コラム――こみパと海軍――
 

 帝都東京は有明の東京国際展示場(東京ビッグサイト)で年に11回(内3月、8月、12月は拡大版、4月は休み)開かれる世界最大の同人誌即売会、こみっくパーティー。海外からの参加者も多い、この現代日本を代表する一大イベントは、実は大日本帝国海軍とは切っても切れない関係がある。どう関係があるのかと思われる方も多いだろうが、その理由を以下に記す。

 こみっくパーティー(以下こみパ)の起源は、1960年代、ひとりの退役軍人がある漫画を描き上げたことに始まる。その人物は、第2次、第3次両大戦を通じて装甲巡洋艦<千堂>艦長の職にあった、S海軍予備役少将(以下S退役少将)である。第3次大戦後すぐに退役した彼は、ようやく大好きな漫画を描くことに集中できたのである。その彼が描き上げた作品が「八八(cm)艦隊物語」。ネタ自体は第2次大戦前から暖めており、創作期間は20年以上にも及ぶ。この作品は全3巻に分かれており、第1巻「誕生編」は日本海海戦の勝利から八八(cm)艦隊計画の立案、第1次大戦、隆山海軍軍縮条約を経て八八(cm)艦隊実現までを描く。第2巻「躍進編」は八八(cm)艦隊計画艦が次々と竣工する昭和初期、海軍の発展と<太田>暴走事件を始めとする様々な事件を描き、第3巻「激闘編」は第2次、第3次両大戦における八八(cm)艦隊と海軍の戦い、そしてその戦後、八八(cm)艦隊計画艦が退役していく様を描いている。その内容は八八(cm)艦隊の活躍を描いただけにとどまらず、「まんが日本海軍史」と呼んでも過言ではないものであった。いずれもA5版のハードカバーオフセット、総ページ数は約2000と、まさに大作であった。

 その時「即売会を開いてこれを売らないか?」と持ちかけたのが、砲塔運搬艦<牧村>元艦長、M海軍予備役中将(以下M退役中将)である。S退役少将がまだ海軍兵学校の4号生徒だったころ、彼は海兵同期で尋常小学校以来の友人でもあった装甲巡洋艦<九品仏>元艦長、K海軍予備役少将(以下K退役少将)の仲介で当時海軍予備中尉であったM退役中将と出会った。このときM退役中将はS退役少将の創作活動を応援し、彼の漫画を支持した縁があった。以後も密接な付き合いがあり、その縁からM退役中将は即売会を開くのなら自分が主催者になると約束し、開催に尽力することになった。
 当時の日本は、様々な漫画雑誌が創刊され、現在でも極めて有名な漫画家と作品が登場し始めた漫画界隆盛の時期であったが、「漫画は害悪」という風潮がまだ強かった時期でもあった。そのため即売会開催はある意味では保守的な海軍当局に認可されないのではないかと思われたが、会場使用許可はあっさりと出た。その理由は担当者がS退役少将の漫画の読者であったこと、そしてS退役少将の作品「八八(cm)艦隊物語」が海軍のイメージアップになるという判断からであった。
 関係者たちの努力により、民間サークルとの合同で同人誌即売会が東京、九段下の退役軍人会館で開かれた。小規模ではあったが、参加者たちの反応はおおむね好評であった。そのため本来なら一回限りであったはずの即売会も、再開催の要望が多く、以後は民間主導で行われることとなったのであった。そして参加サークルが増えるにつれ、会場は九段下から晴海へ、さらには有明へと移動し、いつしかこみっくパーティーという名もつけられ、漫画だけにとどまらない即売会として現在のような巨大イベントへと発展した。
 ちなみに、1980年代のこみパでS退役少将は、夏こみは第2種軍装、冬こみは第1種軍装で出かけたことから、コスプレイヤーと間違われることも多く、老齢ながらも「海の漢」としての風貌を持っていたことともあいまって、多くの写真に収まったという。

 S退役少将が最晩年に力を入れたことは、有明海運の重量物運搬船<南丸>(元海軍砲塔運搬艦<牧村>)の保存についてであった。自分の漫画を認め、支援してくれたM退役中将が軍人として任務を全うし、そして同人誌即売会に情熱をそそいだ人の船である。その恩人のためにも彼は何としても同人の聖地、こみパの会場でもある東京ビッグサイトの近くに保存させたかった。その彼(とK退役少将を始めとする彼の友人の海軍関係者たち)の思惑に適当な保存場所を探しあぐねていた財団法人日本商船会、会場を拡張したがっていた国際展示場関係者が賛同し、<南丸>は東京ビッグサイト東展示ホールの南に固定保存され、搬入口を設けるなどの展示場として必要な改装を受けた上で、南展示ホールとして第3の人生を歩むこととなったのであった。そして工事が終了した2000年以降はここもこみパの会場となり、多くの同人作家に作品公表の機会を与えつづけているのは周知の事実である。

 以上のことから、海軍が現在の同人界へ与えた影響、功績は決して小さくはないのである。

 (こみっくパーティー準備委員会発行「こみっくパーティー史」より抜粋)