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〈氷村《アドミラル・シェア》遊〉

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〈氷村《アドミラル・シェア》遊〉 Panzerschiff Himura-ADMIRAL SCHEER-Yu,KM

jANIS・ivory「とらいあんぐハート」氷村 遊

『ポケット戦艦―アドミラル・シェアの活躍―』 T・クランケ&H・J・ブレネケ 早川書房

概要


 B計画艦。男性定冠詞“デア”を付けられた、男性として扱われている数少ない艦である(女性定冠詞は“ディ”。例えば〈ディ・ビスマルク〉と呼ばれる)。ポケット戦艦三隻のうち、通商破壊戦においてもっとも大きな戦果を挙げた。
 兵装は28センチ(11インチ)主砲6門、三連装二基を前後に配置。副砲は15センチ単装8門、8.8センチ単装高角砲3門を搭載。最大速力26ノット。
 〈氷村《アドミラル・シェア》遊〉の生涯は、1945年頃を境に大きく二分されるといって良い。華麗な冒険を繰り広げた前半生と、血に飢えたかのような戦闘をおこなった後半生とに、である。その違いは二人の艦長、クランケとフォン・エッシェンシュタインの性格の違いに求められるかも知れない。前者は生粋のドイツ海軍軍人であり、後者はナチスに忠誠を誓っていた。もっとも英連邦首相チャーチル氏にとっては英国の通商海路に巣くった「化け物」に相違なく、フォースGが追いつめ鹵獲した〈綺堂《グラフ・シュペー》さくら〉と同じく「吸血鬼」と激しく罵っている。

冒険行


 1940年秋、〈氷村《アドミラル・シェア》遊〉はテオドール・クランケ大佐が〈氷村《アドミラル・シェア》遊〉に着任して間もなく、大西洋へ通商破壊の冒険行に乗り出すことになった。
 10月23日、ゴーテンハーフェンよりキール運河を通ってヴィルヘルムスハーフェンに出て、そこから一息に北海とノルウェー海を北上し、デンマーク海峡を通過して大西洋に躍り出た。
 11月5日、ハリファクス−リバプール航路をゆくHX84船団を襲撃し、一挙に8万トン以上を撃破する戦果をあげた。英国は空母〈ハーミーズ〉をセント・ヘレナに派遣し、さらに〈フォーミダブル〉と重巡〈ドーセットシャー〉と軽巡からなるフォースKを投入したが、〈氷村《アドミラル・シェア》遊〉は同じ海域にとどまることなくすぐさま南下して追撃をかわし、サルガッソー海に到達した。
 その後はギニア湾で商船を狩り続け、さらに南下して石炭炊きの商船〈デュケサ〉を拿捕した。〈デュケサ〉は巨大な冷蔵庫をそなえており、生鮮肉と卵を英国に運ぶ途中だったのだ。石炭炊きの船をフランス沿岸まで連れていけるわけもなく、補給船との会合海域「アンダルーシア」へ向かわせた。
 「アンダルーシア」で補給を終えた後、〈氷村《アドミラル・シェア》遊〉は喜望峰を越えて「英国の海(マーレ・ブリタニクム)」たるインド洋に侵入した。マダガスカル東岸沖を北上し、モンバサ沖にまで達している。〈氷村《アドミラル・シェア》遊〉は仮装巡洋艦〈高槻《アトランティス》〉とインド洋戦隊を組んだ。〈氷村《アドミラル・シェア》遊〉の後半生のことを思えば、残虐非道ぶりで知られた仮装巡洋艦と合流したことは暗示的なものがある。
 印度洋で数隻の商船を撃沈した後、モザンビーク海峡を突破しようとしたが、英海軍とミャンマー海軍の〈レナン・ローエル〉(〈ケント〉級)が網を張っているのを無線傍受部隊「Bサービス」が察知したため、再びマダガスカル東方を通ってアフリカ南端を周り、大西洋へと戻った。このころ、その活躍がヒトラーに評価され、艦乗組員には鉄十字章が、艦長には騎士十字章が贈られている。
 大西洋では再び「アンダルーシア」で補給をおこない、燃やすべきものが無くなった〈デュケサ〉から卵と生鮮肉を艦内に移して、一路北上を開始した。海軍総司令部(OKM)より帰還命令が届いたのだ。
 英国では〈氷村《アドミラル・シェア》遊〉帰国の報をつかみ、これを沈めるべく網をはった。チェスの名手クランケ艦長は巧みに網をかいくぐってデンマーク海峡を突破し、1941年4月1日、遂にヴィルヘルムスハーフェンへ帰還した。出迎えたレーダー提督に卵で覆い尽くされた分厚いステーキを出し、「チャーチル氏の贈り物です」とクランケ艦長が語ったのは、この時である。
 水上艦艇による通商破壊作戦は、〈氷村《アドミラル・シェア》遊〉の活動をもって絶頂を迎え、そして終焉を迎えた。5月末に〈日野森《ビスマルク》あずさ〉が通商破壊作戦に出発したが、これは日英同盟に艦隊決戦を強要するための偽装作戦である。
 その後の〈氷村《アドミラル・シェア》遊〉は、ノルウェー戦闘グループに配備され、第2次「ゼーレーヴェ」作戦には戦艦部隊の一員として出撃している。ドーバー海峡を巡る激戦においても、「幸運な」〈氷村《アドミラル・シェア》遊〉はさしたる損害もなく任務を達成した。
 1944年には改装をうけ、艦首をアトランティック・バウとし、艦種が重巡洋艦へ変更された。

