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隆山世界日本史年表

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各種艦艇 / 〈長岡《加賀》志保〉 / 大ドイツ連邦軍指揮体制私案(2015年) / 世界設定 / ヘーアに関する覚え書き / クリーグスマリーネに関する覚え書き / ルフトヴァッフェに関する覚え書き / 大ドイツ帝国の年代別状況 / その他兵器 / 日本帝国陸軍歩兵火器に関する設定案

 隆山鎮守府HPの第三掲示板の各エピソードの記載、隆山鎮守府関連出版物及び「歴史幻想003」までの東方飛行隊関連出版物において掲載された出来事などをまとめ、日本に関する記事を抽出したもの。なお、東方飛行隊関連のものは削除してあり、出版物発行時に、こちらで組み込むつもりです

15世紀頃:日本、能登半島付近に未確認飛行物体墜落。隆山付近に天然の良港出現。

1600年頃:関ヶ原の合戦の功により能登隆山藩発足。

1876年:海軍軍人の互助会として水交社が発足

1901年:舞鶴鎮守府開庁延期。

1904年:日露戦争勃発

1905年5月27日〜28日:日本海海戦(ツシマ沖海戦)。日本海軍連合艦隊、バルチッック艦隊を撃破する。

1905年6月:ロシア軍の限定攻勢により日本陸軍潰走。同月末の第二次奉天会戦により、満州における日本陸軍の戦線は崩壊。陸軍部隊は旅順へと撤退しなんとか戦線を再構築する。

1905年7月初頭:日本陸軍、樺太へ侵攻するも満州方面の状況の悪化により同月中旬に撤収、遼東半島方面へと転進する。

1905年7月末:大韓帝国政府の親露派勢力、民衆を扇動して大韓帝国を縦断する鉄道を破壊すると共に対日宣戦布告。英国、日英同盟の規定に従って大韓民国へと宣戦を布告。威海衛から出動した陸戦隊が首都である漢城を占領する(漢城事変)

この頃?旅順から出撃した挺身騎兵部隊――通称「秋山支隊」が奉天を襲撃。ロシア帝国元極東総督アレクセーセフ、極東方面軍総司令官リネウィッチ、ロシア帝国第1軍司令官クロパトキンを捕虜にする。司令部の壊滅と補給路の切断によりロシア帝国満州方面軍は攻勢を停止。ロシア帝国内部で講和の雰囲気が高まる。

1905年:ポーツマス条約締結。日本は遼東半島を取得するも、朝鮮半島から撤退し賠償金は得られず。また遼東半島も後に戦時債務の対価として合衆国に譲渡される

1908年:日露戦争後の対露脅威に備えて石川県隆山に鎮守府設置

1914年:第一次世界大戦勃発。日本、欧州に大規模な陸軍部隊を派遣

 1918年:ロシア革命に伴う出兵で合衆国満州占領。日本、現地の陸軍部隊の独断で樺太をほぼ占領するも、政府命令によって撤兵する

1920年:シベリア出兵中止。陸軍青年将校団、大軍拡の海軍との扱いに不満

 

1921年2月26日:日本政府、陸軍のクーデター計画を間一髪で阻止(第一次2.26事件)。陸軍、さらなる軍縮。ただし統帥権を盾に海軍の専横が続く。

(暮):隆山会軍縮条約締結。日本、補助艦大幅制限を代償に八八艦隊保有に成功

1924年頃:日本、戦車開発特務機関<ヨシノ>機関設立

この頃?:日本海軍、樺太出兵の失敗と第1次2.26事件などから陸軍に対し不信感。大隊規模の特別陸戦隊を常時編成するようになる
     日本陸軍内部で機甲派と歩兵派の派閥争いが激化する 

1934年1月:隆山条約の戦艦規定により日米英、代艦建造開始(各艦40冕9門)
       日:<高千穂>級 2隻
       英:<KG后箋蕁 2隻
       米:<ミネソタ>級3隻(4番艦、隆山条約失効に付き建造中)

1934年3月:〈橋本〉事件発生(重巡〈橋本〉沈没)

