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〈沢田《ロングビーチ》香夜〉

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合衆国海軍ミサイル巡洋艦 〈沢田《ロングビーチ》香夜〉 Long Beach Class CG US-NAVY

(元ネタ:戯画「ぱすてるキッチン」沢田香夜)

解説

 合衆国海軍が第三次大戦後に就役させた新世代型巡洋艦。元来は〈河合《デモイン》音子〉級の水上砲戦型巡洋艦として建造が開始されたが、途中からミサイル巡洋艦に設計が変更されて完成した。
 そのため、1万5千トンを超える大型巡洋艦なのだが、そうであることを感じさせない幼い印象があり、実際乗員自身が新たな兵器システムであるミサイルを扱いかねる部分があるなど、手の掛かる妹的な面があった。しかし、運用実績は良好で、全将兵が長く付き合う幼馴染として活躍した。


建造の経緯

 1951年、合衆国海軍は次世代の巡洋艦をいかに整備していくかで頭を悩ませていた。
 彼らが第三次大戦に投入した巡洋艦は、〈河合《デモイン》音子〉級重巡洋艦と、〈穂永《ロアノーク》圭衣〉級軽巡洋艦の2種類である。いずれも高度な自動砲を搭載し、量産性にも優れた優秀な艦艇であったが、日本の〈江藤〉〈相川《古鷹》真一郎》(供 級や、イタリアの〈柴崎《ルクレツィア・ロマーニ》彩音〉 と言った艦と比べると、個々の性能はどうしても劣っていた。戦前であれば相手に数倍する数を揃えることで対処できたが、戦争によって国が疲弊しきった今となっては、それも不可能だった。
 何しろ、本土の大半が戦場となり、ロッキー山脈から東で人口1万以上の街はのきなみ戦災にさらされ、西海岸ではハリウッドとロサンゼルスが核攻撃を受けるなど、300万を超える死者とそれに数倍する国内難民が出るという未曾有の大戦である。戦後の復興に掛かるであろう膨大な費用を考えると、海軍の縮小再編は必至だった。
 そうした新時代に対応した海軍がその戦力を維持していくには、思い切った質的向上…いや、変革を図らねばならない。切実な危機感の元、海軍は次世代の巡洋艦を全面的にミサイル・システムに対応した新型として建造することを決定した。そのテストベッドとして選ばれたのが、建造中の〈河合《デモイン》音子〉級9番艦、〈沢田《ロングビーチ》香夜〉であった。
 彼女が選ばれたのは、まだ船殻しかできておらず、改造が容易だったこと、また戦況の展開から、彼女の就役がどう考えても終戦後になることが予測されたからである。
 既に日本海軍は51年末の北大西洋における一連の艦隊決戦において、ミサイル搭載艦の実践投入を本格的に開始していた。かつてのライバルに負けることなく新時代へ踏み出さなければ、合衆国海軍の再建は不可能になってしまうだろう。こうして、〈沢田《ロングビーチ》香夜〉の改装は始まった。


特徴

 1953年初頭、〈沢田《ロングビーチ》香夜〉は就役した。それは従来の巡洋艦を見慣れた目には、実に変わったデザインに映った。砲は3インチの両用砲が12基、両舷に分けて装備されているだけ。艦の中心線上には日本から導入された八式と十式の二種の対空誘導弾…合衆国海軍では前者を〈タロス〉、後者を〈テリア〉の名で正式採用した…のランチャーが装備されていた。
 ミサイルを二種にしたのは、それぞれを補完させる目的のほか、運用実績を多く積むための処置でもあった。それぞれのランチャーの後ろと艦橋上部には、ミサイル誘導用のイルミネーター(照準用レーダー)が装備され、一度に3発のミサイルを誘導する事が可能だった。
 しかし、それらの新装備を上回る彼女の一大特徴となったのが、その艦橋構造物である。形状はほぼ立方体に近く、見る者全員に頭でっかちな印象を与えていた。
 この巨大な立方体状の艦橋は、火器管制システムの中核をなす真空管式のコンピュータを収めるためのものである。本来は安全な船体内部に入れるところだが、〈沢田《ロングビーチ》香夜〉の船体は既に完成していて、巨大なコンピュータを入れるだけのスペースを取る事ができなかった。また、コンピュータは熱に弱いため、冷却のしやすい上部構造物上に装備したほうが、都合が良いという理由もあった。
 このデザインのため、船体を共通する〈河合《デモイン》音子〉のスマートさに比べていかにもどんくさく、また船体も小さいように見えてしまう部分があったが、反面いかにも新世代の艦、というだけのアピール力もあり、前線の将兵からは、大きな不満の声は聞こえてこなかった。