血の洗礼


 第3次世界大戦が勃発し、〈氷村《アドミラル・シェア》遊〉はドイツ北米艦隊に編入され、カリブ海を巡る日本艦隊との水上戦で活躍する。
 この時の〈氷村《アドミラル・シェア》遊〉の艦長がユーリヒ・アウグスト・フォン・エッシェンシュタイン大佐である。西ヨーロッパを発祥として政財界に影響力を振るう「夜の一族」に連なる血族の末裔であり、銅色の髪と碧い眼の長身痩躯、親衛隊がこれぞ純粋な北方人種とたたえるような容姿の青年である。彼がナチス・シンパながらも入党しなかったのは、親族に日本人の血を引く者がいるからだった。
 フォン・エッシェンシュタインの父は日本の華族綺堂家の女性を後妻とし、娘を生ませていた。ナチスが勢力をのばし、有色人種を劣等民族とみなす風潮が広まる中で、叔母のエリザベート・ドロテーアが諫めても彼は義母と異腹の妹をさげすむ態度をとり続けた。結局、彼女らは居づらくなったドイツを離れて実家のある日本に渡ることになった。この時は有色人種を蔑むだけであり、後年のように激しく憎悪することはなかった。
 長じたフォン・エッシェンシュタインは新生ドイツ海軍に入隊した。帝国海軍に奉職し通商破壊艦の艦長を努めた父と同じ道を歩むことにしたが、それに疑問を抱くことはなかった。水上部隊と陸上の方面艦隊司令部とを半ばずつ務め、着実に任務をこなしていった。拡張につぐ拡張で人材不足となっていたドイツ海軍において、彼は有能で闘争心に溢れた新世代の士官と目され、急速な昇進を遂げたのである。いずれはティルピッツ・ウーファーの海軍総司令部で軍令・軍政にたずさわることも夢ではなかった。
 しかし、ゲシュタポの査察を受けたことから彼の前途は暗転することになる。日本にいる異母妹---「さくら」という名前だった---が日本海軍士官の相川某と結婚していた為である。スパイ容疑こそ晴れたものの、彼の自尊心は打ち砕かれた。同時に海軍内での出世の途が絶たれた、と思いこんだ。
 実際には海軍中央のフォン・エッシェンシュタインへの評価は高く、昇進は一時的に見合わせるものの、将来の提督と見込んでいた。近年は潜水艦隊派に押されがちな水上艦隊派にとっても彼は有望な将校だったのだ。けれどもフォン・エッシェンシュタインは海軍内の思惑に気づかなかった。
 以後のフォン・エッシェンシュタインは水上部隊勤務を熱望し、対日本の戦いに狂的なまでにのめり込むことになる。フォン・エッシェンシュタイン艦長の指揮の元、〈氷村《アドミラル・シェア》遊〉は持てる戦闘力を存分に発揮した。その戦いぶりは、クランケ艦長時代とは全く違うものであった。
 クランケ艦長(1950年よりノルウェー方面艦隊司令長官、大将)はあの通商破壊戦において民間人の殺害は最小限にとどめ、捕虜とした後も甲板での運動を許可するといった騎士道的振る舞いをなした。捕虜に対する扱いには人種による区別すらなかった。インド人船員、マレー人船員にたいしても丁重に扱っている。
 対するにフォン・エッシェンシュタインは騎士道的に振る舞うことなど考えもしなかった。軍人、軍属、民間人の区別無しに砲撃で吹き飛ばし、漂流者の救助をおこなわなかった。劣等人種など優等人種に仕える家畜以外の何ものでもない。奴らはかつてのドイツ本土爆撃で我らの同族を灼いたではないか。同情など無用なのだ。彼はそう広言し、かつ実行した。
 その行動は北米艦隊カリブ支隊司令官ハイエ少将の不興を買った。ナチス嫌いのハイエ少将はフォン・エッシェンシュタインを遠ざけ、〈氷村《アドミラル・シェア》遊〉を独立戦隊としてカリブ海に投入した。折良く枢軸軍がキューバ島を制圧すべく攻勢をかけており、その補給線の破壊を北米総軍カリブ方面軍(イェツトドルフ)から求められていたのだ。さらに、マルティニーク島からの撤退をおこなうにあたって枢軸軍の耳目を逸らさせる、という副次的効果が期待されていた。
 かくして〈氷村《アドミラル・シェア》遊〉は掣肘されないまま通商破壊戦を繰り広げ、巨大な戦果をドイツにもたらす。対してグアンタナモの枢軸軍は「吸血鬼」討伐の艦隊を繰り出した。そして、太平洋では物資をグアンタナモに届けるTP10船団と護衛戦隊「トライアングル」がパナマに向かって東進していた。
 ここに「ウィンドヒル島沖海戦」が生起する条件が整った。それは親族同士が、それぞれの守るべきものを賭けて争う戦いとなったのである。

