○軽巡洋艦
 <球磨>級
   1920年頃   就役
   1938年 4月 海軍乙事件発生・重雷装艦<長谷部>級への改装開始
   1940年11月 <長谷部><鳴瀬><米代>,第2次遣英艦隊として大西洋派遣
   1941年12月 マーシャル沖海戦・<揖斐><隅田>参加
   1942年 1月 ゴゾ島沖海戦・<鳴瀬><米代>沈没,<長谷部>中破
   1946年頃   対潜護衛艦としての改装開始
   1951年 1月 広島に対する反応弾攻撃・<長谷部>救助に急行
   1952年    対独休戦後,対艦誘導弾の標的艦として沈没
 <川内>級3隻
   1920年頃   就役
 <夕張>
   1922年    就役
 <吉川>級
   1933年頃   就役
   1934年頃   演習中に追突事故発生・1番艦<吉川>,3番艦<阿部>廃艦に
   1945年 2月 2番艦<柳川>,第2次2.26事件にて反乱軍側に参加・沈没
 <柏木>
   1933年頃   <吉川>級4番艦として建造開始
   1934年頃   演習中の追突事故をきっかけに<柏木>級に類別変更の上,完成
 <相田“最上”響子><三隈>
   1935年頃   就役
   1937年頃   重巡へ改装
   1940年11月 第2次遣英艦隊として大西洋派遣
   1941年 6月 アゾレス沖海戦に参加・衝突
   1943年 4月 航空巡洋艦への改装完了
   1945年 2月 第2次2.26事件にて反乱軍の攻撃により損傷を受ける
 (以下ポスト隆山条約型)