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〈大庭《白根》詠美〉

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日本帝国海軍 装甲巡洋艦〈大庭《白根》詠美〉Armored Cruiser Oba-Shirane-Eimi, IJN

Leaf「こみっくパーティー」大庭詠美

概説

 八八艦隊の完成によって陳腐化した〈篠塚《金剛》弥生〉型戦艦(※1)は、水雷夜襲部隊の旗艦、あるいは空母機動部隊の直衛艦(ただし、計画当時は防空任務よりも、巡洋艦/駆逐艦で構成された軽快部隊対策)に割り振られる予定だった。だが、1930年代に入り、旧式化が進んだことから、新たな大規模水雷夜襲における旗艦任務、空母機動部隊直衛艦の建造が急務とされた。
 本型は旧式化し、運用寿命に達していると判断された〈篠塚《金剛》弥生〉型の補充(※2)、および代艦として計画、建造された。B−65の計画番号を与えられた本型は、ほぼ同時期にオランダ海軍向けに建造していた巡洋戦艦(※3)を原型とする31cm砲3連装3基を備えた3万トン前後の艦として計画されていた。
 この原計画どおりに完成したならば、それなりの実力を備えているものの、八八艦隊計画艦、あるいはそれを代替する目的で建造がはじめられていた〈高瀬《大和》瑞希〉型戦艦およびその改良型に埋もれ、「地味」な艦として位置づけられたことは間違いない(※4)。
 だが、ドイツが装甲艦に代えて、28cm砲9門を備える〈木ノ下《シャルンホルスト》留美〉級を、また〈大庭《白根》詠美〉型の計画を察知した合衆国も〈七瀬《ハワイ》留美〉級戦闘巡洋艦の建造に着手したことが判明したことから、〈大庭《白根》詠美〉型が背負う任務が大きく変化――〈篠塚《金剛》弥生〉型の支援の下、想定上優位に立てる相手、重巡洋艦だけを相手にすれば良い、という立場から、本来〈篠塚《金剛》弥生〉型が果たしていた役割――火力を重視した使い勝手の良い大型高速艦――を要求され、31cm砲9門という火力について、疑問が呈されることとなった。さらに追い討ちをかけるように、〈木ノ下《シャルンホルスト》留美〉型については、28cm砲は実質的にダミーであり、有事には〈日野森《ビスマルク》あずさ〉型と同一の38.1cm砲に変更されるという情報が英国経由で入手されたことから、〈大庭《白根》詠美〉型についても可能な限りの設計変更が行われることとなった。
 改良点は特に砲力の向上に回された。原計画では31cm砲9門だった主砲は、当時「実力は〈宮内《伊吹》レミイ〉型以上」と噂されていた〈長谷部《高千穂》彩〉と同型の41センチ砲連装3基に変更している。この結果、本型のシルエットはドイツが建造した大型水上戦闘艦、〈ガディム《バルバロッサ》〉型(O級)巡洋戦艦と酷似したシルエットを持つことになる。
 また、防御力についても、とくにヴァイタルパート部分について装甲強化が図られ、巡洋艦式構造としては限界に近い装甲防御を備えることになった。
 太平洋戦争においては空母の護衛から本業の水上夜戦など、華々しい任務を数多くこなし、当時の新聞には「太平洋の女帝」と賞したものもあった。
 また、第三次世界大戦においてはカリブ海の制海権を巡って頻発した水上夜戦に投入された。だが、このとき「高速戦艦」として建造された〈桜塚《シュリーフェン》恋〉〈鷺ノ宮《ビューロー》藍〉の前に大損害を受け、本国に回航されている。この損傷修復時に対艦誘導弾の搭載工事も行われ、ノース海峡海戦ではその真価を遺憾なく発揮している。
 戦後、軍事費の削減から早々に保管艦扱いになった〈大庭《白根》詠美〉だったが、80年代に入り海軍における対地上打撃力の強化が図られた結果、後継艦である〈槙原《愛鷹》愛〉型とともに艦齢延長工事、対空誘導弾をはじめとした多数の新型兵器を搭載する等の改装を受け現役復帰、2000年現在も海軍の水上打撃部隊の中核として現役にある。また、98年に勃発した湾岸動乱では、イラク懲罰攻撃の海軍における第一陣として四四式巡航誘導弾改3型によりバクダッドを攻撃、またバスラ攻囲戦の地上支援に参加したことも記憶に新しい。
 最終的に2番艦、3番艦が〈千堂〉型装甲艦に計画変更され、また、後継となった〈槙原《愛鷹》愛〉型は「行き過ぎた」大口径砲の搭載の反省から、36cm砲を9門搭載する艦として完成した結果、本型は単艦のみの建造となったが、長期にわたり日本海軍の水上打撃戦力の中核としてあり続けた艦だった。