1935年8月:〈伊勢〉級改装の論議・最終的には〈月島〉級特殊電波試験艦へ改装

(この頃):中国大陸において国民党を支持する日英と満州経営を強化する合衆国の対立が激化する
   日本、秘密裏に満州の抗米ゲリラへと武器援助を開始。さらに北太平洋に艦艇を派遣して封鎖にあたる
合衆国、抗米ゲリラ殲滅のためにアムール川遡行計画を発動。シアトルから軍需物資を積んだ船団を出港させる

9月26日:封鎖にあたる日本海軍第4艦隊暴風雨によって合衆国艦隊を補足できず。さらに第4艦隊の艦艇は暴風雨によって損傷を受けたため、第2艦隊第4戦隊が封鎖任務に就く

28日:第2艦隊第4戦隊、旅順から出撃した合衆国アジア艦隊と北太平洋にて交戦し撃退する。この勝利を受けて日本海軍内部の対米強硬派の勢力が強まる

    1936年〜1937年:スペイン内乱の隙を付きフィリピン独立。日英中、これを承認。米独西、これを認めず 

1937年1月1日:隆山条約失効。無条約時代へ突入。

1937年9月〜11月:中国国民党軍及び日本帝国軍事顧問団、内蒙古の察哈爾(チャハル)省から山西省に侵攻して同地の共産軍の殲滅を図る。国府軍の侵攻により共産軍は省都の太原を失い、黄河以西に撤退する

1938年4月8日:トラック島での解空合同大演習(通称「降霊実験」)。演習中「海軍甲事件」発生。戦艦〈陸奥〉沈没

(年内)   :北崎・エンジニアリング・ヨーク社(略称Key)設立

(年末)  :汚職事件「海軍骨董品事件」摘発。これにより戦艦〈高倉《武蔵》みどり〉建造中止に

1939年3月:標的艦〈太田〉暴走事件。戦艦〈新城《穂高》さおり〉参加

9月1日:第二次世界大戦勃発

10月1日:第一次遣英艦隊編成。日本、戦艦8隻を基幹とする艦隊を派遣。

12月13日:ラプラタ河口沖海戦。日本海軍、モンテビデオ港にて独装甲艦〈綺堂《グラフ・シュペー》さくら〉を鹵獲、〈さくら〉と改名して運用する

     冬:日本製戦車で編制された国民党軍戦車部隊が、内蒙古の綏遠でソ連の援助を受けた共産党軍戦車部隊に撃破される。
       戦訓報告会において歩兵派閥のメンバーによる軍需企業や国府軍との癒着、武器輸出商の江沢商会からのバック・リベート、さらには外務省の外郭団体である興亜院との阿片を巡る金の流れ、上海の阿片王である杜月笙からの阿片取引に伴う謝礼といったスキャンダルが暴露される。その後憲兵隊の調査により、上記の資金を利用した陸軍歩兵派閥を首魁とするクーデター未遂事件の発覚。海軍出身の岡田啓介首相の暗殺と陸軍主導の近衛文麿政権を樹立し、日英同盟の破棄と独伊との同盟。中国大陸へ武力進出といった計画と、背後にドイツ親衛隊の工作があったことが発覚。
歩兵閥を中心とした陸軍親独派閥は壊滅し、陸軍参謀本部は機甲派閥を中心とした親英派で占められる。

 1940年春頃:外蒙古から侵入を図ったソ連の「共産義勇軍」を日本の「中華民国派遣軍事顧問団」戦車部隊が撃破。共産義勇軍司令官ジューコフ将軍、銃殺される

    7月:英本土航空戦始まる

   9月:〈グローリアス〉追撃戦。〈保科《天城》智子〉級戦艦参加。

11月:第二次遣英艦隊編成(空母2・重巡2基幹)
合衆国、大統領選で対日強硬派のヒューイ・ロング当選

12月8日:日本、海上護衛総隊設置

(同月):「隆山」作戦。合衆国改装空母〈エディフェル〉沈没

1941年:アインシュタインによるメッセージにより。日本の反応炉、反応弾開発計画(「D計画」)本格化 (※1)

