〈森本《オハイオ》奈海〉
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合衆国海軍戦艦〈森本《オハイオ》奈海〉
元ネタ:戯画「Ripple〜ブルーシールへようこそっ〜」森本奈海
概要
合衆国海軍がポスト隆山条約時代に相応しい最強の戦艦として建造・配備した超々弩級戦艦。優勢な日英同盟に対抗しなければならない合衆国海軍にとっては、夢にまで見た18インチ砲戦艦であり、輝かしい合衆国の未来を掴み取るための戦艦でもある。その建造までには幾つもの計画案との「出会いと別れ」があった。言わば、この艦は合衆国海軍にとってはかつて計画した「幼なじみ」が美しく成長して自分の前に現れたようなものなのである。しかし、彼女と合衆国海軍の前に立ちはだかった運命は悲劇的な結末への道であった。
建造の経緯
ロング政権下で立案・承認された第三次海軍増強三ヶ年計画(ヴィンソン=トランメル・プラン)の1938年度計画に含まれる75000トンの超大型戦艦、〈川上《ケンタッキー》由里己〉級の2番艦。
〈川上《ケンタッキー》由里己〉級戦艦は隆山条約成立によって廃案に追い込まれた第二次海軍増強三ヶ年計画(第二次ダニエルズ・プラン)の中に含まれる65000トン級戦艦の現代版とも言うべき存在である。英国海軍の18インチ砲戦艦、〈守護聖人〉級に対抗して計画された同級は、廃案の段階で一番艦が建艦材料収集の段階であり、以下に合衆国代表が弁舌を尽くして建造続行を認めさせようとしても無理な話であった。
《ケンタッキー》級はその時の無念を晴らすべく、設計図を新規に引き直し、攻防性能を格段に高めた新世代の戦艦としてその姿を現した。
艦長は最初の65000トン級戦艦が計画された際、その艤装委員(つまり、竣工後の乗員)への就任が内定されていた人物で、およそ十数年振りに念願の大戦艦乗り組み―それも艦長として―になることができた。隆山条約締結と言う「敗北」に無念の涙を流し、僚友だった現在の〈本多《コンステレーション》惣一〉艦長に慰められた経験を持つ若手士官だった艦長は、長い時を経て蘇った巨艦に大いに満足していた。明朗快活な性格で知られる彼は部下や僚友からの信頼も厚く、合衆国の誇る大戦艦〈森本《オハイオ》奈海〉の指揮を預けるに相応しい人物と見られていたのである。
大西洋に面したニューポート・ニューズ造船所から彼女の合衆国艦艇デザインの究極とも言うべき、グラマラスかつスマートな艦影が姿を現した時には、それを見ていた合衆国きっての大艦巨砲主義者である〈本多《コンステレーション》惣一〉艦長も、かつて彼が知っていた原案とは全く違う流麗かつ力強いデザインに感嘆の声を上げている。
早速〈森本《オハイオ》奈海〉を表敬訪問した〈本多《コンステレーション》惣一〉艦長は、〈森本《オハイオ》奈海〉艦長がかつての海軍兵学校の同期で、第二次三年計画中止時に無念の涙を飲んだ親友だと初めて知った。
追憶
〈本多《コンステレーション》惣一〉艦長と〈森本《オハイオ》奈海〉艦長の付き合いは古い。プロヴィデンス(合衆国海軍兵学校)に同期入学した彼らが寮の同室であったことが、付き合いの始まりである。その頃、〈森本《オハイオ》奈海〉艦長は要領の悪い性格で、良く上級生から目をつけられていた。
〈本多《コンステレーション》惣一〉艦長はそんな〈森本《オハイオ》奈海〉艦長を見過ごしにできず、何かと文句をいいながらも面倒を見てやっていたのである。やがて、二人は基礎教育を終えて砲術士官の道を歩むことになった。正確に言うと、〈森本《オハイオ》奈海〉艦長が〈本多《コンステレーション》惣一〉艦長の志望にあわせて進路を選択したのである。〈本多《コンステレーション》惣一〉艦長は不機嫌そうに「付いてくるな」と言いつつも、やはり〈森本《オハイオ》奈海〉艦長の世話を焼いていた。
