――八八cm艦隊物語外伝――

戦艦<テルピッツ>を撃沈せよ

 

―― 一九四三年一月七日〇六〇〇(現地時刻)――
「全滅しただって!」空母<リアン>艦長室に驚愕の叫びが響き渡った。

「はい。」通信参謀は続けた。彼自身も声が震えている。「独逸高海艦隊の主力は<ビスマルク>級二隻,<シャルンホスト>級二隻。これに対し,我が方の主力は<インヴィンシブル><フッド>でしたが……緒戦で<フッド>が爆沈したため,集中砲火を浴びた模様です。生き残ったフネは……一隻もいません。文字通りの全滅です」

「それで,敵に与えた損害は?」

「<ビスマルク>級一隻が大破。それに<シャルンホルスト>級二隻に中破の損害を与えた模様です。しかしながら,未だに<ビスマルク>級一隻と<プリンス・オイゲン>が健在です。それと……<ドクトル・エッケナー>と<ヴェッセル>の出撃が確認されました。高海艦隊を追うようにして西進中。間もなく,こちらを攻撃圏内に収めると思われます。更に,ビシー・フランスの<ジョフレ>もいる模様です」

「D−七船団との合流はいつになる?」

「先ほど,所在を確認できました。あと20時間ほどで合流できるはずです。それから,護衛の日本第九航空戦隊がこちらに急行中です。昼前にはエア・カバーをかけられるそうです」

 結局何一つ明るいニュースはなかった。九航戦の空母は護衛空母だから艦隊攻撃には使えない(対潜用の爆弾しか搭載していない)。そして<テルピッツ>がこちらを補足するのは……もう,半日もかからないだろう。そして,ここへ24時間以内に到着できる戦艦はもう1隻もいない。たとえD‐七船団との合流が間に合ったとしても結果は同じだった。全滅の他ない(もちろん,<スフィー>や<リアン>は30ノットの速力で逃げることも可能ではあるが)。

 畜生,D−七船団の<スフィー>さえ完成していたら,<ビスマルク>級の一隻ぐらい軽くあしらえただろうに。いや,せめてこの<リアン>が完成していたら――何も<スフィー>級二番艦としてではなく,空母としてでもいいから――奴等にこんな所で大きな顔をさせずに済むのに。それにしても,何もロンドン市内の動物園のペンギンまで<ダンケルク>のリストに載せなくてもいいじゃないか。あんな飛べもしないトリを飛行甲板(未完成だが)上に載っけておくぐらいなら一個小隊でもいいからソードフィシュを載せておいた方がよっぽど役に立つ。畜生。予定通り護衛に<インフレクシブル>と<インドミダブル>がいれば。いや,それこそ全艦隊を挙げて撤退作戦を援護しさえすれば何も問題は無いはずなんだ。これが本国を失いつつある国の海軍の悲哀という奴なのか?

 まさに適切な要約というべきであった。彼が率いるD‐八船団――英本土脱出作戦ダンケルクの最後の船団――が英本国近海と言える海域でこのような苦難に遭っている原因はまさにその一言に集約された。もはや全艦隊に長期作戦を可能とするだけの燃料はUボートに締め上げられた英本国には無く(一部の旧式艦は置き去りにする他無い所まで燃料状況は悪化していた),抗戦の限界を超えた陸軍が崩れ出したことから本来ならば3日後であった出港予定が繰り上げられ,それに間に合わせるために急遽出港した本国艦隊――もうすでにその本国は失われつつあったが――は網を張っていたUボートの集中攻撃を受け,<インフレクシブル>と<インドミダブル>の両艦は引き返せざるを得なくなった。今頃は自沈準備が進んでいるだろう。彼の<リアン>が未だ完成していない理由に付いては言うまでも無い。さらに,Uボートの襲撃を避けるために極端な迂回航路を取ったD−八船団は燃料が不足し出している。そして,独逸艦隊迎撃に向かった生き残りの本国艦隊は全滅した。考えられる限り,最悪の状況といって良かった。

 万策尽きた。こうなったら船団を解いて,バラバラになって逃げるか――何隻かは<テルピッツ>に捕まるだろうし,残りもUボートの襲撃を受けるだろうが,全滅するよりはマシだ――。彼がそう決意しかけたとき,再び艦長室をノックする音が聞こえた。前と同じく通信参謀だった。

「新規入電が入りました。友軍です」

「読みたまえ」

「はい。ワレ,遣英艦隊臨編第八八任務部隊。コレヨリ貴船団支援ノ為ノ阻止攻撃ヲ開始セントス。以上です」

 

 

