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〈聖山改〉

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川西42式陸上攻撃機〈聖山改〉

(元ネタ Air/key/霧島聖)

■ 戦略爆撃機<大陸間弾道弾

 1960年代に入ると、これまで日本統合航空軍の主力爆撃機<飛鳥>が旧式化したため、この<飛鳥>に代わる本格的な戦略爆撃機を開発しようという動きが高まった。 <飛鳥>は世界初の全ジェット推進戦略爆撃機で、その実戦初参加は1952年、第3次世界大戦も末期のことだった。その巨大さと搭載力、堅固な防御、長大な航続距離、そして快速ぶりは、戦後の統合航空軍の位置付けをはっきりさせた。すなわち、反応弾攻撃に対する報復としての存在である。この戦略のもと、統合航空軍は戦後の軍縮の中、一定の戦略爆撃機群を保持し続けた。 しかし一方、反応弾を大気圏外から直接敵の本土へ叩き込む弾道弾の発達は著しく、1048年に第3次世界大戦開戦の火蓋を切ったA10弾道弾の射程は2000キロだったが、弾道弾はそのおよそ10年後には射程は10000キロを越える「大陸間弾道弾」となり、搭載量も50メガトンクラスの反応弾を運用できるまでに至った。むろん、命中精度も飛躍的に向上した。 弾道弾の進歩は著しく、これまでのような大型の戦略爆撃機の価値は相対的に低下し、ジェットエンジンの発達も加わって50年代、60年代の爆撃機は比較的小型で超音速飛行の可能なものが主流となった。その最たる例としては、北崎重工業が<飛鳥>の後継機として開発、1964年に初飛行に成功しながらも、結局計画中止に追い込まれた試作爆撃機・北崎XT7<白鳥>がある。先端部分が上下に可変する巨大なデルタ翼と前方に大きく伸びた機首が特徴で、並列に6機配置されたエンジンはこの機体をマッハ3の速度で飛ばすことができた。しかし、その名に見合った美しい姿と怪物じみた性能を持つ機体も2号機が事故で失われた。そして1号機は後に宇宙開発事業団に移管され、実験機として長い間活躍した。 そのような中、いまさら<飛鳥>の代替機が必要かどうかという議論が起こるのもある意味当然であった。川西飛行機が受注した63試爆撃機(試作番号はWW3後に年号から西暦に変更された)はマッハ2級の爆撃機として開発され1974年には初飛行に成功、<聖山>の名が冠されたが、試作機が3機完成した時点で計画は中止されてしまった。中止の原因としては、弾道弾戦力の拡充による爆撃機の価値低下、そしてなによりも、第4の軍として1963年に発足した日本航宙軍に予算が回されたことなどが挙げられる。

〈聖山改〉誕生

 しかし1980年代に入ると<聖山>を巡る動きは劇的に変化する。対独強硬路線を政策として打ち出す中曽根政権が発足すると、〈聖山〉の計画が再開された。だが計画自体は当初のマッハ2級戦略爆撃機から、空中での巡航誘導弾の発射母機としての能力と、低空での地形追従飛行能力を要求された。そのため機体名は〈聖山改〉となり、機種名称も「陸上攻撃機」が久しぶりに復活した。
 1982年に正式採用された〈聖山改〉は、性能面では非常に優れた機体となった。速度こそ試作機のマッハ2.2からマッハ1.25へと低下したが、コンピューターで自動制御された可変翼は飛行高度と速度に応じて適切な安定力と運動性を機体に与え、低空での地形追従飛行を可能とした。さらに重要なことは、この機体がある程度のステルス能力を有していることである。レーダーでの発見率は〈飛鳥〉の100分の1以下であると言われていて、それが〈聖山改〉に敵地奥深くへの低空侵入任務を主とさせた。
 外見上も実に魅力的なものがあった。前方レーダーの収められた機首は尖り、操縦席部分で上方に膨らみが生じ、そして後方に向かうに従い徐々に細くなっていった。それは手術用の鋭いメスを連想させた。エンジンは4基、それは2基づつにまとめられて主翼可変翼の付け根の下部に取り付けられ、それが女性の胸部のような雰囲気を醸し出している。そして大きく可変する主翼も女性の長い髪を彷彿とさせるもので、全体的に見た〈聖山改〉は女性的な機体と表現し得るものであった。
 〈聖山改〉は80年代に実戦配備が進められ、1989年までには約100機が生産された。1995年に勃発した第4次世界大戦においてこの100機の<聖山改>は、敵重要拠点の攻撃や地上部隊の直協など、およそ爆撃機が可能なあらゆる任務に投入され、20機以上の損害を出しながらも活躍を見せた。地上支援を要請すればすぐに駆け付け、また手術のような精密爆撃も上手くこなしたため、日本の将兵は〈聖山改〉のことを「町医者」と呼んで頼りにしたという。また〈聖山改〉のパイロットも、支援すべき地上部隊を「妹」などと表現して、その任務を全うしたのであった。

