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ソコトラ沖海戦

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ソコトラ沖海戦〜風の島の攻防戦

 (多上愛姫/Natural/NaturalZero+/フェアリーテール・FC03・DreamSoft)他多数。

 (『レッドサン・ブラッククロス』佐藤大輔/徳間文庫)他多数

 

艦長:1948年10月17日、インド洋、ソコトラ島、ハディヴ港 

「僕は本当にこの艦にいていいのだろうか?」
 ジュリアーノ・マランツァーノ大佐はそう呟いた。呟いた場所は艦長席。そしてこの艦長席があるのは戦艦の艦橋、戦艦の名前は〈多上《レジナ・マルゲリータ》愛姫〉
 彼が艦長を勤める〈多上《レジナ・マルゲリータ》愛姫〉はイタリア東洋艦隊の旗艦としてこのインド洋に回航されてきた。
 だが当のマランツァーノはそのハンサムとしか言いようがない顔立ちにに皮肉を浮かべつつあった。
 貴族の血を引く名門の家に生まれ、何不自由なく育った彼は長じて海軍に入った彼は6年前(1942年)の11月、スペイン側からジブラルタルのあるアルゼシラス湾に忍び込み、かの湾で放置されていたタンカーをこともあろうにイギリス領事館の目の前の防波堤近くに引張っていくと人間魚雷の母艦に改装。裏の手段を使って届けてもらった水中スクーターに跨り勇躍出撃すると港内を停泊している船達を手当たり次第に爆沈させていく。
 ようやくのことで爆沈の犯人がマランツィアーノ達と英軍が察知し、英軍によって彼らが捕まった時にはもう十隻も沈められた後だった。
 だがそれで彼は終わるような人物ではない。英軍の監視をいとも簡単に潜り抜け、トルコ系由で43年9月、見事1年振りに本国に帰ることに成功したのである。
 このような冒険と戦果を手に戻った彼らは英雄として大歓迎を受け、彼自身も一挙に昇進して中佐となる。そこまではよかった。
 だが彼の運命はこの後もっと変動する。自らの力ではなく、権力という力によって

  1944年に統領ムッソリーニが病(脳梗塞と公表されたが、実は神経性梅毒)に倒れて引退を余儀なくされ、娘婿のチアノが後継者に指名されたが権力を引き継いだ後継者の常として足場を早急に固める必要があった。
 ロンメルの影に隠れてパっとしなかった陸軍は自然と権力から遠くなり、残った空軍と海軍のどちらかに足場を求めるのが当然の結論だが、空軍には敵からも尊敬される程の人格と優れた統率力を持つアオスタ公アメディオ親王(国王の従兄弟)という強力な切り札がいる。彼との権力争いに勝つためにチアノは自然と海軍に足場を求めるしかなかった。海軍の実力者であるカンピオーニを参謀総長に担ぎ出し、アオスタ公にはアフリカ総督兼エジプト副王という椅子を与えてエジプトに追い出した。そして陸空軍の若手を登用することで両軍の反感を逸らすことも忘れなかった。
 だが、このことは海軍の発言力を増大させることに繋がる。彼が海軍側に足場を置く以上、海軍の要求を呑まなければ権力が危うい。
 ジュリアーノ・マランツァーノ。新世代の海軍のある意味象徴になりうる存在だった。誰が見ても成功者で、勇敢で、有能で、若い。この時42歳で「ファシストのプリンス」と称される若きチアノにとってぴったりの宣伝素材だ。
 困惑するマランツァーノ、しかしチアノ自らが出向き、彼の演技をもって説得されればどうしようもない。腹を決めるしかない。下手をすれば首が飛ばされかねない事ぐらいは彼にだって判るし、彼にだって守るべき家族や愛人はいるのだから。
 幸運と栄光で彩られた自分の経歴、そして新統領のお墨付き。余りにも恵まれた自分と、イタリア最新・最強戦艦として流麗な姿を浮かべる〈多上《レジナ・マルゲリータ》愛姫〉。造船所で儀装中の彼女を観た時、彼の心にはいつしか不思議な感情が宿っていた。
 「・・・壊してしまいたい」
 破壊願望。人は彼の心にあるものをそう呼ぶ。余りに恵まれ過ぎた彼はいつしか途方もないものを心の奥底で成長させていたのだ。

