トップ 新規 差分 一覧 ソース 検索 ヘルプ PDF RSS ログイン

〈藍澤《シュライクN》眞穂〉

ヘッドライン

最近の更新

各種艦艇 / 〈長岡《加賀》志保〉 / 大ドイツ連邦軍指揮体制私案(2015年) / 世界設定 / ヘーアに関する覚え書き / クリーグスマリーネに関する覚え書き / ルフトヴァッフェに関する覚え書き / 大ドイツ帝国の年代別状況 / その他兵器 / 日本帝国陸軍歩兵火器に関する設定案

!ボーイング/USA F-32N〈藍澤《シュライク》眞穂〉/ F-32M〈藍澤《シュライク》華穂〉/ F-32A〈《シュライク》美也〉

(元ネタ:Ripe「すいーとじぇみに〜僕の妹」/藍澤眞穂・華穂・美也)

【解説】

 合衆国海軍及び海兵隊が戦闘攻撃機の機種を統一する目的で開始したJSFプログラムの結果完成した、ステルス性の高い超音速戦闘攻撃機。後に空軍、英国海軍も参加した事で、最終的に総計1000機以上の生産機数を数えるビッグプロジェクトとなった。 同じ時期に、東部連合でもグラマン、ヴォート、マーチンなどが結束してF-32とほぼ同様のコンセプトを持つF-35〈香坂《ホーリーキャット》チカ/ちより〉の開発をしていたが、工程はF-32よりも遅れており、またマーチンが途中でプロジェクトを離脱。イタリアのSIAI-マルケッティS.141 〈芹沢《リンチェ》かぐら〉のエンジンを自社製に換装し、CTOL型としたF-19〈カーマイン〉の生産に乗り出したため、結局戦争にはほとんど間に合うことが無く終わっている。 試作段階では機首の直下に開いた大型のエア・インテイクとデルタ翼と言う奇妙なデザインから、「ひよこまんじゅう」「ハコフグ」「幼児体型」などと酷評されたが、量産段階ではインテイクの形状が改良され、水平尾翼も追加されて、小さくまとまった均整の取れた機体となった。特にSTOVLの海軍型とVSTOLの海兵隊型はホバリング用スラスターの大きさ以外はほとんど違いがなく、その高性能もあいまって「スイートジェミニ」と呼ばれて将兵の人気を集めている。

【プランニング・フェイズ】

 1970年代後半、合衆国4軍(陸・海・空・海兵隊)のうち、陸以外の3軍は独自のCTOL機による航空隊を整備していたが、その機種はまちまちだった。海軍と空軍は一時期F-4〈簗瀬《ファントム》藤子〉を共通装備とした事もあるが、70年代に入って空軍がF-15〈深海《イーグル》未緒〉+F-16〈御陵《ファイティング・ファルコン》明里〉、海軍がF/A-18E〈久保《ホーネット》勝〉と再び異なる機体を装備し、海兵隊はBAe のAV8B<ハリアー>であったから、航空補給廠の負担は大きなものとなっていた。
 1983年になり、まず海軍と海兵隊が戦闘攻撃機を共通の機体とする事を検討し始めた。補助空母である制海艦を海軍が導入し、その搭載機にAV8Bを採用する事で、共同整備・保守に関する協定が結ばれ、経費の大きな削減に繋がった事がきっかけだった。
 そこで、両者ともF/A-18、AV8Bの後継となる機体として、研究の開始されていた低レーダー視認性…ステルスを重視した新型機の開発を各メーカーに要求したのである。
 その結果、新型機開発の作業が無いボーイングとUSA(連合航空宇宙開発公社)の2社が名乗りを挙げた。この時期、ノースアメリカン・ロックウェルやジェネラル・ダイナミックスと言った他のメーカーは現行機の改良と生産に忙しかったのだ。

【プロダクト・フェイズ】

 JSF(Joint Strike Fighter=統合戦闘攻撃機)と呼ばれる事になった新型機、YF-32の要求仕様は、過酷なものだった。ステルス性の追求はもちろん、マッハ1.6以上の速度が出せ、さらに高い機動性を持つこと、8トン以上のペイロードを持つこと、VSTOL機能を有する事…と、それは当時の技術では達成不可能ではないにせよ、極めて困難なものである事は確かだった。何しろ、VSTOL機を超音速で飛ばすからには新型エンジンの開発まで含む大プロジェクトになるからだ。
 ボーイング、USAとも技術的には高いものを持っていたが、独自での完全開発は困難と判断。1985年に共同プロジェクトチームを発足させ、これにGE社もエンジン担当として参加することで、ようやく体制が整う事になった。
 追い風となったのは、空軍と英国海軍がJSFプログラムへの参加と資金提供を申し出てきた事である。これによって機体の設計は順調に進み始めた。
 最初のデザインでは、インテイクの空気流量を増やすため、機首直下に前進角をつけたインテイクを持ち、東部連合のF8U2〈佐原《クルセイダー掘佞澆襪〉を思わせるデザインだったが、エンジンの強化と共に,インテイクは後退角に整形され、より洗練されたスマートなものへ変化した。まるっきりの幼女が中学生くらいには見えるように成長したとでも言おうか。
 翼の形状も、当初は低空安定性を重視して機体と一体化された大型のデルタ翼を採用していたが、母艦での運用を考慮して機体の安定性を増すために尾部を1.2メートル延長して全遊動式の水平尾翼を設け、これによって機動性もより向上した。
こうした改良を経て、89年には完全なCTOL機で技術的に実現容易な空軍型のA型が初飛行に成功した。