しかし、彼らの2年目に、大きな事件がおきた。指導教官だった中尉が、砲術から航空へ転じる決意を固め、プロヴィデンスを離れることになったのである。〈本多《コンステレーション》惣一〉艦長にとってもショックな話であったが、もっと大きなショックを受けたのは〈森本《オハイオ》奈海〉艦長であった。彼は〈本多《コンステレーション》惣一〉艦長に対するそれとはまた違った意味で教官に心服し、慕っていたからである。
この「裏切り」に、〈森本《オハイオ》奈海〉艦長は困惑し、ついで激怒した。彼にとって、教官の行為は外に愛人を作った挙句家庭を捨てて逃げ出す親のようなものだった。何度も教官に翻意を訴え、しかしそれが聞き入られることなく教官が去ってしまった後は、より一層砲術に打ち込むようになった。やがて、卒業の時が来て二人は違う艦へ配属されることとなったが、〈本多《コンステレーション》惣一〉艦長は〈森本《オハイオ》奈海〉艦長が新しい任地でやっていけるのか心配だった。
それから長い時がたち、自分より大きな戦艦を指揮する〈森本《オハイオ》奈海〉艦長の姿は、あのときの心配を杞憂かと思わせたが、しかし、人と言うのはそんなに変わるものだろうか。あれはあいつの本当の姿なのか。〈本多《コンステレーション》惣一〉艦長はそう思ったのだった。
就役
竣工当時、大西洋艦隊への配属が予定されていた彼女であったが、対日関係悪化に伴いその予定を変更し、太平洋方面へ配属される事が決まった。パナマ運河が通過できないため、3ヶ月をかけてマゼラン海峡経由で回航された〈森本《オハイオ》奈海〉はシアトルで建造された〈川上《ケンタッキー》由里己〉と戦隊を組み、太平洋艦隊水上砲戦群の主力となったのである。
当時、合衆国軍全体に日本を弱敵と侮り、楽観視する風潮があったが、太平洋艦隊には「日本強敵論」を根強く唱えるモートン・ディヨー、マーク・ミッチャーらの優れた提督たちがおり、訓練を重視した事が幸いだった。41年初頭には800メートル以上あった主砲の散布界が500メートルを切るまでに改善され、航空隊のパイロットも400時間以上の飛行時間を得る事ができたからである。
しかし、その成果を披露する時はなかなか訪れなかった。対日戦勃発後も、開戦初頭のミッドウェイ海戦以降大きな艦隊決戦が無く、〈森本《オハイオ》奈海〉も対地艦砲射撃や対空戦闘にのみ従事し、敵戦艦への発砲は無かった。まだまだ研修中というべき段階である。
真のデビュー戦―彼女の主砲が敵艦めがけて火を吐いた日、それは1943年1月末の東太平洋海戦を待たねばならない。
思わぬ再会
一方、援独義勇艦隊に所属していた〈本多《コンステレーション》惣一〉は英本土での戦闘が終結した時点で太平洋艦隊への転属を命じられ、サンディエゴ入港後にトラックへの輸送船団を護衛して行く事になった。
そこで、〈本多《コンステレーション》惣一〉艦長は懐かしい人物と再開する。船団と同行する護衛空母部隊の指揮官は、あの指導教官だったのである。航空界に転じたとは言え、中途だった彼は花形の正規空母ではなく、護衛空母の指揮官になっていたのだ。
もちろん、護衛空母を軽んじるわけではない。上陸部隊にとっては弁当を買うような気軽さで支援を頼める護衛空母は、なくてはならない存在だ。それでも、元教官は内心忸怩たるものがあったのだろう。再会を懐かしむ〈本多《コンステレーション》惣一〉艦長に対し、
「〈森本《オハイオ》奈海〉艦長には、私の事は言わないで欲しい」
と頼んでいる。
〈本多《コンステレーション》惣一〉艦長としては二人の和解を望んでいたのだが、結局元教官の言を入れ、当面は黙っておく事にした。それでも、いずれ良い機会が出来れば話すつもりではあった。しかし、その前に決戦が始まってしまい、落ち着いて話すどころではなくなってしまったのである。
決戦
太平洋戦争の天王山となった東太平洋海戦。全軍の旗艦として出撃した〈森本《オハイオ》奈海〉であったが、従来の旗艦〈川上《ケンタッキー》由里己〉に比べるとその立場には不慣れなところも多く、「アルバイトのリーダー」的な戸惑いは隠せなかった。しかしいざ戦いともなればそうも言っていられない。彼女は艦隊の先頭に立って波を切り裂いた。
