マルタ島沖海戦(1942年9月10〜13日)
(Leaf/key/Tactics AIR/Kanon/こみっくパーティ/WhiteAlbum/痕/ONE)

 地中海最大の海戦。

  42年前半、どうにか持ちこたえていたマルタ島も独伊空軍の集中爆撃で息も絶え絶えとなっていた。
 隣のゴゾ島に足がかりを作っている独伊側としては陥落の絶好のチャンスである。
エジプト進撃をしようと焦るロンメルに待ったをかけ、マルタ占領作戦「ヘラクレス」が発動される。
 その頃日英側もマルタ強行輸送作戦「ペスタデル」を発動。ジブラルタルとアレキサンドリアから船団が出港した。どちらが着いてもいいように・・・・
 ジブラルタルからの護衛は英艦隊、アレキサンドリア側は日本艦隊が護衛する。
英のシンボル的存在の<守護聖人>級2隻が護衛する東行船団、
世界最大最強の<高瀬”大和”瑞希>が周囲を圧する西行船団。
正にロイアル・ネイヴィーとインペリアル・ネイヴィーここにあり。
これに対し情報を知った独伊側は<霧島”ローマ”佳乃>以下、伊の稼動全戦艦を持って迎撃をかけ、揚陸船団は一旦引っ込めた。

戦闘はほぼ同時に東西で始まる。

#西側(10〜12日)
戦いは意外なとこから始まった。
独空軍のJu87によって中破した<千鶴(II)>を護衛していた<綾瀬>率いる水雷戦隊が伊第9戦隊とはち合わせ、伊側が回頭中からの射撃でこれを撃退(*注1)。さらに<千鶴(II)>を追うがその前に日第6戦隊が立ちはだかった。
第1戦隊の「搬入遅れ」から単独で戦う羽目になった同戦隊。<霧島”ローマ”佳乃>を始めとする高初速15インチ砲弾が容赦無く降り注ぎたちまちのうちに<霧島>と護衛の<那智>が轟沈。残る<篠塚”金剛”弥生>と<榛名>で伊新鋭戦艦4隻を相手取ることとなる。
絶対不利・・・しかしここから「例えるなら機械」とまで言われた冷徹な<篠塚”金剛”弥生>の粘りが始まる。巧みな操艦と冷静な砲撃で伊戦艦4隻の砲撃を受け流す。
そして<美汐>率いる水雷戦隊がその隙を縫って突撃、見事<リットリオ>に魚雷2本を叩きつけてこれを脱落させた。
そこにようやく第1戦隊が到着。
伊側は新手の第1戦隊を戦艦1隻(*注2)とみて<V・ヴェネト>を分離して残敵掃討と援護にあたらせ、残る2隻と護衛部隊で第1戦隊に勝負を挑む。
伊側の15インチ24門に対し日側は18インチ10門と16インチ12門、日側有利・・・でもなかった。
<高瀬”大和”瑞希>は慣熟もそこそこに欧州に遠征したおかけでロクに命中せず、
<長谷部”高千穂”彩>にいたっては砲塔故障、空しく主砲が「ふるふる」回転する惨状。
しばらくは両艦とも伊艦に撃たれっぱなし。しかし傑出した防御力を持って耐えぬき、反撃の46センチ砲が<インペロ>を捕らえた頃・・・もっと大変なものがやってきた。
伊の誇る<オタク”MAS”ヨコ>部隊である。しかも待ちきれなかったのであろう大部隊。襲いかかる魚雷艇の前を振りきるのが精一杯で「潰される」と悲鳴を上げたのも無理はない。
これまでかと思った時、<千鶴(II)>と<梓丸>の攻撃隊が駆け付けた。魚雷艇を機銃掃射で追い払い、また数は少ないものの伊艦隊に雷撃を食らわせる。
エアカバーがない伊艦隊はこれに振りまわされて結局もう少しのところで第一戦隊を取り逃がしてしまった。
結局日本第一戦隊の両艦ともくたくたに疲れ果て、別艦と間違えられるほどの惨状を呈して辛うじて帰港している。
しかし戦いはまだ続く、日本艦隊を追った<V・ヴェネト>と<ザラ>級の3隻は速度の落ちた<リットリオ>を護衛しつつ帰還の途についていた。
そこに再び<千鶴II>からの攻撃隊である。<ザラ>に座乗したカッタネオ提督は
「さっきの損害(*注3)は何だったんだ?もう攻撃隊を出せるとはあの空母は偽善者か?」と言い切った。
そこから伊部隊の地獄は始まった(*注4)。
練度の高い99艦爆の猛攻の前に<ザラ><フューメ>はそれぞれ28発と36発もの爆弾を食らって10分で沈没(*注5)。
<リットリオ>は97艦攻に12本も魚雷を撃ちこまれてあえなく沈没。<ポーラ>に至っては雷爆撃のために引き裂かれるように沈没していった。
唯一残った<V・ヴェネト>は「鬼の仕業としか思えない」惨状の前に逃亡。駆逐艦部隊も慌ててそれに続く。
同艦は魚雷3本を食らいつつもタラントに逃げ込んでいる。