【テスト・フェイズ】

 本命の双子の姉妹とも言うべきN型とM型は90年に初飛行に成功した。N型は短距離離陸、垂直着陸のSTOVL型、M型は完全な垂直離着陸(VTOL)が可能な機体で、胴体中央部にホバリング用のスラスターを持つのは両者とも共通である。
 ただし、N型のほうは垂直上昇を考慮していないため、M型に比べるとややスラスターが小ぶりで、海兵隊からは「胸が無い」などとからかわれるもとになっている。むろん、海軍側は「大きければいいもんじゃない」と反論しているが。
 こうしたエンジン周りの微妙な差異を除けば、N型、M型、A型はほぼ共通の構造であり、部品共通率は75%以上を確保している。特にM型とN型は90%に及ぶため、双子と言っても確かに間違いではない。A型は従姉妹と言うところだろうか。
 固定武装の20ミリバルカン砲M-61の他、機体両脇と底面の3箇所のウェポン・ベイに9.2トンまでの各種武装を搭載可能で、最高速力はマッハ1.68。
 初飛行後、ホバリング、垂直離着陸、制海艦や空母、強襲揚陸艦への着艦など2年に及ぶ各種テストを実施し、所定の性能を全て満たしている事を認められたYF-32シリーズは海軍、空軍、海兵隊の3軍ともに正式採用を決定。F-32〈シュライク〉の正式名称が与えられた。百舌という意味だが、横から見る時の印象から、パイロットたちからは「ひよこ」と呼ばれていた。これが伝わり、日本ではなぜか「ひよこまんじゅう」と呼ばれるようになっている。

【レビュー・フェイズ】

 量産されたF-32の実戦配備開始は1993年。当初はF-16、F/A-18の代替機とされた彼女たちだが、開発期間が10年にも及び、その間F-16やF/A-18の改良と近代化が進んだ事から、配備ペースは海兵隊以外では意外にスローなものとなった。とは言え、大量生産の甲斐あって、価格もそれこそ「大女優の出演料」と形容される〈彩坂《ラプター》愛美〉より遥かに安かったため、同時期の生産開始にもかかわらず年間に80機近い生産ペースが維持されている。
 配備されたF-32はパイロットに好評を博した。こぢんまりとした可愛らしいデザインに加え、素直な操縦性が彼らの心を捉えた。
海軍では、「制御された墜落」とも言われる従来のCTOL機の着艦と比較し、垂直に静々と降りてくるN型〈藍澤《シュライクN》眞穂〉のたたずまいは大人しい文学少女のようだと形容された。従来の機体に比べると若干稼働率が低く、「病弱?」などとも言われたが、実は季節の変わり目にちょっとぐずったりするぐらいで、ほとんど普通と変わらない。海兵隊のM型〈藍澤《シュライクM》華穂〉は今までのAV8B同様スラスターを使った空戦機動が可能で、しかもAV8Bには無いパワフルさからスポーツ少女みたいだと言われた。海兵隊のラフながら優れた整備能力に支えられてか、こちらには故障や稼働率低下の声は聞かれなかった。
 空軍では、そのステルス性がやはり話題になっていた。RCS(レーダー断面積)がゴルフボール大と言われるF-22〈彩坂《ラプター》愛美〉ほどではないにしろ、レーダー上ではせいぜい大きめの鳥程度の大きさにしか映らなかったのである。
この3機のうち、〈藍澤《シュライクN》眞穂〉〈藍澤《シュライクM》華穂〉は所属が海軍と海兵隊と言うこともあって極めて仲がよく、家(地上基地)では大体同じ所に配備されている。空軍の〈《シュライクA》美也〉は少し離れた別の基地にいるのでしょっちゅう会う、と言うことは無かったが、それでも週末などには良く共同訓練のために飛来し、3機が仲良く並んで滑走路の端に並んでいることろがしばしば目撃されている。

