トップ 新規 差分 一覧 ソース 検索 ヘルプ PDF RSS ログイン

〈霧島《ローマ》佳乃〉

ヘッドライン

最近の更新

各種艦艇 / 〈長岡《加賀》志保〉 / 大ドイツ連邦軍指揮体制私案(2015年) / 世界設定 / ヘーアに関する覚え書き / クリーグスマリーネに関する覚え書き / ルフトヴァッフェに関する覚え書き / 大ドイツ帝国の年代別状況 / その他兵器 / 日本帝国陸軍歩兵火器に関する設定案

〈霧島《ローマ》佳乃〉

(元ネタ Air(Key)より霧島 佳乃)

 1936年計画による改ヴィットリオ・ヴェネト級のネームシップにして今も現役な稀有な戦艦。
 〈V・ヴェネト〉級は元々フランスの〈ダンケルク〉級を凌駕するとともに列強戦艦に対しても見劣りしないしない艦として計画されていた。
 だが4万トンを超える戦艦とはいえ、日米英といった国の戦艦に対してはまだ不十分であった。イタリアの戦艦コンセプトとしての「地中海に回航されるであろう相手戦艦に対して見劣りしないこと」としても厳しい。
 もし日米英のポスト隆山条約艦が出てきたらどうする?だが新型砲の製造には時間がかかる。下手すると10年は必要だ。答えは一つ。15インチ3連装砲塔1基を追加して12門艦とすることであった。他の防御を強化、主砲発射速度の改善、搭載機を格納庫に収容する方式に変更するとともに平甲板型としたことが上げられる。
 姉妹艦との識別点は〈霧島《ローマ》佳乃〉が後部マストに「バンダナ」のようなアンテナを搭載しているが〈インペロ〉はマストに折りたたまれるクレーンが「馬のしっぽ」のように長く延びていることである。
  各国戦艦の建造スケジュールをあたかもなぞるように37年に起工され、41年に就役している。
 竣工した〈霧島《ローマ》佳乃〉は艦内の雰囲気が非常に明るいことで有名であり、港内の小艦艇はその雰囲気にあやかろうとこぞって「お友達○○号」と自称するのが流行したといえばその明るさがわかるだろう。
 英側は同艦に不思議なものを感じていたらしく、「Cano」と呼称を振っていた。「権力的な」の意味である。だがそれが〈霧島《ローマ》佳乃〉の愛称たる「カノリン」となっていくのだから世の中分からないものだ。