血染めの海


 1950年1月末、〈氷村《アドミラル・シェア》遊〉はキューバ島ハバナを進発し、メキシコ領海ぎりぎりまで接近してユカタン海峡を突破してカリブ海へ侵入した。
 現在、カリブ海戦線の焦点はマルティニークからキューバへと移りつつあった。ハバナに司令部を置くカリブ海方面軍は、ヌエビタスからカマグウェイに至る線を最前線として持久戦略を取り枢軸軍に出血を強要し続けたが、近々200キロ後方のシエゴ・デ・アビラに前線を下げる予定だった。フロリダ海峡を通過する輸送船団に対するグアンタナモ枢軸軍基地からの航空攻撃により補給が必要量に達さず、ドイツ軍の戦力は額面以上に消耗を来していたのだ。
 さらにウィンドワード諸島で大量に輸送船舶を失ったことが響いていた。少ない船舶で稼働率を挙げようとして無理なスケジュールを組み、そこに一定率の船舶喪失が加わり、より少ない船舶で物資を運ばねばならないために強行スケジュールを組み………という悪循環にドイツは落ち込みつつあった。
 〈氷村《アドミラル・シェア》遊〉はコロンからジャマイカ、グアンタナモへと続く枢軸軍交通線上に点在する島の一つを根拠地とした。昼間は島陰に偽装し、夜間に出撃して商船団を襲撃するのである。

 枢軸軍は質の悪い「吸血鬼」が海上交通線上に巣くったことを知った。わずか2週間で15隻、18万トンもの船舶を破壊された。Uボートによる被害を合わせればそれ以上となる。キューバの枢軸軍は失血症直前にまで追い込まれ、陸上での攻勢は鈍らせざるを得なかった。さらにアイスランド攻略のスケジュールを遅らせざるを得ないかも知れなかった。これは大戦終結をひどく遅らせることになりかねないものと判断された。
 決勝点たる北大西洋への戦力集中こそが、統合国防軍令本部が立てた対ドイツ戦略の必須条件だった。それがままならないのでは戦時経済が破綻するだけである。斯くして、グアンタナモに拠点を置く艦隊司令部は「吸血鬼」討伐艦隊を送り出した。護身道戦隊ことウィンドヒル戦隊、〈千堂《鳥海》瞳〉〈鷹城《摩耶》唯子〉の2隻である。それが送り出せる精一杯だった。機動部隊を動かせるだけの燃料の余裕がグアンタナモには無かったのだ(機動部隊はコロンと蘭領アルバ島にいた)。