【バトル・フェイズ】

 1995年、第四次世界大戦がはじまったとき、〈藍澤《シュライクN》眞穂〉と〈藍澤《シュライクM》華穂〉は60機ずつ、〈《シュライクA》美也〉は40機が実戦配備されていた。他に〈藍澤《シュライクN》眞穂〉が50機、英国海軍に配備されている。
 開戦初頭、〈葛城〉級空母4隻を主力として東部連合へ圧力を加えていた日本海軍の機動部隊が地対艦ミサイルの攻撃を受けて大損害を被り、特に空母4隻全てが戦闘不能と言う状態に陥ったため、後詰の役割を期待されていたはずの合衆国カリブ海艦隊が主力として出撃することになった。同艦隊には正規空母3隻があったが、連合軍には東部連合の3隻の他、独が2隻、仏が1隻の正規空母を参戦させており、枢軸軍の母艦航空戦力は6:3で劣勢にあった。インド洋から急遽派遣された〈飛天〉級原子力空母2隻を主力とする日本艦隊を加えてもまだ6:5である。
 しかし、合衆国艦隊は制海艦〈広場《プリンストン》ひなた〉〈《インディペンデンス》ナツコ〉の2隻が合わせて40機の〈藍澤《シュライクN》眞穂〉を搭載している他、さらに海兵隊の2隻の強襲揚陸艦も12機ずつの〈藍澤《シュライクM》華穂〉を搭載して空母の補助として参戦することとなり、数の差をある程度埋めて大西洋の制海権をかけた決戦に挑むことになった。
 この第二次ニューヨーク沖海戦において、〈藍澤《シュライクN》眞穂〉〈藍澤《シュライクM》華穂〉両隊はそのステルス性と搭載量を活かして奮戦し、枢軸軍は航空戦をなんとか引き分けに持ち込んでいる。その後、戦艦を中心とした水上打撃戦が展開され、辛うじて勝利をもぎ取った枢軸軍が大西洋東部の制海権を確保することに成功した。
 これにより、枢軸軍は新たな攻勢を仕掛けた。それは、フロリダにあるケープ・カナベラル宇宙基地の占領である。ここを抑えれば欧州連合は貴重な衛星打ち上げ基地の一つを失うことになる。合衆国軍海兵隊、日本特別連合陸戦隊の合同部隊によるフロリダへの強襲上陸作戦が開始された。
 〈藍澤《シュライクN》眞穂〉〈藍澤《シュライクM》華穂〉はここでも活躍し、特にどの機体よりも優れた近接攻撃能力で上陸を阻止しようとする東部連合軍を空から叩いた。72時間後、日米合同軍はケープ・カナベラルを占領。欧州連合の宇宙戦力展開にダメージを与えることに成功した。
 フロリダを奪取したことにより、南からの突き上げを恐れた連合軍はミシシッピー戦線に回すはずだった戦力の一部をフロリダ戦線に投入。一時劣勢に立たされていた枢軸陸軍は息を吹き返した。空軍はミシシッピーには〈彩坂《ラプター》愛美〉を集中させ、フロリダには〈《シュライクA》美也〉を派遣した。久々に姉妹と従姉妹、3機が揃いぶみしたことになる。
 重装備の面で劣る日米合同軍だったが、3機の援護と、フロリダの広大な湿地帯と言う大軍の展開に向かない地勢もあり、終戦まで敵の反抗を退けてフロリダ南部を確保し続けることができた。しかし、両軍共に小規模の部隊を戦場域に散開させての掃討戦と言う、非常に戦線の見えづらい厄介な戦いを強いられたため、戦後にフロリダの帰属をめぐって合衆国のブッシュ大統領と東部連合のゴア大統領が「どっちの占領地域の割合が多いか」で泥沼の言い合いを展開すると言うオチがついている。湿地帯の泥沼で戦った兵士たちには笑えないジョークであった。

【その後】

 実戦でその戦闘能力を示したF-32シスターズは戦後も調達が続き、最終的に1200機の生産機数を記録。21世紀に入ってからは最も多く生産された軍用航空機の一つとなった。採用国も合衆国の他、英国、満州国、フィンランド、ブラジルなどの多くに上り、〈彩坂《ラプター》愛美〉ともども合衆国航空産業の遺作にふさわしい実績を残すことになる。
 22世紀の現在では北米歴史資料館に各型2機ずつが保管されている他、個人のコレクションに保管されている例もあり、全体で30機程度が残っていると見られている。

【要目】

(N型)
全長:14.93m
全幅:10.97m
全高:4.22m
自重:10.998kg
全備重量:22.678kg
エンジン:GE−F119−GE−110(15.250kg)
最大速度:マッハ1.68
武装:M-61 20ミリバルカン砲
AAM 最大8発
最大爆弾搭載量:9.800kg