日本におけるSAM開発史(暫定版)

■〈奮龍〉
 大日本帝国における誘導噴進弾は44年に陸海軍共同プロジェクトで開発された〈奮龍〉である。
 高射砲からの路線転換を引き起こした最大の要因は、合衆国がB17“ガディム”の後継として開発していたB−29“ラルヴァ”の存在だった。
 合衆国の基礎工業力の高さを示すように、排気タービンを備えた2,000馬力級のエンジンを装備、これまで日本が構築していた迎撃網の限界高度に近い、高度8000メートルの高高度から侵入を図る“ラルヴァ”は、また日本軍の保有していた大半の対空火器の有効範囲外でもあった。特に本土防空に対して重大な責任を持っていた陸軍はその対策として、海軍の89式40口径12.7cm砲を参考とし、最大射高13,000メートルを達成した13cm高射砲、そして独自開発の、世界でも類を見ない大口径の対空砲、五式15cm高射砲(※1)を開発する。だがいずれの砲も、陣地設置においてはかなりの堅固な設備(「要塞並」と表現された)が必要であり、砲自体の生産もかなり困難なことから大量配備は極めて困難といえた。
 また、高射砲自体の阻止能力不足(低い命中率)も深刻だった。近接信管の実用化によってある程度は改善されているものの、実際にはないよりまし(※2)程度の改善率に過ぎなかった。
 もちろん、30年代以来改善が続けられ、隆山防空戦で本格的なデビューを果たした防空管制システムと、〈柏木“飛燕二型”梓〉〈柏木“飛燕四型”初音〉〈綾火〉といった高速戦闘機群を用いたならば、B17“ガディム”に比べれば困難であれ、不可能ではないと判断されていた。だが、何らかの事情で迎撃機が運用できなかった場合(※3)、“ラルヴァ”の本土侵入は阻止し得ないと判断された。
 高射火器の能力不足と、来襲する重爆撃機の対策に取り組んだ研究部会が出した結論は、「当面においては迎撃網の充実と冗長性の確保で対応する」だった。だが、その「次」が容易に見つからなかった。
 「次」に関わるヒントが見つかったのは、次期高射火器研究会に所属していたとある陸軍少佐が〈柏木“飛燕三型”楓〉で編成された防空部隊を訪問した際のことだった。夜間戦闘を考慮した〈柏木“飛燕三型”楓〉は、「猫耳」と呼ばれる、初歩的なデータリンクシステムを搭載していた。鍵は見つかった。「猫耳」によって地上から管制される迎撃機。一歩押し進めれば、管制所から遠隔操作で迎撃機を運用してしまうこともできる筈(※4)。
 直ちに多摩研究所に戻ったその少佐は、無線誘導機による対重爆体当りを考案した。せいぜい高射砲射撃用のレーダーでは機関砲の照準は不可能。ならば体当たり専用としてしまえば良い。体当たりも困難なら、いっそのこと弾頭に海軍の三式弾を詰め込んで、編隊の中で炸裂させるという手もある。そして、そういった機体ならば複雑な戦闘機動を行う必要は薄い(それどころか、空中機動による速度の喪失が問題だった)。
 結果として完成したのは、無線誘導機というよりは、無線誘導される対空ロケット弾だった。〈奮龍〉と命名されたこのミサイル(当時は誘導ロケット、誘導噴進弾と呼ばれた)は、ケロシンを燃料、酸化剤として液体酸素を用いる液体式ロケットを推進器として使用、指令誘導方式によって目標に到達するとされていた。当初疑念が呈されていた有効性についても、〈フォールアウト〉作戦の際、実用試験中だった試作型の〈奮龍〉が来襲した“ラルヴァ”を撃墜したことから、実戦での保証がつけられたようなものだった。

 〈奮龍〉の改良型も開発されている。エンジンを改良し、初期型の〈奮龍〉にあった、白煙を曳いてしまうという欠点を改良した2型、2型を改良、妨害を受けやすい指示誘導方式から、ビームライダー方式を採用した3型が開発された。
 なお、3型は海軍もシーステートの問題で直衛機を上げられない状態での対触接機対策、遠距離防空兵器として採用を検討したものの、実験艦〈草薙〉での爆発事故をきっかけに艦載兵器としての〈奮龍〉採用を取り止めている(※5)。

注釈:
(※1)一部の艦に搭載された15cm級高射砲と並んで、史上最大級の高射砲であった。
(※2)40年代に入り、陸軍は機械式の時限信管を採用、このため誤差は軽減されていたことから、電波信管については「取り扱いが便利な信管」程度の認識しかされていなかった。
(※3)第二次ゼーレーヴェ作戦における本土防空戦で英国が本土防空に失敗したのは、一般的にいわれるように〈ロング給与〉でドイツに送られたB−17“ラルヴァ”による戦略爆撃の結果ではなく、B−17が投入された結果双発爆撃機(Ju188など)がレーダーサイト、飛行場攻撃等に投入され、結果として防空網に穴をあけた結果である。
(※4)昭和14年に、海軍は94式水偵を用いた無線誘導機の試験に成功していた。
(※5)実際には取り扱いの困難さに加えて、液体燃料エンジン固有のリアクションタイムの長さが、艦隊防空に使用した場合問題視されたことも大きな理由だった。