♯地中海〜出会い

 〈霧島《ローマ》佳乃〉はまず第一次マタパン岬沖海戦に参加。英側の航空攻撃を振りきって英戦艦〈ラミリーズ〉を撃沈し、沈没した同艦乗員を停止して救助する余裕も見せた。
 この戦いは、「伊で初めて敵主力艦をこちらの艦艇が正面から初めて撃沈」したことで実に重要であり、伊海軍の士気は一挙に高まりまたムッソリーニは大々的に宣伝(彼らしく脚色して)した。
 驚いたのは英海軍である。「新ブランド」ごときに栄光あるロイアル・ネイビーが黙っていられる訳はない。早速〈国崎《デューク・オブ・ヨーク》往人〉を地中海に派遣した。
 ローレライ作戦の痛手のおかげで出せる艦は限られていたが、思い切って新鋭艦を派遣させるあたりはさすがは大英帝国海軍である。
 ただ、入れ替わりに本土に戻る〈神尾《イラストリアス》観鈴。が送った座標通信が〈国崎《DoY》往人〉には理解できず、(※注1)同艦はパンテレリア沖で一旦速度を落として熟考する羽目になった。
 そこからどこともなくCa315〈ポテト〉が飛来してきた。〈国崎《DoY》往人〉は護衛部隊を伴って飛来方向を追うと〈霧島《ローマ》佳乃〉を発見、戦闘は避けられないとして砲撃を開始した。パンテレリア沖海戦である。
 この時点ですでにレーダーを実用化していた英側(※注2)は有利に戦いを進め、また日本側護衛部隊も伊護衛部隊を振りきって雷撃をかける。
 ところが〈国崎《DoY》往人〉の砲弾が〈霧島《ローマ》佳乃〉の艦尾をかすった直後の〈霧島《ローマ》佳乃〉の斉射が〈国崎《DoY》往人〉を直撃、伊の高初速弾は同艦の3番砲塔を「天高く」吹き飛ばしてしまった。よく轟沈しなかったものである。
 しかも日本側の32本もの雷撃はそのほとんどが信管過敏で自爆し、ただ水柱を立てるのみ。
 そのことで「気絶するほど」仰天した英側は煙幕を張って逃走。伊側もこれを負わず戦闘は終了した。
 深夜、伊揚陸工作艦〈霧島《サン・ジュースト》聖〉が「よくも傷物にしてくれたな」とばかり怒りに任せ〈国崎《デューク・オブ・ヨーク》往人〉と交戦を企図したが、〈霧島《ローマ》佳乃。の艦載機を彼女の艦橋後部に叩きつけるという非常手段で阻止している。
 (元・客船で戦艦と戦うのは自殺行為だが、英側から悲鳴にも似た通信が届いたとか)
 修理後、彼女は仏義勇艦隊(※注3)組んでゴゾ島沖夜戦に参加、日本重雷装艦によるJB戦隊を壊滅に追い込んでいる。

♯マルタ沖

 42年四月のマルタ沖海戦では〈インペロ〉を加えた戦艦(第9戦隊、またの名を「マルタ特殊工作艦隊」)部隊の旗艦として日英艦隊による「ペスタデル」作戦を迎え撃つ。
 爆撃を受けた〈千鶴()〉を追撃して護衛の〈綾瀬。を大破させ、第1戦隊の「搬入遅れ」から単独で相手をする羽目となった〈榛名〉〈霧島〉を攻撃、〈霧島〉と〈那智〉を瞬時に轟沈したところで新たな戦艦が現れた。残敵掃討を〈V・ヴェネト〉と〈リットリオ〉に任せ〈インペロ〉とともにこの新たな敵を相手取る。その時の第一声が残されている。

「あんなすごいものみたことないよぉ」

 4万トンクラスの戦艦が最大だった欧州戦艦に比べれば7万トンを遥かに超える〈高瀬《大和》瑞希〉を見れば誰だって驚くだろう。しかし第二声は

 「がんばるよぉ」

 こうなった以上戦うしかない。後からついてくる「凛々しいが実は天然」と奉られた〈インペロ〉と共に砲撃を開始した。15インチ24門に対し相手は18インチ10門と16インチ12門。前人気とブランドでは日本側絶対有利であった。
 だが戦いはそんなものでは決まらない。〈高瀬《大和》瑞希〉は経験不足で夾叉させるまでなんと10斉射もかかり(※注4)〈長谷部《高千穂》彩〉に至っては砲塔故障という惨状。更には〈オタク《MAS》ヨコ〉の傍若無人な突撃。結局呆然自失となって撤退する羽目になってしまった。
 だが、伊側も〈リットリオ〉を始めとして戦艦4隻と〈千鶴()〉の鬼のような攻撃に虐殺的に撃沈された重巡3隻を失い、出撃艦も大なり小なり損害を受けて再び大戦力の出撃が不可能になってしまった。
 マルタ島自体は英本土喪失より少し前についに降伏したが…

