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〈千歳〉

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〈千歳〉 Seaplane Carrier Misawa-CHITOSE-Chitose,IJN

フェアリーテール「Natural」「Natural Zero+」美澤 千歳

概要

 太平洋戦争にて、機動部隊の眼となって活躍した水上機母艦〈千歳〉級の1番艦。竣工は1938年。姉妹艦〈小端《千代田》愛〉は同年の竣工、3番艦〈千紗〉は太平洋戦争終結後の竣工である。水上機以外にも甲標的の母艦機能を有し、さらに艦隊随伴の高速給油艦としても活用された。
 〈千歳〉と姉妹艦との識別上のポイントは、縞々に塗り分けられた煙突の塗装とマスト先端が二つに分かれていることである。そして〈小端《千代田》愛〉はピンと立った高いマストで先端が分かれていない。
 正規空母の妹分として愛された彼女らは、予算上の制約や補助艦艇建造の制限をかいくぐるために空母へ改装することを密かな前提として建造されたのだが、空母へ改装されることなく生涯を過ごすこととなる。

戦歴

 〈千歳〉と〈小端《千代田》愛〉が空母へと改装されなかったことについては、山口多聞中将(当時)の献言によるものといわれる。
 1942年4月7日の日本海軍の敗北に終わったミッドウェー海戦後に、原忠一中将の後を受けて第一航空戦隊長官となった山口多聞中将が、「〈千歳〉と〈小端《千代田》愛〉は空母に改装するよりも、艦隊の眼として活用すべきである」と主張したのである。事実、第一航空戦隊(注1)がおこなった、合衆国軍の補給路を破壊する機動部隊遊撃戦において、その搭載する水上機は索敵・誘導に大活躍することとなった。
 けれども〈千歳〉は取り扱いに上級司令部の細心の注意が必要だった。その活躍に山口長官の信頼は高かったものの、元々苦労が多い割に報われる事が少なく、接敵における撃墜の危険が高い索敵任務のためなのか、すぐ被虐に走ることが多かったのである。そのため航空甲参謀霜月春彦中佐は苦労を重ねることとなった。
 働かせ過ぎては「被虐」的になってしまうし、かといって他の艦(特に〈小端《千代田》愛〉)の水偵を使ってもむくれてしまう。同時に扱っていても、その実績から「尊大な女王様」になりかねない。
 何とも扱いに困る艦ではあった。しかし苦労の甲斐あって、霜月中佐は太平洋戦争後に昇進という幸せを手に入れ、また第一航空戦隊もまた全艦無事に任務を達成するという幸せを手に入れたのだった(注2)。
 一航戦が遊撃戦をおこなっている時期の〈千歳〉の挿話に「ウナギカレー事件」がある。水偵の搭乗員が、出てくる料理がカレーライスでは「精ガツカナイ」「最近ハ薄クテ水ッポイ」「出ルモノモ出ナイゾ(注3)」(原文ママ)と騒ぎ出したのだ。それに対する返答が牛肉のかわりに鰻の蒲焼きが入った「ウナギカレー」であった。騒ぎは収まったものの、搭乗員に精が付いたかどうかは不明である。
 1943年1月の東太平洋海戦では、水偵ではなく二式水戦を搭載して参加している。零戦を水上機化した二式水戦は艦載機の高性能化に比して劣勢となっていたが、雷撃機相手ならばまだ戦えるものと見られたのである。二式水戦部隊は期待に良く応え、合衆国軍のグラマンTBF〈アヴェンジャー〉雷撃機を撃退して空母部隊を守りきった。
 かくして〈千歳〉は帝国海軍機動部隊に必要不可欠の存在となっていた。そう、〈千歳〉が連合艦隊に編入されたのは太平洋戦争終結の5年前の、桜の季節だったのだ。

