく不気味で謎としか言いようがないね。ただ、敵意は明らかに見られなかったのははっきりと覚えているよ。もしかしたら我々に友好を語りかけていたのかもしれない。我々は一部の者を除いては悪い印象を抱かなかったと思う。
 でも恐らく、あのダンスを我らが総統閣下(注:アドルフ・ヒトラー初代総統)が見ていたら、こういうんじゃないかな。『あの不気味な劣等生物をユダヤ人たちと一緒に収容所にぶち込め!』ってね」
 「犬」の踊りは約5分間続いた。地球上のどんな生物も持っていないであろう動きと鳴き声を駆使して。
 この間、「犬」の踊りに嫌悪感を抱いたヴェッセルSS中尉が腰から拳銃を抜き、「犬」を射殺しようとしたが、それに気づいたグロスマイスターに殴り倒され、抗命罪(グロスマイスターは相手を刺激させないため、こちらからの攻撃を控えさせていた)により身柄を拘束されている。
 「犬」は踊りを終えた後、深く一礼(少なくとも、見ている者にはそう見えた)して、円盤の中に帰っていった。そして「犬」を飲み込んだ円盤は、スロープを引き上げ、空洞を閉じて、衆人監視の中、音も立てずにふわりと宙に浮かび上がり、見る見るスピードを上げて遥か空の彼方に飛んで行ってしまった。その後には、ただただ呆然とするグロスマイスターと中隊一同が残された。彼らが正気を取り戻したのは、円盤が飛び去ってから5分後のことだった。
 なお行方不明になっていた先遣の調査隊は、墜落現場の近くの森で全員気絶しているのが発見された。消息を絶ってから3日、かなり衰弱していたが命に別状はなかった。なぜ倒れていたのか理由を尋ねると、皆一様に「森の主が……」と言って怯えるばかりで満足な回答は得られず、真相は不明のままである。

 結局<フッケバイン>作戦は失敗に終わり、ヒトラーは大いに悔しがったと言うが後の祭であった。それ以来、この類の国籍不明機がドイツに墜落したという出来事はなかった。
 しかし、翌1946年、日本の秩父山中で、このドイツに墜落したものと同じ円盤が確認されたと言う。当時の日本がこの円盤に対し、どのような対応をしたのかは軍機に阻まれ窺い知ることはできない。今後の情報公開が待たれるところである。

 それからさらに54年後の2000年現在、今度は四国のとある海に面した田舎町で、ドイツで確認されたのと同じようなバレーボール大の毛玉のような「犬」みたいな生物が目撃されたとの情報があるが、その情報の裏付けはまだ取れていない。