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〈杉崎《アベンジャー》玲於奈〉

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ノースロップ・ホルテン NH312〈杉崎《アベンジャー》玲於奈〉 Northrop=Horten NH312 Avenger.Carrier-based Stealth Land Ataacker,SPAIN

(元ネタ 「あしたの雪乃丞(elf)より 杉崎玲於奈」

技術的に見て甘美なる発想は、必ずや実現が試みられる。― ロバート・オッペンハイマー ―

■翼を求める者

 1940年代末期、第三次世界大戦の最中、スペインに故郷からやってきた男達が居た。
   彼らジョン・クヌードセン・ノースロップ、ホルテン兄弟とその仲間達がマドリードに設立したのがノースロップ・ホルテン社である。
 航空史について多少の知識があるものなら、彼らの一つの共通項―全翼機に対するあくなき情熱と執念―に思い当たるだろう。
 会社の設立段階においてこのような特徴ある人物が社の主要人物を占めた結果、彼らの情熱はその後継者達にも受け継がれ、淘汰と統廃合が進む航空機メーカーにおいて確固たる地位を占め続けている。

■ReBirth

 ノースロップ・ホルテン社はいくつかの偶然と必然が寄り集まった結果として誕生した。
 第二次、第三次両大戦やその後の政治状況によって本国に居られなくなったものが寄り集まり互助会的に作られた組織に、当時のスペイン政府が独自の航空産業(それまでも一応あるにはあったが)の誕生と発展を求めてさまざまな便宜や関与を図った…というのが実情だった。
 実際、スペイン内戦後に米西関係が好転した際に合衆国からノースロップB-35〈フライングウイング〉が兵器援助として送られなければノースロップ自身が第三次大戦勃発時にスペインにやって来る事もなかったろうし、その噂を聞きつけたホルテン兄弟やドイツ人技術者がその直前に彼の元を訪れる事も無かったはずだ。
 彼らドイツ人技術者は当時のドイツ空軍次官エアハルト・ミルヒとの関係が相当に悪化しており、このままドイツにいても未来は無いと思ったことからノースロップの下を訪れたのだった。
 彼らと会ったノースロップはその持って来た資料を見て彼らを高く評価した。特に自身も強い関心を抱きつづけた全翼/無尾翼機に関する資料は彼を驚かせた。
 当時ノースロップは合衆国空軍への戦略爆撃機B-49の売込みに失敗してノースロップ社社長の座を退いており、B-35〈フライングウイング〉が唯一採用されたスペインに半分傷心旅行で来ていた。
 そんな彼にとって、これらの資料と才能・情熱の両方に満ちていた若い技術者達はかつて自分が情熱を燃やしていた頃を思い出すに足る物だった。合衆国への移住を希望するものには知人を通して職の世話をし、自分はホルテン兄弟らと何処かでまた研究を始めようか...
 第三次世界大戦後が勃発したのは彼がそう考えていた矢先の事だった。ノースロップはここで苦しい立場に晒された。当時既に引退していたとはいえ、彼の元部下たちの事は心配でならなかったし、祖国の危機に駆けつけたいという思いがあった。
 しかしドイツがパナマ運河を占領し、インド洋にも乗り出していると言う現状では祖国に帰ることは不可能ではない物の難しかった。実際ドイツ政府はノースロップの引渡しと彼らの強制送還を(拒否されたが)スペイン政府に要求していた。
 結局、彼らはまずスペインで会社を立ち上げる事を余儀なくされた。実際ドイツから来たメンバーの生活も確保しなければならなかったのだ。
 後に巨大企業グループに成長するノースロップ・ホルテンは、このような一寸先は闇というほか無い状況でこうして産声を―ある意味においては復活の声を、上げた。