♯その後地中海

 この後も時折出撃しては圧力をかけていたが、第二次タラント夜襲で燃料に致命的打撃を受けてしまった。
 追撃をかけた第二次マタパン岬沖海戦では〈スフィー〉(第二状態)の対空砲を「魔法のように」食らって指揮機能が麻痺し、あらぬ通信を発しながらふらふらと漂流してしまう失態を侵し、燃料不足で動きがとれず「ヒマヒマ戦艦」と自嘲する状況(明るく笑っているのが本艦らしい)
 独から派遣された〈日野森《ビスマルク》あずさ〉〈木ノ下《シャルンホルスト》留美〉(※注5)が連れてきたタンカーによってどうにか戦艦2隻と巡洋艦2部隊を動かせるようになり、早速クレタ撤退戦妨害へと出撃した。
 だが、〈神岸《昇竜》あかり〉の前に〈日野森《ビスマルク》あずさ〉〈木ノ下《シャルンホルスト》留美〉があっという間に大破、米軍を恐怖のどん底に突き落とした〈猛獣使い〉の破壊力は「超弩級のヒロイン」すらこの有様である。
 しかも撤退を援護した〈ヴィットリオ・ヴェネト〉を屠られる惨状。
 この時〈霧島《ローマ》佳乃〉〈琴音〉の電波妨害を食らって明後日の方向に進んでいたが〈霧島《サン・ジュースト》聖〉の説得で戻り「飼育(教育)」していた〈受勲者〉級の〈コマンダンテ・モルコ・モコ〉と〈コマンダンテ・ピョンターレ〉が魚雷艇〈神岸〉を食い止めた。

#WW3

 WW3に入るとインド洋に展開。残存米艦隊との戦いのために〈フリードリヒ《オタク》デア《ヨコ》グロッセ〉〈フィリブス・ウニティース《ココロ》〉も第7戦隊くらいしか派遣できない独東方艦隊に代わって正面から日英艦隊を受け持つこととなった。{{br}} この時点ですでに新戦艦〈ヴィットリオ・クニヴェルティ〉や「苛烈・豪快・熱血」をモットーとする〈リソルジメント〉が就役し旗艦となっていたがスエズ運河が通れずに立ち往生するわ空母〈スパルヴィエロ〉に「抱き着こうと」して座礁するわとドジぶりを発揮する。〈霧島《ローマ》佳乃〉はそれを明るく励ましながらインド洋を「お散歩」のように駆け回った。
 ソコトラ沖海戦では日遣印艦隊の〈来栖川《紀伊》綾香〉〈坂下《尾張》好恵〉といった八八艦隊戦艦に完勝して「もはや八八(はっぱ)の時代ではない」ことを日本軍に叩き込み、また数をカバーするために速攻でソコトラ島を攻略しようとする日上陸部隊(佐藤中佐指揮)を潰滅させている。
 ただしその後、「寝坊したように」やってきた英艦隊を見逃し、ソコトラ島そのものは陥落してしまったが…
 ただ枢軸側も占領したからといっても補給が大変(カラチから2400キロ以上もある)なためなかなか戦力を揃えきれず、また伊側も敵制空権下の出撃を見合す傾向にあったため、結局は小海戦(With You戦隊との戦いなど)が続く。
 伊東洋艦隊もそうそう大艦隊は出せず、戦艦と空母を組み合わせた小艦隊による通商破壊や遊撃に徹している。
 だが50年5月、エジプト軍司令のナギブ将軍(※注7)配下のナセルが密かに日英と密通。
 これにナギブも担がれる形でエジプトが反乱を起こしてから一挙に形勢が逆転。7月のグアルダフィ沖海戦で空母3隻を一挙に失って制海権とソマリアまで失ってしまった。
 スエズ攻防戦では艦隊航空援護が得られない中でも対空ロケット砲(※注8)とブレダ・ベネタジリオ機銃(※注9)を花火のように打ち上げて日英航空隊を叩き落して奮闘している。

