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〈丘野《陽光》ひなた〉

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三菱 四三式支援戦闘機〈丘野《陽光》ひなた〉(Mitsubishi Type-43 Multi-Role Support Fighter Yoh-koh,JAPAN)

(元ネタ Wind ―a bless of Heart―(minori)より丘野ひなた)

 〈丘野《陽光》ひなた〉は航空軍における戦術部隊向けの戦術戦闘機として、また、主力戦闘機を補助する目的で開発された中型軽量の補助戦闘機である。
 各国の同種類の機体に比べて機体の発展余裕が十分にあり、また運用コスト面でも航空軍が保有している機体の中では比較的安価であることから、本来の目的である友軍(「友達ちゃん」と呼ばれた)と共同しての前線防空、地上支援(近接航空支援および阻止攻撃)だけにとどまらない運用の幅広さをみせ、第四次世界大戦(北米動乱)以後は日本航空軍の海外駐留部隊における実質的な主力戦術戦闘機として運用されている。

■戦術航空軍の憂鬱

 〈丘野《陽光》ひなた〉は新しい方では二二式戦闘襲撃機(※1)、旧式の方では第三次世界大戦末期に実戦配備が開始されたジェット襲撃機である一〇式襲撃機まで、新旧あらゆる機体が混在していた戦術航空機部隊の装備の更新を目的として、1974年に設計・開発が開始された。
 〈丘野《陽光》ひなた〉は、主任務として直協支援、阻止攻撃といった地上攻撃任務を、副次的な任務として邀撃機との機種統合が求められたが故に機体の大型化が不可避となった主力戦闘機(後の三七式戦闘機〈鳴風《晨風》みなも〉)を補佐し。前線防空を果たす汎用の補助戦闘機として活動することを期待され、結果的に言えばF-16〈御陵《ファイティング・ファルコン》明里〉あるいはフランスの〈里見《ラファールC》こだま〉等と同様の中・小型マルチロールファイターとして当初から設計されている

■機体概説

 〈陽光〉の基本的なデザインは、主に基礎設計面での効率化の結果として、次世代戦闘機向けのレイアウト・概念設計の勧告に従い、MX(N/T)-10の空力的特徴である、機種からストレーキを介して、後退角を持つ主翼と滑らかに一体化した、ブレンデッド・ウィングボディ形式の中央胴体、そして中央胴体から吊り下げられた、それぞれ独立したエンジンナセル(副胴)という形式を踏襲している。ただし、機体の小型軽量化など影響もあり、平面形では〈鳴風《晨風》みなも〉よりも長距離海洋偵察/攻撃に特化した〈青嵐〉に近い、ストレーキと機首の一体化が進んだ、平らなデザインとなっている。その一方で戦闘機として良好な全周視界を得るため、操縦席は高く持ち上げられている。
 また、機体はF-16〈御陵《ファイティング・ファルコン》明里〉ほどではないが、大型戦闘機の多い70年代末に開発に着手された航空軍機の中では小型・軽量化されている。このため〈晨風〉や〈剣〉が装備したフ37系列などの大型エンジンを双発で装備することは不可能だった。代案として合衆国のF-16〈御陵《ファイティング・ファルコン》明里〉のように単発とすることも検討されたが、洋上飛行時の安全性問題、また政治的な影響から単発案は不可能だった。
 このため、エンジンは三菱が開発した小型軽量のフ33が装備された。小型軽量とはいえフ33は同クラスのターボファンエンジンに比べて高出力を達成しており、複合材が多用された軽量な機体と合わせて良好な推力重量比を達成、特に上昇力の面では〈鳴風《晨風》みなも〉を上回っている。ただし、フ33は推力あたりの燃料消費率の面で同時期のエンジンとしては燃料消費率の高いエンジンであり、実戦配備型開発されるにあたって、戦闘行動半径の拡大を目的として、燃料タンクの拡大が図られている。おかげで飛行場大隊など、グラウンド・スタッフからは健啖家と評されている。(大抵の場合はもっと素直に「大食い」と呼ばれたが)。
 なお、野戦飛行場での運用も想定されたことから、地上に近い位置に配置されたインテイクのFOD吸い込み対策として、独特の開閉式シンテイクが装備されている。(なお、インテイク閉鎖時の吸気はストレーキ上面に備えられたスリットから行われる)。
 燃料搭載重量は最大で4,840キログラム。また同盟国軍とのインターオペラビリティを留保するため、航空軍で標準的に用いられているフライング・ブーム方式だけでなく、プローブ&ドローグ方式での給油に対応、中央胴体部分に折り畳み式のドローグを装備している。