 1950年2月15日、21時過ぎ。昼のにぎやかさと違い、全てを拒絶するかのようなカリブの闇夜。ジャマイカ南方、ウィンドヒル島。この小さな島の沖合で〈氷村《アドミラル・シェア》遊〉とウィンドヒル戦隊の2隻、そして〈綺堂《グラフ・シュペー》さくら〉が激突した。
 緒戦に先制したのは〈千堂《鳥海》瞳〉だったが、〈氷村《アドミラル・シェア》遊〉は巧みな運動で攻撃を受け流した。〈鷹城《摩耶》唯子〉が果敢に突撃したものの、〈鷹城《摩耶》唯子〉から見て〈千堂《鳥海》瞳〉と一直線に並ぶように〈氷村《アドミラル・シェア》遊〉が転舵しては攻撃を控えざるを得なかった。
 日本軍の攻撃を受け流しつつも〈氷村《アドミラル・シェア》遊〉は的確に砲撃を加えてダメージを与えていった。〈千堂《鳥海》瞳〉は右舷側バルジに直撃を受けて燃料が流出していた。元から燃料事情が厳しく、「吸血鬼」捜索で燃料を消費したところに、この直撃である。〈千堂《鳥海》瞳〉の動きは目に見えて緩慢になった。残る〈鷹城《摩耶》唯子〉は電波妨害で電探射撃ができず、さらに〈氷村《アドミラル・シェア》遊〉の張った煙幕に幻惑されて光学射撃すらもおぼつかない有様で、魔法に惑わされたかのように見当違いの方向に射撃し、味方の〈千堂《鳥海》瞳〉の至近に水柱を立ててしまっていた。
 ドイツは赤外線暗視装置〈ヴァムパイア〉を完成させており、電波妨害と闇夜を透かして正確な砲撃が可能である。〈氷村《アドミラル・シェア》遊〉は目前の戦いに疾くケリをつけて、この後やってくる船団を襲撃するつもりだった。主砲が鎌首をもたげ、炎上する〈千堂《鳥海》瞳〉〈鷹城《摩耶》唯子〉に照準をつけた。隆山条約型重巡洋艦に28センチ砲弾へ対抗できる防御力はない。一撃で片が付く筈だった。
 そこに、砲撃の水柱が立った。〈綺堂《グラフ・シュペー》さくら〉の砲撃によるものである。
「ほほう、呼びもしないのに、のこのこ来るとはね」
 その艦影を確認した艦長フォン・エッシェンシュタインは嘲りの笑みを浮かべた。ドイツの恥とも下賎な混血ともいうべき存在が接近してくる。モンテビデオの恥辱は忘れるわけには行かない。さらに我が一族の名誉に傷を付けた者を許すことはできない。海軍の受けた屈辱と自己の屈辱とを同一化させて、フォン・エッシェンシュタインは闘争心をかき立てた。奴を倒せば、新たな力が得られるだろう。
「所詮、家畜は家畜だ!そのことを思い知らせてやる!」
 〈氷村《アドミラル・シェア》遊〉の長大な28センチ主砲は猛然と炎を吐き出した。

 以後の数分間は展開が急激に推移し、後から思い返してもフォン・エッシェンシュタインにしてみれば訳が分からないままに展開した。
 〈綺堂《グラフ・シュペー》さくら〉の15センチ砲弾を弾いて優勢に戦っているはずなのに、戦闘力を奪っていた筈の〈鷹城《摩耶》唯子〉が復活して挟叉弾を出した。そちらに注意が向いたところを〈綺堂《グラフ・シュペー》さくら〉から後部に直撃をくらい、挙げ句には〈千堂《鳥海》瞳〉〈鷹城《摩耶》唯子〉の集中射撃でボコボコにされたのだ。
「…ば、…馬鹿な……能力が違いすぎる筈なのに」
 今や〈氷村《アドミラル・シェア》遊〉は浮かべる屑鉄だった。フォン・エッシェンシュタインは呆然としていた。余裕で各個撃破できる筈が、そうはならなかった事が信じ難かった。それでも矜持を忘れてはいない。彼は信号手に発光信号を命じた。
「忘れるな。火にあぶられたドイツ民族の痛みを。忘れるな、我らの苦しみを。忘れてはならぬ」
 そう信号を〈綺堂《グラフ・シュペー》さくら〉へ宛てて送っている。その後は戦闘海域からの離脱を図った。幸いにも日本軍は追いかけてこなかった。

