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〈太田〉

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標的艦〈太田〉

(元ネタ 「雫」(Leaf)より太田 香奈子)

(注) この記事は昭和57年9月発行の「世界の艦艇」の記事を抜粋、採録したものである。この事件自体が現在も機密扱いであるため、事件の真相に関しては情報の修正、隠蔽が大規模になされたところが多く見受けられている。

 日本海軍における不名誉な事件の一つの舞台となった標的艦〈太田〉は1912年、戦艦〈摂津〉として呉工廠で竣工した。

 戦艦時代の〈摂津〉は50口径12インチ連装砲塔を艦の前後に2基、45口径12インチ連装砲塔を両舷にそれぞれ2基づつ、計8門を備えており、完成当時日本最強の戦艦だった。しかし、竣工した段階ですでに時代は〈ドレッドノート〉を皮切りにした単一主砲艦、それも50口径12インチ砲、あるいは13.5インチ砲といった超弩級戦艦の時代となっており、いうなれば「準弩級戦艦」でしかない彼女は竣工時点ですでに時代遅れであった・とはいえ、連合艦隊旗艦として将旗を掲げたこともあり。日本海軍の「ヒロイン」の立場でこそなかったが、それなりに有力な存在であったことは否定できない。
 同型艦として〈河内〉も建造されたが、1918年、徳山湾で爆発事故を起こして除籍されている、

 八八()艦隊計画艦の実戦配備及び、隆山海軍軍縮条約の締結に伴い、無線誘導による無人標的艦(ただし、通常時は有人航行)に改装。これにあわせて標的艦に分類が変更され、艦名も〈太田〉に改められている。なお、〈太田〉は、無人運用が前提であることから、缶圧の安全枠は大幅に緩やかなものとなり、機関出力および、速力はかつての〈摂津〉時代を大幅に上回ることになった。

 しかし、1939年、定例訓練中に管制装置に異常を来たし暴走・陸戦隊を移乗させ、強引に管制装置を破壊することで改修された。そして時を同じくして発生した〈月島〉事件において強引に〈月島〉(初代)鎮圧のために投入されている。このときの損傷は大きく以後の運用は不可能とされた。同年、横須賀工廠にて解体された。

 この〈太田〉暴走を皮切りとしてはじまった一連の事件について、一説では都下月島に設けられた陸海軍共同で設立された電波兵器研究組織、通称「星斗会」で行われていた新式電磁波兵器、通称「毒電波」兵器の影響とも言われる。しかし、この事件についての報告書などの記録は今もなお機密扱いされているためにその詳細は定かではない。