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〈月代《彩光》彩〉

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川崎 二六式戦闘爆撃機〈月代《彩光》彩〉(Kawasaki Type-26 Semi Stealth Strike/Reconnaissance Plane Sai-koh,JAPAN)

(元ネタ Wind ―a bless of Heart―(minori)より月代 彩)

〈月代《彩光》彩〉は日本航空軍が60年代後半から湾岸動乱までの間、主にピンポイントの戦略目標に対する攻撃を主任務とする侵攻攻撃機として運用された、となっている。
 実戦投入の記録について曖昧となっている最大の理由は、少なくとも冷戦時代において〈月代《彩光》彩〉が投入されたとされる任務に関しては21世紀に入った今日でさえ機密のヴェールに包まれているためである。
 その〈月代《彩光》彩〉の運用については数少ない例外として挙げられるいくつかの任務から推測するしかない。例えば、実質的なラストミッションとなった湾岸動乱末期のA-21中距離弾道弾の破壊任務(※1)あるいは80年代にイスラエルが行ったイラクの反応兵器開発施設への空爆に際して、国籍マークをダヴィデの星に書き換えた日本人パイロットの操る〈月代《彩光》彩〉が支援として参加していたといったあたりの実績から推測するしかない。

 〈月代《彩光》彩〉は、「ひかり」計画(※2)と名づけられた、SST計画の技術実証機として、航空宇宙技術研究所が川崎と共同で開発した超音速巡航技術の実証機を原型としている。
 航空宇宙技研に残る資料を参照する限り、〈月代《彩光》彩〉原型機は後に実用機となった〈月代《彩光》彩〉の持つ機体の特徴、すなわち、コンプレッション・リフト(圧縮揚力)を考慮した平らな胴体、高翼配置の翼面積の小さなダブルデルタ翼といった基本的なレイアウトは共通している。また、エンジンは超音速戦略爆撃機〈白鳥〉およびマッハ3を狙った機体向けに開発された高出力ターボジェットエンジン、ネ580(通常時推力11,000圈⊃篶倭加装置使用時14,7000)を双発で搭載、高高度においてマッハ2以上の超音速での巡航を可能としていた。
 なお、このときの塗装は実験機ということもあって、白地に胴体後部および、尾翼部分を識別用に赤く塗り分けたハイビジリティ塗装が施されていた。

 しかし、最新の計測機材を積み込み、高高度における超音速飛行の挙動を描き出すための実験機に転機が訪れることになったのは、いまだに本格的な試験に供される前、1960年代の半ばにさしかかった頃だといわれている。
 このころ、第三次世界大戦以降、統合航空軍の主力侵攻攻撃機として用いられてきたジェット爆撃機〈天河〉が主に地対空誘導弾の能力向上のために陳腐化の度合いを強めていた。これは、特殊作戦用に改造された〈《天河改》風音〉(※3)についても同様であり、むしろ冷戦構造という夢を維持するための任務を単独で遂行しなければならない〈《天河改》風音〉の運用能力が限界に達するということは致命的だった
 旧式機の代替を狙い、〈月代《彩光》彩〉原型機の技術的経験を基にした高速爆撃機を売り込もうとした川崎の営業活動は、結果的に〈《天河改》風音〉の命を奪い、そして後継機を求めていた空軍は高高度における超音速巡航能力を持ち、なおかつ翼面積の小さい〈月代《彩光》彩〉原型機をそのまま〈《天河改》風音〉の後継機として選定した。まるで巫女のようだといわれたハイビジリティ塗装は、視認性の低下を狙ったくすんだ灰色の塗装に塗り替えられ、非武装だった機体には兵装庫が追加された。
 機体設計の妙というべきか、この追加された兵装庫は容積的にもかなりの余裕があり、大型爆撃機に搭載するような大型爆弾(その中には第三次世界大戦末期に使用されたマジカルサンダー(秘匿名称))も収容可能だった。また、自衛用の空対空誘導弾も空気抵抗を軽減するために機体内兵装庫に内蔵されていたため、一見するかぎり「何もない空間から得物を取り出す」と後に評されるほどの搭載能力が与えられた。また、使用装備は誘導爆弾だけでなく、貫通型粉塵爆弾等の特殊爆弾、さらには電磁波兵器も使用可能とされている。
 また、電子装備、航法装備および射爆統制装置などについては常に最新の物にアップデートされていた。なお、この時期までの電子装備についてはほとんどが内装されていたため外見的な変化はまったくといって良いほどなかった。