■翼を求めて

 第三次大戦中、ノースロップ・ホルテンの仕事は基本的に彼らの得意分野である航空機の研究と開発だった。それまでのように他国の航空機のライセンス生産(例えばヴォートF7U〈フライングパンケーキ〉など)はイスパノ航空機(後のCASA)が受け持ち、スペインにとって事実上初となるはずの独自の航空機の開発はノースロップ・ホルテンが行うという体制である。(実際問題イスパノにはノースロップ・ホルテンほどの開発能力は無かった)。
 外国人に自国の航空機の開発を任せるのかという声は上がらなかった。会社発足式の際に並んで飛行したB-49HとHo229の編隊飛行は、そんな声を吹き飛ばすに充分だった。彼らにはそれだけの価値があると政財官軍のトップに納得させるだけのインパクトがあった。いうなれば当時のスペインの指導者層は、空を舞う翼の向こうに輝ける未来を見た気分になっていたのである。どんな未来かはともかくともしても。{{br}} かくてノースロップ・ホルテンは、もはや国策となった。政財官軍から選抜されたメンバーが『研修』の目的で送り込まれ、巨大な補助金がいともあっさりと認可された。
 このような厚遇にいささか戸惑いつつも、ノースロップ・ホルテンのメンバーは着実に成果を上げていった。スペインに来た当時から現役バリバリの技術者集団―つまりある意味非常に独善的な彼らの取りまとめは、既に企業トップの経験があり、また後に社員の一人をして「独善を凌駕する執念の持ち主」と言わしめたジョン・ノースロップが社長となることで行った。そして戦争が終わった時、社員の誰もが「色々と危険な合衆国に行くよりもここで他の皆と仕事していたい」と気分になったほどこの『祭り』は続いた。
 ノースロップ自身は社長を退いて合衆国へと帰ろうかと思っていたが、それは社員一同の引止めと、さらによりにもよって合衆国のノースロップ社がスペインのノースロップ・ホルテン社と合併を希望するという笑い話のような展開によって立ち消えになることとなった。(8年後に本当に引退した後は合衆国に戻り、死ぬまでそこで暮らした)。
 この「統一ノースロップ」誕生の瞬間こそ、ノースロップ・ホルテンン飛躍のきっかけだった。その後リリースされたNH156〈タイガー〉は、その当時どんどん重く大きくなる、というそれに逆らう小型の軽戦闘機だったが、それが逆に受けて世界各国に輸出されるベストセラーとなった。
 その後も60年代には傑作全翼機となるNH31シリーズを、70年代にはNH530〈ホーネット〉が生み出されていった。フランコが死に、その独裁体制が終わった時には創設当時のメンバーはほぼ引退していたが、世界各国から集まった彼らの後継者達はその後の波乱の政治状況を(何度か巻き込まれたものの)上手く乗り切って会社を支えた。
 1980年4月には本家NHから「のれんわけ」された日本のNHEJ(注1)が創業者達に五二式戦略爆撃機〈黒鳳〉の小型の模型を見せ、ノースロップに「今こそ、神が20年の余生を与えたもうた理由が分かった」と言わしめた。
 だが、全てが上手くいっていたわけではない。
 研究過程では無数の奇怪な失敗作が生まれていったし、NH720〈タイガーシャーク〉は一時事業失敗と巨額の損失発生の危機に陥りかけた。
 中南米・中東・アフリカ・ロシアなどの地域紛争で使用される兵器に自社製品が航空機に限らず双方で多用されため、「死の商人」という批判を受けることも多い。
 そしてNH312〈杉崎《アベンジャー》玲於奈〉
 第四次世界大戦終結時まで300機以上が生産され、現在も低率生産が続く「▲」の異名で親しまれるこの機体も、さまざまな紆余曲折と因縁をはらんで誕生したのだった。

■前提状況

 NH312〈杉崎《アベンジャー》玲於奈〉は、ホルテン兄弟が生み出した傑作全翼戦闘機NH31シリーズの攻撃機型、NH231の後継として1979年に開発がスタートした。
 この期待はスペイン海軍が導入していたDo545〈ゲシュペンスト〉の一部と東部連合グラマンA-6C〈イントルーダー。の後継機としても使用される予定であったから、当初から空母での使用を前提に開発が進められた。
 その目的は飛行場ないし空母から発艦し、敵国の本土に攻撃を仕掛けることだった。
平たく言えば第四次世界大戦が発生した際にドイツがスペインに攻撃を仕掛けた場合、報復としてドイツ本土に隠密核攻撃を行うことが任務だった。そのような場合はまず間違いなくドイツの手によって核兵器が使用されているだろうからだ。逆に言えばスペインの軍事力はドイツにとっても核を使用させる程のものに成長していた、とうことでもある。
 全翼機については豊富な経験を持つノースロップ・ホルテン社の技術陣は淡々と開発を進め、1982年末には試作機の飛行試験を開始し、第四次世界大戦が始まる頃には実戦部隊に配備が進んでいた。
『最後の世界戦争』(注2)と言われたこの戦争の勃発は〈杉崎《アベンジャー》玲於奈〉の運命を大きく変えることになる。

