奮進式戦闘機<蒼電>今日もまた大空にあり

――日本海軍遣英女子航空隊の奮戦――

神尾 美鈴(英連邦退役海軍中佐)

  解説

 これから始まるものを「手記」と呼ぶのは,あるいは誤っているかもしれない。日英航空部隊と米独空軍が繰り広げた第2次バトル・オブ・ブリテンを,これほど読んでいて頭痛がしそうになるように記した記録は他に存在しないからである。血湧き肉踊る戦記になれた読者の中には,著者の,日常生活の延長のような態度を不愉快に思う人がいるであろう――そう心配をしたくなるほどである。しかしながら,著者が第2次バトル・オブ・ブリテンでの最大の英雄――日本人としては初のビクトリアクロス勲章を受賞した三人の内の一人であるとご存知であれば,おのずと認識も異なってこよう。

 この著者の記述態度については,初出時,その,あまりに絵日記的な描写から,一部の関係者からは「創作ではないか」との批判が寄せられた(その件に関して筆者は,「どうしてそんなことを言うのかなー。だって,日記を元にしたんだから」とのコメントを残している)。なお,著者のつけた元のタイトルは,発表に際して編集部が「読者に誤解を与える恐れが強い」として,著者の了承の上,現在の物に改定されている(ただし,「このタイトルの方が誤解を生みやすい」との意見もあったことを併記して置く。これは、当<蒼電>手記シリーズ全てに当てはまる。編集者たちはこのシリーズの編集に当たり、「お願いですからもう少し普通のタイトルを付けてください……」とため息混じりに思ったそうである)。

 

 

 私が英国に渡ったのは昭和16年の9月でした。その頃,アゾレスの辺りで私達の味方の空母がたくさん沈んでしまって,英国では操縦士さんの数がずいぶん不足していたそうなんです。それで,とりあえず,工場から飛行場まで飛行機を運んだり後方で輸送機を飛ばす操縦士さんの数が足りないから,とにかく来て欲しい,ということで私達が選ばれたそうなんです。何しろ,その頃はなぜか知らないのですが,航空機の増産で私達の国でも操縦士さんが全然足りなくなっていた(編注:海軍甲事件に伴う航空部隊の増強だと思われる)そうで,それで私達が選ばれたそうなんです。選りすぐりの一人なんだなあ,と思うと少し嬉しくなりました(編注:もちろん,海軍上層部としては‘やっかいばらい”の意味も込められていたと思われる。幾ら緊急でパイロットが必要ということで臨時に編成された女子航空隊とはいえ,彼女等に対する反感は強かった)。

 最初は<神岸ひかり>さん(編注:<蒼龍>。当時は練習空母)に乗って,補充の飛行機と一緒に行く予定だったそうで,私達も着艦訓練をやりました。すごく難しかったですけど,何とかみんな1ヶ月ぐらいでマスターしていきました。このことを話すと,皆さんすごいなあ,と誉めてくださるのですけど,きっと隊長の水瀬さんの教え方が上手かっただけだと思います(そう言えば,みんなは失敗すると隊長の個室に呼ばれて何かをご馳走になっていたそうです。何だったんでしょう?)。そういえば,後ろの方の座席の人が眠ったまま発艦している人(編注・後に<テルピッツ>撃沈作戦に参加する水瀬隊長のお嬢さんの水瀬少尉と思われる)もいました。すごいなあ,と思いました。

 でも,出発の少し前になって,急に普通の輸送船に乗っていくことになってしまいました。残念でした(編注:対米緊張に伴い,11月には<蒼龍>は海上護衛総体所属となった)。

 こうして実際に英国についてみると,味方の人は思ったよりもずいぶんと苦しいようでした。何でも,6月に一度ドイツの人に上陸されかかったそうで,南の方はもうほとんど焼け野原に近い,ということでした。鉄道は私達の辺りでももう廃線同様だそうで,せっかく駅の近くだというのに,私達が日本に帰るまで一度も列車は来ませんでした(編注:確かにドイツ軍の爆撃によって英国の鉄道網は崩壊し始めていたが,著者の近くの駅は本当に廃線であっただけの様である)。

 しばらくして,年が変わる頃,日本とアメリカの戦争が始まって,太平洋の東の方で大きな海戦があった,日本が勝ったという報せが届きました。正直言って,嬉しい,という前にこれでとりあえずお家は無事だね,という安心感の方が強かったです。

 次の年の6月,悲しい報せが届きました。何でも,ハワイの近くの辺りで私達の海軍が負けてしまったということでした。でも,そのことを悲しむ前にもっと重大な報せが届きました。何でも,私達も前線に行ってくれないか,とのことでした。みんな驚いていましたが,隊長の水瀬さんだけは驚かずに連絡にきた人と何か色々話していました。そして,最後に一言,いつもの調子で「了承」と言っていました(後で聞いて見たら,「ちゃんと護衛は付けてくれるのでしょうか」とか,そういうことだったようです)。