船体

 〈大庭《白根》詠美〉型の船体構造は基本的に、ほぼ同時期に建造されていた〈高瀬〉型の拡大である。これは、本型が基本的に重武装の巡洋艦、対重巡洋艦巡洋艦として計画されたことの証明であり、L/B比が8.7対1に達する長大な船体は、最大33ノット(公試では33.8ノット)に達する速力の一因となっている。
 また、結果的に船型は〈芳賀《翔鶴》玲子〉型に類似したものとなっている。これは、〈森川《雲龍》由綺〉型までの日本空母が実質的に全通飛行甲板式航空巡洋艦としての性格を強く持っていたことの傍証ともいえる。
 本型は平甲板式であり上甲板レベルが構造強度を受け持つ構造となっている。このため、船体強度を受け持つ面の不連続が最低限に抑えられている。
 この船体強度の不連続を徹底的に削減する設計は、ポスト隆山条約型巡洋艦を皮切りに採用されたものであり、30年代以降に建造された日本海軍諸艦艇、特に大型水上艦に共通する特徴である。特にこれは第四艦隊事件等の結果、船体強度と重量軽減に関する日本海軍の研究結果である。
 また、電気溶接技術が向上したことから本型は全面的に電気溶接が取り入れられ、重量軽減に大きく役立っている。これにあたっては、電気溶接に適した鋼材を実用化した民間製綱所の功績も大きい。
 ちなみに本型をリベット接合で建造した場合、約1000トン程度重量が増大すると予想されており、実質的に補助戦力である(※5)本型の全溶接導入は資材節減、すなわち予算節減からみても必然であったといえる。
 なお、本型では初期の電気溶接艦にあった不具合はほぼ改正されている。これは資材/重量節減を目的に大規模な溶接の導入を行い、結果として電気溶接技術の実験艦的な性格を持つこととなった〈白露〉型駆逐艦の建造によって、電気溶接技術を自家薬籠中のものとした結果である。これは同時期建造の〈芳賀《翔鶴》玲子〉型、あるいは日本最後の戦艦となった〈高瀬《大和》瑞希〉型にも生かされている。


機関

 本型の機関は開発期間の短縮と限定的な量産効果を狙い、〈芳賀《翔鶴》玲子〉型航空母艦用の主機(ロ号艦本式タービン4基。350度/30気圧/合計出力18万馬力)を転用している。これは、原案に想定されていた機関では馬力不足が懸念されたためであり、なおかつ実績のある機関を搭載することにより、専用の高温高圧缶を設計する等のリスクを回避する目的があった。結果的に言えばこの方式は成功、この方式はその後も、後継艦である〈槙原《愛鷹》愛〉型装甲巡洋艦、〈森川《雲龍》由綺〉型航空母艦の一部(※6)にも用いられている。
 軸数は4軸、一軸あたりの馬力は45,000馬力となる。


武装/照準装置

 本型が〈長谷部《高千穂》彩〉型と同型の、九二式50口径41cm砲(以下九二式41cm砲)を搭載したのは先述したとおり。本砲は日本で初めて高初速/大砲弾重量を狙って開発された艦載砲であり、本砲を搭載した〈長谷部《高千穂》彩〉は、単位時間あたりの投射弾量で見た場合、〈伊吹〉型を凌駕し、結果として〈高瀬《大和》瑞希〉の主砲について計画変更が行われるほどの性能を(少なくともカタログ上は)持った砲だった。
 本型は九二式41cm砲を連装砲塔3基、計6門備えており、これは列国の同クラス艦に対して大きなアドバンテージであった。比較した場合、ドイツの〈ガディム《バルバロッサ》〉型巡洋戦艦および、〈木ノ下《シャルンホルスト》留美〉型巡洋戦艦(改装後)が砲威力の面ではかなり近いものの、口径、砲弾重量共に九二式が上回っており、主砲一門あたりの威力の面では同クラスの艦ではトップクラスの性能を持っていたといえる。
 ただし、これは「砲一門あたり」の威力であって、総合戦闘力の面で見た場合、〈大庭《白根》詠美〉の優位はそれほど高くはない、というのが今日における評価である。これは、大口径砲への変更の結果、砲弾搭載数が減少したこと、また、防御力を強化したといっても、対応防御が施されているのは主砲塔のみ(それも〈長谷部《高千穂》彩〉の砲塔設計を転用したためであって、対応防御そのものが考慮されているわけではない)という状況において、発射速度の劣る大口径砲を搭載する意義に疑問が呈されているためである。
 事実、太平洋戦争時、北太平洋における遊撃戦に投入された〈大庭《白根》詠美〉〈七瀬《ハワイ》留美〉型戦闘巡洋艦に対して苦戦しており、また改良型である〈槙原《愛鷹》愛〉型が六式50口径36cm砲を搭載している点も一つの傍証といえる。つまり、〈大庭《白根》詠美〉型への41cm砲搭載は失敗ではないか、という見方である。
 だが、この評価は〈大庭《白根》詠美〉に対して不当な見方と考えられる。というのも、本型に搭載された方位盤照準装置は、遠距離砲戦向けの機能を省く代わりに、近距離での精度を向上させた特殊型であり、その改良型は〈千堂〉型装甲艦にも搭載されている。つまり、あくまで〈大庭《白根》詠美〉が想定していたのは夜間戦闘における中近距離での砲戦であって、遠距離砲戦については想定外とされていた。また、〈千堂〉型装甲艦の準同型方位盤を搭載していることで解るように、〈大庭《白根》詠美〉への41cm砲搭載はむしろ、〈千堂〉のテストケースとみることもできる。この点については、東太平洋海戦および第三次世界大戦におけるカリブ海戦線における本型の運用実績がそれを証明している。