#再び地中海

 独伊側によるスエズ閉塞作戦が失敗に終わり、またエジプトも日英の援護を受けたナギブ(実質ナセル)が率いる「自由将校団」に前に陥落してしまった。
 こうなるともはや地中海は戦場である。日英側はプロエスティ油田をとっときの〈富嶽〉部隊で木っ端微塵に叩き潰し、また合成石油工場を集中攻撃していく。
 燃料事情が逼迫する中、伊艦隊の行動も制限を食らい50年12月には旧式艦はすべて予備役とされ新型艦のみ残すがそれでも出撃は厳しく翌51年1月のクレタ島奪回作戦での〈里村《海鳳》茜〉空襲時でも出撃できない有様(※注10)。第二次マルタ沖、ウスチカ沖海戦、ローマ沖海戦と続いた後、稼働戦艦はとうとう〈霧島《ローマ》佳乃〉だけになってしまった(*注11)
 しかも燃料はない…ガソリンは結構あるが…
 そして浮き砲台と化していた12月、レジスタンスをかくまって自沈した防空巡洋艦〈白穂《エトナ》〉の行動は〈霧島《ローマ》佳乃〉の艦内にただならぬ衝撃を走らせた。
 特に〈白穂《エトナ》〉艦長の最期の言葉「この子だけでも…」
 そして消え去るように沈没した〈国崎《DoY》往人〉
 …いったい何のために?〈白穂《エトナ》〉がかくまったものは「ワタシノイノチ?」
 答えはなかった
 52年8月1日、〈霧島《サン・ジュースト》聖〉は飛来するCa315〈ポテト〉を(〈霧島《ローマ》佳乃〉所属機)を収容した。何かあったらしい。{{br}} 燃料を気にしつつジェノバからラ・スペチアに移動してみると…そこには自沈しつつある〈霧島《ローマ》佳乃〉の姿があった。
 何のために。すでにヒトラーもチアノも亡くロンメルやカンピオーニ(臨時統領)ハポツダム宣言受諾を決意し。WW3も終わろうとしているのに。
 平和の到来はすぐそこだというのに。
 大戦を通じて最も敵に脅威を与えた艦が沈めば講和上有利になる?そんなことはない。
 とにかく〈霧島《サン・ジュースト》聖〉は〈霧島《ローマ》佳乃〉を曳航してドックに入れた。そして回復させた。
 どんな方法でかは艦長もついには教えてくれなかったが…

♯戦後

 ヒトラー暗殺後の連合側の政治的混乱の中、チアノもまた政権を追われアルプスの片田舎で捕らえられて殺害された。彼を告発したのは義父ムッソリーニであった…
 そして25年もの間投獄・軟禁されていた不屈の闘士アントニオ・グラムシが政権の座に付き、イタリアもまた降伏してWW3は終わった。
 とはいえ主要都市はドイツよりはマシとはいえ軒並み空襲を受け、莫大な(背伸びした)軍事増強の反動から来る経済不況は再起不能かとまで噂された。
 そんな中〈霧島《ローマ》佳乃〉は新たな生き方…野望ではなく、平和維持のための力。そう、大人の生き方を選んだ。
 イタリアにはもはや金はない。だがラテン人の意地はある。日英独が戦艦を象徴のように大切に保持し、また改装さえ行って戦闘力を維持しているのだ。
 イタリアだって保持すべきである。残された〈霧島《ローマ》佳乃〉と〈ヴィットリオ・クニベルティ〉は戦後イタリア艦隊の旗艦を交互に勤めて新たな人生を歩んでいった。
 60年代に入ると植民地として残されていたリビアに大油田が発見され、その石油を元に「イタリアの奇跡」と呼ばれる経済発展を遂げる。
 軍ももはや燃料不足で悩むことはなかった。みんな明るく活動出来るようになった
 不安定な中東、アルジェリア、キプロス、インド。〈霧島《ローマ》佳乃〉は欧州条約機構の主力艦として太平洋にまで出向いて明るく振舞う。
 1965年からの改造で4番砲塔を撤去し、その後に弾道ミサイルを搭載。欧州条約機構の抑止力を担ったがさすがに無理があり7年ほどで元に戻されている。
 いくらなんでも核兵器を殴りあう艦に装備するのは問題がありすぎる。
 1977年に〈ヴィットリオ・クニベルティ〉はモスボールされたが、〈霧島《ローマ》佳乃〉は現役にとどまった。知名度の高い艦…一般人は絶対に知らないであろう造船官の名前よりも、世界中の誰もが知っている「永遠の都」を冠した艦の方が知名度が高いのは判りきったこと…砲艦外交とはそんなものだ。
 なお、この頃からロシアからアグスタ社に引き抜かれたカモフが設計した同軸反転式艦載ヘリが搭載されている。形式名は先代を継いでA109〈ポテト供咾箸覆辰拭
 第四次大戦ではベルルスコーニ大統領の「我々は鍵となる」宣言によってイタリアは中立を保つこととなり、海軍も結局哨戒程度で終わる。
 そして湾岸戦争では日英艦隊と組んでイラク攻撃に参加。
 2000年現在、〈霧島《ローマ》佳乃〉は現役である。たとえ「所詮は脇役(本編ではない)国家の戦艦(ヒロイン)」と言われようが、「生き残ったからといって…」だろうが。
 そんなものは〈霧島《ローマ》佳乃〉の戦歴を見れば、一目で違うとわかるだろう、イタリアが「戦争に弱い国」でなくなったことを彼女が証明し続けるのだから。

