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〈雛岸《スカイレイダー》希〉

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ダグラスA-1〈雛岸《スカイレイダー》希〉

(元ネタ:トゥインクルレビュー/フェアリーテールより雛岸 希)

 合衆国海軍が採用した「最後の」(注1)レシプロ艦上攻撃機。強大なエンジンと頑強な機体構造により、単発機でありながら四発重爆のB-17<フライングフォートレス>に匹敵する搭載量を誇り、後継となるジェット攻撃機の登場後も近接支援攻撃を中心に長年活躍。ダグラス社を艦攻の名門メーカーに押し上げた名機である。特に第三次世界大戦のカリブ海戦線では熱帯の密林に篭った欧州連合軍に多大な被害を与え、味方からは最も頼もしい最高の「アイドル」として奉られた。

【開発の経緯】

 本機の原形が発注されたのは1942年、太平洋戦争の末期である。当時海軍の攻撃機は急降下爆撃機と雷撃機に二分されていた。海軍ではこれを一本化し、任務に合わせて装備を変更して対応する機体を求めており、ダグラス、マーチンなど数社にその仕様を提示。それを元に、ダグラス社では強力なライト・サイクロン3350をエンジンに選定して開発を開始した。XA-1〈雛岸《スカイレイダー》希〉である。

【ハルゼー提督のリボン】

 1942年末、サンディエゴの実験航空隊に一人の提督が顔を出した。合衆国海軍きっての猛将で、空母戦術の第一人者でもあるウィリアム・ハルゼー中将である。彼の目的は次期主力機の視察であった。
 そこで、ハルゼーは試験中の〈雛岸《スカイレイダー》希〉を見て、そのスタイルに感心した。優れた航空戦の専門家の目でこの機体の素質を見抜いたのである。
〈雛岸《スカイレイダー》希〉が初期の性能が出せず、開発が難航している事を聞いたハルゼーは、周囲が止めるのも聞かず、自ら〈雛岸《スカイレイダー》希〉に乗り込んだ。彼は〈雛岸《スカイレイダー》希〉の実に素直な操縦性能に驚嘆しつつも、物足りなさを感じながら機を降りた。そして、一言。
「このプロペラは換えた方が良いな」
 その時試験機が装備していたプロペラは、直径の短い三翼プロペラだったのである。ハルゼーはプロペラを大直径四翼に換えるように意見書を出した。
「この機が俺の艦隊に配属されるのが楽しみだ。これはきっと良い機体になる」
 そう言い残し、ハルゼーは実験飛行隊を去った。最も、彼としては珍しくリップ・サービス程度のつもりの一言だったのだが、〈雛岸《スカイレイダー》希〉開発チームはこの一言に奮起し、機体の実用化に全力を挙げる。
 ハルゼーが自ら提案した大直径四翼プロペラに換えた〈雛岸《スカイレイダー》希〉は、換装前よりも更に素晴らしい性能を記録。ハルゼーはその航空戦に対する見識を証明してみせた(注2)。このプロペラは「ハルゼー提督のリボン」と言う愛称で呼ばれ、「プロペラの様子を見れば機体の調子がわかる」と言われるくらい(注3)に同機の特徴的な装備となる。
 しかし、ハルゼーが指揮下の部隊に〈雛岸《スカイレイダー》希〉を持つまでにはまだ長い時間がかかるのである。1ヶ月後、彼はハワイ攻防戦で大失態を演じ(注4)、前線勤務から外されてしまったからだ。


【再会】

 1943年3月、〈雛岸《スカイレイダー》希〉の最初の試験生産機がハワイの試験航空隊に運ばれてきた。それに少し遅れて試験航空隊の審査官となったハルゼーもハワイを訪れた。
 2ヶ月前に始まった第二次南北戦争は南部連合軍の奇襲的北進により東海岸諸州は蹂躪され、合衆国は建国以来の危機に陥っていた。この危機を乗り越えるためには優秀な機体がいくらでも必要であり、ハルゼーが次期主力攻撃機を審査するために与えられた期間は3週間と言う異例の短さだった。
 ハワイに上陸したハルゼーを出迎えたのは、テストフライト中の〈雛岸《スカイレイダー》希〉だった。
 〈雛岸《スカイレイダー》希〉開発チームは自分達を奮起させたハルゼーの事を忘れていなかった。その恩に報いるため、最高の機体を仕上げてきたと言う自負があった。一方のハルゼーは〈雛岸《スカイレイダー》希〉の事は忘れており、同行していた〈音羽《ラングレー》早苗〉艦長に言われて思い出したくらいだったが、〈雛岸《スカイレイダー》希〉の性能には目を見張った。飛びぬけて優秀な部分はないが、高いレベルでバランスの取れた性能を持っており、整備性も優れていたからだ。
 空母からの発着艦、対地攻撃、空戦、対艦攻撃など3週間の中でありとあらゆるテストが行われた結果、ハルゼーは幾多の候補機の中か〈雛岸《スカイレイダー》希〉の合格を決定。A-1〈雛岸《スカイレイダー》希〉としての採用が決定した。