 実験機から戦術機に作りかえられた〈月代《彩光》彩〉だったが、表向きは空軍技術研究所――九月堂と通称された――所属の機体とされていた。航空兵器の直撃を受けても破壊されない操縦席防御システム(※4)をはじめとした、まるで得体の知れない代物の群れを隠れ蓑として〈月代《彩光》彩〉はかつて〈《天河改》風音〉が行ってきた、機密に包まれているが、そうであるがゆえに重要な任務に投入された。そこにはあらゆる法規に照らしても非合法となる任務も含まれていた。冷戦構造という夢、あるいは幻想の世界を支えるため、その世界の裏側を〈月代《彩光》彩〉は飛びつづけたといってもそれは言い過ぎではなかった。
 その刃を振るう対象も決して陣営を問わなかった。同じ太平洋条約機構に所属する国に対してさえも状況に応じて〈月代《彩光》彩〉は投入され、公式には認められない武力行使の尖兵として運用されつづけてきた。それは戦略爆撃機部隊の搭乗員以上に高度な機密保持体制が求められたため、〈月代《彩光》彩〉を装備する部隊は、同じ航空軍(航宙軍の独立とともに統合航空軍より改名)であっても他の部署との人的交流がほとんど無い、ほぼ完全に孤立した部署だった。

 だが、80年代に入るとその潮流は変化をみせ始める。〈月代《彩光》彩〉は通常の機体と共同した任務にも投入されている。その多くは核兵器の使用を警戒した待機任務だったが。この方向転換は、当時航空軍において中核的役割を果たしていたグループ(※5)が強引に兵部省にねじこんだためだった。
 またこの頃、80年代中盤に〈月代《彩光》彩〉は主に電子機器の能力強化改修を受けている。
 特に、機体上部に衛星を利用した全地球後方支援装置の機材を収容する低抵抗型の張り出しが追加されている。また、表面の塗装素材も、電波吸収素材を含んだ特殊な塗料が使用されている。これにより、機体塗装はかつての夜間戦闘機を思わせる濃紺を基調としたものに変更されている。ただし、改修された時期により、電波吸収塗装の変化があり、濃灰色を基調とした低視認性塗装が施されている機体も少なくない。
 加えて、アクティブ・ステルスの概念を取り入れた遮蔽、偽装システムが搭載されていたという説もあり、「魔法少女」とよばれる詳細不明の改修計画の名称までは公開されているが、その改修が行われたのかどうか、その真偽は定かではない。
 ただ言えるのは、運用の機密性もあり、〈月代《彩光》彩〉は神出鬼没の存在であり、その所在は常に明らかとされていなかった

 90年代となると、単独運用から総合的な航空部隊の戦力の一端としての運用という、80年代に入って方向付けられた傾向はさらに強まることになる。現場における手違いから、第二電子哨戒隊(岐阜基地をホームベースとする〈丘野《三六式電子哨戒機》真〉を装備する電子作戦部隊)の開隊展示記念行事に展示されてしまうというアクシデントにはじまり、大陸から流入する薬物問題の究極的解決として行われた華南地方への大規模軍事介入となった「海水浴」作戦に半ば強引に巻き込まれるような形で参戦、また独立系軍閥が満露国境で起こした紛争の実力行使による調停「夏祭り」作戦では主にドイツに対する活動を隠蔽するため、援護戦闘機として〈鳴風《晨風》みなも〉を引き抜いて参戦させる、といった共同作戦も行っている。ただし、その多くはSEADに近い,警戒網、あるいは指揮通信ネットワークの破壊であったり、また友軍が投下するレーザー誘導爆弾の誘導用レーザーの照射であり、直接、戦爆連合の攻撃編隊を組むようなことはなかったが。

