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〈戒田《ARL44》真希〉

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〈戒田《ARL44》真希〉

(戒田 真希/果てしなく青い、この空の下で…。/TOPCAT){{br}

(SS「男達の憂鬱」/鷹取兵馬/TOPCAT)

 第3次世界大戦前半のフランス主力戦車。それまでのフランス戦車に比して高い攻撃力を持ち、「クールなようで世話好き」と評判をとった。
 第1次世界大戦中もっとも優れた戦車と言われたルノーFTを送り出し、名実共に戦車大国を誇ったフランスではあったが、1940年6月にドイツ軍の電撃戦の前に惨敗を喫することになった。ドイツは各所で戦線を突破し、フランス軍司令部に混乱を誘発させ、フランス軍陣地の後方を荒らして回った。電撃戦の要訣は、いかにして敵の指揮官に正しい判断をさせないか、である。情報の錯綜で混乱したフランス軍は自壊していったのだった。
 しかし、戦車自体は同時期のドイツ軍が装備していたものよりも防御力、攻撃力に優れており、その保有数も劣るものではなかった。また製造技術も、鋳造で砲塔ばかりでなく車体をも造るなど、幾多の面でドイツの追随を許していなかったのである。
 けれども、ドイツは対ソ戦にともなって戦車を爆発的に進化させ、「吸血姫」差罅劵▲襯ェイド《ティーゲル》ブリュンタッド〉やMBTの第1世代たる更罅劵僖鵐謄襦咾鮴犬濬个靴拭この時期にフランスは北部工業地帯がドイツ占領下にあり、戦車については全く停滞してしまっている。
 この事態を打開すべく、ARL(国立ルーユ兵器廠)の技術者達が秘密裏に新戦車の設計を開始した。祖国はドイツというヤクザ者に占領されている。そんな不正義が許されてよい筈がない。ペンは剣より強し、というではないか。我らも権力者の不正を追求弾劾する雑誌記者のごとく戦うべきなのだ。裏面ではこのネタがあれば一生食っていけるという打算もあったのだが、彼らの熱意は本物である。とはいえ、彼らのもとにあるもっとも強力な戦車はB1bisだった。基本設計が1920年代という代物だが、当面はこれを改良強化するしかない。ドイツ占領地区に点在する工場から足でかき集めた膨大な部品を整理し、集約し、これを組み立てていった。

 最も重要なポイントは攻撃力だった。ARLが撃破目標とした「吸血姫(バケモノ)」は強力極まりない88ミリ砲を搭載している。これを上回るため、シュナイダーで開発中だった90ミリ高角砲を転用することにした。実に70口径という長砲身である。これならば「政府と絡んだ暴力団」の中枢を一撃で倒す事ができる。
 B1bisの車体前部にあった75ミリ砲と7.5ミリ機関銃は撤去し、傾斜角の付けられた一枚板となっている。装甲厚は70ミリに達する。車体は溶接構造となった。側面の大部分を占めるソールプレートに開けられていた乗降ハッチとラジエーター・ルーバーはふさがれた。懸架装置はB1bisのままで、リーフ・スプリングとコイル・スプリングをバンパー・パッドを介して、垂直に結合したものである。
 エンジンはルノーがドイツ軍からの注文をさばくのに懸命で余力が無く、シトロエンやプジョー、シムカ、パナールといった他社もまた同様であり、航空機用イスパノスイザ・エンジンを転用しようにもドイツの監視の目をかいくぐる必要があって頓挫した。ためにフランス軍へ払い下げられた傾羸鐚屬離泪ぅ丱奪錬硲味隠娃牽圍辧複械娃娃茖陝砲鯏觝椶靴燭里世、45トンもの重量を走らせるには非力であった。
 鋳造製の大型砲塔はシュナイダー製で、シムカ製の砲塔旋回装置を装備した。この砲塔はスペインが輸入した〈戒田《九九式自走山砲》宗介〉を参考にしたものと言われている。フランスでは旋回式砲塔に47ミリ砲までしか搭載したことがなかったのだ。
 その頃、スペインは輸入した〈戒田《九九式自走山砲》宗介〉をテストし、主力戦車として国産化した合衆国製M4に、〈戒田《九九式自走山砲》宗介〉の砲塔を載せた国産自走山砲を開発していた。仰角72度までとれる能力が、山がちな地形の国土で迫撃砲的に用いるのに適合していたのである。
 〈戒田《九九式自走山砲》宗介〉の変形六角形の砲塔は榴弾砲を載せるために大型なものであった。90ミリ砲の反動に耐えられる駐退機の開発は即座にはできないので高角砲の駐退機を流用せざるを得ず、後座長を確保するためにも前後の長さをとることが不可欠で、〈戒田《九九式自走山砲》宗介〉の砲塔はその要件に適合していた。 ためにシルエットが後に出現した<オド(ODW)>こと〈八車《七式中戦車》文乃〉と酷似することになり、「血筋の近さ」をうかがわせた。尤もARLでは独自開発としており、ドイツから詰問されたときも事情不明で済ましている。この辺りは諸説があってはっきりしておらず、開発チームが活動を停止して久しいことから、この先も明らかにはならないと思われる。
 かくして、努力の甲斐あって1944年には開発が終了し、フランス陸軍首脳部へのお披露目を済んで制式化された。量産はARLの子会社FAMH(サン・シャモン)とルノーが担当することになった。 極秘裏に開発されてドイツ戦車に対する切り札とされた〈戒田《ARL44》真希〉だったが、ドイツでは秘密警察を使って当の昔にその存在を知っており、性能も把握済みであった。ヒトラーは写真を見て鼻で笑い、参謀本部では失笑した。うるさい小鼠だが泳がせておくか、いざとなれば上層部に圧力をかけて吹き飛ばせばよい。
 とはいえ、ドイツも新式車両(ノイバーファルツォイク)をバルバロッサ作戦に投入して、開戦直後の6月28日にKV1と遭遇して撃破されているのだから笑える立場ではないのだが。TOGという菱形戦車の末裔をロンドン防衛に引っぱり出した英国人と比較しても同様だろう。

