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〈出雲《T−80》彼方〉

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ロシア陸軍主力戦車〈出雲《T−80》彼方〉

元ネタ:Studio Mebius「SNOW」「めびにゃ!(暗黒SNOW)」 出雲彼方


解説

 長年ドイツに圧迫されてきたロシア連邦が、軍閥間のしがらみを一時的に捨てて共同開発した新型戦車。
 広大なロシア平原を制する「主人公」たるべく生み出されたこの戦車は、重装甲を纏っても雪原や山地を走破する戦術機動性の高さに加え、PACTO標準互換の127mm主砲を独自に改装した新型主砲の強大な破壊力により、可憐にして強大、人外的存在たる欧州諸国の戦車群に対しても互角の戦いを挑める存在であり、かつての陸戦王国ロシアの底力を見せつけた。

 

苦難の歴史

 かつてロシアは陸軍に関しては世界有数の強国であり、欧州諸国を脅かす北の雄であった。その戦い振りから鬼畜外道扱いを受けた事もあるほどで、ソヴィエト連邦に変わった後も、欧州諸国はこの大国の動きを常に注視していたのである。
 戦車開発に関してもそれは同じで、アメリカからクリスティー戦車を購入すると、たちまちそれを独自にアレンジした優秀な戦車を多数開発し、周辺諸国との紛争に投入した。特にノモンハン紛争を初めとする日本との紛争は、その戦車開発競争を一気に加速させ、世界水準を遥かに抜いた傑作、〈若生《T−34/76》白桜〉中戦車を生み出す事になる。
 が、ドイツとの戦いが、ロシア戦車の血脈を断ち切ることとなった。1943年、ドイツはモスクワを陥落させ、スターリングラードを破壊し、ウラル山脈西麓までをその勢力下に置く。主要工業地帯のほとんどを奪われたロシアはウラルの東に退いて捲土重来を期したが、工業力がなくてはどうしようもなかった。 1950年代には日本の〈八車《七式中戦車》文乃〉をコピーし、独自設計の半球形砲塔に換装した〈T−55〉を投入し、これを改良してドイツ戦車に対抗していたが、相手は何しろドイツである。〈アルクェイド《ティーゲル》ブリュンスタッド〉シリーズや〈レオパルト〉シリーズの新型が続々投入される状況に、〈T−55〉では対応しきれず、ついにロシア諸軍閥は戦車の共同開発に乗り出す。
 1964年、ロシアは〈T−55〉の拡大改良型というべき〈出雲《T−64》彼方(子供時代)〉を開発する事に成功した。恐るべき高初速で凄まじい破壊力を持つ新型の115mm主砲や、優れた防御力を持つ半球形の砲塔、高い機動性……いずれも理想の戦車と言うべき存在で、対独戦における活躍を期待された。
 ところが、この〈出雲《T−64》彼方(子供時代)〉、カタログスペックには素晴らしいものがあったが、あまりに狭い車内からくる乗員の負担、劣悪なスタビライザーの性能から来る遠距離砲戦性能の低さなどの欠点を抱えていた。いわば、まだ大人になりきっていない少年のような、熟成されていない兵器だったのだ。
 結果として、十数年振りに大攻勢に出たロシア軍はドイツ軍に惨敗。出撃した〈出雲《T−64》彼方(子供時代)〉も七割方撃破され、ドイツ軍に祝杯をあげさせるだけに終わった。
 この「1965年冬季大攻勢」の失敗は、ロシアにとっては記憶から消したいほどの屈辱の歴史で、これをきっかけに一時の団結は再び破れ、軍閥間の内戦が再開する醜態を晒したほどだった。
 そのため、1970年代に入って再び計画された共同開発は流れ、もし開発されていれば〈出雲《T−72》彼方(初期設定)〉とでも呼ばれるようになったかもしれない戦車は、幻の存在となった。今ではデザイナーの雑記ノートの片隅に描かれているだけである。