1942年頃:〈辛島〉就役。対独謀略番組「Heart to Heart」放送スタート

(年内):エル・アラメインの戦い。英軍援護のために北アフリカに派遣された海軍陸戦隊空挺部隊、6割の大損害を出す
     海軍陸戦隊、各部隊を大隊規模から連隊規模へと増強 

1942年3月:第三次遣英艦隊編成。空母〈千鶴()〉、戦艦〈高瀬《大和》瑞希〉等派遣

3月8日:合衆国巡洋艦、日本艦艇に対して突発的照射を浴びさせる。西太平洋で日米艦による偶発戦闘発生

 3月26日:ハル・ノート通告

4月7日〜11日:マルタ沖海戦(日英側:「ペスタデル作戦」、独伊側:「ヘラクレス作戦」)
     日英側戦艦10隻(うち3隻沈没)、空母3隻(うち1隻沈没)
     独伊側戦艦9隻(うち4隻沈没)、空母1隻

4月8日:日米開戦 日本海軍、遣英艦隊のほぼ全力を引き上げ

(同日):在満州米航空隊、日本本土空襲開始

4月12日:〈波号無人試製第一二潜水艦〉(HMX-12マルチ艦)の幻の活躍開始

4月30日:ミッドウェー海戦・日本敗北(空母1隻喪失、空母2並びに戦艦3大破)
      太平洋戦線の大幅悪化を受けて英国派遣船団の派遣は停止。大西洋の制海権は独潜水艦隊と合衆国「義勇」艦隊の跳梁によって失われる

  5月後半:合衆国、マーシャル諸島を占領

5月〜9月:北太平洋でアッツ島を巡る水上艦同士の戦い多発

7月:合衆国、トラック占領

  9月:巡洋艦〈折原《筑波》みさお〉沈没。合衆国潜水艦〈アーチャーフィッシュ〉による

10月:合衆国、パラオ占領

11月7日:空母〈千鶴()〉、戦艦〈テルピッツ〉撃沈(初の航空機での戦艦撃沈)

12月8日:大日本帝国、「葉」号作戦(「藤堂プラン」)を発動しハワイへと侵攻。        日本帝国海軍機動部隊、オアフ島を空襲

  12月22日:日本軍、ハワイを占領。合衆国、ハワイ奪回に対し、早期の奪回を唱える大統領と現有戦力での作戦は困難と主張する海軍が対立

     

12月24日:在満米軍、最後の大規模日本本土空襲作戦発動「フォールアウト作戦」

1943年1月1日:日本軍、サンフランシスコを爆撃。西海岸を支持基盤とする議員、連邦政府と海軍に早急な対応を要求する

1月30日:東太平洋海戦 連合艦隊及び合衆国太平洋艦隊壊滅
         日本側:空母12隻(うち3隻沈没)、戦艦20隻(うち4隻沈没)
         合衆国:空母9隻(内4隻沈没)、戦艦24隻(内7隻沈没)
          ※合衆国空母数には護衛空母20隻を含まず

2月14日:日米休戦締結

2月26日:日米休戦反対派の海軍軍人が主導する第二次2.26事件が発生
     軽空母〈折原《吉野》浩平〉、戦艦〈来栖川《紀伊》綾香〉反乱軍と死闘(大島沖海戦など)

           

この頃?:日本帝国特務機関の手引きによってシベリア経由でソ連軍事技術者の脱出が相次ぐ。沿海州地域を拠点としたロシア軍閥(通称「スミレ派」)、特務機関と協力して技術者の身柄を保護。日本帝国との間にコネを持つようになる
     日本海軍、新たに「海軍陸戦本部」と「海軍陸戦学校」を設置。さらに海軍陸戦隊の作戦全般を統括する「連合陸戦司令部」が設立される。各陸戦隊は旅団規模の「陸戦団」に改称され、さらに戦車や砲兵の各兵科を加えた連合陸戦師団が編成される

