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〈芳賀《翔鶴》玲子〉

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〈芳賀《翔鶴》玲子〉Haga SHOUKAKU Reiko, IJN

(元ネタ こみっくパーティー(Leaf)より 芳賀 玲子)

(注) この記事は「世界の艦艇」昭和45年5月号に掲載された物を再録した物であるため、現在知られている戦史とは相違があることをご了承いただきたい

 欧州情勢と日米関係の急速な悪化に対応して実動した○P計画で建造された大型空母。
 排水量25,000トン、搭載機84機というこれまでにない大型の空母として大洋を疾駆、追加建造分を含めれば3隻の同型艦が帝国海軍空母機動部隊の中核として君臨する……はずだった。計画通りに完成したならば。
 だが、ここで首をもたげたのが、八八艦隊計画を推進した結果、慢性的なものとなってしまった補助艦不足だった。空母機動部隊と言う構想自体は問題ない。航空機が戦艦に匹敵する戦力だということも認める。だが、戦艦群を護衛して、水雷夜襲も行い、さらに空母機動部隊を護衛できるほど、帝国海軍には余裕(特に巡洋艦)はない。
 その現実が、〈神岸《蒼龍》ひかり〉で一度失敗しているにもかかわらず、自艦を防衛するに足る十分な火力を備えるべきだ、という横槍に説得力を与えた。確かに空母機動部隊はその俊足で、戦艦部隊から逃れることは(それほど)困難な問題ではない。だが、水雷戦隊や巡洋艦部隊相手では、逃げきれるかどうかは微妙なところとなってしまう。
 幸いというべきか、2番艦の〈緒方《瑞鶴》理奈〉は緒方造船官の徹底的な反対によって原案通りの――実際には細部でさらに改良が加えられ、旧来の「日本式空母」の究極と謳われるほどの、極めて優秀な大型空母となった――大型空母として完成した。機密保持と、予算対策の為3番艦の予算で建造された〈千鶴〉については敢えて述べるまでもない。いや、積極的にこの改装計画を利用し、米独情報機関をおおいに混乱させている(近年機密解除された当時の記録をみると、報告書ごとに艦の性格が反転したかのように変わっていた、というエピソードもあるが、これはまた別の話である)。
 一方、後ろ盾のなかった〈芳賀《翔鶴》玲子〉の運命は悲惨なものだった。
 さすがに積極的な水上砲戦を意図した大口径砲の搭載だけは見送られたが、敵制空権下での行動、また駆逐艦撃退を想定し、最新の長10センチ連装高角砲12基(※1)をはじめとした多数の対空火器を備えることとなった。特に高角砲については艦橋前後に各2基ずつ搭載したほか、装備位置を高めることにより反対舷への射撃能力も与えられている。この対空能力は空母としては空前のものであり、当時考案されていた防空巡洋艦(※2)の随伴は不要とまで言われる程であった。
 これだけの重武装を与えられたしわ寄せは、本来重視すべき航空艤装に集まることになった。飛行甲板こそ幅、全長共に十分な広さを与えられていたものの、トップヘビーを避ける為に格納庫は単段式にとどめられており、搭載機も改装後の〈神岸《蒼龍》ひかり〉以下の48機(補用含む)と、明らかに「空母」としての能力は劣っていた。
 また、艦容も大きく原案とは異なっていた。乾舷が低くなったことによる凌波性の低下を防ぐ為、飛行甲板前端が艦首と一体化したエンクローズド・バウを採用。また煙突についても、乾舷の低下から、これまでの屈曲煙突では大傾斜した際容易に煙突から浸水することが予想されたため、米英海軍の空母と同様の、艦橋と一体化したものとなっている(ただし、このときはまだ日本空母の新たな特徴になる、外部に傾斜した煙突は装備されておらず、直立式のものである)。しかし、ドイツの〈グラーフ・ツェッペリン〉級空母にも通じる戦闘的なシルエットと、そして多数の高角砲は素人目には強そうな印象を与え、意外なことに「外見」でのファンは少なくない(※3)。
 この中途半端な設計が彼女の運命を決定付けた。搭載数の少なさから聯合艦隊ではなく、ほぼ同時期に補助空母として建造・改装を受けた軽空母・護衛空母群と共に海上護衛総隊に配備された〈芳賀《翔鶴》玲子〉は〈月城《瑞鳳》夕香〉級軽空母3隻と共に第9航空戦隊を編成、重要・大規模船団の護衛を行った。

