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〈岡本《南斗》みなみ〉

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川西 十式攻撃機〈岡本《南斗》みなみ〉

(元ネタ:岡本みなみ 「とらいあんぐるハート2」他/Ivory・jANIS)

(注) この記事は昭和31年発行の「航空旭日」の記事を再掲載した物である。ただし各所に記事の修正や情報の隠蔽工作が行われた箇所があり、第三次世界大戦終結から数年しかたっていないという、当時の情勢をうかがい知ることができる。

■小さな力持ち

 対独戦を見越し、保有機のジェット化による代替を目論む統合航空軍は、戦術目標に対する精密攻撃を行う中型爆撃機もその例外としていなかった。しかし、航空優勢を確保する為に最優先目標とされた戦闘機のジェット化およびその更新、加えて〈富嶽〉の配備促進という二つの荷物を抱えている状況では、急速にその意味を失いつつある(と当時は思われていた)中型爆撃機――戦術攻撃機のジェット化は海軍艦上攻撃機の転用で十分、つまり〈輝星〉艦上攻撃機を統合航空軍でも配備することで問題ない、とされた。
 しかし、〈輝星〉自体の開発が遅れた結果生産計画自体が遅延、〈輝星〉艦攻は海軍向けの需要を満たすために手一杯といった状態にあり、統合航空軍へまわすだけの余力はなかった。また、〈輝星〉自体、もともと「艦上攻撃機」すなわち、英語で記すならばTorpedo-Bomberであり、統合航空軍が戦術攻撃機に要求していた性能を全て満たす程ではなかった。(※1)
 〈岡本《南斗》みなみ〉はこうした問題に対する統合航空軍の解答として、敵戦闘機にの邀撃を突破可能な高速爆撃機として、川西に対して一社特命で開発が指示された。また、第二次大戦後期に〈月光〉(※2)の代機として少数が配備されたキ102(※3)的な、双発多用途機としての役割も期待されていた。
 この難問に対して、川西は戦闘爆撃機を拡大したような、爆撃機としてはコンパクトな機体に、ネ350ターボジェットエンジンを二基、横並びに胴体内に納めた機体で回答を示した。搭載兵装は基本的に機外搭載とされ、かつて〈彗星〉や〈流星〉で問題となった爆弾倉のサイズによる搭載兵装の制限を大幅に軽減した(※4)。
 初飛行は1949年。中型爆撃機としてはコンパクトにまとめられながら、搭載量は最大6トンに達し、クリーン状態での運動性は極めて良好――模擬空戦では当時の主力戦闘機だった〈芹火〉改とも張り合うほどの性能を示した。
 ただ、深刻とはいえないまでも、無視できない問題もあった。搭載量一杯まで爆弾を搭載した場合、最大離陸重量が過大となり、ひどく長大な滑走路が必要となることが判明した。航続距離の減少は元々燃費率の悪いネ350ターボジェットと相まって、搭載量の削減とエンジンの変更、胴体内燃料タンクの拡大で対応するべきとする意見が、特に旧海軍系の将兵から強く主張された。この点について、統合航空軍は最終的には運用で補うことのできる問題――大型落下タンクや実用化の目処が立った空中給油(※5)――として、ほぼ原型のまま十式陸上爆撃機として制式採用を決定した。愛称は〈岡本《南斗》みなみ〉――キ102海軍型、〈銀河〉をその嚆矢とする陸上戦術攻撃機の命名基準、天文(星座)によるものだった。

(※1)特に、搭載能力の面で最大搭載量3トンは、当時実用試験に供されていた八式戦闘爆撃機を多少上回る程度である。また、この搭載量はあくまで七式音響追尾魚雷を2発懸吊した状態であり、通常爆弾を搭載した場合の搭載量は多少減少している。
(※2)〈ボーファイター〉国産型。
(※3)川崎が設計・開発した双発多用途機。キ38系列の最終発展型ともいえる機体で、同一フレームをベースに、戦闘機型、戦闘爆撃機型、襲撃機/攻撃機型が開発された。ただし、ジェット化の急速な進展に伴い、実際に配備されたのは襲撃機/攻撃機型のみだった。
(※4)日本海軍最後のレシプロ艦上攻撃機となった〈流星〉も、最終発展型である四三型は胴体内爆弾倉を取りやめ、強化ポイントの増設と爆弾架の改良により、搭載能力と運用の柔軟性を大幅に向上させている。
(※5)陸軍航空隊は大正年間にすでに空中給油の実験を行い、成功させていた。ただし、実用的なシステムの原型が完成するのは47年に、〈深山〉特別改造機を用いて行われた試験まで待たなければならなかった。