 

両者の状況:1948年10月中旬

 1948年10月現在、日英枢軸軍はカナダ戦線に主力を投入していた。緒戦のオタワ攻防戦で敗北を喫し、「アブラハム」作戦によって辛うじて持ちこたえた日英加軍だが、進撃してくるフランス・ケベック軍をフォートウイリアムに背水の陣を敷いて防衛するだけで精一杯な状況だった。
 だがいつまでも叩かれっぱなしでいる訳にはいかない。反撃すべし。そのために枢軸軍はインド洋を早期に制圧する作戦を密かに進めていた。
 開戦初頭の致命的打撃から立ち直りつつある合衆国と手を携え、北米戦線を勝利に導くためには一刻も早くインド洋戦線を片付けて北米へ行く。それが日英枢軸の戦略である。
 そのため10月11日にゴアを奇襲攻撃(T作戦)してドイツ東方艦隊を追い払った。次はインド洋とアフリカを繋ぐ要衝ソコトラ島。この島を上陸、占領すれば独伊軍の海上戦力を紅海に封じ込める事が出来る。さらにはスエズから地中海への道を開く足がかりにもなる。
 だから日英枢軸軍は回せるだけの戦力、知れるだけの情報を投入して成功させる。
 作戦名は「ブルー・アイス」。日本語なら「晴天の霹靂」と言う。
 その名の通り何もない晴天からいきなり雹や霰が降るようにあくまで奇襲でなければならない。事前に察知されれば作戦が崩壊しかねないし、万一崩壊すればインド洋戦線自体が挫折しかねない。
 とはいえこれだけの兵力を用意するにはどこかから持ってこなければならない。カナダ戦線から引き抜くしかない。そしてその引きぬかれた戦力を運用する者がいる。
 

先遣艦隊:10月16日、横須賀

 「もう少し集まらないものかね?せめて〈澤田《信濃》真紀子〉くらいは欲しい」
 「これが限界ですばい」
 「参謀長、鹿児島弁はやめたまえ」
 またこれか、こんな男上司にするんじゃなかった。
 神重徳少将はため息をついた。なんでこういう男の参謀長やらなきゃならないんだ?
 「八八艦隊の戦艦とはいえ、この〈来栖川《紀伊》綾香〉の戦闘力はいささかの衰えもございません」
 「期待しているよ」
 神の台詞に答えているのは先遣艦隊司令長官の富岡定俊中将。彼の座乗する〈来栖川《紀伊》綾香〉の後ろには同型艦、いや「永遠のライバル」ともいえる〈坂下《尾張》好恵〉が続き、更には〈岡田《赤城》メグミ〉が続く。3隻とも八八艦隊に属する戦艦だが、太平洋での合衆国海軍との死闘を戦い抜き、また大戦間の改装によって高い戦闘力を維持している。
 この3戦艦に並走するのは最新鋭の装甲巡洋艦〈石鎚〉と〈三ノ宮《岩菅》由佳里〉。彼女達の華麗な姿と高い戦闘力は艦隊の主役にふさわしい装いだ。
 その上で英国東洋艦隊から〈キング・ジョージ浩ぁ咾鮖呂瓩箸靴震婿劼加わる。これでは「先遣」とかいう名前が嘘にしか聞こえない。
 「イタリア艦隊なぞ、敵ではありませんよ」
 「神君、相手を舐めているようでは良い司令官にはなれんぞ。相手は全力でインド洋にやって来てるんだからな」
 ・・・贅沢に兵力集めてよく言うよ、この人は。
 一瞬、神の心の中の邪が語りかけた。そもそもこの先遣艦隊、これらは富岡が神を半ば使い走りにさせて編入させた艦艇達だった。
 本来は名前の通り先遣として戦力も遣印艦隊の一部と英国艦隊で構成される手はずだったが、富岡のゴリ押しによって次々と有力艦を引き抜いて自分の部隊に編入。そして今や下手な艦隊真っ青の一大戦闘部隊が完成していた。
「贅沢は言わんが、第四戦隊(〈宮内《伊吹》レミィ〉級4隻)は出せないのかね?」
 「無理です。第四戦隊はアメリカさんのことも考えてトラックに置いておく必要があるとGF長官(山口多聞大将)のお達しです」
 合衆国の態度が未だ流動的な現在、いかにソコトラ攻略が重要といっても背後をガラ空きにすることは出来ない。18インチ砲戦艦4隻を揃える第四戦隊を抑止力として置くのは仕方ないことだろう。
 「ならば酒巻君の二機艦(第二機動艦隊)から二航戦ぐらい付いて来てくれれば空も安心なんだが」
 まだ贅沢を言うのか、この人は!
「T作戦に阿部さんの三航戦を投入しましたし、一、二航戦にはソコトラ島への航空攻撃が割り当てられています、それにシャーブルック提督のR部隊には無理強いはできません」
 R部隊は〈神尾《イラストリアス》観鈴〉級3隻からなる書類上はなかなか強力な機動部隊だが、実際にはドック入りやら何やらで一隻づつが出撃するのが手一杯の状態だということは富岡にも判っている。
 「だからといって〈国崎《デューク・オブ・ヨーク》往人〉やら〈神尾《インコンパラブル》晴子〉まで空母と一緒に日本に戻らなくてもいいんだが」
 ・・・どこまで贅沢なんだ、この人は!
 富岡の無い物ねだりは延々と続く。こんな司令長官を仰ぐ神もご苦労としか言いようがない。