 正規空母<千鶴(せんかく)>の誕生の経緯は,現在建造が進められている他の日本空母と同じく,1938年の海軍甲事件である。同事件により<大和>級2番艦(秘匿名称<高倉みどり>。<武蔵>と名づけられる予定だった)の建造が中止され,その予算と資材の流用で建造されたのがこの<千鶴>である。最優先で建艦が進められたため,同事件による新規計画艦としては最も早い1942年4月に就役。翌5月には第三次遣英艦隊の主力として欧州に向かうこととなった。これは微妙なタイミングだった。もし完成がもう二ケ月遅れていたら,ミッドウェーの敗戦により航空戦力の不足に悩むGFはこのフネを手放さなかっただろう(また,マーカス沖の歴史に残る戦果誤認,通称HMX−12事件で日本側が戦争の見通しについて楽観的になっていた影響も大きい)。そして,彼女が今ここにいるのも微妙なタイミングだった。もし,女子航空隊(1942年初頭にパイロットの不足に悩むRAFが婦人補助空軍を格上げ,在英日本軍もそれに習った)の収容に手間取らなければ(当初は機体は破棄,パイロットだけを乗せる予定だったが,女子航空隊の隊長の進言,「私達は全員,発着艦訓練を受けています」により着艦収容することになった),今頃は日本本土に向かうD−六船団と共に今頃は反転しても間に合わない程離れていたに違いない。彼女が臨編第八八任務部隊の中核戦力として<テルピッツ>を阻止すべく立ち向かおうとしているのにはそのような事情があった。そして艦内ではその<テルピッツ>攻撃の方法についてちょっとした騒ぎが起こっていた。

 

「直援戦闘機を全部寄越せだって!?」

「そうです」艦攻隊指揮官は当然のように答えた。

「理由は?攻撃隊には充分戦闘機を回しているじゃないか。ただでさえ,敵の目をこちらに引き付けるために無線封止を解除しているのに,この上更に母艦を危険にさらせというのか?」

「敵には正規空母が三隻もいます(搭載機数はそれほどではありませんが)。それは索敵ではっきりしています。しかし,攻撃隊に付ける予定の零戦はわずか一二機。これでは守りきれません」

「だからといって―」

 そう航空参謀が言いかけたとき,突然邪魔が入った。臨時に<千鶴>航空隊に編入された女子航空隊隊長,水瀬中佐が,

「勝つために必要です」

 と,他の誰でもなく,臨編第八八任務部隊司令長官に向けて言ったのだった。表情こそ普段の笑顔のままであったが,その目は決して笑っていなかった。彼女は続けた。

「母艦が危険になることは分かっています。しかし,これ以外の手段では<テルピッツ>を止めることは出来ません」

「ならば…」

 と,別の参謀が口を挟もうとした。しかし,水瀬中佐は長官を見据えたまま,

「直援戦闘機を譲って下さい。必ず<テルピッツ>から船団を守って見せます」

 と答えた。艦橋は再び呆気にとられた。

 しかし,今度は誰も文句を言えなかった。女子航空隊彗星部隊(アフリカ戦線での自由オランダ空軍の三七ミリ砲搭載型の活躍からKanon部隊と呼ばれた)は英本土攻防戦において被撃墜機ゼロ,撃破戦車数六四両を誇る精強部隊であったからだ(但し,この影には,「女を危険な目に合わせるわけには行かない」と,生き残りの数少ない戦闘機部隊を最優先で護衛に付けたRAFの配慮があった)。

 会議が膠着状態に陥りかけた所で,意外な所から水瀬中佐への賛同者が出た。このことにより最も責任が重くなる<千鶴>艦長であった。

「はたして,我々は何者なのでしょうか?われわれは帝国海軍軍人なのです。われわれの果たすべき義務は?臣民を守ることです。ええ,私達は偽善者なのかもしれません。同盟国の人々を見捨て,逃げ出そうとしているのですから。しかし,助けられる人を見捨てることは出来ません。あるいは,これこそが偽善の最たるものなのでしょうが」

 まさしく偽善以外の何物でもなかった。なぜならば,彼はこう続けたかったのだから。――女子供を守れないでどうするのですか。――彼等はその女子供を戦場に送り出そうとしていたのだから。しかしながらこの発言は,先代の<千鶴>沈没以前ならば絶対に語られることのない,そして誰にも否定することの出来ない内容だった。これで大勢は決した。日本人特有の「空気の支配」に対抗できる日本人はこの場にはいなかった。

「そのかわり,絶対に最低でも<テルピッツ>の足を止めてくるんだ」

 という航空参謀の最後の負け惜しみに近い言葉に対して,水瀬中佐はただ一言,

「了承」

 とだけ述べてブリーフィングルームへと戻って行った。

 