 また、〈芳賀《翔鶴》玲子〉は短い期間に2度の大改装が行われている。
 特に、いわゆる「中間状態」と言われる第一次大改装では格納庫側壁の少なからぬ部分を撤去、搭載機数の増大を狙って格納庫の拡大が図られている(このため、格納庫は開放式に変更)。これは、欧州戦線で「合衆国義勇艦隊」の空母が見せたしぶとさを参考にしたものであり、加えて航空燃料系の配管を艦の外部に出すなど、ダメージコントロール能力の向上を狙っていた。
 しかし、荒天時には開口部から浸水しかねないこと、また、開口部から漏れた光が夜間の隠密性を削ぐ(※4)、との理由から乗組員の間ではこの改装は不評であった(ただし、搭載機数が増加したという一点で、聯合艦隊の一部、特に激烈な航空主兵主義者の参謀の間では好評だったらしい)。
 だが、不評は現実のものとなった。日米最後の海戦となった東太平洋海戦の最終ラウンドにおいて、哨戒にあたっていた合衆国海軍潜水艦によって夜間発見されてしまった〈芳賀《翔鶴》玲子〉は、合衆国陸軍航空隊の夜間攻撃によって損傷を受け、格納庫内の機体、設備が全損する損害を受けている。

 〈芳賀《翔鶴》玲子〉の修復についてはいくつかの意見があった。もはや、搭載機数以外の点では問題山積(一部の口さがない人々は「丸裸同然だ」と罵った)の「中間状態」に戻すことは問題外だった。
 また、「中間状態」に改装される以前に戻すことも考えられたが、機体の大型化によって軽空母同然の搭載能力では早期に陳腐化することが予想された(※5)ことから意見は割れた。
 さらには解体し、新型の空母を建造するための資材とするべきとの極論まで出る始末だった。だが、かつての乗組員や、〈芳賀《翔鶴》玲子〉に惚れ込んだ9航戦首脳部、そして3隻の軽空母艦長達の「運動」もあって、最終的に解体論は鳴りを潜めている(ただし、軽空母艦長の一人は当初、「よくある話だが大丈夫」と、根拠のない楽観主義を唱えていたと言われている)。
 〈芳賀《翔鶴》玲子〉の最終状態ともいえる第二次大改装はその混乱の後に行われた。その概念はまさに航空母艦の概念に立ち戻ったものであった。
 機体の搭載数を増やすために船体はストレッチされて格納庫も拡大(この際、昇降機が舷側に移されている)、さらに、英国空母〈グロリアス〉で試験的に採用された斜め飛行甲板も「大型空母での斜め飛行甲板の有効性を確認する」名目で備えられている(※6)。さらに、将来のジェット機運用を考慮し、木張りだった飛行甲板についても変更、鋼製としている(ただし装甲としての機能は、スプリンター防御程度である)
 一方、防空巡洋艦に匹敵する数を備えていた高角砲は当初の半数(6基12門)にまで削減されるなど、火力の面でも見直しが図られることになった。
 第二次改装が終わった時には既に第二次大戦も一応の終結をみており、第二次大戦における彼女の雄姿はほぼ皆無に等しかった(おかげでよほどの軍国少年か、あるいは専門家でもない限り〈芳賀《翔鶴》玲子〉の存在は半ば忘れ去られたようなものであった)が、その後のインド洋及び北米における日英対独の冷戦、そして第三次世界大戦の初期において、聯合艦隊の本格投入を決定するまでの間、日本海軍機動部隊の中核として活躍したことが、唯一の救いといえば救いであろう。
 ちなみに、〈芳賀《翔鶴》玲子〉は、第三次大戦後2年ほど練習空母として運用された後、来栖川が買収、幕張に航空博物館の一部(別館:艦上航空機館)として現在もその姿を留めている。

【要目】()内は第二次改装後

排水量:25600トン(32500トン)
全長:257m(267m)
全幅:26メートル(34メートル・斜行甲板含む)
武装:94式10センチ連装高角砲 12基(同 6基)
   戊式40ミリ対空機銃 連装15基(同 15基 4連装8基)
搭載機数:常用42
     補用6
     (64機・補用含む)

(※1)高射装置も6基装備されていた。
(※2)〈綾瀬〉型。
(※3)ちなみに、戦時中撮影された戦意高揚映画では「G国」の空母を演じることもあった。
(※4)「これでは『あわよくば一撃を打ち込んでやろう』と敵を集めるだけだ」と、初代艦長だったS少将はこの改装を批判している。事実、そうなった。
(※5)事実、〈流星〉改、〈綾火〉の導入は、大戦直前に建造された軽空母の大半を一気に陳腐化した。
(※6)アングルド・デッキの採用決定自体は〈神岸《昇龍》あかり〉の方が早かったが、その他艦上機のジェット化を想定した装備については〈芳賀《翔鶴》玲子〉をテストベッドとしていた。先述のS少将の言葉を借りれば、「見本市会場のようなものだ」といった光景だったらしい。