 この戦争にスペインは参戦することは無かったが、ドイツがスペインに対して圧力を―つまり核を後ろ盾にした半ば脅迫に近い参戦要請をしてくることは必至と政府中枢では判断していた。
 そしてフランコが第三次世界大戦で上げた勝利―植民地をある程度失ったものの欧州各国の中では無傷で終戦を迎えた―を知っている彼らにとって、このような要請は正直受け入れがたい物であった。
 日本と言う国が―そして太平洋条約機構(PACTO)軍がそれほどの戦力を有しているか、東と西の狭間を生きてきたスペインには良く解っていたからだ。
 結局の所、崩壊しかかった経済を前にヤケクソになっている連中に付き合わされるのはご免こうむると言うのが政府と国民の共通の意見だった。
 しかし、実際問題ドイツの核は脅威である。何しろ日独双方はどちらも破滅は望まないためお互い核を使えないので、それ以外の国に対してはその膨大な核兵器をある程度好きなところに向けることができる、と見られていたからだ。特に戦域核兵器はさらにその傾向が強くなる。
 つまり、核による脅迫が現実の物となりかねない。そう判断された。
 こうした切迫した状況の結果、一種の対抗脅迫として〈杉崎《アベンジャー》玲於奈〉の戦力化が急がれた。戦争勃発と同時にスペイン政府はノースロップ・ホルテン社に対してそれまでの注文分150機に加えて艦載陸上攻撃機というこの種の機体としては異例の500機もの大量の追加発注を行い、同時にその他の各種兵器の発注も行った。
 その目的はいざと言う時敵領深く侵攻してミサイル部隊を潰すことであり、通常時においては侵攻してくるGETTO軍及びGETTO海軍に対する攻撃だった。最悪の場合は反応兵器を使用する事になる。
 戦争が進むにつれて発注は一部取り消されたが、突貫工事で量産が進められたため戦争終結時には300機以上の〈杉崎《アベンジャー》玲於奈〉がスペイン海空軍の手中にあった。
 この数字は、スペインが抱いていた恐怖と緊張がどれほどのものだったかを証明しているが、ただ同時に戦争が終わってみると少々特殊な機体である本機をどうするかと言う問題が出ていてしまったのはいたし方のないところだった。
 皮肉だったのは、実際のところドイツ政府にそこまでするつもりは無く、逆にスペインの軍事拡張に恐怖を抱いていた事であろう。この結果北米に回される戦力が減少し、戦争に少なからぬ影響を与える事になった。