 

 黎明の<千鶴>艦上では攻撃隊の発艦準備が急ピッチで進められていた。内訳は,零戦二四機,九七艦攻一八機,九九艦爆六機,そして英本土から撤退してきた女子航空隊の彗星二一機。これが<千鶴>搭載の全航空機であった(偵察に使われている九七艦攻六機を除く)。

「名雪,あなた起きてるの?」美坂少尉が不安げに尋ねた。当然だろう。海のど真ん中で眠られて今どこにいるのか分からなくなりました,ではシャレにならない。

「うん……なんとか」水瀬少尉の言葉には全く説得力が欠けていた。

「ものすごく不安にさせる返事ね……」

「ふぁいと,だよ」

「全く……。それはそうと,もうすぐ発艦の順番よ。用意はいい?」

「うにゅ。そんなの経験したことないよ〜」

「日本を出る前,ひかりさん(<蒼龍>)で訓練したでしょ?」

「2年も前のこと,おぼえてないよ〜」

 

 

「敵艦隊発見の報が入りました!大型空母一,駆逐艦四!です!」

「直ちに攻撃隊を発進させろ。直援機以外,全力投入でな」

 <ドクトル・エッケナー>艦長は焦っていた。彼は,自分にサボタージュの疑いがあるとしてSSの秘密調査の対象となっていることを知っていた(いったい,なぜそうなったのかは彼には全く見当がつかなかった)。このままでは下手をすれば予備役編入になりかねない。それを避けるにはここで大きな戦果を上げて英雄となるしかなかった。畜生,ゲーリングのブタ野郎が馬鹿な口出しさえしなければこんなに苦労する必要も無かったのに。あの撤退船団を全滅させればそれだけでも大した戦果なんだが。大英博物館の美術品は貴重な人類の遺産だから鹵獲しろだと?馬鹿野郎。だったらもっと貴重な人命の浪費の戦争を止めやがれ。

 彼が不信電波の発信源に向けて大量の索敵機を放っていたのはそれが原因だった。日が昇ると同時に索敵機を発進させると,すぐに甲板上に攻撃隊を待機させていた。<ヴェッセル><ジョフレ>の物も含めて戦闘機,爆撃機,雷撃機各二〇機。戦闘機は航続距離がギリギリだがなんとかなるだろう。いける。彼はそう確信した。

 50マイル程北西にいる<テルピッツ>から敵攻撃隊接近中,の至急電が入ったのはその直後だった。

 

 

 <テルピッツ>攻撃の火蓋を切ったのは,まずは降爆を行う彗星と九九艦爆の合同部隊だった。彼女達の任務は<テルピッツ>の対空火器を潰し,第2派の攻撃隊への血路を開くことである。

「それじゃあ急降下に入るわよ……って,ちょっと,名雪!起きてるの!?」

「うにゅ〜」

「うにゅ〜,じゃないでしょうが!もう急降下に入るわよ!起きなさい!」

「え……?もう急降下しているの……?それじゃあ……」

「って違うわよ!何してるの!」

 北崎の投下装置はその会社が保証した額面通りの性能を発揮し,ニュートンの法則に従った軌道に乗った五〇番は<テルピッツ>の艦尾付近で海水面に接触した。至近弾だった。他のKanon部隊の仲間が次々と命中弾を出しているのとはえらい違いだった(命中どころか至近弾すら落とせずに撃墜されていく九九艦爆部隊よりはマシであったが)。

「外れたわね」

「……うん」

「これは……やっぱりアレね」

「……私,もう笑えないよ……」

「それで?どうするの?」

「私,帰りたくない……」

「じゃあ,このまま体当たりでもする?」

「それもやだよ〜」

「それなら帰りましょう」

 帰りたくないのはこっちも同じよ,美坂少尉はそう思った。自分も確実に恐怖を味わうことがわかっていたからである。

 

 しかしながら,彼女達の上げた戦果は,この海戦における最大の戦果といって良かった。

 至近弾となったその五〇番は,水圧でテルピッツの舵を船体にめり込ませ,操艦不能にした――つまり,もはや<テルピッツ>は直進しか出来なくなったのである。

 そして,操艦の自由を奪われた<テルピッツ>に対し,攻撃隊第二派が迫りつつあった。

 第二派の彗星は対戦艦用特殊大型爆弾<鬼殺し>――もとはと言えば,未完成に終わった<武蔵>の主砲弾を改造したもの――を搭載している。これはある意味,皮肉なことかもしれない。そもそも,<千鶴>自体が<武蔵>用の資材・予算の流用で作られていたのだから。