 だが時を同じくして、日独冷戦という〈月代《彩光》彩〉が守ってきた枠組み、言い換えるならば冷戦という幻想によって支えられてきた平和(と表現して構わないもの)は崩壊へと進んでいた。成層圏のさらに高みを遊弋する高高度偵察コンポーネントが伝える情報は戦争への疑念を日ごとに強め、もはやその動きは、極少数の特殊攻撃機が数発の誘導爆弾による警告、あるいはその誘導爆弾によって冷戦構造へとどうかされる犠牲で賄いきれるものではなくなっていた。

 そして、第四次世界大戦への温度は1995年、沸点に達する。
 世界史上四度目となった世界大戦は、通常の演習に偽装して出撃した欧州連合艦隊はグリーンランドを痛撃。また東部連合のミサイル戦艦〈ミラルカ〉のグアンタナモ周辺の太平洋条約機構軍戦力戦力に対する戦術巡航誘導弾による攻撃、またメキシコ湾における示威行動中の日本空母機動部隊への飽和攻撃により火蓋を切ることになった。この結果、大西洋に存在していた日本の戦力は一時的に麻痺することになった。これにあわせ地上部隊の侵攻も始まっている
 この四度目の世界大戦において、〈月代《彩光》彩〉は平時と同様の任務を繰り返していた。〈月代《彩光》彩〉が守ってきたのは冷戦の根幹をなす夢、戦略核兵器による相互確証破壊――もっと単純に言えば戦略核を使用すれば半ば自動的に核の応酬が始まり、そしてどちらも絶滅する――であり、状況が全面通常兵器戦であればそれは〈月代《彩光》彩〉にとっては平時と同様のことだった。
 そうであるが故に、欧州連合の艦隊戦力が実動能力を失い、北米大陸における陸上戦闘もミシシッピ戦線で膠着、つまるところ双方が決め手を失ったそのときに発生した東米の戦略拠点への核攻撃未遂は起きるべくして起こった事態だった。
 その発端は未だ定かではない。だが、東部連合が戦略級の核兵器を用いた「一発逆転」の準備をしているとの情報を得、またそれが複数の戦略監視網から確認されたことから〈月代《彩光》彩〉の出撃が命じられた。
 だが、そのときは既に中立国において非公式な停戦交渉が始まっていた。軍方面がそれを知らなかったのは、おそらく外務省が機密の流出を恐れたが故に、連絡する先を最小限へと限定していたためではないかと考えられている。そして、政府がこの判断を知ったのはすでに〈月代《彩光》彩〉が精密攻撃用戦術核兵器を搭載して離陸していた。直ちに会合しうる全ての部隊に出撃命令が出され、その結果複数の機体は任務を中断し帰還したが、大西洋へ迂回し、ワシントンへの攻撃を想定した部隊は、追撃のためにグアンタナモから出撃した海洋航空打撃集団と友軍相打ち、〈月代《彩光》彩〉を撃墜することで阻止するという、最悪の中の最善といえる結果となった。

 第四次世界大戦における運用と、そして冷戦の終了という環境の変化は、〈月代《彩光》彩〉に対する二度目――実戦機への改装を含めれば三度目の改修の実施の決定につながった。それは単独でただ黙々とと任務を行う侵攻攻撃機としてのものではなかった。航空軍にとって聖地といえる岐阜飛行場(※6)で行われた新装備の試験は、言うなれば普通の戦術攻撃機として運用するためのものだった(※7)。とはいえ、60年代半ばに制式採用され、生産数も多くない〈月代《彩光》彩〉にとって、それは改修の限界でもあった。頻繁に運用される機体でない分、累積飛行時間の面ではそれほどでもなかったのだが、それぞれの任務における機体への負担は大きくまたすでに生産ラインは閉じられていたものだったから、予備部品の調達も含め、運用し続ける負担は限界に近かった
 そうであるが故に、現役にあり続けることを望む現場とは裏腹に、技術研究本部はむしろ〈月代《彩光》彩〉を冷戦の枠組みが崩壊した後における、武力の行使も含めた均衡を創造するための機体のテストケースとして考えていた。言うなればそれは、超大国同士が定めたルールの中での冷戦、その枠の中で夢を見つづけるのではなく、世界中にその概念を広げるための布石と言えるものだった。事実、最後の改修を受けた〈月代《彩光》彩〉の運用寿命はそれほど長くはなかった。
 98年に勃発した湾岸動乱において、〈聖山〉改が行った外科手術的な任務、フセイン政権の中枢を破壊することによる迅速な戦争の終結を図る任務の支援として投入され、イラク北部の山岳地帯の移動式弾道弾発射装置の破壊を行っている。電子援護機として投入された〈丘野《三六式電子哨戒機》真〉による電子的な援護の下、風蛍が舞うような曳光弾の弾幕の中行われたその任務は、機体の限界まで使われた〈月代《彩光》彩〉の最後の任務となった。
 だが、〈月代《彩光》彩〉は多くのものを空軍に残している。それはノウハウで言えば〈聖山〉改の超低空・高速侵攻であるし、あるいは三七式戦闘機〈鳴風《晨風》みなも〉祁燭鮓況燭乏発されている超低空侵攻能力強化型(非公式な仮称として〈晨風〉改戦爆)がそうである。
 また、今世紀に入り複合サイクルエンジンを使用するSSTOの原型として開発に着手された極超音速機の開発計画には「ひかり」という名が復活・採用されている。