■フセインを爆殺せよ

 第4次大戦の集結から2年後の1998年8月、大ドイツ帝国が解体するまではドイツの統制下にあった中東の独裁国家、イラクが突如隣国クウェートに侵攻、僅か1日でその全土を支配化に入れた。クウェートに石油採掘件などの利権を有していた各国はイラクのこの暴挙を当然見過ごすことはできず、世界世論もまたイラクを支持せず、第4次大戦後に成立した国際連合――国連ではイラクへの経済制裁を決定した。軍事面では日本・英国・合衆国を中心とする多国籍軍がサウジアラビア・ペルシャ湾に展開したが、イラクはそれらを異にも返さずクウェートの同化を進め、湾岸での緊張は高まりつつあった。
 1999年1月17日、平和的解決を目指した数々の交渉もイラクの拒否によりことごとく無に帰し、国連安全保証理事会はイラクに対する武力制裁を決定、ここに湾岸戦争が勃発した。第4次大戦後初の大規模戦争である。
 湾岸戦争は多国籍軍による大規模空爆に始まり、その後地上戦へと移行した。2月27日、クウェートは完全に解放され、勢いに乗った多国籍軍はイラク領内に侵入、そのままバグダットへ攻め込むような様相をを見せていたが、戦争の長期化及び泥沼化は誰もが求めていなかった。しかしイラク大統領、サダム・フセインは停戦に全く応じない。イラクは旧大ドイツ帝国製の兵器を多数保有しており、それらドイツ製兵器の奮闘によりバグダット近辺での制空権はほぼ拮抗していた。さらにバグダットを守る大統領警護隊の機甲師団は、執羸鐚屐劵譽パルト〉を大改造し将狭羸鐚屐劵謄ーゲル検咫宗宗渋茖桓\こβ臉錣任眤席人両鯡鶺々酬海寮鐚屐日本の〈蒼崎《四八式中戦車》青子〉改二型、イギリスの〈遠野《チャレンジャー2》秋葉〉とほぼ互角の戦いを演じたを13号戦車C型〈アルクェイド《ティーゲル后侫屮螢絅鵐好織奪鼻の前身――の砲塔をそのまま搭載した〈レオパルト掘咾鯊真保有していた。まさに脅威だった。
 ここで多国籍軍は一つの試みを実行に移す。フセイン大統領の暗殺である。もしフセインを消すことに成功すればイラク上層部に存在する国際協調派(イラク国内ではあくまでも少数派である)が政権を担うというのが多国籍軍の予想だった。なお多国籍空軍は開戦以来、バグダットに空爆を繰り返した。しかしフセインは大統領官邸の地下奥深くに構築された司令部に篭っていて、これまで投入された航空機ではこのシェルターを破壊できるような兵器を運用できなかった(反応兵器は別だが、多国籍軍に反応兵器を使用するつもりはなかった)。それにシェルター内部には大統領警護隊の精鋭も配備されていて、特殊部隊を侵入させるのも容易ではない。
 さてここで、サウジに展開していながらもこれまで全く出番もなく「ヒマヒマ陸攻H」などと陰口を叩かれていた日本統合航空軍の〈聖山改〉についに出撃の機会が巡ってきた。もっとも〈聖山改〉もその関係者たちも好きで揶揄されていたわけではない。〈聖山改〉がこれまで出撃命令を受けなかった理由は、この機体がデリケート――人間的な表現にすると「気難しい」――からである。特に可変翼はその代表だった。翼の軸となる直径460ミリのピボットは、液体窒素で冷却縮小してから挿入しなければならないという精密な代物である。そして機体の整備も専門の設備と人員がある基地でしか行えない。
 そのような気難しい機体であるために、統合航空軍も〈聖山改〉を「強敵」大ドイツ帝国との第4次世界大戦では全力で出撃させたが、「弱敵」イラクに投入する気は薄かった。そもそもサウジに展開したのもイラクに対する脅しに過ぎなかったのだが、ことここに至って出し惜しみはできなくなった。この機体の低空進入能力とステルス性を生かして警戒の手薄な場所からバグダット上空に殴り込みをかけ、大統領官邸に対地徹甲爆弾を叩き込んでフセインを地下司令部ごと葬り去る。それが今回の〈聖山改〉に与えられた任務だった。