 第一次国場義昭内閣成立。軍事戦略機構の大幅改正。従来の大本営システムを廃止し、海軍軍令部と陸軍参謀本部の上に立つ国防軍令本部を開設。これによって文民統制が確立し、明治憲法の統帥権条項は死文化する
  海軍予備士官制度改編

7月:英連邦、反応兵器開発を日本と統合

11月:日英、スエズ撤退作戦

12月:ヒトラー、日英に対し一方的に休戦を宣言(WW2、実質的に終結)

1946年:日本、陸軍航空隊と海軍基地航空隊を合併する形で統合航空軍を設立

1948年5月13日:第三次世界大戦勃発

この頃:日本、第二次国場内閣成立

11月頃:日英軍、ソコトラ島侵攻(「ブルー・アイス」作戦)
     日本軍、〈フィリブス・ウニーテス〉を捕獲

 12月:日英軍、ソコトラ島占領

1949年1月1日:日英米三国枢軸成立

    2月15日:「贖罪」作戦。合衆国海兵隊、日本海軍陸戦隊、パナマに上陸
初頭:枢軸軍、パナマ奪回。コロンを拠点としてカリブ海に出撃した枢軸潜水艦隊によっては欧州連合軍のタンカーの被害が相次ぐ

(年内)  :日英枢軸軍、キューバに侵攻。グァンタナモを占領するも、その後の数々の野戦飛行場を巡って戦線は膠着状態となる。
メキシコ湾海戦を始めとして、カリブ海全域において航空撃滅戦を意図した多数の海・空戦が勃発する。

     7月:メキシコ湾海戦。日米対独の空母部隊の対決。初の共同作戦となった日米機動部隊の連携は悪く、日本海軍第2機動艦隊は大損害を被る

     8月6日:日英米枢軸軍、「ジョゼフィーヌ(皇后)」作戦を発動。ヴィシー・フランス領のマルティニーク島に上陸する。

       8月8日:マルティニーク島に侵攻した日米英艦隊に対し〈桜塚《シュリーフェン》恋〉ほかの欧州連合艦隊が夜戦を挑み完勝するが、輸送船団の撃滅には失敗(第一次ウィンドワード海戦)

     8月20日: マルティニーク地上戦においてドイツ軍アインバウム戦闘団が全滅。その後マルティニーク島周辺では1950年2月に欧州連合軍が撤退するまで激戦が繰り広げられる

    (この頃?):日本海軍第1機動艦隊、大西洋に進出
          統合航空軍インド洋航空集団、紅海沿岸に集結していた欧州側航空戦力の撃滅を目的として「I」作戦を発動。戦略航空軍隷下の〈富嶽〉による方面の港湾爆撃及び機雷によるスエズ封鎖と、前線の航空基地に対する航空撃滅戦を行う。この結果、インド洋航空集団は積極的な攻勢能力を喪失するも、アラビア半島南部の独伊航空戦力に大損害を与えることに成功する。

 

     9月:〈岡本《伊373》みなみ〉潜水艦、大西洋からジブラルタルを突破して地中海に潜入。多数の艦船を撃沈

10月:日英同盟、アデン侵攻

     10月26日:中部大西洋海戦(ケイマン諸島沖海戦)。日英米と独仏伊の空母機動部隊の激突。独仏伊機動部隊は執拗な攻撃で日米英の空母に大損害を与えるも多くのベテランパイロットを失い、海軍航空戦力を大幅に低下させる結果となる

     1950年1月:日本海軍第1機動艦隊、アイスランドを急襲。喉元に刃を突き付けられた形になった欧州連合がカリブ海から欧州方面へと航空戦力を帰還させたことによってカリブ海方面の圧力は減少する

 (この頃?):統合航空軍、洋上での活動を主任務とし、海軍との共同作戦を前提とした海洋打撃航空集団を設立する。

    2月15日:ウィンドヒル島沖海戦。独装甲艦〈氷村《アドミラル・シェア》遊〉、日本軍の重巡〈鷹城《摩耶》唯子〉、〈千堂《鳥海》ひとみ〉を翻弄するも〈さくら〉によって撃破される