 最後にはなるが、役割を終えた〈月代《彩光》彩〉はその後、多くの機体が解体処分とされている。だが、解体処分を逃れた一機が部分的な修復、保存作業が行われた後、岐阜飛行場で展示機として帰ってくることになった。今では唯一現存する〈月代《彩光》彩〉は、02年の冬に公開が始められたその機体は、退役時に一時的に施された真紅の塗装のまま、岐阜飛行場の資料館で限定的にではあるが今も公開されている。

 

【性能諸元】(湾岸動乱投入時、ただし詳細は非公開)

全長25m
全幅11.2m
エンジン:ネ580ターボジェットエンジン(推力増加装置使用時14,700)
速度:M2.0(高空) M0.98(海面高度)
戦闘行動半径:不明
武装:空対空誘導弾(形式不明:おそらく)4発{br}}   4tまでの通常・核爆弾ほか


(※1) 砂漠の広がるイラク南部はともかく、半ば要塞化された北部の山岳地帯には移動式ランチャーが潜伏していると考えられていた。そして、〈聖山〉改による「手術」任務が失敗した時の安全策として、報復手段と考えられる弾道弾の破壊は急務だった。

(※2) 今世紀に入り実動を始めたターボジェット・超音速ラムジェット・ロケットの複合サイクルエンジンを使用するSSTO開発計画と同名であるが全く別の計画。{{{br}}

(※3) 〈天河〉のエンジンを変更、特殊戦向けの装備を追加した改修型。外見こそ穏やかな、第三次世界大戦型爆撃機のままであったが、その能力は当時の一線級機に匹敵する。
 なお、〈《天河改》風音〉の開発は正規の予算計画から外されており、〈《天河改》風音〉という名称自体も非公式な物である。

(※4) 操縦席全体をチタン合金を使用した防御カプセル(その形状から〈壷〉と呼ばれた)による防御方式。

(※5) とある研究会を軸としたこのグループは70年代末、結果的に廃案となったMX(N/T)-10の試験結果を元に生み出される機体を戦力の中心とするべきという、80年代以降の航空軍における方向を定めたレポートを提出したことで知られている{br}} また、この研究会の主要メンバーであり、レポートが公表された直後に自ら軍を辞し、そして間もなく行方不明となったN少佐は、関係者の述懐によれば、その独自の試算から日独冷戦による平和維持システムの限界をも示唆していたらしい。

(※6) 東京の通勤圏の拡大と、ジェット化による危険性の増大に伴い、審査部は多摩から岐阜に移転されている。なお、入れ替わりで航空軍が保有する特殊部隊、航空軍特別基地警備大隊が配属された。

(※7) このとき、新装備の試験のために飛行開発実験団に持ち込まれた〈月代《彩光》彩〉は、実験の際の視認性向上のために低視認塗装から紅白二色の塗装に塗り替えられた。その塗装パターンはかつて試験機として運用されていた時期と同じ塗装パターンだった。