葛藤

 しかし、実戦部隊では歓迎されている〈沢田《ロングビーチ》香夜〉も、後方の海軍上層部ではまた話が別だった。
 建造費が予想よりも遥かに高かったのだ。特に、一式輸入する事になったミサイル・システムの価格は、船体建造費のそれにほぼ匹敵するほどの高額なものだった。合衆国ではゼネラル・エレクトリック社が中心となってライセンス生産をする交渉を進めていたが、日本側としても下手に合衆国に技術を渡せば、たちまちそれ以上のものを独自に作り出すのではないか、という恐れを隠し切れないでいた。
 日本側の恐怖には理由がある。〈ラーク〉である。
 〈ラーク〉は合衆国軍が独自に開発した亜音速級の対空ミサイルで、これを積んだ艦は試験的に実戦投入されており、その一隻が北大西洋海戦で戦果を上げていた。
 その艦の名前は〈沢田《ブリッジポート》兄〉。〈川中島《バルティモア》里美〉級重巡洋艦の一隻である。後部主砲塔を撤去し、その跡にミサイル弾庫とランチャーを設けた〈沢田《ブリッジポート》兄〉はC・スプレイグ提督指揮下の第23任務群の一員としてドイツ軍の空襲に立ち向かい、2機の撃墜に成功していた。
 防空任務に特化した〈沢田《ロングビーチ》香夜〉と異なり、前部の主砲と両用砲による対艦・対地攻撃任務も可能な〈沢田《ブリッジポート》兄〉はなんでもできる優等生的存在であり、その艦長は海軍兵学校を優秀な成績で卒業している。そして、奇しくも彼は〈沢田《ロングビーチ》香夜〉艦長の兄でもあった。
 〈沢田《ロングビーチ》香夜〉は何かにつけてこの優秀な「兄」と比較されると言う宿命にさらされていた。もちろん、汎用艦と防空艦では、その任務はまったく異なるものであるが、〈沢田《ロングビーチ》香夜〉艦長はそうした視点を持てなかった。心のどこかで、優秀な兄に対するコンプレックスがあり、それが本人だけでなく、艦の実力をも十全に発揮しきれない悪循環を生んでいた。
 ミサイルの発射訓練では常に〈沢田《ブリッジポート》兄〉の方が高い命中率を維持していたし、砲術訓練でも同様だった。〈沢田《ロングビーチ》香夜〉の火器管制士官は訓練中にずっと寝ているんじゃないか、と疑われるほどの惨状である。
 ところが、実際には〈沢田《ロングビーチ》香夜〉の乗員たちは規律正しく、士気も旺盛で、どこから見ても文句のつけようがないものだった。それだけに、いささかできが悪いながらも、前線部隊では彼女をこよなく愛していたのである。