  「決戦か・・・」
 〈千堂〉艦長は先を進む先遣艦隊の面々を望遠鏡で観察しながらそう呟いた。彼が操る〈千堂〉が所属する第八戦隊は帝国海軍でも屈指の異色の部隊だった。
 まずこの戦隊には専属の戦隊司令がいない。だから先任艦長である〈九品仏〉の艦長が戦隊指揮を兼ね、同艦のマストには日本では珍しい准将旗(佐官が戦隊指揮を執るときにこの旗を掲げる)が掲げられている。
 そしてこの艦。排水量40200トン、全長244メートルと下手な戦艦顔負けの巨艦ながら主砲はたったの連装2基で合わせて4門。しかもその4門はメガホンの化け物のような形をしている。これが世に言うゲルリッヒ砲。〈千堂〉級はこの砲を撃つため「だけ」に存在していると言ってもよい。
 「同士艦長!」
 「うわっ!」
 高声電話に直接〈九品仏〉艦長からの通信が叩き込まれる。普通の軍艦ではそんなものはついていないのだがこのクラスだけはなぜか装備され、有効(?)に生かされている。
 「この程度で決戦などと言い出すとは、見損なったぞ!」
 「は、はあ・・・」
 「大体我輩は今回の任務がそもそも気に入らん、なぜにこの〈千堂〉級が船団護衛をせねばならぬ!」
 「そ、そういう任務だからでは・・・」
 間違いなく一番異色なのはこの戦隊司令(兼〈九品仏〉艦長)だった。あの真田ですら逃げ出すと言われる強烈な個性、そしてそれに支えられる恐るべき指揮能力は海軍を持ってしても扱いきれるものではなく、体の良い厄介払いを兼ねて戦隊司令に就けている。まあ本人はここを天職だと思っているし、別に彼は政治的反抗心はないから海軍はこれで収まっていはいるが。
 「甘い!甘いぞ同士艦長、そのような世の流れに安穏とする受身の考えが己の身を滅ぼすことにまだ気づかぬのか!ならば聞く、我が艦の本来の任務はなんだ?」
 「た、対戦艦戦闘・・・」
 「そうだ!艦隊決戦だ!幾百もの鉄(くろがね)の猛動達が集い、砲煙にむせび、血沸き肉踊るイベント、幾万もの人間が参加するイベント。それこそが艦隊決戦!その艦隊決戦を我輩と同士艦長が〈九品仏〉と〈千堂〉の名の元に駆け抜ける。さあ共に戦おうではないか!」
 両艦竣工からの〈九品仏〉艦長との付き合いは既に両艦の乗員を「一般人(いや、一般的軍人か)」の領域から遠いところに押しやっていた。
 ・・・彼と〈九品仏〉を止められる人間なんてこの世にいるのだろうか・・・
 「聞いておるのか?同士艦長!」
 どうやら〈千堂〉艦長には想像にふける暇さえ与えられないようだ。