3月1日:カサブランカ沖海戦。日対伊仏の水上砲撃戦

3月27日:伊領エジプトの現状を憂うナセル中佐、スエズ作戦に関して日本と了     解

    5月5月:エジプトにおいてナセル中佐を中心とした「自由将校団」の叛乱勃発

6月頃:ポート・スーダン陥落

6月6日:北米戦線にて合衆国軍中心の大反攻作戦「上帝(オーバーロード)」開始
          カナダ国境沿いに五大湖を目指す北方軍、オマハからセントルイスへと突破する中央軍、テキサスを打通しメキシコ湾岸を目指す南方軍が進撃。
中央軍配下のアメリカ第8軍の機動突破によって、ドイツ中央軍集団はなし崩しに撤退に追い込まれる
         ドイツ軍の反撃によりミシシッピ川前面で進撃は停止する

  

    6月30日:独空母〈アンティータム〉追撃戦。〈アンティータム〉の喪失により、ドイツ北米艦隊の正規空母は文字通り全滅。カリブ海航空撃滅戦事実上終結。カリブ海の制空権は日英米枢軸側に渡る

    7月:日本軍、〈富嶽〉によるプロエスティ油田及び合成石油工場を狙った戦略爆撃作戦を開始

     

    (夏頃):日英豪満連合軍、カリブ海で大攻勢。キューバ全域や島嶼部への野戦飛行場の大規模建設、空中給油機の導入などによって航空撃滅戦を優位に進める

    (半ば頃):日英米枢軸軍、カリブ海の制海をほぼ完全確保。カリブの要衝マルティニークから出撃する潜水艦と、グァンタナモ−レイキャビク航路を護衛する機動部隊によって欧州連合の北大西洋航路は閉鎖されたも同然となる

8月6日:「ブラッディ・オマハ」ことオマハ包囲戦(〜20日)
         ドイツ軍は脱出に成功するが重装備のほとんどを失う

 8月21日:ニューヨーク沖海戦 (輸送船団を巡る〈高瀬《大和》瑞希〉対〈皆瀬《フォン・ヒンデンブルグ》葵〉の決戦)。この海戦によりドイツ北米艦隊はアメリカ東部の軍港に逼塞するようになり、大西洋の制海権は枢軸側に大きく傾くようになる

9月8日:日英同盟、スエズ奪回
         〈《グラーフ・ツェッペリン供佞澆舛襦喞惜

9月26日:北米戦線カンザス州にて「マウント・ホムラー戦車戦」勃発

    (秋頃)  :日英米枢軸軍が実行したルイジアナ強襲上陸作戦(「剣」号作戦)、惨々たる大敗北に

   (年末):ドイツ中央軍集団壊滅。枢軸軍、ミズーリ河畔のカンザス・シティに到達
ドイツ海軍、カリブでの敗北を認め、積極攻勢から英国諸島周辺海域と北米東岸の防備へと方針変更。カリブ海での輸送船と護衛艦の大量喪失と建造計画の混乱により、欧州と北米を結ぶ大西洋航路の維持に重大な支障をきたすようになる

 1951年1月26日:空母〈里村《海鳳》茜〉クレタ奪回作戦で大破(後に解体)

1月28日:ドイツ潜水艦、広島、長崎を日本本土反応兵器攻撃。駆逐艦〈舞波〉、〈小百合〉沈没。
日本政府、アイスランドとポートサイドに反応弾を配備、反応兵器の使用にはドイツ本土に対して反応兵器による報復を行うことを宣言する

    7月10日:日英軍、シチリア侵攻。同時並行でジブラルタル奪回作戦始動。

      夏頃:レイキャビクから出撃した日本第2機動艦隊が欧州沿岸を襲撃、北海と大西洋に面した地域と沿岸航路に壊滅的な打撃を与える

        10月10日:日本第二機動艦隊、ドイツ占領下の英本土を空襲

    10月12日:アイルランド沖航空戦。ドイツは「日本機動部隊全滅」。と報ずるが実際の戦果はナシ。反対にドイツ空海軍の航空攻撃戦力は壊滅

    (年末):ドイツ海軍、根拠地をキールからバルト海のリガへと移動

1952年1月:日英枢軸軍、英本土奪回作戦「アーク・エンジェル」発動。欧州連合軍これに対し迎撃作戦「北の暴風」を発動。北大西洋全域で激戦
この戦闘の結果欧州連合水上部隊は壊滅。英本土に枢軸軍が上陸し終戦までに独軍をドーバー海峡に追い詰める。
      枢軸軍、北海の制海権を確保。大型空母11隻からなる機動部隊と高速戦艦6隻の水上砲戦部隊、そして英国本土奪回軍を援護する英米の戦艦数隻を展開させる