戦いは航空戦から始まった。両軍合わせて21隻の空母、1600機を超える航空隊が真っ向から激突した。日本機が一叢の爆焔と共に空中の塵と消え、無数の銃弾を叩き込まれて力尽きた合衆国機がスパイラル・ダウンの末に海面に叩き付けられる。
普通はその落ち方を見てどちらが有利かを判断できるのだが、余りに空中の機体の数が多いため、有利不利がまるで判断できない。しかし、時間が経つに連れて合衆国側の敗北が明らかになり始めた。
無線傍受、偵察の情報を総合して判断する限り、日本の水上打撃戦部隊はほとんど損害を受けていないらしい。一方、合衆国軍のそれは戦艦3隻の大破脱落を筆頭に深刻な損害を被っていた。〈森本《オハイオ》奈海〉も無数の至近弾を受けている。
それでも、総合戦力では互角であり、大西洋では弱兵で知られるイタリアや大陸国家ドイツの海軍に後れを取った日本軍に負ける要素など無い…
インガソルはそう判断して突撃を続行させた。しかし、この時〈森本《オハイオ》奈海〉は至近弾で舷側の水線下にダメージを受けていた。それはほんのわずかな装甲の綻びである。一応報告は上がっていたものの、艦長は応急を指示しただけで戦闘参加を決意していた。
〈川上《ケンタッキー》由里己〉は頼りになるが、ここで〈森本《オハイオ》奈海〉が抜ければ、合衆国軍にとっての不利は覆せないものとなるのは必定だった。多少の損害には目をつぶって戦うしかない。航空攻撃を集中されていた〈森本《オハイオ》奈海〉のコンディションを心配した〈本多《コンステレーション》惣一〉が問い合わせの電文を送ってきても、「心配ない」の一言で進み続ける〈森本《オハイオ》奈海〉。
やがて、水平線上に無数の反応が出現した。
日本海軍の水上打撃戦部隊主力である。
激闘
〈森本《オハイオ》奈海〉の相手を勤める事になったのは、予想通り日本の最強戦艦〈高瀬《大和》瑞希〉である。一見まるで異なるデザインであったが、しかし2隻の最強戦艦同士はよく似ていた。
旋回し、相手に狙いを定める巨大な主砲塔。丈高い塔状の艦橋。直立したマストに装備された無数のレーダー。対空・対水上を兼ねる両用砲群。同等の武装、戦闘力を求めてデザインすれば必然的によく似たものになると言う好例であろう。
やがて、〈森本《オハイオ》奈海〉CICに立つインガソル、〈高瀬《大和》瑞希〉司令塔に立つ藤堂、我こそは太平洋最強の艦隊を率いると自負する二人の大将はほぼ同時に命令を下した。
「ファイア!!」
「撃ち方初め!!」
この瞬間、太平洋の覇権を賭けた戦争のクライマックスはその幕を開けた。
砲戦開始からほぼ1分半後、〈森本《オハイオ》奈海〉の周囲には10本、〈高瀬《大和》瑞希〉の周りには9本の巨大な水柱が立ち上った。第一斉射では共に命中弾なく、挟叉もしていない。しかし、すぐにデータを更新して第二斉射が撃ち放たれる。〈高瀬《大和》瑞希〉が挟叉を得る。しかしながら、〈森本《オハイオ》奈海〉のそれも相手を挟叉した。
「さすがだ…仕事が早いな」
お互いの手並みに感嘆しつつ、2隻の戦艦は本射に入った。先の斉射の着弾を待たずに次の斉射を放つ。19発の18インチ砲弾が空中で交差し、位置エネルギーを運動エネルギーに転換しつつ落下する。
先に命中弾を得たのは〈高瀬《大和》瑞希〉だった。1発の砲弾が〈森本《オハイオ》奈海〉の第二砲塔天蓋に直撃。が、異音を発して弾き返された。
「さすが、この艦に対抗できる18インチ砲戦艦だ…独伊のようにはいかんな」
藤堂は呟いた。独伊の戦艦は優秀ではあったが、主砲は15インチクラスであり防御力も対15インチ相応のものでしかない。撃沈を逃したとは言え、〈宮内《伊吹》レミィ〉級の攻撃は〈日野森《ビスマルク》あずさ〉に大打撃を与えているのだ。
続く第4斉射では後甲板に直撃を与え、カタパルトとクレーンをまとめて吹き飛ばした。こちらの方が当たっている、と藤堂が思った瞬間、〈高瀬《大和》瑞希〉が激震した。