 太平洋戦争後は主に海上護衛に従事することとなった。捜索レーダーの高性能化に伴い水偵の出番は無いと判断されたからである。対潜水艦装備が施され、搭載する回転翼機の爆雷と共に、対Uボート戦に威力を発揮した。
 そして第3次世界大戦においては、機動部隊に随伴できる高速力と、水上機を運用する為の広い甲板を有することが買われて、回転翼機を搭載する護衛艦兼高速輸送艦として使用された。
 それはまさに〈千歳〉に打ってつけの任務であった。広い後部甲板に荷物を山と積み込み、高速力と対空砲火で欧州連合軍の攻撃をかわし、回転翼機でもって荷物を急速に前線へ運び込んだ。 時として〈千紗〉がしでかしたように積み荷を海に流してしまう、といった事故は有ったものの、カリブ海戦線の焦点たるマルティニーク島ラマンタン基地に多大な物資を供給する事に成功し、マルティニーク島確保に貢献したのである。
 マルティニーク島西岸フォール・ド・フランス港の荷揚げ能力は少なく、ために〈千歳〉らの回転翼機が重宝された。川崎シコルスキー製の八式重輸送回転翼機(最大積載量3トン)は105ミリ榴弾砲をつり下げて運搬する事ができ、分解してならば155ミリ榴弾砲をも空輸できた。同じくマルティニーク島に進出したドイツ・フランス連合軍に対して、その迅速な揚陸により枢軸軍守備隊は数十倍に達する圧倒的な火力でもってその攻撃を破砕できたのだ(注4)。
 かように、〈千歳〉級は後代における「ヘリコプター空母」や「ヘリコプター搭載強襲揚陸艦」の建造を各国が検討する程の活躍を示した。そのため〈千歳〉は前記の艦種の趨りとされている。その意味では〈千歳〉は「大きな幸せ」を手に入れたのだと云える。


注1:この時期、日本の正規空母は〈緒方《瑞鶴》理奈〉、〈神岸《蒼龍》ひかり〉だけが稼働可能だった。この2隻は「鶴龍コンビ」と呼ばれ、その活躍振りで大人気を博した。反対に合衆国軍では「クレイン&ドラゴン」と呼んで忌み嫌っている。
注2:霜月春彦参謀のことを〈千歳〉隊は「兄ちゃん」と呼び、〈小端《千代田》愛〉隊では「春ちゃん」と呼んでいる。つまり〈千歳〉と〈小端《千代田》愛〉の索敵隊は、霜月参謀の寵を得るべく戦果を激しく競い合った。
注3:何が薄くて水みたいなのか、また何が出ないのかは意味不明である。
注4:欧州連合軍は駆逐艦らの高速艦艇による輸送に頼らざるを得ず、ために重砲の搬入に失敗することが多かった。高速輸送船舶による強行輸送がおこなわれても、枢軸軍航空隊の攻撃で荷揚げ作業が妨害された。欧州連合軍がマルティニーク島に搬入できた火砲は榴弾砲20門、迫撃砲24門、ロケット砲30門、弦罍之神鐚孱粁召箸いΔ發里世辰拭さらに燃料不足のために榴弾砲は馬匹または人力によって搬送せねばならず、戦場へ進出できたものは10門足らずだったのである。それに対して枢軸軍は榴弾砲50門、迫撃砲90門、重機関銃350丁、軽機関銃350丁に達していた。

要目

  • 全長  185メートル
  • 全幅  18.8メートル
  • 主機
    • 艦本式オール・ギヤード・タービン2基 2軸
    • 艦本式11号10型ディーゼル2基 2軸
  • 出力  56,800hp
  • 速力  29ノット
  • 基準排水量 11,023トン

兵装

  • 主砲 10センチ連装高角砲2基
  • 機銃
    • 40ミリ機10基
    • 25ミリ3連装機銃10基
  • 搭載機 24機

同級艦

  • 〈千歳〉        1963退役
  • 〈小端《千代田》愛〉 1963退役
  • 〈千紗〉        1968退役