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〈高屋敷《九四式軽装甲車》準〉

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〈高屋敷《九四式軽装甲車》準〉

(元ネタ 家族計画(D・O)より 高屋敷 準、久美、景)
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 〈大河原《九四式軽装甲車》準〉は、砲や弾薬車の牽引車輌として、日本陸軍技術本部が設計を行い、東京瓦斯電気工業が生産した。
 当初、牽引車として開発された本車だが、参謀本部の要請に従い、自衛用として車体上部に旋回式の銃塔を備えたため、外見的には軽戦車に近いものとなっている。このため、九四式軽装甲車は日本版の豆戦車と分類されることも少なくない。

■戦場の便利屋

 この種の多用途装軌車両は軍全体の機甲化から考えれば決して悪いものではなかった。一部の歩兵主義者はともかくとして、砲の大型化は(相対的に)軽砲であっても牽引車を必要とする状況にあった。――弾薬については言うまでもない。日露戦争、そして第一次世界大戦の戦訓から、砲の基数――。
 だが、参謀本部の要請により装備された銃塔はが問題の火種となった。本来は自衛用程度のものと考えられていたが、参謀本部の要請であること(当時の陸軍参謀本部は所謂「歩兵派」の巣窟だった)、また豆戦車が世界的に流行となっていることから豆戦車の採用で「陸軍の機甲化」について「解決」してしまうのではないかとの危惧は、この装甲車両を「いらない子供」に変えた。
 通常の装甲車両としては過酷に過ぎる試験が行われ――そこには燃料の質にして融通の利くはずのディーゼルエンジンであっても明らかに有害な燃料を使用した試験すら行われた。――機甲部隊への配備は不可能とされた(戦車部隊に付随する砲兵、日本的用語で言えば機動砲兵にしても「戦車に随行できること」という命題から自走砲化が優先された)。
 とはいえ、弾薬輸送車としては必要十分な能力を備えており、砲の自走化よりもむしろ法の門数増大を望んでいた砲兵や、本土防衛だけを考えていれば良いだけの陸軍とは異なり、緊急展開部隊――それも初動兵力としての性格を持っており、重装備化を追及できなかった海軍陸戦隊にとって、このクラスの車両は丁度良い車両だった。このため、戦車部隊および機動砲兵部隊には配備されなかったものの、それ以外の兵科(海軍陸戦隊含む)向けに量産された。
 ちなみに、これを受けて瓦斯電では車体を大型化した車両を自社で独自開発、海軍および英国に提案している。この車両はガスデン・ガンキャリア“K型”として弾薬輸送車や牽引車、あるいは航空機用トラクターとして英軍に採用された。
 余談はともかく、機甲部隊からはじき出された〈大河原《九四式軽装甲車》準〉は、軽便な装甲車両として主に砲兵や海軍陸戦隊の主力汎用車両として運用された。採用段階での試験結果から、ガソリン、それもケロシンを混入した特別燃料しか使えないディーゼルエンジンという奇怪な問題は抱えていたが、何でも屋としての評価を確立しつつあった。――乗員からは自嘲的に「ケチな小悪党のようなものだ」と言われていたが――。実際、英軍および英連邦軍における〈大河原《九四式軽装甲車》準〉の非公式な愛称の一つ「JUN」は「Japanese Utility for NAVY」の略と言われている。
 また、一部は研修機材として戦車学校に配備され、仮想敵として利用され、少なからぬ数の日本陸軍戦車兵にとっての「最初の相手」となっている。(ただし、八九式の第一線からの引退に伴い、仮想敵として運用されていた期間はごく短い)。

 〈大河原《九四式軽装甲車》準〉が本土の内外を含め、実戦運用されていた期間は意外に長い。数少ない日本の海外利権の一つである上海の日本疎開の警備にも(日本海軍初の常設陸戦隊である上海陸戦隊とともに)派遣されている。また、このときに日本人の誰もが認めないいくつかの任務にも投入されている(その中には、物資に紛れ込ませて阿片を運ぶことさえあった)。