〈森本《オハイオ》奈海〉からの砲弾が命中したのである。
ライバルに比べ命中率は劣っていた〈森本《オハイオ》奈海〉の砲撃だが、その威力は凄まじかった。〈高瀬《大和》瑞希〉の右舷に直撃した18インチ砲弾はそこにひしめき合うように装備されていた両用砲群を根こそぎ粉砕してこの世から消滅させた。さらに、続く一発は舷側装甲を貫通して炸裂。周囲の兵員室を爆砕してちょっとしたダンスホールほどもある空間を〈高瀬《大和》瑞希〉の艦内に出現させた。
「馬鹿な、この距離でこんな損害が出る訳が無い!!」
参謀の一人が叫んだ。彼の言う通り、〈高瀬《大和》瑞希〉の砲撃はほぼ同等の防御力を持つであろう〈森本《オハイオ》奈海〉にそれほど深刻な打撃を与えていない。
両者の砲撃の威力に差をもたらしたのは、合衆国軍特有の大重量砲弾、Super Heavy Shell(SHS)の存在であった。この砲弾は命中率こそ落ちるが、一発の重さは通常砲弾の2割り増しとなり、18インチ砲弾なら1.7トンに達する。その威力は、30000メートル付近では〈高瀬《大和》瑞希〉の50口径18インチ砲を上回る装甲貫通力を有していた。
接近戦
「距離を詰めろ。ここは向こうの間合いのようだ」
藤堂は命じた。
「長砲身砲なら接近して垂直方向への命中弾を狙う方が威力がある」
藤堂の言う通り、30000以内に割り込めば長砲身砲を装備する〈高瀬《大和》瑞希〉の戦闘力が勝る。〈高瀬《大和》瑞希〉は舵を切って〈森本《オハイオ》奈海〉への接近を開始した。させじと遠ざかろうとする〈森本《オハイオ》奈海〉。
しかし、ここで〈森本《オハイオ》奈海〉の属する第11任務群の艦隊速力は、速力の遅いサウスダコタ級を含むため23ノット。一方の〈高瀬《大和》瑞希〉を含む第一戦隊は30ノット。直線的に接近する訳ではないとは言え、7ノットの差は大きくじりじりと両者の距離が縮まる。
「近づけさせるな。奴の足を止めろ!!」
インガソルが命じた。水雷戦隊が突撃するも、日本側もそれを出して応戦。遥か高空で交差する18インチ砲弾の下で小型艦艇同士の乱戦が始まった。
これに呼応するかのように、2大戦艦の死闘もヒートアップしていく。距離を詰められる前に〈高瀬《大和》瑞希〉を止めようと〈森本《オハイオ》奈海〉の主砲が唸った。距離28000までに4発のSHSが直撃。右舷両用砲群に止めを刺し、後艦橋を倒壊させ、巻き添えになった第三主砲塔が押し潰された。さらに、前甲板の2個所に大穴を穿たれている。
これにひるまず、〈高瀬《大和》瑞希〉も反撃する。距離が詰まるにしたがってテニスのサーブのような低伸弾道を描く彼女の砲撃が次々と〈森本《オハイオ》奈海〉に直撃した。5発の命中弾は3番砲塔のバーベットに突き刺さってこれを旋回不能とし、両用砲群を海に叩き落とし、煙突に大穴を開けた。
お返しとばかりに〈森本《オハイオ》奈海〉の砲撃が叩き込まれ、〈高瀬《大和》瑞希〉艦上ではレーダーを満載したマストが倒壊。さらに、二番砲塔がハンマーで力任せに殴りつけたブリキの玩具のように叩き潰された。これで砲戦能力は五分と五分。しかし、レーダーを失ったところで前甲板から立ち上る火災煙に目潰しを食らった〈高瀬《大和》瑞希〉の砲撃精度は低下し始めた。速力を犠牲にして防御力を重視した〈森本《オハイオ》奈海〉は、並みの艦ならとっくに倒れていてもおかしくないほどの命中弾を受けながら未だに衰えを見せていない。
「…これなら、勝てるか?」
インガソルがそう思った瞬間、それまでにない不気味な振動が〈森本《オハイオ》奈海〉を揺るがせた。
決着
それは、前日の航空戦で受けた微細な傷への直撃だった。大した事の無いはずの傷は、連続する命中弾と至近弾によって少しずつその綻びを大きくしていった。そして、偶然水中弾効果を発揮した一発の命中弾により、一気にその傷が開いてしまったのである。