 それで,私もみんなと一緒に<Kanon>(編注:正式名称<彗星>。<Kanon>はアフリカ戦線での自由オランダ空軍の活躍から付けられた俗称)の練習をするのかと思ったのですが,隊長さんは私と美凪ちゃんと佳乃ちゃんだけ呼んで,私達だけ別の飛行機に乗るように言われました。それが<蒼電>との出会いでした。

 始めて見たときには驚きました。だって,プロペラが無かったんですから。本当に飛ぶのかなあ,と思いました。でも,性能を聞いてもっと驚きました。私達が運んだ一番早い<柏木‘飛燕”梓>(編注:第三次遣英艦隊と共に届けられた,水冷式エンジン搭載時のテストのための増加試作型だと思われる)でも時速630キロが出るか出ないかと言うのに,その更に200キロ以上も上の速度が出るといわれました。私達は一応北崎に勤めていた頃(編注:北崎の日本支社のことであり,各種航空機のテストやライセンス生産を請け負っていた),零戦や隼(結局採用されなかったみたいでした)の試験飛行とかで空での戦いの基礎を知っていると言うことでこちらに回されてきたのですが,やっぱりこんなに早い飛行機だとなれるのが大変でした。でも、最初の内はうまく飛べなくても、いつかはきっと自由自在に扱えるようになる――そう思って練習に励みました。イギリスの人達はこの機を<Air>――空,と呼んでいました。すごく良い名前だと思いました。

 そう言えば,訓練をしている最中の7月の終わり頃,となり町の辺りで花火が上がるのが見えました。イギリスに居ると言うのに故郷に帰ったみたいで楽しくなりました(編注:完全建造を断念して船殻のみの完成に努めることにしたために余剰となった<スフィー>搭載予定だった46cm砲による三式弾対空射撃だと思われる)。

 9月になると,いよいよ苦しくなってきた様で,私達<Air>も出撃準備に入る様に言われました。そして8日,遂に私達の出番がやってきました。

 あまり良く覚えていないのですが,最初の出撃のときは,佳乃ちゃんの噴進弾(佳乃ちゃんは「ポテト」と呼んでいました)でB−17をあわてさせて,編隊をびっくりさせたところで私達が突っ込む,と言う作戦でした。実際,消えていく飛行機雲を追いかけるとあっさり追いついて、佳乃ちゃんの「ポテト」が命中。後はあっという間でした。今まで<深山>(編注:英連邦名<ランカスター>。この時点では日本は採用していないので英連邦機だと思われる)から爆弾を落としてB−17の編隊をびっくりさせていましたけど,<深山>の方もよく撃墜されていたそうです。それを考えてみたら確かに効果はありました。

 でも,私達は別に英雄でも何でもありませんでした。本当の英雄さんは整備の人達です。だって,こんなにも整備の難しいエンジンは他にはありませんでしたから。だから,工場でエンジンを作っても私達の飛行機の代わりのエンジンに使われて,ほとんど戦力が増えなかったそうです。このことは美凪ちゃんは気付いていたみたいで,私にこんなことを言いました。「飛べない翼に意味はあるんでしょうか」って。そう言えば,確かに飛行場の周りにはエンジンがついていない<Air>の機体がいっぱいありました。

 それに,「一度も撃墜されていない」と誉めてくださる方も大勢いらっしゃいますが,実際には何度も落とされそうになっています。私が助かったのは,打たれ始めてからでも余裕で逃げることの出来る速さのおかげです。それに,私の不注意であとから<Air>に加わった川口さんが,もう少しで撃墜されそうになった時(川口さん自身も怪我をしてしまいました)は,自分はパイロットを辞めたほうが良いんじゃないか,本気でそう思いました。

 12月,私達は日本へ帰る様に言われました。もう英国はどうしようもないから日本で再起を図る様に,と言うことでした。その頃にはドイツの人は本土に上陸していて,隊長さんたちも毎日<Kanon>で足を止めるために出撃していましたから,いつかはこの日が来ると分かっていました。

 でも,正直帰りたくなかったです。いままでいっしょにがんばってくれた整備の人や基地の人,そして色々戦いの仕方を私達に教えて――亡くなって行ったイギリスの操縦士の人達を見捨てていくことには抵抗がありました。

 その年の終わりを,私達はイギリスの空母(編注:<フォーミダブル>)に乗って迎えました。隊長さん達は空母着艦で収容されると言うことで,千鶴さんに乗ることになっていました(編注:蛇足ながら付け加えると,この後<テルピッツ>を水瀬隊長自らが撃沈することになる)。小さくなっていく英国を見ながら,私は思いました。今まで色々イギリスの人には助けてもらいました。この悲しみを終わらせなくちゃ。今度は私の出番だ,って。


 白状いたしますが,私はこれを執筆当時(9月14日),Airをまだ完全クリアしていません(爆)。前情報(ほとんどオープニングだけですけど)に若干の手直し(<美鈴>編です)を加えて書いています。とまあ,そんなわけで,至らない点が多数あると思いますが……ごめんなさい。次回作はもうちょっとマシなのにしたいと思います。
 それでは。

 なお,書くまでもありませんが,
   元ネタ;Air/Key(一部Kanonあり) です

2000年9月14日  dai