ソコトラ沖海戦(2):触接

 

動静予測:10月17日、ソコトラ島

  ソコトラ島。アフリカの「角」と呼ばれるグアルダフィ岬から北東約240キロ余りのインド洋にぽつんと浮かんでいる。モンスーンが吹き荒れ、別名を「風の島」と称されるこのソコトラに嵐が吹き荒れようとしている。自然の力ではない。鉄とアルミと火薬の嵐、そして兵士たちの血の嵐が。

「我々の目的は、なるべく長期間、敵戦力をインド洋に引き付け、ゴアとソコトラを維持することにあります」
 ソコトラ唯一のまともな港であるハディヴ。そこにあるドイツ東方艦隊司令部ではイタリア東洋艦隊との連絡会議が開かれていた。
 会議の先頭を切ったのはドイツ東方艦隊参謀長のギュンター・ヘーゲルライン中将。
「道理だが、引き付けるなどと悠長な事を言っていられるのかな?」
 こちらはイタリア東洋艦隊司令長官アンジェロ・パロナ大将。角ばった顔立ちと恰幅のよさといういかにもラテン的な雰囲気を持つ人物だ。
 「クメッツ長官」
 パロナは東方艦隊司令長官のオットー・クメッツ大将に向き直った。
 「我が統領より、本艦隊と小官は貴艦隊および貴官との共同行動を行えと命令を受けた。貴官の構想をお聞きしたい」
 クメッツは軽く会釈して立ち上がると壁に掲げられているインド洋周辺地図を指し示した。
 「現在、東方艦隊主力はアレキサンドリアから回航されてきた〈ガディム《バルバロッサ《〉と駆逐艦を除いて全艦を通商破壊戦に投入しています、小官はこの方針を変更するつもりはありません」
 イタリア側の士官達が小さくざわついた。半分はうめきで半分は同意。イタリア側にしても通商破壊のための部隊をインド洋に投入していることは同じなのだから。
 「好きにやれ、ということですか」
 パロナが尋ねる。
 「全般的な戦略認識に一致しているならば」
 クメッツが短く答えた。どっちにしても敵はインド洋を早急に片付けたがっているのはゴア空襲を見ても間違いない。
 「我々が集めた情報によると日本人と英国人はセイロン島近海に戦艦や装甲巡洋艦、空母といった艦船を少数ながら配備しています。これに比べて我が方は」
 ヘーゲルラインは窓際に歩み寄り、閉じたカーテンをちらりとめくった。下に見えるハディヴ港にはイタリア東洋艦隊が停泊している。デカい。こいつら本当にイタリア製なのか?
 「・・・我が方は艦隊勢力で優位に立っていることは間違いないでしょう」
 ヘーゲルラインはそこまで言うとため息を隠しつつカーテンを閉じた。
 「では、その優位を利用させて頂きましょう」
 パロナは含み笑いを浮かべつつ話を切り出した。
 「貴艦隊の戦力、それに我々インド洋支隊をインド洋でより活発に活動させれば、手持ちの戦力だけで殴りかかろうとするでしょう」
 「そこをどうなさるおつもりで」
 ヘーゲルラインはパロナに問いただした。相手の階級が上なので出来る限り丁寧に質問している。
 「誘惑に引かれた連中にはそれ相応の報いを与える必要があります」
 「日英の海軍を相手に艦隊決戦を挑むと、そうおっしゃりたいのですか?」
 そこまで言うとヘーゲルラインはおかしなことに気がついた。逆だ、立場がいつの間にか逆になっている。イタリア艦隊の尻を叩きに来たはずがこれは一体。
 「戦艦単体や少数の艦隊相手なら、日英は本国からの増援なしでこれを殲滅しようとするでしょう。彼らはそういう連中です」
 「日英の艦隊は積極的に動くとおっしゃりたいのですか?」
 パロナは軽く頷いてから話を再開した。
 「そこを我々が叩く。敵の分力に対してこちらは全力で挑めばおのずから勝利はこちらに転がりこむでしょう」
 「海洋版の殲滅戦略と言うべきでしょうか?」
 これは自分の言うべきセリフではない、そう心の奥底で感じながらヘーゲルラインは問い正す。
 「敵の戦力を分散し、個別に叩く。そうやって我々は勝ってきましたからね」
 一通り説明した後、パロナはクメッツに面を向けた。
 「クメッツ長官。ドイツ東方艦隊が応分の役割をインド洋で果たす事を期待しますが、宜しいでしょうか?」
 「了解しました」
 クメッツは頷いた。いつの間にか立場が逆になっている。ヘーゲルラインは思わず叫びたくなった。このままでは我々がイタリア人の手足になってしまうではないか!!
 