【カリブ海戦線】

 1943年6月に初の実戦型〈雛岸《スカイレイダー》希〉が投入されたのは、島レベルでの激烈な争奪戦が行われていたカリブ海戦線だった。集結した合衆国海軍機動部隊の空母6隻から発艦した攻撃隊178機のうち、およそ50機が〈雛岸《スカイレイダー》希〉で構成されていたが、その破壊力はまさに破滅的だった。3.4トンと言うB-17並みの爆弾搭載量を持つ〈雛岸《スカイレイダー》希〉の爆撃は凄まじく、<モーニング・コール>と呼ばれたその朝一番の〈雛岸《スカイレイダー》希〉による大規模航空攻撃はどんな戦場慣れした兵士でも叩き起こすほどの威力で、南部連合守備隊の篭るカリブの島々を奪取していく上で欠かせない戦力であった。
 対艦攻撃でも〈雛岸《スカイレイダー》希〉はその威力を遺憾無く発揮し、南部連合との最初の艦隊決戦となった第一次メキシコ湾海戦では魚雷3本を抱いた〈雛岸《スカイレイダー》希〉が対空砲火をかいくぐって突入し、正規空母〈ウィルソンズ・クリーク〉を撃沈するなどの戦果を挙げている。
 結局、カリブ海地域の制海権を失った南部連合はこれが致命傷となり、カリブ海の島々に展開した合衆国戦略爆撃機部隊と、メキシコ湾を遊弋する空母機動部隊の猛攻を南部海岸地域の工業地帯に受けるようになり、補給線も途絶。合衆国軍の逆侵攻により領土を蚕食されていった。
 1945年、フロリダに追い詰められていた南部連合政府はドイツへ亡命し、第二次南北戦争は合衆国の勝利―南部再併合と言う形で―となった。


【ゴー・ゴー・アイランド】

 〈雛岸《スカイレイダー》希〉にとって「真のデビュー」となったのが第三次世界大戦である。第二次南北戦争は内戦であり、世界レベルではまだ〈雛岸《スカイレイダー》希〉への注目度は低いものだった。開戦当初は合衆国海軍機動部隊がほぼその戦力を封じ込められていた事もあり、欧州連合側もそれほど警戒していなかった。
 しかし、パナマ戦後、カリブ海に展開した合衆国海軍機動部隊から発進する〈雛岸《スカイレイダー》希〉が「島に向かって突撃!(ゴー・ゴー・アイランド)」とばかりに<モーニング・コール>任務を開始すると、欧州連合軍の現地守備部隊は次々に大打撃を受けるようになっていった。デビューから4年、戦時下では決して短いとは言えない時間であったが、艦攻の<アイドル>たる〈雛岸《スカイレイダー》希〉の戦闘力は決して衰えていなかった。
 ちなみに、〈雛岸《スカイレイダー》希〉部隊は母艦毎に識別用のラインを2本機体に入れていた。〈伊藤《エンタープライズ》乃絵美〉搭載部隊は水色、〈広場《バンカーヒル》まひる〉搭載部隊はピンク、〈天都《イントレピッド》みちる〉搭載部隊は黒、といった具合である。このうち対地上攻撃をもっとも得意としていたのが〈天都《イントレピッド》みちる〉の第96艦載攻撃飛行隊<アダルティ・ノワール>で、遺跡を掘るように丁寧かつ精密な爆撃を行ってくる同隊はマルティニーク戦線では最も頼りになる味方の一つと言われていた。