1月30日:日本海軍第7航空艦隊、「報復」作戦を発動。反応動力空母〈インディカ〉大破着底

    3月9日、10日:統合航空軍、全噴進式戦略爆撃機〈飛鳥〉によるベルリン空襲
。〈飛鳥〉の実戦参加により、欧州全域が爆撃圏内に納められる。

    4月8日:〈伊523〉、反応弾輸送中の重巡〈ブリュッヒャー〉を撃沈

    (春頃)  :イタリア情報部アルコン少将、密かに「置換」作戦開始

6月:英本土奪回作戦の第2段階として英国南部上陸作戦(「コロネット」作戦)が開始される

    6月3日:ロンドンにて一斉蜂起

    6月9日:ロンドン駐留ドイツ軍、ヒトラーのロンドン破壊命令を無視して降伏
英本土奪回作戦、事実上の終了

    7月15日:イタリアでクーデター発生。2代目統領チアノ逮捕

7月20日:国防軍によるクーデター・ヒトラー暗殺

7月26日:第2代総統ロンメル、休戦提案(ポツダム宣言)

    7月26日:イタリア臨時統領アオスタ公、ポツダム宣言受諾を決定

    7月27日:ヒトラー暗殺直前に発令された日本との全面反応兵器戦争を命令する総統命令666号の発覚

    8月11日:ドイツ反応動力潜〈A9〉vs日本反応動力潜〈天沢《亜12》郁未〉、北極海での死闘(〜15日)

8月15日:日独休戦成立。第三次世界大戦、実質的に終了

    (年内?):「〈A9〉事件」を受けて、日独首脳間に直接電話回線(ホットライン)が引かれる

1953年2月:装甲巡洋艦〈槙原《愛鷹》愛〉大型貨物船と衝突事故

    3月:反応動力巡洋艦〈桜井《朝日》〉への反応弾道弾搭載計画中止が決定

   年内):日本帝国統合航空軍内部に防空軍が発足
      戦時体制の終了による統制の緩和と外食ブームに乗る形で、木ノ下泰男元海軍少佐が大衆向けレストラン「Piaキャロット」1号店を開店する。

1954年:大仮想戦記映画「鋼鉄のビューティーガール」公開(監督:円谷英二)

1960年代:日本海軍内の有志が同人誌即売会(後の「こみっくパーティー」)を退役軍人会館で初開催。後に陸軍、航空軍(及び航宙軍)も積極的にイベントに協力し、陸軍は池袋の「革命」に、航空軍は模型関係の即売会に協賛するようになる

1960年代初頭:シベリア公国のMiG-25戦闘機が超低空で日本の防空網を突破し函館に着陸。日本帝国、北方の防空警戒網の拡大と強化を推進する

1963年:激化するドイツと日本の宇宙開発競争の中、日本で陸、海、空に続く第4の独立軍種として航宙軍が発足

1960年代半ば:日本帝国統合航空軍、戦術航空軍の戦備統一を目的とした戦闘機トライアルを実施。主力戦闘機には二三式戦闘機〈新風〉が選定されるも、その他の候補に挙がった各種の戦術戦闘機、戦闘爆撃機も全ての機体が採用されるという異例の結果となる。