同型艦

〈霧島《ローマ》佳乃〉 1941年竣工 在役中
〈インペロ〉 1942年竣工 
       1951年大破着底

新造時スペック

基準排水量 47014トン
常備排水量 50098トン
全長    252.9メートル
全幅    34.6メートル
喫水    10.8メートル
主機    ブツッソー・ギアードタービン4基
      ヤーロー缶8基 4軸
出力    156000馬力
速力    30ノット
航続力   14ノットで5200海里
兵装    50口径38センチ3連装砲4基
      50口径15.2センチ連装砲4基
       50口径9センチ単装高角砲18機
      55口径20ミリ機銃30門

搭載機   4機(収納式) カタパルト1基
装甲    舷側350
      甲板230
      主砲400
乗員    1990名+司令部30名

1946年改装時(変更部分のみ)

常備排水量 51230トン
兵装    50口径40センチ3連装砲塔4基
      55口径15.2センチ3連装砲4基
      45口径13.5センチ単装両用砲12基
      60口径30ミリ機銃50門
(1951年に30連装対空ロケットランチャー10基、20ミリ8連装機銃6基を装備)

1974年
     

常備排水量 52000トン
兵装    50口径40センチ3連装砲4基
      54口径13センチ単装砲4基
      アスピーデSSM8連装発射機4基
      テセオSSM単装発射機8基
      30ミリCIWS 5基
搭載ヘリ  6機

注1:地図も送られたが、あまりにも出来が個性的で混乱したらしい。
注2:レーダーに関しては伊は交戦国中で一番遅れており、各地での苦戦の原因となっている。伊当局に弁解の余地はない。
注3:伊艦隊司令部ではあまり共同作戦に乗り気ではなかったらしい
      注4:「ヒット」させることは大変と〈高瀬《大和》瑞希〉艦長は反省している。
注5:「物凄く成長した」といわれた。
注6:元々ソマリアからわずかに240kmしか離れていないソコトラ諸島に上陸する自体無理があった。敵側制空権内での上陸作戦をよく成功させたものである。
注7:実質はイタリア・ドイツの傀儡軍であり、当然戦意は高くなかったが伊陸軍の兵力不足を補うために警備他に当たっていた。
注8:通称「愛と勇気の600連発」本当に枢軸側航空隊は近寄れなかったため閉塞部隊の方が攻撃されて作戦失敗という憂き目にあっている。
注9:20ミリ機銃の砲身を8本横に並べて航空機用レーダーと連動させたもの。世界初のCIWSとも言える存在である、
注10:〈インペロ〉艦長曰く「停学のようなものだ」
注:11〈ヴィットリオ・クニベルティ〉は機関に致命的問題を起こして行動不能。