 攻撃隊は目標のかなり手前で雷撃隊と爆撃隊に分かれたため,発見されるのにズレが生じ,直援に急行してきた<ドクトル・エッケナー>戦闘機部隊は艦攻対策に低空に舞い降りてしまうことになった。まさに千歳一隅のチャンスと言えた。

「隊長!」

「了承」

 その一言を合図に,彼女達は投弾コースへと機を向けた。

 

 

 後日

<テルピッツ>

 魚雷三本の命中により速力が低下した所に,<鬼殺し>が五発命中。特に,水瀬隊長の投下した爆弾は見事主砲塔を直撃,そのまま弾薬庫まで到達,主砲弾を一気に誘爆させた。これを直接の原因として<テルピッツ>は航空機によって作戦行動中に撃沈された最初の戦艦,という記録を持つことになった。

<千鶴>

 <ドクトル・エッケナー>等の攻撃隊六〇機が来襲,二発の命中爆弾を受けたものの,飛行甲板の装甲により弾き返した。その後,雷撃機隊により危機的状況を迎えるが,ギリギリのタイミングで戻ってきた柏木耕一中佐率いる帰還してきた戦闘機隊の援護が間に合い,命中魚雷はわずか一本で事無きを得た(この時点ですでに燃料が不足し始めていた独逸側戦闘機は満足に空戦を行う余力が無かった)。最高速力は二五ノットに低下したものの,持ち前の防御力の高さから変更された目的地カナダまで辿り着くことが出来た。

<ドクトル・エッケナー>艦長

 この海戦の終了後,<テルピッツ>損失の責任を問われて査問委員会にかけられたが,法廷にて彼の無実が証明されたため,お咎めは無かった。なお,彼が信じていた「自分はSSの秘密調査の対象になっている」という情報は後日,全くのデマであることが判明した。

女子航空隊

 この海戦を最後に,再び後方での機体輸送任務に付くことになった。しかしながらその活躍は十分戦史に名を残すに値するものであった。但し,戦後に公開された映画(戦争映画としては異例の午前零時に封切りが行われるほどの話題作となった)の影響で,<Air>部隊に比べると<Kanon>部隊の知名度は若干低い。

水瀬中佐

 日本本土帰還後,この海戦の功で大佐に昇進。後に揚陸艦<水瀬>の艦長兼料理長に栄転した。

水瀬少尉・美坂少尉

 この爆撃に関して艦隊司令部からは不問にされたものの,隊長である水瀬中佐の「特別料理」を食べる機会に恵まれた。なお,その後一週間,美坂少尉は水瀬少尉との会話を拒否したそうである。 

 

 

 

 

 

後書き

 皆様,いかがでしょうか?「女子航空隊」という少々反則なネタを使ってしまったSSでした。「死戦の太平洋」を読み返していたら電波が届いたもので(笑)。なお,八八cm艦隊に付き物の「愛称(笑)」については,七崎さんのアイディアである,「予算獲得時に使う暗号」という物を使わせていただきました。七崎さん,ネタの提供,どうも有り難うございます。お気づきの方も多いと思いますが,実はかなりあちこちの架空戦記からパクっています(反応爆)(史実系の本の読書量が足りない報いです。ごめんなさい)。こんな作品ですが,最後まで読んでくださった読者の皆様,どうも有り難うございました。

 最後に「主な」元ネタです。

  「戦艦大和夜襲命令」「レッドサンブラッククロス」「地球連邦の興亡」(佐藤大輔氏)

  「修羅の波頭」                          (横山信義氏)

  「亜欧州大戦記」「征西の艦隊」                  (青木基行氏)

  「痕」「まじかる☆アンティーク」「猪名川で行こう!」       (Leaf)

  「Kanon」「Air」                     (Key) 

 それでは。

                                  皇紀2660年8月30日  dai


 皇紀二六六〇年八月三〇日に受領した、手記第一號です。
 作者であるdai少将に、心より感謝致します。
 しかし、「水瀬中佐」・・・いいですねぇ・・・・実に良い響きです(^^;
 あの絶やさぬ笑顔に海軍第三種軍装だとしたら・・・・想像しただけで敬礼ものです。
 「千鶴」艦長が「偽善者」発言だし、記念すべき手記第一號に相応しい作品です。
 dai少将、本当に有難うございました。
 あと、わたしのネタは使っていただく為にその場で思いつきのが殆どですから、御自由にお使い下さい。

皇紀二六六〇年九月三日
 鎮守府司令長官(管理者)臨時代行 七崎

 この作品は、皇紀二六六〇年九月一六日、隆山鎮守府初代司令長官てるぴっつ氏に献上されました。
皇紀二六六〇年九月二二日
 鎮守府司令長官(管理者)臨時代行 七崎