この頃?:プラハの春事件勃発。日本においても日米安保条約の見直しや中国内戦への介入反対を叫ぶ学生運動が激化する

1966年:過激派による水交社占拠事件が起きるも、女性店員の機転によって制圧される

1967年:第三次中東戦争。イスラエルは電撃戦に次ぐ電撃戦をもってアラブ連合軍を圧倒。
シナイ半島を制圧し、スエズ東岸にまでその領土を広げる。アラブとの友好関係を重視する英国、イスラエルに武器の禁輸を通告し日本もそれに倣う

1980年代:日本帝国、陸海航空軍が保有していた戦略反応兵器を一元的に管理運用するため、統合司令部として戦略総軍を発足。。

       1985年:中曽根内閣の対独強硬政策により戦艦〈高瀬《大和》瑞希〉、〈澤田《信濃》真紀子〉、装甲巡洋艦〈大庭《白根》詠美〉現役復帰

(夏頃): 華中戦線の鄭州において共産軍大攻勢。国民党軍を大幅に後退させる。
     〈《四五式装輪戦車》琥珀〉〈《四七式歩兵戦闘車》翡翠〉実戦初参加

1995年:宇宙戦艦〈高倉《武蔵》みどり(二代目)〉完成

1995年1月:阪神・淡路大震災発生

6月6日:第四次世界大戦勃発。

         東部連合の陸上戦略投射艦〈ミラルカ《フランクリン・ブキャナン》〉によるキューバ全域への大規模巡航ミサイル攻撃。グァンタナモ軍港に停泊していた空母〈小出《葛城》由美子〉をはじめとした機動部隊は大損害を受け、グァンタナモ基地は機能停止。
         ドイツ海空軍、「コンテスト作戦」を発動。アイスランドの日本軍航空基地を攻撃、機能停止に追い込む。
                 日英米枢軸軍、潜水艦発射式の巡航ミサイルによるベルリン・パリ攻撃作戦を発動するも、欧州陣営対潜部隊の活躍により失敗に終わる

1996年年内?:第二次ニューヨーク沖海戦。日米英枢軸軍、損害を出しながらもGETTO艦隊を撃破し東大西洋の制海権を確保するも、英本土への打通作戦は中止となる。

日米海兵隊、フロリダへ上陸し、ケープ・カナベラル基地を占領。以後休戦まで日米軍がフロリダ南部を確保し続ける

             東部連合大統領リチャード・ニクソン、叛乱を起こした防空武器庫艦〈ミレニアム〉の巡航ミサイルによってボストンの大統領府ビルごと吹き飛ばされて爆死。副大統領ビル・クリントン、第3代大統領に就任。(休戦発効後に辞任)

   10月29日:大ドイツ帝国の崩壊によって第四次世界大戦、実質的に終結

1997年:日本帝国航空軍、第四次世界大戦後の軍縮に伴う大規模改編。戦略航空軍団及び海洋打撃航空集団が解隊され、指揮系統は戦術航空軍に一元化される。

1998年:湾岸戦争(〜99年3月)
     日英、合衆国、伊、仏及びスペインを中心とした各国、大規模な陸海空軍部隊を中東に派遣
     日本航空軍の〈聖山改〉爆撃隊、バグダッドの地下司令部を攻撃しサダム・フセイン大統領を殺害する。イラク新政権、多国籍軍と休戦協定を結ぶ。

2000年:ペルシャ湾で哨戒活動を行っていた日本帝国海軍防護巡洋艦〈高野〉、停泊中に爆薬を積んだボートの体当たりを受けて大破

2001年7月26日:合衆国及び東部連合の過激民兵組織「アメリカ統一戦線」を主体としたロシア中国といった世界中の過激派テロ組織が旅客機を乗っ取り、森ビル及び六本木ヒルズに突入。2000人を越える死傷者を出す大惨事となる(通称「7.26事件」)。日本帝国政府、テロとの戦いを宣言、主犯者とされる通称「3A」が潜伏しているとされるアフガニスタンに身柄引き渡しを要求するも「3A」との友好関係を重視するアフガン政府はこれを拒否。日本帝国、空母機動部隊によるアフガン攻撃を開始(西阿紛争)

2047年〜49年:ヲルラ来襲、合衆国消滅(接触戦争、WW)

2172:第一次オリオン大戦開戦(〜97年)