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〈AIR〉

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北崎・エンジニアリング・ヨーク〈AIR〉

(元ネタ:Key「AIR」より、その作品及び移植について)

  当時新造の航空機メーカーであったキタザキ・エンジニアリング・ヨークが開発した〈AIR〉は日本海軍でも艦上爆撃機/短距離偵察機として開発された〈Kanon〉(日本での愛称は〈彗星〉)に続き二番目に実用化した実戦機であり、同時に世界ではじめて実戦に投入されたジェット戦闘機である。また、アクシデントではあるものの、〈《イリジスティイブル》神奈〉に積み込まれ英本土から脱出した一部の期待は合衆国義勇艦隊との交戦において強引に運用され、奇しくもはじめて空母から運用されたジェット戦闘機となった。(一機を除いて全損、残余は空母〈インヴィンシブル〉に収容)。
 度重なる改設計により実戦能力を維持し続けた〈AIR〉は英連邦の研究能力の限界もあって本土防衛戦から第三次世界大戦の中盤に至るまで、英国及び英連邦の航空戦力の中核を担うことになる。

 これは余談だが、キタザキ・エンジニアリング・ヨークの設立者である北崎望は、日本帝国海軍が第一次世界大戦の戦訓を研究、また航空作戦及び戦技についての研究を行うことを辞し、渡英して同社を設立した。後に第二次二.二六事件の「懲罰」として海軍から放出されることになった横須賀のいくつかの施設及び用地を収得することにより、第2の本拠――名義上はグループ傘下である北崎・エンジニアリング・横須賀となったが――を得ることにはなるが、彼の日本および彼を放逐した日本海軍に対する距離は縮まることはなかった。

■Anemoscope

 黎明期のジェット戦闘機の大半がそうであるように、キタザキ〈AIR〉は半ば実験機としての性格を色濃く持っていた。そのままに愛称となった「AIR」もジェット機が適すると考えられた任務 Attack Intercept Reconnaissane の三つの任務の頭文字をとった、開発呼称に近いものだったことからも、この機体に望まれたものが何であるのか察することができる――言うまでも無く、それは高速機であればそれもがそれなりにこなせる任務であり、結果的に世界ではじめてジェット戦闘機を運用した英国空軍でさえ、ジェット機というこれまでの航空機とは大幅に異なる動力を持った機体の運用について明確なコンセプトを持っていなかったことの傍証でもある。
 幸いにして〈AIR〉は第二次英本土航空戦という状況でもあったため、半ば北崎側の独断ながら、迎撃機として完成する方向で開発が進められたために曲がりなりにも第二次英本土航空戦、あるいは英本土脱出に間に合わせることができた。だが、ほぼ同時期に開発の着手されたグロスター、あるいはデ・ハビランドのジェット戦闘機は軒並み戦闘爆撃機として、本土へ来襲するであろうドイツ側の輸送船団に対する攻撃任務についても強く求められたため。英本土失陥に間に合わせることが出来なかった。ちなみに、デ・ハビランドが計画していた双ブーム式のジェット戦闘機案の資料は同社施設が占拠された際に押収され、後のフォっケウルフが実用化した同様の形式の戦闘機に影響を与えることになる。
 このときに投入された〈AIR〉は非公式に第一シリーズと分類される
 第一シリーズの最も特徴的な点は、機体構造の少なからぬ部分を同社政策の前作、〈Kanon〉の設計を流用して開発されているという点である。戦況が逼迫しており、部分的にとはいえ既存機の生産設備が流用できる、また高速急降下爆撃機だった〈Kanon〉の構造は同じ高速機として十分に転用が可能だったことがその理由である。また、世界初のジェット動力機となったHe178を飛行させながら、ドイツ本国で冷遇されていたエルンスト・ハインケルを中心とするハインケル社の技術陣の手が入っていることを示すように、機首及び胴体中央部のラインについてはむしろHe178に近いものとなっている。
 エンジンは北崎製のNJ2型(北崎の社内呼称。日本海軍呼称はVJ1A、統合軍例本部統一呼称はネ101)を主翼下にピトー式に装備している。NJ2型はハインケルが開発したHeS8を原型とするもので、軸流式、遠心式圧縮機を組み合わせた圧縮機を備える北崎初のジェットエンジンだった。このエンジンは推力1,030圓鮓悗蝓当時のジェットエンジンとしては有数の推力を持っていたが、信頼性や燃費の面での実用性は皆無に等しかった。また、空襲による交通手段の混乱もあって第二次英本土防空戦では少なからぬ数の〈AIR〉が工場にエンジンなしの状態で並べられ、また時には工場ごと灰燼に帰すこともまれではなかった。
 武装は対爆撃機戦を強く意識したイスパノMk.兇鬘缶腓魑ー鷓険Δ烹果腓困朕兇衒けて装備している。また、エンジン架外側にそれぞれ250垉蕕稜弾を1発ずつ、あるいは空対空ロケット弾の装備も検討されていた。
 また、日本海軍も初飛行直後にこの機体の購入及び試験的導入を決定。局地戦闘機〈蒼電〉の愛称も決定していたが、英本土陥落に伴う混乱の結果、購入予定の機体も失われてしまったため、試験導入は日本国内に疎開した北崎の機体(後述)の完成を待つことになった。ちなみに、一部では北崎・エンジニアリング・ヨーク本社にて日本海軍の婦人部隊による航空隊が編成されたといううわさも流れていたが、これは正確には軍より試飛のために派遣された婦人搭乗員を基幹として、北崎の私設に近い防空部隊が運用されたということでしかない

