海軍甲事件
 

 1938年4月に行われたトラック島での海空合同演習での事件。
 演習の目的は,「合衆国空母の奇襲はあり得るか?」という点に対して回答を出すことにあった。
 奇襲部隊は,改装が終了したばかりの<神岸‘蒼龍”ひかり>と<飛龍>の2隻の正規空母に<藤田><佐藤>の2隻の航空巡洋艦。
 これに対し,無警戒で停泊している,と想定されたのは第1艦隊第1戦隊・第3戦隊の戦艦八隻。
 4月8日,秘匿名称<降霊実験>がスタートした。
 この「奇襲」に対し,防空部隊は全くと言っていいほど対処が出来なかった。杜撰な索敵は奇襲部隊を発見できず,「敵機」を発見した頃にはすでにトラック環礁内に接近しすぎていて,迎撃機を上げる暇も無かった。
 この結果,第1艦隊とトラック防空部隊は,戦艦4隻が「撃沈・大破」され,航空機100機が「地上撃破」されたと「判定」―――されたはずだった。

 しかし,信じられないことが起こった。奇襲部隊の内の1機が信じられないことに,訓練弾ではなく,実弾を装着していたのである。よりにもよって,その1機の放った爆弾は<陸奥>の副砲に命中,そのまま副砲弾薬庫に到達して弾薬庫が誘爆,さらに主砲弾薬庫まで誘爆が及び,<陸奥>はそのまま沈没してしまった。

 事件直後,徹底的な調査が行われたが,なぜ実弾が搭載されていたのか,原因ははっきりしていない。肝心の機体はその直後,消息を絶ってしまったからである。そのため,憶測だけが飛び交うことになった。一説によれば,合衆国のスパイが搭乗していたともいわれるが,これも憶測に過ぎない。
 しかし,何より泡を食ったのは海軍上層部である。自慢の八八cm艦隊の主力戦艦が,たった一発の爆弾であっさり沈没した――それも演習上のシミュレーションでは無く実際に――からである。
 これを受けて,1938年度の海軍の建艦計画は緊急大改定を受けることになった。
 まず,防空能力の強化のため,<高瀬‘大和”瑞希>級2番艦の建造は緊急中止され,その資材を用いて<森川‘雲龍”由紀>級の1〜5番艦の建造促進6〜8番艦の新規建造,並びに<芳賀‘翔鶴”玲子>級空母3番艦の建造が決まった。また,同様の理由で<七瀬>級防空巡の計画は再優先課題とされ,また,索敵能力向上のため<琴音>級電子作戦艦の試作も決まった。

 尚,この事件は最高機密とされたため,その後しばらくの間,あたかも<陸奥>が依然として第3戦隊旗艦であるかのように無線での欺瞞工作が行われた。このことから,<幽霊部長>のあだ名がついた。<陸奥>の沈没が国民に発表されたのは,その1年後(但し,原因は「原因不明の火薬庫の誘爆」となっている)の事である。