舷側から魚雷命中時のような水柱が立ち上った直後、〈森本《オハイオ》奈海〉は急激に速度を落とし、左舷に傾斜し始めた。命中個所には戦車が出入りできそうなほどの大穴が開き、膨大な海水が奔入する。急行したダメージコントロール・チームが急いで水密扉に飛びつくが、完全に締め切るよりも早く水圧が彼らを弾き飛ばす。
その状態で放たれた斉射は、虚しく海面を抉っただけに終わった。艦長は慌てて反対舷への注水を命じたが、その隙を見逃す藤堂、そして〈高瀬《大和》瑞希〉ではなかった。続けざまに砲撃を放っては〈森本《オハイオ》奈海〉を叩きのめし、その戦闘力を奪い取っていった。彼女の傾斜は増していき、揚弾機が停止して主砲を放つ事が出来ず、艦上の火災が連続する命中弾に勢いを増して拡大していく。艦長はインガソルを振り返ると、くやしげな表情で報告した。
「長官、残念ながら本艦は救えそうもありません。脱出を」
「いや、私は良い。それよりも早く総員退艦を…」
CIC真上の艦橋に命中弾があったのはその瞬間だった。鋼鉄の摩天楼を思わせる艦橋構造物はその一撃で根こそぎ倒壊し、崩れ落ちた数千トンの鋼材がCICを押し潰した。〈森本《オハイオ》奈海〉は気を失ったように動きを止めた。
「勝ったな」
〈高瀬《大和》瑞希〉司令塔で、大火災を起こして傾斜していく〈森本《オハイオ》奈海〉を見ながら藤堂長官は呟いた。とはいえ、〈高瀬《大和》瑞希〉の惨状も相当なものだった。第二、第三主砲塔は原形をとどめないまでに破壊され、右舷両用砲群は一基残らず消滅。艦上構造物で奇跡的に 原形を保っているのは前艦橋くらいなものだ。速力も24ノットまで落ち込んでいる。
「とどめを…」
刺します、と砲術長が言おうとしたその瞬間、〈高瀬《大和》瑞希〉の後方で新たな砲声が轟き、直撃弾が彼女の長大な船体を震わせた。
「何事だ!?」
唸るような艦長の叫びに、見張員が怒鳴った。
「後方より、敵艦接近!〈レキシントン〉級と思われます!!」
救出
それは、〈本多《コンステレーション》惣一〉だった。乱戦の最中、34ノットと言う両軍を通じて最速の足を活かし、危険な戦線の援護に回っていたのである。それが、〈森本《オハイオ》奈海〉を救うべく突進してきたのだ。
獲物を見つけた水雷戦隊の駆逐艦や巡洋艦がこれを討ち取ろうと襲いかかるが、逆にほとんど水平弾道を描いて放たれる〈本多《コンステレーション》惣一〉の16インチ砲と副砲・高角砲の乱打に蹴散らされ、突破を許してしまった。そして、〈高瀬《大和》瑞希〉めがけて砲撃を放ってきたのである。
装甲の薄い巡洋戦艦とは言え、ほとんど戦力の衰えていない〈本多《コンステレーション》惣一〉は深く傷ついた今の〈高瀬《大和》瑞希〉の手に余る相手だ。
「離脱しろ!奴の目的は味方の救援だ。追っては来ない!」
藤堂の命を受け、現場を離脱していく〈高瀬《大和》瑞希〉。それを見送った〈本多《コンステレーション》惣一〉は〈森本《オハイオ》奈海〉に横付けすると、直ちに救援活動を開始した。ロープや板が渡され、乗組員たちが続々と〈本多《コンステレーション》惣一〉に向けて避難してくる。
「一人でも多く助けろ!息絶えようとしている奴でも見捨てるな!!」
艦長は厳命した。艦は沈んでもまた作り直せる。しかし、合衆国軍に3隻しかない18インチ砲戦艦を扱った乗組員たちはかけがえの無い貴重な人材なのだ。一人でも多く救出せねばならない。
撤退命令を無視し、限界まで粘った〈本多《コンステレーション》惣一〉は、半壊したCICの中から重傷を負った〈森本《オハイオ》奈海〉艦長が助け出されたのを最後に、味方を追って離脱を開始した。
「〈森本《オハイオ》奈海〉、沈みます!!」
見張員の声に、後ろを振り返る一同。その視線の先で、〈森本《オハイオ》奈海〉の艦首が持ち上がり、そのままゆっくりと海中へ引き込まれていった。
その後
1943年2月初旬、サンディエゴの海軍病院に〈森本《オハイオ》奈海〉、〈本多《コンステレーション》惣一〉の両艦長がいた。正確には〈森本《オハイオ》奈海〉元艦長と言うべきだろう。〈本多《コンステレーション》惣一〉艦長の方も、「元」が付きかねない状況ではあったが。