 英本土陥落後、英連邦はシンガポールにその本拠を移し、戦力の再構築を図った。唯一英連邦で生産ラインを保持していた〈AIR〉もその例外ではなく、横須賀の北崎・エンジニアリング・ヨーク工場において生産、開発が継続された。実質的には増加試作に近かった英国生産型に対して本格的に生産が始められたことから、第一シリーズ通常型とも言われる。
 基本的な性能は第一シリーズ初期型と大差ないものの、英本土航空戦に投入された戦訓を取り入れた改良が施され、特に稼働率の向上に成功していた。なお。現存する〈AIR〉は全てこの第一シリーズ通常型である
 なお。第一シリーズ通常型は日本海軍も艦上機型を〈蒼電〉の名で採用している。やだし、〈蒼電〉は武装を原型のイスパのMk.兇ら、九九式二号銃へと変更するなど、各部を日本海軍の規格に合わせる改修が施されている。

■Books

 北崎の社史には常に「やむを得ぬ判断として」と記される日本政府との協定のもと、北崎は日本海軍と共同して行われたジェットエンジンに対する研究開発を行っていた。この結果をもとに、機体設計の全面的な改修(エンジン配置をピトー式から胴体側面に半埋め込みとした)を行い、レシプロ機的な設計からの脱却を図っている。
 機体設計の大幅な変更から、〈AIR〉の第二シリーズとも言えるこの改良型は、戦時下という制限がなくなったことから、設計面での制限がなくなったために設計面での余裕ができたことから、この形式は第三次世界大戦の中盤に至るまで英国空軍及び海軍航空隊の主力戦闘機として運用される〈AIR〉シリーズの実質的な原型となった。
 特に、外見的な特徴となったのが後退翼の採用である。ハインケル社技術陣の引き抜きによってドイツにおける最初の実用ジェット戦闘機となったMe262とは異なり(※)、〈AIR〉の後退翼は空力的な効果を狙って採用されており、高速域での抵抗減少に役立った。なお、翼端失速を防止するために主翼半ばに小型の境界分離板が装備されている。これは後退翼の採用に伴う強度向上のために前縁スラットの装備よりも軽量に収まり、抵抗増大も最低限にとどまったため、整備能力の点で限界のあった英軍としては有効な策だった。また、英海軍の要求から、艦載が前提とされたための主翼の折りたたみ機構が艦載型には組み込まれており、前縁スラットの装備が物理的にできないという事情もそれに追い討ちをかけている。
 エンジンもこれまでのNJ2型から、軸流式圧縮機を持つNJ4型(日本ではVJ3)へ変更されている。推力はNJ2型の1,100kgfから1.700kgfに増加、加えてエンジンの変更によるエンジン径の縮小は結果としてエンジンの機体への埋め込みを可能としており、機体全体の抵抗の減少に役立つことになった。
 武装は当初イスパノ系列の機関砲の搭載が検討されたが、大規模な武装の供給が可能だったのは日本のみであり、このため、エリコン系の九九式20亠―討魃儼海任盧陵僂垢襪海箸箸覆辰拭なお、取り付けなどの設計は第一シリーズ通常型の日本海軍向け生産型の設計が流用されている。
 また、戦闘爆撃機的な運用も考慮されたために射爆照準装置が強化されたほか、搭載量も増強、翼端部分には空対空ロケット弾を搭載可能なように強化ポイントが追加されている。

  この型も、日本海軍に〈蒼電〉改(制式には〈蒼電〉三四型)として配備された。最初は大型空母のみだったが、母艦側の改良、発艦促進装置及び着艦拘束具の改善、加えて運用に対する基準を緩和することにより、日本海軍が保有する正規空母の大半での運用を可能とした。

(※)Me262が採用した後退翼は、あくまで当初予定していた軸流式エンジン、BMW008の開発が間に合わず、開発が完了していたユンカース・Jumo004に変更する際した際の重心調整のためであった。