#東側(10〜12日)
本隊かつ最大勢力の英Z艦隊。しかしその前途はまた困難を極めた。
Uボートの攻撃により<イーグル>が沈没。続けてSM79の雷撃。
これはかわしたが次に見た事もない機体が魚雷を抱えてやってきた。空母<アクィラ>
からやってきたブレダ201コルサーロ・・・そう、F4Uコルセアである。
魚雷を投下するとそのまま戦闘機に早変わり、しかも英側のハリケーンよりも性能が上。
フルマーに至っては比べること自体無意味。
巡洋戦艦のために前に出ていた<リライアント>がまず脱落。続けて商船も1隻を失ってしまった。
休むことなくJu87の攻撃、これで<ヴィクトリアス>が大破しエアカバーをも失う。
本土防空のために<遠野”フォーミダウル”美凪><神尾”イラストリアス”美鈴>を引きぬかれたツケがこんな所に出てきていた。
だがサイフレット提督は狭水面(*注6)ギリギリまで戦艦部隊に護衛をさせることに腹を決めていた。その決心はすぐに報われる。
伊戦艦部隊が出現したのだ。<クリストファロ・コロンボ>を旗艦とする第7戦隊と第8戦隊の6隻。
対するは<守護聖人>級2隻と<レジスタンス>、<マレーヤ>、<アイアン・デューク>級2隻の6隻。
6対6だが艦性能の方は英側有利。しかし伊側には機動力と統一された運用性能(*注7)
持つ、それを熟知したベルガミーニ提督はなんと英艦隊を後ろから追いぬきながら砲撃したのである。
これでは<守護聖人>級の16インチ砲も集中防御も真価を発揮できない、それどころか船体後部が残骸の山と化す有様。
逆に<カラッチョロ>級の15インチ砲(*注8)の前に最旧式の<ベンボウ>と<エンペラー・オブ・インディア>が相次いで脱落、沈没。
<レジスタンス>も直撃を食らった時ベルガミーニは勝ちを確信した。
だがサイフレットはただ一言
「調子づくな、このイタ公が!」
<セント・ディビッド>の砲撃が<ジュリオ・チェザーレ>を捕らえ、次の瞬間真っ二つに叩き折った。轟沈である。
28ノットで抜き去ろうとする伊艦隊を23ノットで追撃する英艦隊。両者は気づかない間にパンテレリア沖に入っていた。
英巡洋艦隊、駆逐艦隊も追撃して伊護衛部隊と戦闘を続ける。この間にも英では<シリアス>が沈み、伊も<マコティーニ>が大破して「あう〜」という悲鳴(?)とともによたよたと帰港。
最後尾にいた<コンテ・ディ・カブール>も<守護聖人>級に掴まって撃沈され、また<カラッチョロ>も大破して伊艦隊は帰途についている。
ただし最後、英潜水艦<アップホルダー>に<カラッチョロ>は止めを刺されてしまったが・・・
英側も<レジスタンス>が大破、アレキサンドリアまで持ちこたえたが結局放棄せざるを得なかった。