 〈丘野《陽光》ひなた〉は、同時期に開発された軽戦闘機の多くとは異なり、当初よりBVR戦闘能力の保有および、夜間侵攻能力の保有は必須条件とされている。前者は三七式戦闘機〈鳴風《晨風》みなも〉に採用されたFD-27と同じコンポーネントを採用したFD-29射撃統制システム(PACTO共通コード〈スロットバック〉)が採用されている。このため、使用できる兵装類は主力戦闘機である三七式戦闘機〈鳴風《晨風》みなも〉とほぼ共通している。ただし、主にコスト軽減のために演算能力が切り捨てられており、目標の同時追尾能力の点で劣り、他の機体からの管制を受けない場合、「周りのものが見えない」という欠点ももっていた。ただし、電子設備については列線での整備の簡略化およびグレードアップ能力を両立させるために、システムの大半を換装可能なユニット方式としている。実際、独特の警報音で有名になってしまった(※2)レーダー警報装置に加え、第四次世界大戦に駆け込みで間に合わせるように後方警戒レーダーと連動した複合型警報装置〈CHU CHU〉が搭載できたのはその発展余裕があったためであった。
 また、70年代に開発された日本機の大半が装備している赤外線・可視光線複合型の前方哨戒装置に加え、場合によっては機首下面に光電子捜索装置を装備することが可能となっている。日本光学が開発したこのシステムは高解像度、かつ複数のモード(この中には夜間暗視用の低光度カメラ/赤外線カメラも含まれる)の望遠TVカメラとレーザーによる測距・目標指示システムの複合体であり、昼夜・対空・対地を問わず利用可能な光学観測能力を持っていた(※3)にもかかわらず、このシステムは極めて軽量かつ小型に収められており、長く日本軍向けに光学機器を納入して北日本光学の面目躍如といった傑作機器となった。
 これらを管制する操縦席はグラス・コックピット化および、操縦士の負担軽減を目的としたHOTAS概念が部分的に導入されている。ただし、基本的には前線飛行場での運用が想定されていたため、三七式戦闘機〈鳴風《晨風》みなも〉の祁唇柄阿里茲Δ冒瓦討侶彜錣鬘達劭圈△△襪い榔嫋愁僖優襪砲茲辰涜綢悗靴討い襪錣韻任呂覆ぁ
 固定武装は同時期に開発・採用された日本機と同様、ホ-157 30航空機関砲を一門機首上面のストレーキ部分に装備。また、強化ポイントは主翼下面に6ヶ所、胴体下面に1ヶ所、両翼端に各1ヶ所が設けられている。ただし胴体下面の強化ポイントは落下式増槽専用とされ、翼端は通常近距離用空対空誘導弾(通常は空対空誘導弾11型が装備される)の発射レールが装備される。最大搭載量は4,380圈また、余剰推力が大きいということも理由の一つではあるが、その扁平な外見から「鉄下駄のような」とも呼ばれる1.5トンレーザー誘導滑空爆弾を2発装備してもなお十分な上昇力を持っていた。

■運用・戦歴

 補助戦闘機とはいえ、戦闘行動半径と電子装備以外の面では他国の主力戦闘機と遜色ない仕上がりになっていた〈丘野《陽光》ひなた〉は、戦術航空軍の主力機として配備された。特に、北米分断線周辺を担当する北米派遣航空軍集団(司令部 サクラメント)、中東方面航空軍集団(司令部 ポートサイド)には多数が配備され、特に後者では主の政治的上の理由から三七式戦闘機を配備することができず、また海洋打撃航空集団(というよ、り同集団向けに配備された四〇式戦闘機〈藤宮《剣》望〉や、四三式戦闘攻撃機〈藤宮《青嵐》わかば〉の配備)が三七式と同様の理由からできなかったため、ポートサイドに配備されている戦術航空機の大半が〈丘野《陽光》ひなた〉という状況を呈していた。
 このため、日本の海外における軍事活動における顔として、いつも日本の国家戦略に基づく武力行使とともにあった。しかし、同時に地域紛争での実戦経験は、例えば弾薬の搭載パターンの間違い、あるいは搭載し忘れ、また主脚の泥除けの取り付け忘れなど、前線飛行場におけるヒューマンエラーを理由とする整備能力の問題も浮き彫りにした。

 主に北米と大西洋を中心として行われた第四次世界大戦においても、〈丘野《陽光》ひなた〉は快活振りをそれぞれの戦線で披露している。特に、北米分断戦の東側に構築された防御陣地帯、〈カエサル・ライン〉に対する航空攻勢では友軍の援護の下、その小型機には似つかわしくないパワーを生かし、通常は搭載しないセンターパイロンにレーザー誘導式の3t徹甲爆弾を搭載、指揮所とともにそのゴールキーパーたる防空陣地ごと吹き飛ばすことさえあった。(※4)