■Consumers

 第二シリーズの開発・生産によって、〈AIR〉をジェット戦闘機時代に対応させることに成功した北崎は、後継機の開発に着手するとともに、〈AIR〉自体に最改良に着手した。本来であれば改良の限界に近い〈AIR〉の改良に英国がこだわったのは、結果的に英国が唯一保有・運用が可能なジェット戦闘機がほぼ〈AIR〉しかない、という状況が影響している。
 ただし、本社はこの開発にほぼ着手、ライセンスを受けて生産していたオーストラリアのコモン・ウェルス社が開発を担当している。開発コードDC、及びPS2の二つのコードが取り入れられたこの改良型は〈AIR〉という機体が持っていた発展余裕の最後のひとかけら。感傷的な表現をとるならば、英本土への帰還という、第三次世界大戦における英国の悲願を具現化したような機体であった。また、同時にこれは日英米枢軸における中核だった日英ではなく、その周辺にあった英連邦諸国が装備することになった。
 第三シリーズに分類されるこの機体は、基本的な形状はほぼ第二シリーズに準じている。ただし、第二シリーズで端緒をつけた多用途戦闘機としての性能の充実がそれぞれ図られており、加えて運用する英連邦各国の状況に合わせた改修がそれぞれ施されている。
 兵器規格的に英国に近かったカナダ向け生産型、通称DCはジェット運用が可能な空母を保有していなかったカナダ軍に合わせており、陸上運用専用とすることで機体の軽量化を図っている。ただし、改良点は限定されており、カナダ空軍が早期にドイツに対抗しうるジェット戦闘機戦力を確保することに貢献している。
 一方、主にオーストラリア(正確には大戦末期に大韓帝国も装備したが)向けに生産されたPS2型は第二シリーズの日本向け生産型の発展型である艦載機型で、戦闘機としての性能向上もさることながら、カナダ向け生産型と同様、ジェット戦闘爆撃機としての性能を強化した機体である。ただし、こちらは機首の設計を改め、小型のレーダーを追加することで、限定的な全天候能力を保有している。これは、唯一戦争資源に余裕のあったオーストラリアが独力で建造したジェット運用対応型の航空母艦によって海軍航空戦力のジェット化を図るという目論見があったためであり、言うなれば合衆国におけるF3D〈スカイナイト〉を改修し、A3D〈スカイウォリア〉に発展させたのと同じ思想に基づく物であった。

 いうなれば第二次〜第三次世界大戦において、本土を喪失し、奪還した英国とともにあった〈AIR〉だったが、結果としてそれは英軍の装備を初期のジェット機の段階に留めたといっても過言ではなかった。確かに度重なる改良により、日独が投入した戦闘機群から引き離されない程度の性能を維持しつづけたという点においては、北崎や、あるいは改良型の開発を担当したコモン・ウェルス社技術陣の努力は賞賛されてしかるべきである。しかし、一〇式艦上戦闘機や〈フューリー〉あるいは敵手たるドイツのHe481 、Ta483といった、ジェット戦闘機という概念に基づいて開発された機体が相手ではどうしようもなかった。(一説によれば、英軍所属の空母がノルウェー沖海戦において、〈奪還〉部隊への配備となったのは、極少数の〈シーヴィクセン〉以外は〈AIR〉に依存していた英国艦隊の防空能力に疑問が呈されたため、ともいわれている)。
 しかし〈AIR〉は確かに時代に名を刻んだ機体ではあった。英本土防空戦での活躍に始まり、第三次世界大戦における英国及び英連邦諸国の象徴でもあった。だが、それは同時に、英本土を奪還した英国が、戦後においてその国防を、常に駐英日本軍を想定に入れなければならない――あるいは独力で英本土奪還へ届かなかった、英国の力を象徴した機体でもあった(皮肉な話だが、この戦争で完全に英連邦に見切りをつけたオーストラリアは後のF-111〈レイヴン〉装備まで、どちらかといえば日米型の機体を装備することになった)。


■性能諸元

Mk.毅(最初の本格生産型)
全長:10.2m
全幅:12.2m
全高:3.2m
最高速度:830km/h
航続距離:800km

発動機 北崎 NJ2B (推力1.120kgf)

武装:イスパノMk.供。横悪亠ヾ慄ぃ缶
   (1門あたり100発)
   爆弾等 合計1t

Mk.(カナダ向け最終生産型)
全長:11.2m
全幅:10.2m
全高:3.5m
最高速度:960km/h
航続距離:1.200km

発動機:北崎NJ4C (推力1.970kgf)

武装:九九式20亠―董。缶
   (1門あたり120発)
   爆弾等 合計1.8t