独ソ戦
  
 ソ連の奇襲によって始まる独ソ戦。これによって独軍はゼーレーヴェを潰されるどころか、ドイツ軍は東部戦線で大後退をします。

 ここまでは多分皆さんの統一見解として了解されていると思います。問題はここから。
 独ソ戦がどのように動くか。以下は試案です。叩き台にしてもらえると幸いです。

1941 
6月   独ソ戦開始。ゼーレーヴェ作戦崩壊。東部戦線にて独軍オーデル河畔まで大後退。グーデリアンの采配により、年末までに反撃、独ソ国境まで押し返す。
12月  合衆国、対日参戦。在満米軍、対日攻勢のためにシベリア侵攻せず。日本海ソ連援助ルート停止。
1942 
春まで  冬季戦。国境でのソ連の反撃失敗、大損害。
夏    ドイツ軍夏季攻勢防御。地中海、西部戦線に主力が配備されているために苦戦。
秋    アメリカ、ドイツの要請で満州からシベリア侵攻(8月)。これにより東部戦線はドイツ軍有利に。ヒトラー満足。日英によるムルマンスク航路(ソ連援助)、英国崩壊間近となり停止。
冬    ヒューイ・ロング、獲れるものは獲ったとばかりに(対日戦本格化を理由に)ソ連と単独休戦。ドイツ軍、ソ連軍(シベリアからの増援)の反撃を受け進撃停止。ヒトラー激怒。両国間の軍事条約破棄。合衆国、孤立。シベリアで手に入れた資源は日本軍のアッツ・キスカ上陸で届かず。シベリア侵攻はドイツの恨みをかっただけに終わる。シベリア戦線終結の影響で再びソ連軍冬季攻勢。ゼーレーヴェツヴァイ(第2次英本土侵攻)で主力を引き抜かれているドイツ軍、再び後退。ドイツ軍、機動防御でソ連軍包囲殲滅。
12月   英国崩壊。

1943 
1月   <ダンケルク>発動。英本土戦終結。ドイツ陸軍主力、東部戦線へ。
     ソ連、完全に孤立。日英、ソ連へ中東ルートからの援助の余力無し。
     ドイツ軍、ウラル爆撃開始。ソ連軍需生産事情悪化。
4月   ドイツ軍、モスクワを目指し大攻勢開始。
夏    ソ連軍、クルスクでの戦車戦で大敗北。
     独軍、モスクワ侵攻作戦開始。
秋    モスクワ陥落。スターリン政府、若手将校の反乱により死亡。ソ連軍残余、ウラル以東に撤退。
     独ソ戦終結。ウラル以東にロシア共和国成立。ウラルとシベリアにてゲリラ戦開始。合衆国の在満米軍事情さらに悪化。
     ヨシノ機関、旧ソ連軍事技術者に接触、日本へ亡命させる。