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〈村上《ユリシーズ》若菜〉

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〈村上《ユリシーズ》若菜〉 Light-Cruiser Murakami-ULYSSES-Wakana,RN

Clear「Wing&Wind」村上 若菜



 海軍増強計画に基づき、〈ダイドー〉級は軽巡〈アリシューザ〉級の全体配置を取り入れた小型軽巡として建造された。ただし、〈アリシューザ〉級が15センチ主砲と高角砲の2種類を搭載していたのに対し、高角射撃の可能な両用砲を10門装備することになった。
 このため世界初の防空巡洋艦とされたが、両用砲塔の旋回速度が低速であるために航空機に追従できないことが間々あった。この問題は、1945年から翌年にかけて北崎エンジニアリング横須賀(KEY)で日本製長12.7センチ両用砲塔に換装されることで解決され、本級はようやく防空巡洋艦として完成することになったのである。
 〈ダイドー〉級は1936年計画から1939年計画までの間で16隻の建造が予定され、1942年までに11隻が就役した。残り5隻はドイツ軍の侵攻に伴い、船台上で爆破処分されている。
 両用砲は13.3センチ連装を5基搭載とされているが砲塔の生産が間に合わず、6番艦の〈村上《ユリシーズ》若菜〉以降は11.3センチ連装を4基搭載して完成している。

 〈村上《ユリシーズ》若菜〉は防空巡洋艦〈ダイドー〉級の6番艦である。1941年6月20日に竣工した。
 彼女は俊足を誇る〈ダイドー〉級一族の中でも一際その速さで知られ、公式速力は35ノットだがアラン沖での全速試運転では標柱間距離を39.2ノットで駆け抜けている。機関長によれば〈アブディール〉級高速機雷敷設艦にも負けないとのことであった。もっとも〈アブディール〉級は44ノット発揮が可能とのことなのだが。
 〈村上《ユリシーズ》若菜〉の特色としてはその高速の他にも、機関に合衆国製品を用いたことが上げられる。ボイラーにホワイト・フォスター製三胴缶を4基、主機にウェスティングハウス製ギヤード・タービンの組み合わせである。どちらも先頭の文字がWであることから、W2機関と通称されている。
 W2機関は、本来は〈結城《ウォースパイト》紗夜〉の改装用に輸入されたものである。この機関の特徴として、高温高圧による大出力、また高温高圧でありながらも頑丈なこと、そして極めて長い寿命が挙げられる。しかし欠点として、起動時に一際高熱を出し、かつ適正な廃熱処理がおこなわれないと艦に必要以上の熱がこもるというものがあった。このため〈結城《ウォースパイト》紗夜〉はともかく、同機関を用いた〈村上《ユリシーズ》若菜〉とN3級戦艦〈高槻《セント・デイビット》梢〉は熱ダレによる機関故障を経験している。
 さらに、〈村上《ユリシーズ》若菜〉はランチのうまさでも英海軍内では知られた存在だった。家庭的な食事を作らせたら英海軍随一との評判をとっているが、〈村上《ユリシーズ》若菜〉では「大したことない」と謙遜している。彼女の食堂では素材の味を引きだした家庭料理レベルのランチを出しているのであり、要するに他の英艦のレベルが低すぎるのである。付け加えるならば英国(イングランド)料理は欧州一まずいことで衆目の意見が一致している。