■航空削岩機

 実戦部隊編成を完了した〈岡本《南斗》みなみ〉は、直ちに北米戦線へと投入された。 初の実戦は50年4月に生起したデンバー攻囲戦だった。本来の任務ではない、直協任務に投入された〈岡本《南斗》みなみ〉は、急造ながら、それなりに堅固な陣地として構成されたデンバー市南方陣地に立てこもるドイツ軍に対して多数の徹甲爆弾(※6)を投下、陣地ごと吹き飛ばすという荒業を敢行し、デンバー市の早期制圧へ寄与することとなった。しかしこの結果、デンバー攻囲戦において歩兵や航空統制官からは、その後、「航空削岩機」という有り難くない異名を頂戴することとなる。
 また、同時にもうひとつ有り難くない欠陥も判明した。射爆照準器の不良である。
 照準用電探との連動にはじまり、機体速度なども自動的に計算、これまで熟練の爆撃手が行っていた作業を電気式アナログコンピュータに肩代わりさせるシステムは、専任の操作手が必要とはいえ、「居眠りしていても爆弾を命中させられる」という開発側の売り口上が冗談に聞こえない程の性能を持っていた。また、対空砲火の直上を通過することなく投弾できる攻撃方法、投射爆撃法も可能になっていた。
 ただし、それは射爆照準器が問題なく動作したならば、という条件つきの高性能だった。戦闘機並みの運動性を誇る〈岡本《南斗》みなみ〉に搭載された九式射爆照準器は、多少なりとも無茶な機動を行った途端、簡単に故障する難物だった。何かトラブルがあると、すぐに機能停止に陥ってしまう射爆照準器では、まともに戦っていられない。
 直ちに統合航空軍は開発元に対して不具合の改正を命じ(※7)、それは主任技術者が逃亡騒ぎを起こす(※8)程であった。最終的には統合航空軍の要求を満たす程度には信頼性が向上したものの、退役まで〈岡本《南斗》みなみ〉の射爆照準器は搭乗員にとって不信の対象でありつづけた(※9)。

(※6)海軍が備蓄していた50番通常爆弾。近接信管の実用化により、投弾法として急降下爆撃が陳腐化したこと、80番通常爆弾が一般化したことから死蔵品扱いになっていた。
 ちなみに、海軍は第三次大戦終結まで、徹甲爆弾を「通常爆弾」と呼称しつづけ、一部兵站に混乱をもたらす原因となった。なお、これが統合航空軍方式に統一されたのは、第三次大戦終結後の1958年である。
(※7)この命令は、一ヶ月で不具合が改正されない場合、射爆照準器の採用を取り消し、旧式ながら信頼性の面では問題のない六式に変更するという徹底的なものだった。
(※8)結果的には、同僚の仁村技官が宥め、事なきを得ている。
(※9)実際には高電圧を必要としない、半導体素子を用いた一二式射爆照準器に更新されることでほとんどの不具合は改正されていた。

■攻撃第15飛行隊

 もちろん、〈岡本《南斗》みなみ〉は本来の任務――敵後方への阻止攻撃やカリブ海での船舶攻撃にも投入された。51年夏に行われたフロリダ、キーウェスト軍港への奇襲攻撃(インター・ハイ作戦)では、対艦攻撃用に開発された〈ハイ・ボール2〉爆弾(※10)によって、停泊中だった〈ツォルンドルフ〉を撃沈、その他に油槽船3隻を撃沈破する戦果を挙げている。この結果、当時周辺海域で唯一行動可能状態にあった「戦艦」を持たなかった枢軸国側が、カリブ海における優位を確保する遠因となった。
 また、「上帝」作戦や独側の「ボナパルト」作戦に対する航空反攻においても、限定的な航空優勢の中、防空網をかいくぐり橋梁や補給拠点といった戦術目標に痛撃を与え続け、冷戦終結後、日本国内でも出版されるようになった、ドイツ側からみた当時の戦記に言葉を借りれば、「戦術機の業ではない搭載量は、我々にとって悪夢の様なものだった」とまで評される程であった。もちろん、裏を返せば枢軸側にとってこれほど心強いものはなく、常に攻撃的航空作戦において、防空網を突破する前衛としての役割を果たしつづけた機体だった。
 ちなみに、これは余談だが、合衆国の天才的な設計家はその後、小型空母でも運用可能な戦術攻撃機、〈スカイホーク〉を設計したが、この設計に際して、〈岡本《南斗》みなみ〉の基本コンセプトを大いに参考にしているといわれている。実際、〈スカイホーク〉は本家の西合衆国のみならず、第二次大戦型の中小型空母を保有する各国において、戦闘機兼爆撃機的な運用が可能な機体として重宝されることになる。

(※10)跳躍爆撃専用の特殊爆弾。舷側に衝突、沈んだ後に炸裂、水線下に大損害を与える特殊爆弾。英国が開発していたものに改良を加え、統合航空軍が実用化した。
 既に対空誘導弾が実用化されている段階での使用は危険だったが、キーウェスト軍港には防雷網が多数使用されていることが事前偵察で判明していたため、急遽〈岡本《南斗》みなみ〉の改装と、改装機の投入が枢軸国カリブ海方面総司令部により決定された。
 また、このとき使用された弾体には、バスケットボールを模した塗装が施されていた。

■要目(3型)
全長:12.5m
全幅:11m
発動機:三菱 ネ350−22(2,520kgf) 2基
最大速度:875km/h
武装:30mm機関砲(ホ255) 2門
最大搭載量:6t
乗員:2名