 また、日本航空軍にとって信頼するべき「妹」(小型戦闘機)であった〈丘野《陽光》ひなた〉は同時に空につきものの未確認飛行物体との遭遇の多い機体でもあった。
 この中でも、第四次世界大戦中に複数の目撃事例が発生した「飛行船」と呼ばれる未確認飛行物体に対する追尾行動は、その後〈丘野《陽光》ひなた〉を装備するいくつかの飛行隊が飛行停止処分となるなど、未確認飛行物体を航空軍の秘密兵器と考えている人々にとっての論拠の一つにさえなった(※5)。そのほかにも、茄子型の未確認飛行部隊に襲われるという珍妙な話もあるが、これは搭乗員が見た幻覚ともいわれている。

■いつもあなたをみています

 補助戦闘機として、時には主力戦闘機として十分以上の能力を示した〈丘野《陽光》ひなた〉は第四次世界大戦の終戦後においても、否、むしろナチスドイツが実質的に崩壊、実質的にスーパーパワー同士の対決の可能性が大幅に低下したために高まった比較的安価な多用途戦闘機の需要に適合していた。もはやそれは、大国がその国家リソースを注ぎ込んで開発した戦闘機とはまったく別の物語上にあるものだったが。

 西阿紛争で初めて実戦に供された初の大幅改良型である況燭蓮△修寮鑪状況似合わせて改良が施された改良型である。推力10トン級エンジンの搭載による推力強化に加え、レーダーはFD-29を原型に、アンテナ部分をひまわりの花のように素子を並べたアクティブ・フェイズド・アレイタイプのアンテナに変更したFD-29M(V2)(※6)へ換装、欠点でもあった同時多目標の追尾能力の問題を解決している。これに伴いレドームが大型化、延長されており、機体の印象も変わっている。操縦席も大幅なグラス・コックピット化が図られ、また搭乗員のG対策として座席を傾け、これに合わせて操縦桿も感圧式のサイドスティック方式に改められている。
 この改修はむしろ「妹」(補助戦闘機)としての制限を取り払い、主力戦闘機として十分に使うことのできる機体へと変わるものであったが、一部の軽戦闘機の信奉者からは不評を買っている。
 ともあれ、主に予算の問題から〈彩坂《ラプター》愛美〉や〈鷺澤《ウーフー》美咲〉といった完全ステルス機の開発が遅れ、セミ・ステルスおよび従来型の機体に頼らざるを得ない日本航空軍にとって、「妹」から主力戦闘機へと変化した〈丘野《陽光》ひなた〉はなくてはならない存在であることは確かである。

性能諸元(儀)

乗員:1名
発動機:三菱フ33Kターボファンエンジン2基
 (推力5,000圈〜推装置使用時8.300)
全幅:11.36m
全長17.37m
速度:マッハ2.32(高度11,000m)実用上昇限度:17,000m
航続距離:2,000km(外部搭載燃料使用時3,200km)
武装:ホ-157 30航空機関砲(弾薬180発)
   各種ミサイル・爆弾等4,380(最大)


(※1) 超音速戦闘爆撃機として開発された一七式戦闘爆撃機を原型に、野戦飛行場からの運用を想定し外翼を可変翼とした地上攻撃機。超音速飛行も可能だが、BVR戦闘能力は考慮されていないため、戦闘機としての能力は限定されている
 また、可変後退翼についてはあくまで離着陸時の動作角度が固定されており、〈清風〉系列で採用された、速度・高度などのパラメータに応じて後退角を可変させることは考慮されていない。

(※2) 赤外線誘導AAM等、ブザーの警報・警告音が増加したため、その対応策として独特の警報音を採用した。このため、うにゅうにゃRWERという有り難くも無い渾名を頂戴している……はずなのだが、悪乗りした士官の一部がその音源を利用して目覚まし時計を作り、基地祭で販売したのは有名

(※3) 現場では環境が良好な場合、「裸のお姉さんが盆踊りしているところまで撮れる」という評判まで立った。ちなみに、本当に撮れたのかどうかは定かではない。

(※4) ただし、その際に目標になった指揮所はあくまで前線指揮所に近い位置づけにあり、その防御もせいぜい250堙姐断弾を想定している程度だった。3t徹甲爆弾の使用というのはやりすぎであったことは否めない。

(※5) ちなみに言えば、ナチスドイツの崩壊以後、やっと活発になった政府の情報公開によれば、その「飛行船」は兵部省が管轄する高高度偵察コンポーネント、文字通りの高高度を滞空する偵察飛行船であったらしい。なお、活動範囲については未だ非公開であり、主に南洋海域の哨戒にあたっていたといわれているが、北米でも目撃例があり、全地球規模で活動していたという説もある。

(※6) また、その他の部分にも改修が加えられており、むしろFD-29を原型とした新型機載レーダーというべき能力を持っていた。
 特に、アクティブ・フェイズド・アレイ化によりメンテナンス間隔の拡大、また電子的にビームを作り出すため、レーダーアレイの首振りが不要となっており、TWS(複数追尾)モード使用時の精度向上といった点で大幅に優れている。