カリブ海艦隊

 1958年、大戦終結から7年を経て、合衆国海軍はカリブ海艦隊の再創設を決定した。
 大戦中の1950〜51年には最大の激戦区となり、枢軸、連合の両陣営が持てる海軍力の大半を集中して戦ったカリブ海だが、大戦後に合衆国軍は警備用の兵力を除いて、戦力の大半を撤収させていた。魚雷艇など、高速・高機動の舟艇を集めた警備部隊はそれなりの実力を有してはいたものの、本格的な空母機動部隊や水上打撃艦艇を有する日本艦隊とのバランスを考えると、やはり合衆国もそれなりの艦隊をここに送り込む必要があった。
 その新生カリブ海艦隊の司令に任じられたのが、J.F.ケネディ少将である。第二次南北戦争では魚雷艇の艇長として勇戦。南部連合の駆逐艦に衝突されて沈没した自艇から部下全員を生還させる英雄的行為を成し遂げ、第三次大戦でも駆逐艦長、水雷戦隊指揮官として奮戦し、全合衆国海軍で最もカリブ海に通暁した指揮官と言われる人物である。その後、海軍の次代を担う人材として、各国大使館に駐在武官として派遣されていた。
 しかし、彼は水雷戦には長けている反面、新兵器であるミサイルの運用に関しては、素人同然といっても良い知識しか持ち合わせていなかった。赴任先の駐日海軍武官の任を解かれた彼は、「カリブ海に艦隊なんてあったか?」とすっかり自国の事情に疎くなって帰国したのである。
 帰国途上、サンディエゴの太平洋艦隊司令部で正式に任命状を受け取ったケネディは、テキサス州モービルのカリブ海艦隊司令部に着任した。〈七瀬《ハワイ》留美〉などの砲戦型艦艇が揃っている太平洋艦隊に比べると、カリブ海艦隊の配備艦艇は、〈沢田《ロングビーチ》香夜〉などミサイル・システムを主武装とする新世代の艦艇ばかりである。これらの艦隊を指揮するだけでもケネディには重荷だというのに、さらに厳しい要求が彼には突きつけられていた。カリブ海で行われる日英米枢軸軍艦隊による大規模演習、カリブ機動演習に参加し、そこで行われる戦技訓練において優秀な成績を修めろというのである。
 この演習には、昨年度に太平洋艦隊から〈河合《デモイン》音子〉が参加し、なんと日本の新鋭ミサイル艦を抑えて優勝するという好成績を収めていた。
 〈沢田《ロングビーチ》香夜〉とは同じ船体を共有する「姉妹」のような〈河合《デモイン》音子〉は、今年もカリブ機動演習への参加を決定しており、合衆国海軍はケネディに対しても「カリブ海艦隊からも代表を出し、合衆国による1・2フィニッシュを決めろ」と言う厳命を下していた。
 しかし、ケネディから見れば「無茶を言う」と文句の一つもつけたいところである。ただでさえ、新型艦…と言えば聞こえは言いが、訓練未了の、技術的・技量的に未熟な艦を集めた艦ばかりで、その運営だけでも頭が痛いのに、彼自身が新世代の海戦兵器に慣れるべく、毎日のように日本海軍の講習会に足を運ばなくてはならない状況で、これで優勝しろと言われても困るのである。
 それでも、命令には逆らえない。ケネディは演習に参加させる艦を選ぶべく、講習や事務の合間を縫って艦隊に赴き、訓練風景を覗いた。
 どの艦も一生懸命に任務をこなしていたが、ケネディに強い印象を与えたのは、やはり〈沢田《ロングビーチ》香夜〉だった。
 システムの扱いは完璧ではなく、しばしばコンピュータがダウンして、突然眠るように動きを止めてしまう事もあるが、それはそこまでがんばっている事の証でもあった。もともとミサイル艦である事もあって、落ち着いてシステムを操作するときは、他の艦に勝る命中率を叩き出してもいる。
 演習で好成績を収めるには、〈沢田《ロングビーチ》香夜〉しかない。そう判断したケネディは、ハインライン海軍参謀長の立会いの元、〈沢田《ロングビーチ》香夜〉艦長にカリブ機動演習におけるカリブ海艦隊代表として、同艦を選んだ事を伝え、演習本番に向けて特訓を積み重ねる事を決定した。
 最初は戸惑った〈沢田《ロングビーチ》香夜〉艦長だったが、ケネディの強い信頼に心を動かされ、努力する事を約束した。ここに、カリブ機動演習に向けての特訓がスタートしたのである。


多忙の日々

 ミサイル演習の訓練は、夜中に行われることになった。昼間はケネディも〈沢田《ロングビーチ》香夜〉艦長も事務や日常業務に忙しく、なかなか時間が取れないためだ。
 ミサイルに詳しくないケネディに代わり、〈沢田《ロングビーチ》香夜〉艦長は一冊のマニュアルを持ってきていた。様々な敵航空機、ミサイルの攻撃パターンに対し、どう応戦するかを記したもので、言ってみれば敵を確実に料理するためのレシピ本である。
 ケネディは司令として〈沢田《ロングビーチ》香夜〉に座乗し、数日間訓練をしてみて、結局自分はミサイル戦には向いていないと判断せざるを得なかった。しかし、〈沢田《ロングビーチ》香夜〉艦長はさすがに新鋭艦を預けられただけのことはあり、ミサイルを上手く誘導しては迎撃に成功していた。
 ケネディは万一の際の決断と責任取りを自分の仕事と心得、〈沢田《ロングビーチ》香夜〉艦長の戦闘指揮を邪魔しないようにするのが、最適のシフトと判断した。そして、それぞれのポジションで全力を尽くすことをお互いに誓い合った。
 しかし、〈沢田《ロングビーチ》香夜〉艦長はいささか頑張りすぎた。訓練マニュアルが書き込みと付箋で真っ黒になるまで訓練をしているうちに、過労がたたってとうとう倒れてしまったのである。〈沢田《ロングビーチ》香夜〉自体も艦載コンピュータが過熱して火を吹きかけた。
 それでもなお、強引に訓練を続けようとする艦長に対し、ケネディは強権を発動して強引に休暇を取らせた。そして、入院した艦長の見舞いに行くと、彼は寝言で兄の名前をつぶやいていた。
 その時、ケネディは〈沢田《ロングビーチ》香夜〉艦長の気持ちがわかったような気がした。優秀な兄に対するコンプレックスだ。ケネディの兄ロバートも優秀なパイロットであり、今では東部連合で空軍の要職に就いている。そうした優秀な身内への競争意識が、〈沢田《ロングビーチ》香夜〉艦長に焦りを抱かせていたのだろう。そのことを今まで見抜けなかった自分を、ケネディは恥じた。
 数日後、体調を回復した〈沢田《ロングビーチ》香夜〉艦長に対し、ケネディは敢えて高度なことをしようとするのはやめて、基本を大事にしていく事が重要なのだから、無理をしないようにと諭した。〈沢田《ロングビーチ》香夜〉艦長も、自分が焦り過ぎだったことを反省し、ケネディとのパートナーシップを大事にして、カリブ機動演習に臨むことを決意したのである。 