【ステージを代えて】

 カリブ海戦線の地上支援作戦では大きな戦果を上げた〈雛岸《スカイレイダー》希〉であったが、艦載機の急速なジェット化と艦隊防空網の発達から、対艦攻撃任務からは退場を余儀なくされる。<アイドル>と言えど万能ではなく、苦手なことはあるのだ。中部大西洋海戦で第37任務部隊の〈雛岸《スカイレイダー》希〉隊が未帰還率6割近くに達する損害を受けたことがきっかけとなり、〈雛岸《スカイレイダー》希〉の母艦航空隊としてのミッションは対地攻撃一本に絞られ、合衆国海軍は後継機開発を推進することになる。その結果、夜間戦闘機を転用したA-3D<スカイナイト>、傑作機A-4<スカイホーク>などが登場。〈雛岸《スカイレイダー》希〉は急速に空母上からはその姿を消していく事になる。
 しかし、それでも〈雛岸《スカイレイダー》希〉は運用されつづけた。対地攻撃機としては相変わらずの魅力を振り撒きつづけていたからである。空軍も近接航空支援ではF-84〈守桜《サンダーストリーク》静夜〉より〈雛岸《スカイレイダー》希〉の方が優れている事を認め、かなりの数を導入することになった。<オーヴァーロード>作戦では日本の六式戦爆に混じって欧州連合軍の最前線に猛爆を加える彼女の姿がしばしば見られ、攻撃機のアイドルとしての立場はなおも健在だった。70年代まで活躍する〈雛岸《スカイレイダー》希〉はこの空軍の攻撃機部隊の方である。

【戦後】

 第三次大戦により、再度分割された上に国土の大半が戦場化した合衆国は疲弊し、弱小国家の地位に転落した。そうした中、合衆国では〈雛岸《スカイレイダー》希〉を近接支援航空隊の主力として攻撃ヘリの登場まで使いつづけると共に、戦争で疲弊した国力を回復するため、中小国向きに手直しした彼女を輸出し始める。
 確かに合衆国は弱体化した。日独と言う巨大な工業国(プロダクション)には下請け扱いされ、本土を回復した名門、英国もいずれは復活を遂げるだろう。だが、合衆国だって技術力や営業ノウハウで負けるものではない。いずれトップに返り咲いてみせる。
 〈雛岸《スカイレイダー》希〉はそうした合衆国のトップタレントとして好調なセールスを記録した。日独の新型機が新星のように現れては消えていく中で現役を続け、アイドルとはいえなくても誰もがいるだけで安心できるスターとしての地位を獲得したのである。70年代に入り、合衆国本国では一線から退きつつも、中等練習機として後進の育成にあたり、また未だ現役で使用される地域では、敵兵が安心してこもる陣地と言う布団を「優しく」剥ぎ取る彼女は健在である。レシプロ攻撃機と言うジャンルにおいて、〈雛岸《スカイレイダー》希〉は間違いなく伝説的な存在となったのだった。

【要目】(A-1J)

全幅:15.47m
全長:11.84m
全高:4.78m
自重:4,790kg
全備重量:8,620kg
エンジン:ライトR-3350-26WB(2700馬力)
最高速度:530/h
航続距離:1,052km
武装:20ミリ機関砲×4
最大爆弾搭載量:3600kg

注1:採用年度としてはドイツ、東部連合の採用したマーチンAM-1<モーラー>の方が新しい。
注2:一般に戦場の猛将と言う観点でのみ語られる事の多い彼の能力を示すエピソードである。
注3:調子の悪い機体のプロペラは垂れ下がると言われるがいくらなんでもまさかと言う気がする。
注4:ハルゼーが空母機動部隊の護衛から引き抜いた水上戦闘部隊を率いて夜戦を仕掛けた、いわゆる「ブルズ・ラン」と呼ばれる暴走の事。

 以下の記載は2002年1月18日に第参掲示板記載された時に、春巻氏によってなされた提言を抜粋した物である

 以下については、「これが設定」といわれれば取り下げるつっこみです。

>ダグラスA-1
 この名前になったのは、史実では1962年以降です。WW3の頃だとADになります。

>XA-1
 これも、史実通りだとXBT2D-1になります。ってことはBTD〈デストロイヤー〉もあるはずですが……
 まあ、試作のみでもよかでしょう。って、BTD自体も初号機納入が44年?(汗)

 ここから考えると、
 XBTD-1(原型)発注が42年、そこから設計をブラッシュアップした改良型(史実XBT2D)が、Aカテゴリーの登場とともにADに変わった……と。そんな感じになるのでしょうか。