 そうであればこそ、第二次世界大戦の勃発による日英同盟の相互防衛条項に基づいた日本軍の欧州派兵において、〈大河原《九四式軽装甲車》準〉の少なからぬ数が欧州に派遣されたことも不思議ではなかった。しかし、彼らが英国本土に到着したのは1940年秋であり、すでに〈ダイナモ〉作戦により英仏両軍はダンケルクからドーヴァーへ逃れ、そしてそれを追うようにドイツ空軍による本格的な対英空爆作戦も始まっていた。もちろんこのような状況の中では純然たる補助用装甲車両である〈大河原《九四式軽装甲車》準〉の出番はそれほど多くはない。しかし根本が牽引車ということもあり、空爆により陸上インフラが寸断された英本土南部への補給に借り出されている。少なくともこの活動は当時の英空軍にとっては、財政的に苦しい孤児院に対する個人の寄付程度――少なくともドイツが航空戦力の再編のために息をつくまでの一年近い期間、戦力を維持させる程度には役に立っている(もちろん、インフラの復旧に携わった鉄道技術者の努力もあったことは言うまでもない)。
 二度目のバトル・オブ・ブリテンが始まるまでのわずかな戦力回復期にも、〈大河原《九四式軽装甲車》準。は輸送任務や警備任務――主に空挺による特殊部隊侵入の対策だった――に東奔西走していた。もちろん、ただ物資を運ぶだけでなく、非公式な取引に使われる物資も運び、そしてその手数料を取るようなこともしていたのだが。
 しかしそれも長くは続かない。
 電撃戦でモスクワを食い破り、ソヴィエト・ロシアと言う人口国家を崩壊させたドイツの矛先は再び英国へと志向された。その尖兵として対英参戦を見送る代わりと言わんばかりに本格的な対独支援を決定した合衆国からスペインを経由して、B-17〈ラルヴァ〉――それも防御力を強化したF型だった。――を始めとする航空戦力、そして合衆国の高度な科学技術の産物である高オクタン燃料や航空潤滑油によって性能を高められたドイツ空軍が「鷲の日」の復仇を誓いその牙と爪を研ぎ、角笛が吹き鳴らされる日を待ちわびていた。

■Project High Mansion Familiy

 大日本帝国陸軍英国派遣部隊――総指揮官の名を取って山下兵団とも呼ばれる――その司令部付き将校の一人だった大河原中尉が、装甲車部隊と共にワイド大佐の『家族計画』に組み込まれたのは、窮地の間柄だった英国空軍のブルークビレッジ大尉が、目端の利く彼を引きずり込んだためだった。もちろん原隊との合流が不可能になったためというどうしようもない現実もある。
 第一次バトル・オブ・ブリテンで消耗しきったロイヤル・エアフォースは規模、装備の面で拡大したドイツ空軍の前にごくわずかな勝利を得ることしか出来なかった。世界初のジェット戦闘機部隊となった女子飛行隊の健闘も戦局を変えるには至らず、英国は陸海の両面で交通インフラを寸断された。そして第二次ゼーレーヴェ作戦。「ダンケルク」のために片手を縛られた状態になった英国軍はドーバーを押し渡るドイツ軍に、上陸を諦めさせるだけの力は無かった。
 余談はともかく、英国との「契約」に基づき『家族計画』に組み込まれた大河原中尉と軽装甲車中隊は、貴重な支援戦力として東奔西走した。近隣部隊の間での非公式な物資の融通を行い――時には物資の横流しで溜め込んだ除倦覚醒剤を使っているのをブルークビレッジ大尉に見咎められ、その薬物を残さず基地裏の川に捨てられることもあったが――また、大河原自身が持っていたいくつかの知識は、例えば〈高屋敷《Fa223》末莉〉の少女と共に株を運用し、基地の物資、資材の手当てをできるようにしている。
 しかし、大河原には問題がもうひとつ残っていた。ハイマンション基地のあるその地区には、かつて彼が世話になった施設があった。彼自身はわずかな伝を頼りにして、中学入学以前には祖国日本に帰国していたが、俸給を得る身分となると、そのわずかな俸給と、そして軍の内外での非合法すれすれ、時には非合法に踏み込んだ行為で稼いだ金を送金していた。
 だが、英本土に上陸され、〈ダンケルク。計画の一部が実働し始めるような状況では、一介の中尉風情がどうこうできるような状況ではなくなっていた。唯一何かできるとすれば、それは〈高屋敷《Bv237》春花〉と共に持ち込まれた機密資料を情報部に渡し、それによって何とか施設を維持させるしかなかった。
 それはもちろん、足が簡単につく行為であり、不死身の男、スこルツェニーのSS第600降下猟兵大隊によって危機に晒されている『家族計画』を崩壊に導いても不思議はないものだった。そして、すべてを勘案し、彼は一両の〈大河原《九四式軽装甲車》準〉を持ち出し、ハイマンション基地を出奔した。