 本型は対空火器についても、原案に比べ大幅な増強が図られている。当初、八九式40口径12.7cm連装高角砲を6基12門だったものを改め、当時最新鋭砲だった九八式65口径10cm連装高角砲(後に両用砲に名称変更)8基16門に増強している。この高角砲は司令塔上部、後檣および両舷に各1基ずつの九八式高射装置によって管制され、最大4目標までの追尾・射撃が可能だった。また、本型に搭載された九八式高射装置は随時改良が加えられており、42年には他の何隻の艦とともに、日本艦としてははじめてセンチ波レーダーによる電探従動機能を付加する改装が施されている。
 また、機銃についても随時増強を行っている。東太平洋海戦時では40ミリ連装機銃16基、20ミリ連装機銃30基まで増強されていた。
 本型は、主砲以外の武装について、二度にわたり大規模な変更が行われた。
 第一は、1950年、カリブ海における損傷修復のため本国へ回航された際に行われたもので、このとき陳腐化が深刻になっていた九八式65口径10cm砲を、新型の六式60口径12.7cm砲に変更している。また、このとき艦中央部に実用化したばかりの十式対艦誘導噴進弾を搭載している。世界初の実用対艦誘導弾として知られる十式は、陳腐化した水雷夜襲戦術の代替として開発された誘導兵器である。 十式は艦対艦、艦対地の二種が開発されていたが、その相違は弾頭形式および誘導方式であり、推進装置を含む弾体後半部分は共通している。その基本性能は、固体ロケット推進で有効射程30km、弾頭重量は250kg。
 誘導方式は対艦型が慣性誘導+終末アクティブレーダー・ホーミング、あるいは慣性誘導+終末パッシブレーダー・ホーミング方式を採用。また、対地攻撃型は慣性誘導方式のみであったが、限定的にとはいえ事前にプログラムされたコースを飛行するようセットすることも可能だった。実用頭部は対艦型が直径61cmの整形炸薬弾頭で、カタログ上での貫通能力は約4500mmに達している。また、対地攻撃型の場合は通常の破片効果弾頭とされた。
 50年に行われた改装において、〈大庭《白根》詠美〉はこの誘導弾の3連装発射筒を艦中央部に2基、中央線から30度外向きに角度をつけて装備している。
 続いての改装は80年代半ばに、〈高瀬《大和》瑞希〉型と同時期に行われた。
 通称TV/DC改装と呼ばれるこの改装は基本的には艦齢延長工事であるTV改装と、武装の近代化を狙ったDC改装を組み合わせたものである。なお、TV改装は実質的に配管の全面的な交換による艦の運用寿命向上措置であり、本稿ではこのDC改装について記す。
 DC改装では主砲を除く武装の大規模な変更が行われた。両用砲は全て、駆逐艦に搭載され実績のあった二三式60口径12.7cm単装自動両用砲(4基)、三二式8連装短距離艦対空誘導弾発射装置2基に変更され、旧来の40mm機銃、20mm機銃は全て撤去、代わって三八式20mm近接防御兵器(※7)4基に変更されている。
 また、十式の三連装発射筒も、駆逐艦、巡洋艦向けに配備されていた四〇式4連装誘導弾発射機4基に改められている。