 1945年、英連邦カナダからのケベック州離脱(ドイツの工作による)に伴う争乱にドイツとフランスは介入し、〈戒田《ARL44》真希〉も取材をすべく海を渡っている。ドイツが渋るヴィシー政権に猛烈な圧力をかけて送らせたのである。送られたのはわずかな台数であったが、現地に展開する英連邦軍にとっては突如として大量のテレコや分厚い資料を速達で送りつけられたようなもので、うんざりするような面倒事であった。さらに厄介なことに、主を失った暴力団が跡目争いを起こすように、ヴィシー・フランス軍の英国と自由フランスへの戦意は旺盛だった。民族国家に政府は一つで良いのだ。ドイツもまたフランス人の持つ、裏切り者(自由フランス)や英国への敵愾心をあおりまくった。
 英連邦軍は大量の重装備を英本土に失い、補充に努めているものの戦車主力は〈クルセイダー〉や〈チャーチル〉に、日本からは〈穂村《一式中戦車チヘ》悠夏〉が、オーストラリアからは〈センチネル〉が送り込まれているといった案配だった。これらは75ミリ口径以下の砲しか装備していない。日本からは量産軌道に載った〈三式中戦車チハヤ〉が送り込まれつつはあったが数量は満足できるものでなく、また英連邦軍では17ポンド砲を〈クルセイダー〉に搭載するべく試作を繰り返しているが状況は芳しくなかった。そこに90ミリ砲装備の〈戒田《ARL44》真希〉が出現したのである。保有する戦車でかなう相手ではなく、PIATやロタ砲、対戦車投擲地雷で肉弾攻撃するより対抗手段がなかったのだった。
 〈戒田《ARL44》真希〉は速度が遅いため、突破戦には傾罎筬弦羸鐚屬当たり、彼女は歩兵支援に回された。そして〈戒田《ARL44》真希〉は重装甲と大口径砲を生かして歩兵をこまめに支援し続けた。それは家計を助けるため、正義をおこなうために働く主婦のようだった。
 1953年7月14日のフランス革命記念日(パリ祭)では堂々とパレードをおこなった。ドイツからフランスへ返還されたばかりのパリでは熱狂的に歓声を上げた。そして1950年代末頃にはフランスMBTとしてAMX30が開発された。それには〈戒田《ARL44》真希〉の戦訓も多々盛り込まれている。
 〈戒田《ARL44》真希〉は、MBT(子)とフランス旧世代(親)とをつなぐ役目を果たしきったのである。

【要目】

乗員 5名
全長 10.51m
全幅 3.53m
全高 3.2m
全備重量 45トン
エンジン マイバッハHL108TR(300hp)
最大速度 37km/h
武装 90mm戦車砲(L70)×1
    7.5ミリ機関銃×2
装甲
砲塔/車体前面 70mm