東京に本拠を置く準大手の造船会社。独フォッケ・ウント・クラフト社や英AIL社、スコットランドのLIBID社といった外国メーカーの設計を買い、日本の実状に合わせて設計を改めた上で商船を提供するのを得意としてきたメーカーであり、外国技術の紹介という面では多大な貢献をなした。しかしながら、同社の市場における評価は決して高いものではなかった。
設計改修とはいいながらも、その性能はオリジナルを改悪したものと言うほかはなく、「逝ってよし!」とオリジナルのファンから罵倒されるものが大部分を占めた。フォッケ・ウント・クラフトの「PiCa1」の移植では相当数の受注を獲得したが、それは数少ない例外と云える。
そして、只でさえ悪い奇童船渠の評判をさらに悪化させる事件が発生した。弱小会社の一つである中崎造船が発表して、市場の高い評価を獲得した「BS船」の設計図を買い取ったのである。「BS船」の熱心なファンである船主たちは絶望して天を仰いだ。事実、奇童船渠が建造した船はオリジナルに余計な要素を追加して出来上がった代物であった。その余りの出来の悪さに船主たちは唖然とし次いで抗議文を送りつけ、同社の苦情受付部門は船主の罵詈雑言で埋まってしまい業務に支障を来すほどだった。
しかし、不思議なことに改「BS船」の発表以降に奇童船渠の「怪」進撃が始まる。「BS船」の設計をベースとした「MO船」(彩花丸、唯笑丸、みなも丸、かおる丸、小夜美丸、双海丸ほか)がスマッシュ・ヒットとなったのである。荒削りな雰囲気を残す「BS船」の外観を、ささき技師の流麗なラインで覆った為かもしれない。その後は「IF船」、「YT船」(しずく丸、勇希丸、桜花丸、志菜乃丸)といったヒット作品を連発中である。斯くして今や造船業界でも期待の大きなメーカーに化けてしまった。
なお、奇童船渠ではフォッケ・ウント・クラフト設計の船舶をライセンス生産し続けており、近日に「GO船」の発表が予定されている。その出来については相変わらず予断が許されない。全く不思議なメーカーである。