装甲防御

 〈大庭《白根》詠美〉の装甲防御は基本的に対巡洋艦戦闘を想定した程度しか備えられていない。このため、初期設計においては最厚部でも構造材を兼ねた76mm甲鈑程度とされ、それ以上の攻撃については「損害は受けるが被害は最低限に収める」設計とされていた。しかし、武装の変更および同タイプの艦を米独が建造したことによる設計変更から、最終的に最厚部で甲板100mm、舷側203mmにまで増強されている。ただし、これは弾薬庫等、ヴァイタルパートのみであり、艦首等の無防御区画については大口径砲の弾片防御の最低限度、52mmに抑えられていた。
 また、主砲塔については〈長谷部《高千穂》彩〉型の設計を転用したことから〈長谷部《高千穂》彩〉と同一の、前盾330mm、上面152mmとかなりの重装甲になっている。
 水雷防御にもそれなりに配慮が配られており、戦闘可能限界を片舷2本の命中魚雷としている。これは、実質的な突撃艦としての任もさることながら、計画段階から空母護衛が想定されており、航空雷撃への耐久力を持たせたためである。
 しかし、装甲防御は常に本型のネックであり、北太平洋およびカリブ海において本型の評価が運用実績の割に高くはないことから、「張子の虎」と呼ばれる原因となった。


本稿まとめ

 第二次、第三次大戦を通して、本型の評価については毀誉褒貶の全てが揃っているといえた。特に、水雷戦隊旗艦、夜襲部隊所属艦としての本型が極めて高い評価を受けているものの、同時に毀と貶にあたる評価――手堅い技術を用いて建造され、主任務においては十分な功績を残しているという点を考えるならば不当に思われるほどに――も同様に多い。
 これは、本型が少なくともカタログスペック的にはあらゆる任務に投入可能な高速水上戦闘艦と見なされていたからであり、本型の能力を過信した海軍が「戦艦のようなもの」、として本型を運用してしまったことが評価を下げる要因となったために過ぎない。
 本型はあくまで〈千堂〉の原型とでも言うべき艦であり、「肥大化した戦艦の代わりに戦艦の代役が務められる艦」としての性格は極めて薄い。むしろその評価は後に建造された〈槙原《愛鷹》愛〉型に与えるべきものであり(※8)、本型は大規模夜襲においてその真価を発揮する艦であった。もし本型について批判するならば、それは本型そのものの存在ではなく、一種の特殊艦であるにもかかわらず本型を「戦艦のようなもの」として投入してしまった海軍の硬直性を批判するべきである。


要目(竣工時)

  • 基準排水量:35,500t
  • 全長:250m
  • 全幅:27m
  • 機関出力:18万馬力(4軸)
  • 速力:33ノット
  • 武装:
    • 九二式50口径41cm連装砲 3基
    • 九八式65口径10cm連装両用砲 8基
    • (機銃については省略)

注記

※1 1930年代に入り、巡洋戦艦の類別が廃止されたため、戦艦に類別変更が行われた。なお、このとき戦艦の命名基準に「山岳名」が追加(復活)されている。
※2 隆山条約における日本保有枠問題から、〈比叡〉〈榛名〉の2隻は海外に売却されていた。このため、本来空母護衛向けに2隻、水雷戦隊用に2隻が必要とされていたにもかかわらず、各1隻ずつしか配備されていなかった。
※3 引渡以前にオランダ本国が陥落、このために日本海軍に買収され、〈牧部《春日》なつみ〉となる。またこのとき、ドイツに発注されていたもう一隻の巡洋戦艦は、ドイツの対蘭宣戦とともに、建造中のところをドイツ海軍に接収され、〈《フィリブス・ウニーテス》ココロ〉としてドイツ海軍巡洋戦艦として運用された。
 その後、〈《フィリブス・ウニーテス》ココロ〉は第三次大戦のインド洋作戦で枢軸側に再び捕獲され、損傷修復後オランダ海軍に返還、〈グエンディーナ〉としてオランダ海軍の数少ない有力な水上戦闘艦として戦いつづけることになる。
※4 この点について、合衆国の同級艦、〈七瀬《ハワイ》留美〉型戦闘巡洋艦が傍証となる。戦術思想の相違があるとはいえ、〈七瀬《ハワイ》留美〉型の存在価値は一部の例外を除いて薄いといわざるを得ない。
※5 「エクストリーム理論からみても、大型装甲巡洋艦は規格外だった」(緑葉出版刊 日本の軍艦4 装甲巡洋艦・重巡洋艦)
※6 〈森川《雲龍》由綺〉型の後期型の一部は、甲型/乙型駆逐艦用主機を2隻分使用している。※7 航空機用多銃身機銃と追尾電探を組み合わせ、自動化した防空兵器。当初は人員削減を目的として開発されたものだが、その自律性から対対艦誘導弾用兵器としても重宝されている。
※8 これは〈槙原《愛鷹》愛〉型が能力的に劣るということではない。むしろ、〈槙原《愛鷹》愛〉型は実質的に〈篠塚《金剛》弥生〉型が果たしていた役割を担った、「使い勝手のいい」高速戦艦と見るべき艦であり、〈大庭《白根》詠美〉型とは性質が大きく異なるというだけのことである。