#12日夜
大損害を食らった各国戦艦部隊は傷つきながらも帰還した。
サイフレット提督のZ艦隊も護衛船団を分離してアレキサンドリアへ向かう(*注9)
だがまだ船団は残っている。
<ナイジェリア>を中心とするX艦隊が護衛する船団はZ艦隊分離後、マルタへの道を進む。
しかし伊潜水艦<アクスム>により巡洋艦<カイロ>を失い、<オタク”MAS”ヨコ>徹夜部隊により<マンチェスター>が脱落(後沈没)。更には<ナイジェリア>もアレキサンドリアに戻さざるを得なかった。
残されたのは<ケニア><カリブティス>と駆逐艦少々。

#13日朝
X艦隊司令であるバロー提督の前に朝日を浴びた美しい巡洋艦が現れた。<桜井”アブルッチ”あさひ>を始めとする伊巡洋艦隊(ダ・ザーラ提督指揮)だ。
バローは絶対不利を悟った。だが諦めて帰る訳にはいかない。突撃すれば血路は開ける。商船も守れる。そして突撃した。
結果、彼の部隊は全滅した。完敗だった。商船も空襲で失われ。全ての希望は潰えた。
マルタはもう降伏しかない。

#13日昼前
日本側も戦艦部隊はいなくなり、<七瀬><美坂>が僅かな船団を護衛していた。
そこに<ボルツァーノ><ラ・ミーサ>と駆逐艦が現れる。
姉妹のような日伊艦<ラ・ミーサ>と<美坂>の対面。だが伊側はなぜか退却している。
そして<美坂>も生来の機関不調から撤退を余儀なくされた。残るは<七瀬>のみ。
迫り来るJu87とSM79・・・

#13日午後
マルタ島、バレッタ港。
小柄な駆逐艦達に付き添われた一隻のボロボロになったタンカーが入港した。その名は<オハイオ>
英米開戦前に英が購入したこのタンカーがロジャー・ヒル少佐指揮の護衛駆逐艦<レドベリー>達に護られて入港したのである。
その後ろからは傷だらけの<メルボルン・スター>を護りきった<七瀬>が入ってくる。
同艦の後部マストに翻る「玉龍旗剣道大会」の旗のなんと誇らしげなことよ・・・

この戦いの結果、ほんの僅かマルタの寿命を延ばすだけであり、その見かえりの両軍の代償はあまりに大きすぎた。
日英側は合わせて戦艦4隻沈没、世界最強と豪語された<高瀬”大和”瑞希>は余りにも
痛すぎるデビュー戦となってしまった(被雷2、直撃15発以上)
英も<守護聖人>級を出したものの結局本国に戻れない状況に陥いっている。
伊独側にしても戦艦4、重巡3、軽巡2を失い、しかも目的は達成できなかったのだから。
そして「こんなに損害を出せば今にわが国には船はなくなる!」と伊当局は頭を抱えていた。

*注1:防空軽巡<綾瀬>率いる水雷戦隊で「イタリアの射撃下手は軽蔑的常識」と語っていた砲術長の真田中佐は<V・ヴェネト>の砲撃で戦死した。
*注2:それだけ<高瀬”大和”瑞希>が巨大だという証拠。
*注3:日本のダメコン能力を過少評価している。
*注4:<千鶴II>でこの通信を解読した艦橋ではやさしい笑い声が響いたという。
*注5:この時の日本艦爆隊の命中率は実に77%にも達した。
*注6:ボン岬とシチリア島の間にあるスカーキー・バンクのおかけで航行路が制限された区域。ここに入ると大型艦は回避が困難。
*注7:他国と違って全艦が約30ノットに統一された伊戦艦は用兵上扱い易く、また運動性も斉一されていた。
*注8:38〜40年の改装により、<カラッチョロ>級の主砲は<V・ヴェネト>級と同性能となった。
*注9:狭水面前で反転の予定が結局マルタ近くまでの護衛となり、戻るに戻れなかった。