〈森本《オハイオ》奈海〉元艦長は重傷を負ってはいたものの、命に別状はなかった。しかし、身体ではなく別の部分が死のうとしていた。精神の方がである。艦を失ったこと、戦いに負けたこと、多くの部下を失ったこと…それらの責任に押し潰されそうになっていた。〈本多《コンステレーション》惣一〉艦長がいくら話し掛けても立ち直る気配は見えなかった。
このままでは駄目だな、と感じた〈本多《コンステレーション》惣一〉艦長は、ショック療法を試みることにした。彼が訪ねた先、それは護衛空母部隊の司令部だった。〈森本《オハイオ》奈海〉艦長が嫌っているはずの元教官に説得してもらおうと言うのだ。
最初は渋った元教官だったが、〈本多《コンステレーション》惣一〉艦長の熱意に押されて承諾し、病室を訪れることになった。最初は、罵倒と拒絶。そして…
翌日、〈本多《コンステレーション》惣一〉艦長は〈森本《オハイオ》奈海〉元艦長と話をしていた。
「教官と…夜通し話をしたよ」
「そうか」
「私はあの人の選んだ道を認める気はないけど…それに賭けたあの人のことは認めてもいいと思う」
「そうだな」
〈森本《オハイオ》奈海〉元艦長は絶望から何とか立ち直っていた。口ではまだ素直でないことを言っているが、教官のことを許す気になったのだろう、と〈本多《コンステレーション》惣一〉艦長は判断した。
「済まん…私のために」
未だ傷が癒えず、療養中の〈森本《オハイオ》奈海〉元艦長が頭を下げる。
「良いって。気にするなよ。お前の状態が完全じゃないのに見逃した俺も悪いんだ」
〈本多《コンステレーション》惣一〉艦長が答えた。実は、戦況と命令を無視して〈森本《オハイオ》奈海〉救援にこだわった彼は、その責を問われて査問会にかけられ、結果が出るまで謹慎中の身であった。沈み行く〈森本《オハイオ》奈海〉から脱出した乗員は、そのかなりの部分が東太平洋海戦で役に立たなかった〈飯塚《メイン》カノコ〉に転属し、短期間で彼女の技量を上昇させた。現在はパナマに上陸した南部連合軍と死闘を展開している事だろう。
〈本多《コンステレーション》惣一〉は副長が指揮を代行し、サンディエゴで日本のハワイ占領軍と向き合っている。正式な日米講和までは継続される任務だ。
そうした意味では、海軍を放り出されても〈本多《コンステレーション》惣一〉艦長としては心残りは少ない。なおも謝ろうとする〈森本《オハイオ》奈海〉元艦長をなだめようとした時、一人の人物が病室に入ってきた。
「ディヨー少将!」
二人は慌てて敬礼する。ハワイ沖で見事な撤退指揮を見せた提督は、答礼すると喜ぶべき知らせを伝えた。
「喜びたまえ。〈本多《コンステレーション》惣一〉艦長の責任は不問になった。すぐに艦に戻り、出航準備を整えろ。南部の連中をぶっ倒しに行くぞ」
一瞬置いて、病室に歓声がこだました。
その後、傷が癒えた〈森本《オハイオ》奈海〉元艦長は巡洋艦戦隊の指揮官に就任。水上砲戦だけでなく、空母の護衛も忠実にこなし、名司令官として名を残した。戦後はロングビーチに再建された海軍兵学校の校長に就任し、バランスの取れた海軍兵力の必要性を生徒たちに熱心に説いたという。
要目
- 基準排水量:74.922トン
- 満載排水量:82.219トン
- 全長:288.27メートル
- 全幅:38.79メートル
- 機関出力:212.000馬力
- 速力:28.31ノット
- 兵装
- 主砲 48口径18インチ3連装砲 3基
- 両用砲 38口径5インチ連装砲 14基
- 機関砲 ボフォース40ミリ 4連装 12基
- 同連装 10基
- 機銃 ブローニングM-2 12.7ミリ 166丁
- 搭載機 6機
同型艦
- 〈川上《ケンタッキー》由里己〉
- 〈森本《オハイオ》奈海〉
- 〈飯塚《メイン》カノコ〉
- 〈ヴァーモント〉
- 〈オレゴン〉
- 〈神津《ニュー・ハンプシャー》麻美〉
会議室を出る