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〈松倉《三式駆逐戦車》藍〉

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〈松倉《三式駆逐戦車》藍〉

TOPCAT「果てしなく青い、この空の下で…。」松倉 藍


 強力なドイツ戦車との戦いで急速に旧式化した〈穂村《一式中戦車チヘ》悠夏〉の車体に箱形の戦闘室を設け、ボフォース75ミリ高射砲を転用した四式75ミリ戦車砲(56.4口径、初速860m/s)を固定式に装備した駆逐戦車(砲の制式採用以前に搭載された)。発射速度は毎分△発に達する。速射をおこなえば毎分○○発である。
 当初は歩兵支援用の榴弾砲装備という「おとなしい性格」の自走砲として開発が進展していたが、対ドイツ戦線の悪化に伴い「或る日を境に」対戦車自走砲に計画が改められ、攻撃的な任務を担う「アクティブな性格」の車両に一変した。その運用上、砲兵科に所属しては編成が煩雑になるため「駆逐戦車」という分類が新たに立てられた。
 砲塔が無い分だけ車重が軽いので機動性は高く、また車高が低いため伏撃に適しており、第2次世界大戦の北アフリカ戦や第3次世界大戦序盤のカナダの雪原における撤退戦においては、追撃してくるドイツ戦車に痛撃を与えた。その白眉はエジプト・リビア国境付近での「イズ・ホウトリャ(Yzz=HwTrrra)の戦い」である。
 U字型の陣地に〈パンテル〉を引き込んで三方から包み込むように射撃し、1個中隊12両の〈パンテル〉を一挙に喰ってのけたのである。ロンメルの十八番を奪うような鮮やかな伏撃であり、為に虎の子の〈パンテル〉を多数失ったDAKの追撃は鈍り、キレナイカから撤退する中東第8軍を捕捉しきれなかった。
 カナダのスペリオル湖に流れ込むホムラー川沿いにおいても、戦線後方への浸透突破を果たした〈パンテル供咾侶欧、段列の〈松倉《三式戦車回収車》明日菜〉を蹂躙せんとしていたところを集中射撃で引き裂いている。
 この戦法は「魔物が倉庫に閉じこめられたようだ」とドイツ兵をして言わしめ、「魔ツ蔵」戦法と呼ばれてドイツ装甲部隊の大いなる恐怖となった。破壊された戦車の間を縫うように進む姿から「墓守」という渾名をドイツ兵につけられたのである。
 日本戦車兵は本車を「ネコ」と呼んで愛でていた。低い車高から獲物に飛びかかる前の猫の姿を連想したことと、車体の迷彩がブチ模様や縞々模様に三色模様、黒塗り、白塗りと様々なこと、砲隊鏡(カニメガネ)を突き出して観測する様を猫の耳になぞらえたためらしい。為に「魔ツ蔵」戦法を「ネコの呪い」戦法とも呼ぶことがあった。
 本車は「砲兵科」にも配備されて歩兵の突撃援護に用いられた。砲身に大仰角をかけられないので、銃火に身をさらす歩兵を守って戦線突破を先導する、ドイツでいう突撃砲の役目を果たしている。防御戦闘も同様に歩兵にとって対戦車戦闘の心強い味方であった。そのため歩兵・砲兵にもよく「なつかれていた」のである。英連邦軍でも、不意に対戦車戦闘となっても怯む必要がないことから歩兵戦車Mk.検劵船磧璽船襦咾茲蠅盥イ泙譟◆屮┘沺廚箸いΠ称まで付けられている。
 かように前線では大威力を発揮した本車の配備を強く望み、為に〈穂村《一式中戦車チヘ》悠夏〉と生産ラインを取り合って生産現場を混乱させることもあった。
 第2次世界大戦終結後は陳腐化が目立つことから「姿を消す」ものと思われたが、1947年に主砲を17ポンド砲(76.2ミリ口径)へ換装し、装弾筒付き徹甲弾や成形炸薬弾を用いて戦闘力を保持し続けている。

要目

  • 重量(t)  20
  • 乗員(名)   4
  • 寸法(m)
    • 全長    7.4
    • 車体    6.35
    • 全幅    2.88
    • 全高   1.95
    • 最低部地上高 0.4
    • 履帯幅    0.5
  • 発動機    中島〈栄〉21改
    • 出力    400hp
  • 装甲(mm)
    • 車体
      • 前面 50
      • 側面 25
      • 後面 35
      • 上面 15
  • 武装
    • 火砲 75mm×1(L56.4)
    • 銃器 12.7mm×1
  • 能力
    • 最大速度(km/h)  50
    • 航続力         270km