触接:11月3日、インド洋、モルディヴ諸島西250海里

 「ブルー・アイズ」作戦のための陸上兵力は慎重に集められた。師団から色々な命令をつけて少しづつ部隊が引き抜かれ、輸送船や揚陸艦へと詰め込まれた後、逐次ディエゴガルシアやコロンボに集められ、バラバラに出港し、ある一点で合同する手はずになっている。もちろん大規模上陸作戦を偽装するためだが。
 
 哨戒能力は高い程良い。しかし哨戒に使う長距離大型機は戦闘機の数倍のコストがかかる。その上北米への船団護衛にも必要なためにおいそれとは増強できない。
 そんなわけで哨戒機達はコロンボに基地を置き、必要に応じて前進基地に一週間程度のローテーションを組んで派遣する体制をとっていた。主力としては海軍から〈槙原《二式飛行艇》耕介〉を近代化した七式大艇と英国のショート〈シェットランド〉。統合航空軍から〈神尾“六式司令部偵察機《晴子〉。
 基本的に日英飛行艇が大きく捜索し、高速の〈神尾《六式司令部偵察機》晴子〉が詳細情報を得るためそこに駆けつけるというパターンで哨戒が行われていた。
 11月3日。英国の〈シェットランド〉が触接したと思われる目標に向けて〈神尾《六式司令部偵察機》晴子〉が飛行を続けていた。
 「敵艦隊確認後、追撃を受け離脱か、あんなデカい機体で哨戒すりゃ逃げられただけでも儲けものだろう」
 〈神尾《六式司令部偵察機》晴子〉機長安永中尉は通信文を読みながら前方の操縦席に向かって両手を広げたポーズを取る。
 そもそも全幅45メートルにも達する大英帝国生まれでは最大の巨人機である〈シェットランド〉に俊敏さを期待する方が無理だ、前任者のショート〈サンダーランド〉はその重武装でしばしばドイツ機を返り討ちにして〈やまあらし〉と異名を奉ったが、ジェット機が飛ぶこの時代、後継者の最高速度453kmはいかにも荷が重い。
 「だから我々が行くのですね、分隊長」
 操縦士の遠山飛曹長が前を向いたまま答える。同機には長距離飛行に備えて自動操縦装置が装備されてはいるが敵が近いと思われるため既に手動に切り替えている。当然操縦者はよそ見はできない。
 「イギリスさんや海軍さんの飛行艇よりはマシだが、危険なことには変わりないさ。いつの時代も偵察機は使い捨ての運命だ」
 水偵乗り組み時代にさんざん苦労した安永らしい言葉だ。その安永を尊敬する遠山もまた水偵時代に戦闘機に追い回されて苦労したした経験を何回も持っている。
 幸いこの〈神尾《六式司令部偵察機《晴子〉は高速偵察機キ83にジェットエンジンを積んだ(この時点では)日本最速の機体。安全性は飛行艇や水偵の比ではない。何より危なくなったら全速で逃げられる。
 「タンク(Ta152)か噴進メッサー(Me262)でしょうかね?」
「こんなインド洋のど真ん中までドイツ機は来れないだろう」
安永と遠藤との間で〈シェットランド〉離脱の原因追求会が始まった。
「対空砲火でしょうか?」
 電信員の川島兵曹が二人に割って入る。ちなみに彼は一番後ろに乗っているので会話に割り込むのがワンテンポずれてしまう。