■ 砂塵燃ゆ

 サウジを飛び立った13機の〈聖山改〉――部隊名「通天隊」(指揮官の出身地の名所、通天閣から取られた名称)は予定通りアラビア半島に広がるネフド砂漠を低空で飛行していった。護衛はなかった。なぜなら、このころバグダット付近以外の制空権はすでに多国籍軍の手中にあったからである。もしイラク空軍が戦闘機を発進させようとしても、空中早期警戒機や偵察衛星が24時間体制でイラクの動きを監視していた。イラク軍機が滑走路から離れてもすぐに圧倒的多数の多国籍軍機に囲まれ、撃墜される運命しかない、というのがこの時期のアラビア半島上空のパワーバランスだった。しかし、今回はそれが適応されなかった。
 一路バグダットを目指す通天隊の眼前に突如として1機の戦闘機が垂直上昇して現れたのは彼らがバグダットの南西150キロまで到達した時だった。その戦闘機はPo1010<ヤードマスター>(多国籍軍コードネーム。日本語に直すと<裏庭の主>となる)。シベリア公国の軍用機メーカー、ポリカルホプ社が80年代末に実用化した垂直離着陸戦闘機である。胴体内部に垂直上昇用と推進用の2基のエンジンを持ち、マッハ1.6の最大速度を発揮する。<聖山改>を確実に捕捉できるスピードである。
 イラク空軍が圧倒的優勢な多国籍空軍と戦うにあたり、切り札と考えていたのが、Po1010と砂漠の地下に構築された秘密格納庫だった。Po1010なら滑走路もいらず、そして格納庫は巧みにカモフラージュされていて上空からの発見は極めて困難。いつのまにかに現れて奇襲を行う、という空のゲリラ戦術をイラクは展開することになっていた。 しかしそれは実現しなかった。Po1010は高性能ながらも整備性に難がある機体で、開発国のシベリア公国でも運用を半分諦めていたほどだった。そのような機体を、技術面では日本と大きく差をつけられているイラクが、しかも砂塵舞う砂漠という、機械にとっては苛酷な環境の中で満足に運用できるはずもなかった。結局これまでにPo1010が出撃したことは一度もなく、そのため多国籍軍側もその存在に気づくことはなかったのだった。しかしなんとも皮肉なことに、これまで出番がなく探知もされなかったことが通天隊を危機に陥れていた。
 空中で機敏に体勢を変えたPo1010は、後方から追いすがる形で通天隊に迫りミサイルを発射したが、〈聖山改〉は電子妨害とチャフ・フレアを使いそれを避けた。やがてPo1010はミサイルを撃ち尽くした。しかしPo1010を操るパイロットはしぶとかった。今度は通天隊の斜め上方から機関砲をもって撃墜しようと試みたのだった。今まさにPo1010から機関砲弾が放たれようとしたその時、事態はさらに急変した。
 Po1010のエンジンが突如停止してしまったのである。その原因は整備不良。やはりPo1010はイラクの手に余る機体だった。しかし、それでもPo1010は敵の撃墜を諦めなかった。そのパイロットは「アラーは偉大なり」を叫びつつ機体を巧みに操り、通天隊の最後尾に位置する〈聖山改〉に自らの機体をぶつけることによって敵機撃墜を果たしたのだった。「まるで誰かがおもいっきり投げつけたかのように突っ込んできた」と通天隊の1隊員は後に回想している。
 両機はもつれ合うようにして落下し、やがて地面に激突、戦争の最中にイラクが火を放ったクウェートの油田が上げるのと劣らぬほどの盛大な火炎と黒煙を砂漠の真中に吹き上げた。通天隊にとってせめてもの救いは、墜落してゆく機体から4つのパラシュートが開き、それが無事地上へと降りたのを確認できたことだった。