■8式艦対空誘導噴進弾
 艦載対空ミサイルとして制式に採用された初のSAM、8式艦対空誘導噴進弾は、〈奮龍〉の実績をもとに開発された。
 開発に大きな影響を与えたのは、第二次大戦末期に行われた合衆国陸軍航空隊による、親子機による攻撃と、D計画に基づいて開発されていた反応兵器の存在だった。最終的に両者が組み合わされることは(戦艦増産の結果、合衆国の反応兵器開発計画〈マンハッタン〉は大幅に遅延していた)なかったが、近い将来ドイツ軍が同種の兵器を用いないという保証はどこにもなかった(※6)。
 また、第三次大戦の口火を切った、ドイツによる反応弾先制攻撃は海軍関係者に重大な衝撃を与えた。幾ら海軍戦力では圧倒的優位にあるとしても、艦隊に対して大威力の反応兵器を使用された場合、その優位は(少なくとも戦術レベルでは)容易に崩壊してしまう。国産反応兵器の開発が、反応動力炉の優先開発方針から遅れをみせていたことから、反応兵器使用のフリーハンドをドイツ側に握られている状態にあった当時、高性能な艦載対空兵器、それも直援機と、高角砲の間をつなぎ、またシーステートの問題で直援機があげられない状態での遠距離防空兵器の開発は急務とされていた。
 このことから、8式は極めて現実的な手法で開発された。誘導方式の面では問題がなかった〈奮龍〉艦載試作型の弾頭・誘導部分を流用し、問題であったエンジンは、サスティナーを介して固体燃料式のロケットモーターを装備することで解決した。
 固体燃料式ロケットの採用はまた、兵器としての安定性と、リアクション・タイムを大幅に改善する結果を生んでいる。
 ただし、寸法の面で大きすぎる(駆逐艦クラスの艦艇の場合、実用的な搭載数を確保できない)ことから、大型艦向けに採用された。だが、小型艦用として開発された10式が高性能を示したことから、大戦後は次第に10式、10式系列の誘導弾に交代していった。

注釈:
(※6)合衆国の〈mistletoe〉兵器の実績をみたドイツ軍も、45年に同種の兵器を試験していた。ただし、飛行特性が大幅に劣化することから実用化はされていない。 

■10式艦対空誘導噴進弾
 固体燃料エンジン化することで安全性、リアクションタイムの問題を解決した8式だったが、原型が拠点防空用の大型対空誘導弾だったこともあって、軽巡洋艦以下の艦艇への搭載は極めて困難であった(※7)。そこで、大型に過ぎた8式を改良、小型艦にも搭載可能なように小型化した対空誘導弾が開発されることとなった。
 戦時開発であることから冒険的な設計はできず、基本的には8式用のロケットモーターに直接誘導装置と弾頭を組み込む形式をとることとし、それによるサスティナー部分の削除と、設計の一体化による余剰容積の削減を狙っていた。
 結果的には胴体部分の完全な再設計となり、また燃料部分の縮小から2割ほど射程は減少したものの、小型化という意味での狙いは達成され、雄型駆逐艦第3シリーズの一部をはじめとした艦艇に単装、連装発射機が装備され、日本海軍艦艇のミサイル化を推し進める役割を果たした。
 また、その後電子部品をソリッドステート化した10式改、射程を延伸した10式改2などが発展型として開発された。さらに、10式向けに開発された旋回式連装/単装発射機はその後も、垂直型発射装置が主流となるまで、長期にわたって使用されつづけた。

注釈:
(※7)実際、八式を搭載するDDG改装を受けた雄型駆逐艦第2シリーズ(〈真雪〉級。約4500トン)の搭載弾数は12発と、主砲一基を撤去した割に、持続交戦能力は極端に低下している。
 
 
 
 

(注0)当初、B−29の侵入高度は1万メートルを越えるものと推測されていたが、戦後入手されたB−29の運用マニュアルおよびボーイング社資料によれば実用上昇限度は9450mである。
飛燕シリーズはもちろん、零戦においても実用上昇限度は1万1千メートルを越えるのであるからスペック表を一見すると十分迎撃可能であるように思われる。
しかし、戦闘機の実用上昇限度と迎撃可能高度とは同じではない。
すなわち、迎撃側は敵機来襲の報に触れてからエンジンを始動して発進、そして上昇しつつ来襲機の未来位置へ向けて移動せねばならない。
このとき、仮に零戦であれば水平方向の速度は時速300km程度にまで落ちてしまう。
(上昇することにエンジンパワーの約半分を消費してしまうため)飛燕シリーズでも400km程度である。
都合の悪いことに日本は島国であり、たとえば関東方面に来襲する敵機を探知できるのは八丈島レーダーサイトがその最長距離となる(他の地域でも似たようなものである)。
B−29は時速600km近い高速で侵入するのであるから、時間的猶予は1時間を切っている。
つまり、B−29に対してはその高度が8000mであっても迎撃側にわずかな齟齬があれば「間に合わない」=接敵したときにはすでに投弾を終えて引き上げに入っている結果となる可能性が高い。
もし仮に、来襲機がB−17のように時速300kmの機体であるならば高度1万メートルで侵入されても「余裕を持って間に合う」。
有人機でB−29を確実に迎撃するには「蒼電」のごとく上昇しながらでもB−29より高速で移動できる機体を大量配備するか、より遠くで探知できる体制−レーダー搭載の警戒艦艇を洋上に配備−を取る必要がある。