 竣工後の〈村上《ユリシーズ》若菜〉はジブラルタルの地中海艦隊(カニンガム)に所属し、初代艦長スティーブン・ネッド大佐(注)の指揮の下、ヴィシー・フランスとイタリア海軍相手の幾多の戦いに参加した。彼女は同じ艦隊に属する〈高槻《セント・デイビット》梢〉と仲が良く、「親友同士」として同一行動を取ることが多かった。
 英国と日本が地中海を撤退した後、〈村上《ユリシーズ》若菜〉は北崎エンジニアリング横須賀のドックに入渠し、その両用砲を長12.7センチ両用砲に換装し、さらに対空監視用RDFをラティス・マストのヤード両端に2基取り付け、射撃管制用RDFを艦橋と後部指揮所に装備した。これにより彼女の戦闘能力は「進化というべき劇的な変革」を遂げたのだが、口の悪い士官には「全然成長していない」と揶揄されていたりする。〈ダイドー〉級の戦力は〈綾瀬〉級軽巡と同等であり、高角砲を12基も搭載する〈桜井〉級には及びも付かないものなのである。
 1945年の8月、「山崩れ」にも例えられる本土失陥からおよそ3年が立った頃。彼女は親友の〈高槻《セント・デイビット》梢〉との別れを経験した。本国を失ったグランド・フリートには人員・予算ともに低速の戦艦を養う余裕がなく、〈高槻《セント・デイビット》梢〉はインド海軍へと売却されたのである。
 8月末、〈高槻《セント・デイビット》梢〉は仮住まいの横須賀を出港し、引継と乗員育成のために出向することになった艦長ネッド大佐と共にインドへと向かった。〈村上《ユリシーズ》若菜〉〈高槻《セント・デイビット》梢〉は再会を誓い合ったが、その誓いが果たされるのは数十年後の事となる。なお、〈高槻《セント・デイビット》梢〉はインド自治政府首相ネールによって〈ガンガー〉と命名され、独伊海軍のゴアへの展開を牽制する任務につき、ソコトラ島戦以後のインド洋の後かたづけをおこなっている。その後は英連邦の要請に従い、主に地中海での上陸作戦援護についた。
 2年後、乗員育成任務を終えたネッドが戦隊司令官の少将として〈村上《ユリシーズ》若菜〉に将旗を掲げた。彼は能力に疑いは無いものの、「屁理屈をこねさせたら英海軍一」という奇人だった。ネッドとコンビを組む羽目になった二代目艦長M・ヤング大佐にすれば随分と頭痛がしたものと推測される。ネッドと〈村上《ユリシーズ》若菜〉とは「長い付き合い」ということで、結局くっつく運命にあったのかも知れない。
 第3次世界大戦勃発の頃には、〈村上《ユリシーズ》若菜〉は本国艦隊に属しており、商船護衛と機動部隊護衛をおこなっている。彼女は一所懸命さと気配りの良さでフィリップス長官の賞賛を得ており、インド洋から地中海へと続く一連の戦いに参加している。これらの激戦に次ぐ激戦の中でも、ほとんど損害もなく任務を果たし続けた。
 しかしジブラルタル奪回の後、ジブラルタル港内で停泊中にイタリア海軍の人間魚雷マイアーレの攻撃を受けて艦内部へ大量の浸水を被った。〈村上《ユリシーズ》若菜〉の爆発に驚いた英海軍はすぐさま人間魚雷狩りを始め、それ以上の損害拡大を防ぐことができた。ジブラルタル港内は「花火大会」のごとき大騒ぎだったが、〈村上《ユリシーズ》若菜〉艦内では彼女を救うべく必死の応急作業がなされており、ついには艦中枢への浸水を防ぐことに成功している。
 上甲板ぎりぎりまで海面が来ていたものの、着底した地点が浅いために〈村上《ユリシーズ》若菜〉は水没を免れていた。マルタ沖海戦で主力艦のほとんどをうしなっていたことから戦力に余裕の無い英海軍は直ちに〈村上《ユリシーズ》若菜〉の浮揚修理を決定し、ジブラルタルに回航されてきた〈長瀬“敷島”源之助〉による修理が施された。修理完了後の〈村上《ユリシーズ》若菜〉は「汗を流して」の奮戦を続けることとなる。
 大戦終結後も〈村上《ユリシーズ》若菜〉は機動部隊護衛艦として活動し続け、1971年に記念艦としてテムズ川に係留されることになった。今ではロンドン観光の目玉の一つともなっていて、多くの観光客を集めている。
 近年、インド海軍の戦艦〈ガンガー〉(かつての〈高槻《セント・デイビット》梢〉)乗り組みの士官達が揃って〈村上《ユリシーズ》若菜〉を訪問した。
 遅い再会ではあったが、友情の誓いは果たされたのだ。

注:彼は少佐時代に〈結城《ウォースパイト》紗夜〉副長を務めており、その後に〈村上《ユリシーズ》若菜〉艦長に転じた。ポーツマスに父母が居住していたが、「山崩れ」におけるドイツ軍の砲爆撃によって亡くなっている。その後、日本にて長野県小諸地方出身の村上航海士(日本郵船)と意気投合したことから、村上の息女と結婚することになった。最終階級は大将。「サー」の称号をもつ准男爵。バス勲位大十字章受賞者。〈ガンガー〉(〈高槻《セント・デイビット》梢〉)が〈村上《ユリシーズ》若菜〉を訪問したのは、彼が亡くなって間もない頃のことである。

要目

  • 全長 156.05メートル
  • 全幅 15.39メートル
  • 主機 ウェスティングハウス式タービン4軸
  • 主缶 ホワイト・フォスター三胴缶4基
  • 機関出力 62000hp
  • 最大速力 35ノット
  • 航続距離 4240海里/16ノット
  • 基準排水量 5600トン
  • 兵装
    • 主砲
      • 50口径11.3センチ連装両用砲4基
      • 45口径10.2センチ砲単装1基
    • 機銃
      • 2ポンド4連装ポムポム砲2基
      • エリコン20ミリ連装機銃6基
    • 魚雷 53.3センチ3連装発射管2基

同級艦

  • 〈ダイドー〉
  • 〈アルゴノート〉
  • 〈ボナヴェンチュア〉
  • 〈カリブディス〉
  • 〈クレオパトラ〉
  • 〈村上《ユリシーズ》若菜〉
  • 〈ハーマイオニ〉
  • 〈ナイアド〉
  • 〈フェーベ〉
  • 〈シラ〉
  • 〈シリウス〉