カリブ機動演習

 カリブ機動演習はキューバ島の南側、グアンタナモ海軍基地の沖合いで行われる。グアンタナモ占領を目指すブルー・フォースと、それを阻止するレッド・フォースによる戦いをシミュレートするこの大演習では、潜水艦による策敵に始まり、空母機動部隊同士の航空戦の応酬から、その直下での水上戦闘艦による打撃戦、そして強襲上陸とそれに対する応戦と言った、本番さながらの戦いが展開される。
 そして、その後にやってくるのが、ある意味お祭りイベントでも言うべき、戦技競技会だ。競技参加艦は競技開始まで課題が何になるかわからない。咄嗟の攻撃への対処も、戦技の技量を見る要素となっているためだ。
 ケネディと〈沢田《ロングビーチ》香夜〉に与えられた課題は、夜間戦闘機の触接と攻撃を受けた場合の対処だった。演習本部が夜間戦闘機の素材として選んだのは、何故かスペイン海空軍で採用されているヴォートF7U〈スキマー〉。世間には〈フライング・パンケーキ〉の名で知られる異形の円形翼機である。
 カリブ海にはスペインの領土や権益も点在しているので、この機体と出会うこと自体は変ではないが、夜間戦闘の相手としてはなかなかに厄介な相手だった。円盤状の機体は、見た目によらないダッシュ力と機動性を備え、レーダーにも映りにくい。機体の色もまるでチョコレート・ケーキのような暗い茶褐色に塗られており、視認性も低くしてあった。
 最初は戸惑った〈沢田《ロングビーチ》香夜〉であったが、すぐに冷静さを取り戻してこれを迎撃、見事に撃墜判定を得たのである。
 審査委員の評価も高く、〈沢田《ロングビーチ》香夜〉は見事総合点で第二位と言う栄誉に輝いた。ちなみに、優勝は冗談としか思えない親子合体式の重爆撃機と護衛戦闘機を、主砲の対空射撃でまとめて撃墜してのけた〈河合《デモイン》音子〉だった。ワンツーフィニッシュを飾ったことで、合衆国海軍は勢力衰えたりとは言え、実力だけは日本に負けないと言う意気を見せつけたのである。 


その後

 ケネディは2年間カリブ海艦隊司令官の任務を務めた後、海軍を退役。政治家への道を歩んだ。軍人としての最高峰…作戦部長や合衆国艦隊司令官と言った地位を極めることはできなかった彼だが、国家の経営者とも言うべき役目である政治の世界では大きな功績をなした。「復興の父」アイゼンハウアー政権の後を継ぐ形で大統領になってからの70年代には、合衆国経済の高度成長を達成し、「もはや戦後ではない」と言う彼の有名な発言も、この時代の話である。
 一方、〈沢田《ロングビーチ》香夜〉は80年代に新鋭汎用ミサイル巡洋艦〈フォートワース〉級や、日本の防護巡洋艦をベースに開発されたイージス・システム艦〈パイクスピーク〉級が登場するまでは、合衆国海軍最精鋭のミサイル巡洋艦としての地位を守り、カリブ海艦隊の主力として在籍。第四次世界大戦でも英本土への輸送船団護衛に投入された。戦後は退役し、自らの名の由来であるカリフォルニア州ロングビーチに回航され、そこで記念艦としての第二の人生を歩んでいる。

要目

  • 基準排水量:16.388トン
  • 全長:218.4メートル
  • 全幅:23メートル
  • 速力:33.5ノット
  • 兵装(新造時)
    • テリアSAM連装発射機:2基 ※日本製十式艦対空誘導弾
    • タロスSAM連装発射機:1基 ※日本製八式長距離艦対空誘導弾
    • Mk-34 3インチ連装速射砲:12基
  • (最終時)
    • スタンダードSAM連装発射機:2基 
    • アスロック発射機:1基 
    • Mk-41 5インチ単装速射砲:2基
    • 20mmCIWS:2基
    • 324mm三連装短魚雷発射管: 2基
  • 同型艦