■幻のK型改造軽装甲車

 大河原の出奔は、崩壊しかけていた『家族計画』にも大きな問題を生じさせた。〈高屋敷《Fa223》末莉〉の誤射事件をはじめとして、もともと無理のあった計画だから、次々に発生する綻びをとじる努力がどこかで途切れた瞬間に、計画自体が崩壊することは目に見えていた。
 ブルークビレッジも、旧知の間柄だったヒサミ――かの施設で保育士をやっていた、大河原の親類の日系英国人――の手を借り、丁度施設の前に放置されたK型ガンキャリアにハリボテの銃塔を載せたものをでっち上げてまえ、その綻びをとじようとしていた。(最初は出来は散々、すぐにボツ扱いされる代物だったが)。一方で、どうにもならなくなった施設の子供達は、院長の伝で他の、まだ「なんとかなっている」施設や、あるいはこのような状況でなお里子を受け入れることのできる里親の元へと散っていった。結局のところ、大河原が危険をおかして行ったことは無駄とはいえないものの、少なくとも水泡に帰したことは確かだった。施設は防御陣地構築のために破壊され、院長とヒサミ、そしてただ一人残った孤児は北へと逃れることになった。
 無論、そのことは、大河原は知らない。

■帰るべき場所

 朝焼けの中、装甲車は進む。
 燃料系はいい加減空に近い値を示している。いくら燃費のいいディーゼルエンジンであっても、無限の航続力を持っているわけではないから、いつかは燃料は空になる。
 そして、どうやら空腹も限界にきているようだった。言うまでもなく、人間はパンがなければ死んでしまう。
 外に見える光景は――見慣れたものだった。
 ハイマンション基地。騒がしく、どうしようもなく追い詰められていたはずなのに、何故か暖かく、そして充実していたごく短い時間。
 だが、大河原の視界にあったのは彼の記憶にあったものではなかった。基地の施設はことごとく焼き尽くされ、炭化した残骸があるだけだった。
 装甲車が止まる。ついにタンクの燃料が底をつき、空冷四気筒のエンジンを動かすに足る燃料を供給できなくなったのだ。
 どうやら、ここで終わるらしい。なんとなくの諦観が浮かぶ。銃塔に回り、銃口を基地を守るように向ける。もちろん、弾薬はない。七.七ミリ銃弾は自衛と、そして糊口をしのぐために使っていた。
 そこまでやると、やることが無くなった。
 あとは、敵がきてすべてを解決してくれる――だからこそ、大河原は見過ごしていた。滑走路の方向から近づく一団がいたことを。

 経由をたっぷりと飲み込んだディーセルエンジンが胴振いする。エンジン自体はなんら問題なく動いていた。
 結局のところ、燃料についての問題はバーナーチップの調整と、そして後は運用側の意志の問題だったらしい。大河原はおもった。もちろん、タンクに特別燃料が混じっているならば問題だが、完全に空になってしまえば何の問題も無い。
 そして後はエディンバラ――日英が保持している最後の大規模な港へと向かうだけだった。
 そう、この最貧部隊とともに。

〈大河原《九四式軽装甲車》準〉性能要目
全長 3.08m
全幅 1.62m
全高 1.62m
全備重量 3.45トン
乗員 2名
エンジン 直列四気筒空冷ガソリン
最大出力 35ps/2500rpm
最大速度 40km/h
航続距離 200km
武装   九一式6.5仄嶌楜ヾ惱
     または九七式7.7仄嶌楜ヾ惱動戝
     (搭載弾1890発)
     装甲圧 8〜12