三度目の正直

 こうして延期に継ぐ延期を余儀なくされたロシア国産戦車計画だが、70年代後半になり、内戦が下火になったことを受けて、再び軍閥間の協調体制が復活。新戦車計画の検討が始まった。
 今回は技術面でも弱点となる部分を補うため、南の友好国であり、戦車大国でもある日本に技術供与を求める事が決まった。鬼畜外道と呼ばれ、兵器の開発も乱暴な手法が多いロシアにとって、「純愛」とでも言うべき手法で新兵器を開発する日本のやり方には、学ぶべきものが多いと認めての事である。
 また、日本戦車はヨシノ機関が蒐集した〈若生《T−34/76》白桜〉を初めとするロシア戦車の血脈も大いに引いており、この失われた技術を取り込む事は、古きロシア戦車の伝統を転生させることでもあった。
 1976年、ロシアから日本に技術者が渡り、様々な新技術を学んで帰国すると、直ちに彼らを中心としたプロジェクトチームが立ち上げられた。計画名は〈オブイェークト−219snow〉。
 この新戦車には、新しすぎるために日本自体は採用を見送った技術が、ふんだんに盛り込まれる事となった。砲発射式ミサイル、セラミック装甲材、ガスタービン・エンジン、対ATMアクティブ防御システムなどである。ロシアにとってそれは決して軽い負担ではなかったが、圧倒的なドイツ戦車への恐怖と対抗心が、これらの採用を後押しし、そして実用化成功に結実して行く。
 1979年、試作された新戦車は素晴らしい性能を発揮した。初めの頃こそ、雪原で思うように動けない時期もあったが、すぐに慣れるとその幅広いキャタピラで大地を踏みしだき、縦横にロシアの大地を駆け巡っている。主砲も課題だったスタビライザーを日本製品をライセンス生産した満州国製に変えた結果、驚くほど安定した弾道を描くようになった。
 ただし、ロシアの燃料事情を考慮して採用されたガスタービン・エンジン(燃える物なら何でも燃料になる)は性能的には申し分なかったものの、あまりに燃費が悪く、航続距離が要求に達しなかったため、車体後部に追加燃料タンクを2基搭載。巨大なポリタンクを抱えて歩くような姿になっている。
 全てのテストを期待以上の性能でパスした新戦車は、80年に正式に〈出雲《T−80》彼方〉と命名され、各軍閥向けの細かな調整を受けた上で、前線への配備が進められる事となった。

 

運用実績

 生産された〈出雲《T−80》彼方〉は、ウラル以西にロシアが残している数少ない領土であるリュージン・ツィタデル戦区に派遣された。決してエネルギー事情に恵まれない現在のロシアにとっては、命の泉とも言うべき油田を抱える地域で、それを狙うドイツ軍との間で紛争の絶えない激戦区である。
 途中ウラル越えで落石事故に見舞われる、というハプニングに遭いつつも、油田防衛を担当する〈佐伯《Su−152》つぐみ〉装備の重突撃砲連隊を主力とするリュージン・ツィタデル師団に配備された〈出雲《T−80》彼方〉は雑用から戦闘まで様々な実戦任務を担当し、その実力を認められ、ついには〈佐伯《Su−152》つぐみ〉に代わる機甲兵力の中核へと成長する。新人から一家の大黒柱へと成長したのだ。
 1995年の第四次世界大戦では、30年ぶりのロシア軍の対独大攻勢において先頭に立ち、欧州連合主力戦車群と死闘を展開した。優れた機動性を生かし、防備の薄い背後に回りこんで主砲を叩き込むという戦術を得意とし、それに晒された欧州軍戦車は「堪忍してぇっ!」という叫びと共に各坐を余儀なくされていった。
 特に「アカシャの蛇」ことミハイル・ロア・バルダムヨォン率いるロア派に配備された〈出雲《T−80》彼方〉は、まるで極悪人の亡霊でも憑依しているかのような血も涙もない戦い振りを見せ、ドイツ軍に大出血を強要した。それはかつて鬼畜外道と呼ばれた時代のロシア軍を彷彿とさせる姿だったと言う。
 この「1995年の大攻勢」は、ドイツをロシアの大地から追い出すには至らなかったものの、無残な失敗に終わった65年のそれとは比較にならないほどの善戦で、名門ロシア陸軍復活を高らかに宣言するものだった。しかし、その後ロシアではロア派壊滅による力の空白から、再び内戦の機運が高まっており、しばらくは〈出雲《T−80》彼方〉が欧州連合軍に砲を向ける事は無さそうである。


要目(〈出雲《T-80》彼方〉B型 黒姫派仕様)

  • 戦闘重量:45.8トン
  • 全長:9.78メートル(主砲含む)
  • 全幅:3.6メートル
  • 全高:2.23メートル
  • エンジン:GTD-1200M(1200馬力)
  • 最高速度:70km/h
  • 武装
    • 主砲 127mm滑腔砲(L55)×1
    • ミサイル 9M119〈リフレクス〉レーザー誘導対戦車・対ヘリミサイル
    • 機銃
      • 7.62mm×1
      • 12.7mm×1
    • 〈アレナ〉対ATMアクティブ防御システム(オプション装備)