 戦場を逃れ去る〈氷村《アドミラル・シェア》遊〉の姿を見ながら、装甲海防艦〈綺堂《グラフ・シュペー》さくら〉艦長の相川真一郎中佐は呟いていた。
「恨むだけでは先に進めないんだよ…」
 相川中佐は自分が戦った相手が、妻の異母兄であることに気づいていた。妻が兄について、人を愛することを知らず恨むことしかできない、と語っていたことを覚えていたのだ。
 彼は綺堂家の令嬢と結婚するに際して海軍の査察を受けていた。足かけ9年も〈綺堂《グラフ・シュペー》さくら〉の艦長職に付いていることには、ハンモック・ナンバーが随分低いことと合わせて、その件もからんでいるに違いなかった(注1)。
 だが彼は何かに憎しみをぶつけようとはしなかった。自分とは違う命や価値観をもつ者も信じて受け入れていた。だから彼は海軍中央を恨まず、現在の環境を愉しんでいた。時にはくさることもあったが、自分を信じてくれる人の想いに応えることだけは忘れなかったのだ。
 相川真一郎の呟きは、遙か遠くに逃げ去った義兄ユーリヒ・フォン・エッシェンシュタインには届かなかった。

 〈氷村《アドミラル・シェア》遊〉は応急修理を行いつつハバナに入港し、さらにフィラデルフィアへ移り、本格的な修理を受けるためにドイツ本国へと帰還した。
 フォン・エッシェンシュタインはマルティニーク島からの「転進作戦」の陽動を見事に完遂したとのことで騎士鉄十字章を授与され、参謀としてティルピッツ・ウーファーに勤務することになった。第3次世界大戦終結後は対日英の情報工作や陰謀に関わっている。そしてロンメルに続くハイドリヒ政権の下で政権中枢へ入り、ついには次期総統の座をうかがった結果、総統ハイドリヒによって粛清される末路を迎えた。
 その後の〈氷村《アドミラル・シェア》遊〉は、アイスランドからの空襲を避けつつキールで乾ドックに入って修理を受けていた。そして「幸運な」〈氷村《アドミラル・シェア》遊〉の命運が尽きる時が来た。1951年4月9日、日英の爆撃機〈富嶽〉と〈リンカーン〉は、アルセナルとドイッチャー・ヴェルフトの間の、港の水面に横たわる〈氷村《アドミラル・シェア》遊〉を攻撃した。そしてその備砲はオーバーホールのために取り外してあり、海上では決して屈しなかったこの船は無力となっていたため、爆弾が雨あられと投下された。5発が命中し〈氷村《アドミラル・シェア》遊〉は大破転覆して、その生涯を閉じた。


注1:艦長が戦死したため副長の相川少佐が重巡〈相川《古鷹》真一郎〉(機喪失の責任をとらされたという事情により、少佐で装甲海防艦〈綺堂《グラフ・シュペー》さくら〉艦長に着任している。なお、同艦は菊花紋章をつけていない。

要目

  • 全長     190.0メートル(アトランティック・バウへ改装後)
  • 全幅     21.3メートル
  • 主機 MAN MZ42/58型ディーゼル8基2軸
  • 機関出力  55400hp
  • 最大速力  26ノット
  • 基準排水量 12100トン

兵装

  • 主砲 55口径28センチ砲3連装2基
  • 副砲 55口径15センチ砲単装8基
  • 高角砲 8.8センチ連装砲3基
  • 魚雷 53.3センチ4連装水上発射管2基
  • 装甲
    • 舷側60ミリ
    • 甲板40ミリ
    • 砲塔140ミリ

同級艦