駆逐艦〈舞波〉  Destroyer Mainami, IJN

 レーダーの一般化によって、艦隊夜襲戦術が陳腐化したことを受け、日本駆逐艦はその運用方針を「艦隊決戦用大型水雷艇」から、「大型汎用護衛艦」に大きく転換することになった。
 駆逐艦の運用方針変更は、当時主力駆逐艦として建造中だった甲型(〈夕雲〉型)の一部にも適用された。特に対空・対潜能力の向上については至上命題とされ、主砲は94式長10cm砲に、また爆雷投射装置や対空機銃の増設も行われている。このため、次発装填装置と予備魚雷は撤去されている。その結果、改甲型と別の艦型類別を与えられた〈舞波〉は、聯合艦隊に編入され、主に空母機動部隊の護衛にあたった。
 加えて、対米戦終結後の45年には更に改装を受け、最新型の五式9連装15cm対潜奮進弾発射装置の増設も行っている(この改装によって完全に雷装は廃止されている)。この対潜奮進砲は、独特の発砲音と威力から、ドイツ海軍からは「死神の大鎌」、友軍からは「魔物(つまり潜水艦)を討つ剣」と呼ばれた。

 〈舞波〉の戦歴で最も特筆すべきなのは、第三次世界大戦の後期、巡航誘導弾〈アーリアンボーテ〉搭載のUボート部隊によって、帝国本土に対する直接核攻撃を行ったその時の戦闘にある。
 8月6日の広島、同9日の長崎(元々は小倉を狙ったという事だが、現在にいたるもこの点は謎である)に続いて、「第3の核攻撃」があることは通信諜報から推測されていた。問題は、その標的がどこであるか、という点にあった。帝都東京か、あるいは世界最大級の軍事プロダクション・センターとなった大神工廠か。反応弾攻撃の生み出した混乱の中、海軍は大神方面を重視(そこには、空軍の策定した報復計画――東京を直接核攻撃した場合、グロス・ベルリンに対する報復が無条件で行われる――の存在も大きかった)、特に哨戒機戦力を西日本に集中した。だが、ドイツ海軍――ただしSS指揮下――の攻撃目標は帝都東京だった。彼らは敢えて東京を攻撃することで、例え誘導弾発射前に撃沈されたとしても、本土であっても決して安全ではないことを「教育」しようとしていたのだった。
 東京に対する核攻撃を命じられた潜水艦部隊は〈アーリアンボーテ〉搭載型1隻に、護衛として通常型Uボート4隻という編成で構成されていた。彼らの攻撃予定期日は8月15日。廣島、長崎への核攻撃によって生じた混乱から、日本の奥座敷ともいえる東京近海への潜入も容易だと判断されていた。

 だが、彼らは発見された。

 すでに旧式化の域に達していた〈舞波〉と、改〈松〉型駆逐艦〈小百合〉によって編成された対潜部隊――アンダマン・ティモール機雷堰の完成以後、大日本帝国本国近海の警備は旧式化した駆逐艦の任務だった――が、〈アーリアンボーテ〉発射寸前のUボート部隊を発見したのだった。
 当初の任務はハワイ行きのTH船団の前路哨戒だったが、廣島、長崎への核攻撃の結果、関東近海の対潜掃討任務に振り分けられた彼らは、不明音響を探知すると同時に護衛の通常型Uボートとの交戦に突入した。時刻は8月15日午前3時。誘導魚雷によって大破、行動不能になる〈小百合〉(後、自沈)。そして、〈舞波〉もまた、最終的には浮上決戦すら厭わない灰色狼との交戦で武装のほとんどを使い果たし、発揮可能な最大速力は5ノットという大損害を受けていた。最後に残った敵潜は、敢えて〈舞波〉の直下に潜むことで「安全」に発射準備を整えていた。
 水中聴音器によって〈アーリアンボーテ〉発射の兆候を捕らえていた〈舞波〉艦長はその瞬間、ある一つの決断を下した。弾庫に残っている最後の爆雷を投下するというその判断は、当時の主力爆雷、五式音響爆雷の威力から考えた場合、自殺行為そのものだった。だが、その決断は功を奏した。〈アーリアンボーテ〉に取り付けられた初期加速用ロケットモーターのアウロル燃料――高濃度過酸化水素水――がその衝撃で反応を起こしたのだった。だが、その時、〈舞波〉もその姿を海上から消していた(戦果確認は館山の〈南洋〉対潜哨戒機が行っている)。

 海軍は直ちにこの一件を宣伝の素材とした。戦死した〈舞波〉艦長は軍神同然の扱いを受けた上、一部の反対を押し切り、戦没してすぐであったにも関わらず、〈舞波〉および〈小百合〉の艦名をそれぞれ建造中だった雄級駆逐艦及び、〈立川“樅”郁美〉型対潜駆逐艦にその艦名が引き継がれている(ただし、この措置は一般にはかなり好評だったらしい)。
 

【要目】 *括弧内は45年の改装時
排水量:2090トン(2150トン)
全長:119.3m
全幅:10.8m
速力:34ノット
武装:九四式長10cm連装高角砲 2基
    戊式40mm連装機銃 5基
    四連装61cm魚雷発射管 2基(雷装全廃)
    爆雷投射装置 6基(8基)
    爆雷投下軌条 1基
    四式散布爆雷投射装置 1基(五式9連装15cm対潜奮進弾発射装置 1基)
同型艦:8隻