■フセインの最期

 僚機を1機失いながらも、通天隊はバグダットへと突き進んだ。その間、彼らは味方の空軍が通天隊への支援として展開していた陽動作戦により敵機と遭遇することはなかった。だがバグダット市内上空へ超低空で侵入すると、通天隊は大規模な対空射撃に出迎えられた。
 この後、さらに5機の〈聖山改〉が被弾し、3機が攻撃不能となり引き返した。しかし残り9機の〈聖山改〉はフセインの篭っている大統領官邸、その地下奥深くのシェルターへの爆撃コースへと侵入、爆弾倉の扉を開いた。「シャキーン」という展開音が機内に響き、爆弾倉の中から顔を覗かせたのは、6トン対地徹甲爆弾――これまで使用されていた、巡洋艦の20.3センチ砲身を改造した4トン対地徹甲爆弾が、第4次大戦で威力不足が取り沙汰されたために、今度は30.5センチ砲身を改造して造られた新型の(急造の)誘導爆弾――だった。〈聖山改〉は、これを1機あたり4発搭載して今回の作戦にのぞんでいた。
 数々の試練をくぐり抜け、爆弾投下ポイントに達した〈聖山改〉は、機内に抱えていた6トン徹甲爆弾を次々と投下した。投下高度は200メートルをきっていた。9機から投下された合計35発――1機の〈聖山改〉が投下装置のトラブルにより1発を爆弾倉に残したままだった――の爆弾のうち11発が大統領官邸を直撃し、建物を突き破って、まるで手術用の鋭いメスのように地面をズブズブと切り裂いて地下50メートルで信管を作動させた。この爆発で官邸は瞬時に倒壊した。
 しかし、官邸の破壊はその地下で起こった決定的な出来事を目に見える形で表したに過ぎなかった。官邸に命中した11発のうちさらに4発がシェルターの分厚いベトンをものの見事に貫通し炸裂、シェルターを爆砕してフセインの消息を不明にさせたのだった。この後、フセインは2度とその姿を現すことはなかった。
 なお、多国籍軍が最も懸念していた市街地への誤爆については、目標となった大統領官邸の敷地面積が広大だったこともあり発生しなかった。しかし、地下深くで炸裂した6トン徹甲爆弾は大地震のような振動を発生させ、民家を数件倒壊させたとも、ガラスを多数割ったとも言われている。
 通天隊は、往路で撃墜された1機を除いた12機が、多数の被弾にもかかわらず生還している。しかしそのうちの1機が着陸時に失われている。先に述べた、機内に1発の爆弾を残したままだった機体が、こんどは投棄もできなくなり、ついにその危険な代物をぶら下げたまま着陸したら脚が折れるという極めて危険な事態を引き起こしたのである。胴体を引きずりながらもなんとか不時着したその〈聖山改〉は、乗員が安全な距離まで離れた後に激しく炎上した。その機体の乗員は自分たちの愛機のことを「女神」と称していたという。

■ 湾岸戦争集結――尽きない戦禍

 〈聖山改〉によるバグダット・大統領官邸への爆撃成功からおよそ40時間後、フセインとその側近を欠いて成立したイラク新政権は国連の停戦案をほぼ受け入れ、湾岸戦争は事実的に集結した。多国籍軍の地上軍はバグダット市内へ突入することはなかった。なおフセイン死亡の情報を聞きつけ、それに激昂した大統領警護隊の戦車部隊が多国籍軍への反撃を独断で行ったが、日英の機甲部隊に返り討ちにあっている。改装を重ねたとはいっても所詮は戦後第一世代の主力戦車である〈レオパルト〉では〈蒼崎《四八式中戦車》青子〉改二型や〈遠野《チャレンジャー2》秋葉〉と互角に戦うことは難しかったのだった。
 湾岸戦争は多国籍軍の勝利として終わったが、そのイラクも日英米との対立姿勢は基本的に崩してはいない。しかも世界にはまだまだ紛争の種は尽きていない。それどころか増えつつあるというのが現状である。
 〈聖山改〉は現在配備されている約80機のうち約半数の42機が英国本土に、反応弾と共に駐留している。この部隊が今後「町医者」として出番が来るのか否かは、大ドイツ帝国解体によって強国のたがが外れ、国境問題、民族対立などで混沌を深める東欧・ロシア状勢がどう展開するかによって決まるだろう。そしてもし、これらの地で新たなる戦いが発生した場合、〈聖山改〉は再びその鋭いメスを振い、病巣を摘出すべく手術と治療に赴くのである。

【性能諸元】

・全長 44.81メートル
・全幅 41.67メートル(可変翼最大後退時23.84メートル)
・自重 87090キログラム
・総重量 216365キログラム
・発動機 三菱「冥王星」JE−102(推力13430キログラム)4基
・最大速度 マッハ1.25
・搭載量 34020キログラム
・乗員 4名