■一つの集成

 この〈杉崎《アベンジャー》玲於奈〉の機体形状はきわめて単純かつ特徴的である。
 なにしろ、機体の生存性を高めるために空軍は機体形状のステルス性とアクティブ・ステルスの「ダブル・ステルスプレーン」をたる事を求めたからだ。
 上面の機体形状は、小学生が教材として使用する二等辺三角形の定規そのままの形状をしている。そして機体の中心線、そこと翼端―つまりは機体の端―のちょうど中間点、つまり翼端から機体幅の4分の1のところに翼の折りたたみ線がある。
 機首の近くには涙滴状の双座グラスコックピットがあり、さらに脇にはそれぞれ1基のエンジンに繋がる空気取り入れ口が存在する。
 搭載されるエンジンはゼネラルエレクトリック社製F412-NHE-400で、一基あたりのその推力はアフターバーナー無しでありながら13トンに達する。
 全長12m、全幅22mという大型の機体だが、強力なエンジンとフライ・バイ・ワイヤによって高い機動性を保有している。
 しかし、ある意味夢の結晶のようなこの機体にも欠点が無いわけではない。
 胴体に格納される兵器の量は初期型の場合、レイセオン社製のAIM-120AMRAAMとAGM-88HARMが各2発、それに加えて通常爆弾ないしレーザー誘導爆弾等である。その搭載量は実に最大37300ポンド…約17トンにも達する。
 これだけの兵器を搭載して空母から発艦するため、この機体は発艦時には燃料を殆ど積まず、空中に上がってから給油機から燃料を補給されるという、かなり特殊な行動を前提に開発された。
 確かにそうした設計のおかげで燃料を多く積むスペースをとった結果、戦闘行動半径距離は1500km近くに達したが、なんというか極めて特化した航空機である事も事実だった。
 この汎用性の問題があったため、ノースロップホルテンはNH530〈ホーネット〉を原型とした多用途戦闘機NH630〈スーパーホーネット〉、またNHEJでも各種の戦闘攻撃機を開発することになる。もっともこれは二義的なもので、最大の理由はライバル者の機体に輸出市場で打ち勝つためだったのだが。
 だが〈杉崎《アベンジャー》玲於奈〉の攻撃機としてのポテンシャルは世界最高級であり、NH999〈雪村《ブラックゴースト》雪之丞〉と共にステルス機のみの攻撃を行うことが可能な本機がこれからも改良と使用が続けられることだろう。
 現在行われた主な改良点としては、ステルス性を持ったスタンドオフ兵器による攻撃の追加がある。兵装格納庫が巨大なため、かなり大型のスタンドオフ兵器を内部に格納したまま飛行できるという利点があるこの機体にはぴったりの任務だ。
 搭載する兵器は各種あり、基本的に日独どちらの兵器も搭載可能な設定となっているが、特にノースロップ・ホルテン社が売り込んでいるのが自社製のAASM(先進空対地ミサイル、注3)との組み合わせで、この兵器を使えば、危険な敵地上空に大編隊を送り込むことなく一機ないし数機の〈杉崎《アベンジャー》玲於奈〉でもって目標を隠密裏にかつ迅速確実に破壊できるとしている。
 また電子面での改良も行われた結果、その方面での能力は世界の航空機でも有数の物となっており、ミニAWACS、或いはミニJ-STARS的な能力まで兼ね備えている。ノースロップ・ホルテンでは特に最後の面に注目していて、地上監視システムや空中警戒システムを搭載した機体を開発している。
 〈杉崎《アベンジャー》玲於奈〉は攻撃機から統合化された軍事用ITネットワークの飛行中継ステーションへと変貌しつつあるのだ。実際この計画が進めば、それまで高価なため先進国しか所有する事が出来なかったAWACS―というよりコマンドポスト機を中進国レベルでも手に入れることができるようになるため、輸出の目玉の一つになるのではと期待されている。
 世界の全翼機ファンに、米国のノースロップ社時代から考えれば古豪といってよいこのメーカーはまだまだ楽しみを提供してくれることだろう。

注1:正式名称はノースロップ・ホルテン・エンタープライズ・ジャパン。戦後萱場航空機の萱場社長がNH設立のうわさを聞きつけ、「ノースロップ・ホルテン」の商標名を日本国内で使う許可を得たのが会社の始まり。当初はヘリコプターや誘導団を中心に開発していたが、三菱が日航製との競争に敗れたために不採算部門となった旅客機製造部門を分離した際にこれを買収するなど規模の拡大と食品部門への参入など経営の多角化を積極的に進めた結果成長し、ついには航空軍の戦略爆撃機の主担当メーカーになるまでになった。WW4後、本家ノースロップ・ホルテンと合併

注2:無論実際にはこれと違い、2047年にまたしても世界規模の戦争が勃発することになる。もっとも、この『最後の世界戦争』という言葉は第二次世界大戦の時にもまた第三次世界大戦にも言われた言葉なのだが。

注3:推進はターボジェットで射程320k以上、開発中のターボファン型では射程1120km以上を誇る最新のステルス対地ミサイル。GPS/INS誘導で飛行し、週末誘導は赤外線誘導で行うため非常に精密な攻撃が可能。この種の兵器は通常爆弾に比べれば遥かに高価だが、敵の防空網の外から少数の機体で危険を被ることなく確実に目標を破壊できるため、損失を含めた総合的な費用対効果は高いとされ、各国で開発と配備が進んでいる。

スペック(B型/公式発表数値)

全長:11.35m((br))全幅:21.41m(折りたたみ時は11.6m)
全高:3.44m
自重:17690
最大搭載量:16919
最大離陸重量:36288
最大巡航速度:933km(海面高度)
発動機:F412-NHE-400(13000)×2
戦闘行動半径:1480km

機種一覧

NH312A 試験機及び原型機
NH312A2 改良型
NH312B 海軍機型
NH312B2 海軍機改良型
NH312E 電子戦型
NH312K 空中給油型
NH312R 偵察型
NH312JS 地上監視型
NH312AW 空中警戒型

ほかに原型機を改造された各種のタイプが生産されている