 「ドイツ艦か?いくらアンコウ(〈シェットランド〉の仇名)でもあんなへっぽこな対空砲火に叩かれるとは思えんが」
 「では、何でしょうか?」
 「推測は終わりだ、電探に反応、距離50海里。反応は複数」
 推測が確定する前に答えがやってきたようだ。
 「遠藤、低空飛行だ。川島、電探を切るぞ、しっかり見張れ」
 敵がもし空母だったら電探探知で戦闘機が飛んで来る可能性もある。普通の艦艇でも察知されれば逃げたりすることもある。これからは人間の目が真価を発揮する。
 安永達の機体は更に高度を下げつつ加速する。
 「分隊士、見えました」
 「ほー、なかなかの艦隊だ。空母もひいふう・・・三隻いるぞ」
 彼らの眼下には長い航跡を引く艦隊が走っている。
 「直上方より敵機!」
敵艦隊を数える間もなく川島が叫ぶ。その叫びが終わるか終わらないかのうちに遠藤が操縦桿を思いっきり左に捻る。
 「見つかったか、とっとと逃げるぞ、『ワレ敵艦隊ヲ発見セリ』だ」
 「了解!」
 遠藤がエンジンスロットルを入れられるだけ入れて逃走に入る。川島は急いで通信文を暗号に直して打電キーを叩く。
 「振り切れません!」
 「そんなものは不時着してから言え!」
 速度計の針がグングン上がり、750kmを突破する、しかしそれでも追撃する敵機との距離は詰まっていく。
 「プロペラ機がこんな速度出せるのか?タンクでさえ振り切れる速度だぞ!」
 800km。さすがの〈神尾《六式司令部偵察機》晴子〉も機体の各部がガタガタ言い始めていた。
 「追いつかれます!」
 「泣き言を言うな!」
 既に敵機から放たれた曳光弾が機体の周りを通過し、確実にその光はこちらを捉えつつある。 「こうなったら仕方ない、緊急推力増加液を使え!」
 「あんなもの使うんですか?」
 川島が怪訝そうに聞く。名前は物騒だが正体はただのアルコールでしかない。
 「後ろは黙ってろ!それより電波欺瞞紙を撒け!」
 発射機から後方にキラキラとアルミ箔が舞う。効力はたいしたことはないがないよりはずっとマシだ。
「出力増加いきます!」
 遠藤が噴射装置のボタンを叩く。一瞬遅れて〈神尾《六式司令部偵察機》晴子〉がガクンと速度を増し、一気に900km台にまで加速されていく。
 「敵機との距離、離れていきます!」
 920kmを指した頃、ようやく妙なプロペラ機との距離が離れていく。どうやら今日も生き延びることが出来た。
 「で、どこの機体だ?」
 「えーっと・・・主翼に斧(リットリオと呼ぶ)が描いてあったからイタ公ですね」
 「じゃ、あれは艦載機か?」
 「そうなりますね、イタ公も空母持ってますし」
 イタリア人も空母を持つ時代になってしまったのか、安永は妙な感慨を抱く。
 「しかし、またアルコールを使ってしまいましたね」
 「撃ち落されるよりはマシだろ、お偉方は離陸のみに使えとわめいているがこっちは命張ってるんだ、文句言うならお偉方自らが乗ってみろだ。戻るぞ」