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〈《旭光》委員長〉

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立川 七式戦闘機 〈《旭光》委員長〉

元ネタ:ぱじゃまソフト「プリンセスうぃっちぃず」委員長

解説

 日本帝国が北米での戦いの中盤から投入した七式戦闘機は、日本の航空戦力の組織的再編がなされ、急速に独自の戦力として再構築されたことの一つの象徴であった。同時に、日本の国家戦略の中で打ち捨てられてきた陸軍航空隊のもつ航空機関連技術の集大成でもある。
 機首にインテイクを備え、層流翼断面をもつこの単発ジェット戦闘機は、高高度性能において当時のあらゆる戦闘機を上回る能力を持ち、装備されたロールスロイスと共同で開発されたジェットエンジンはこの戦闘機に音速に近い速度性能を与えた。また、武装面でも七式戦闘機はブローニングM2の動作機構を利用し、20ミリに口径を拡大したホ5型機関砲を4門、機首の左右に装備しており、従来のレシプロ戦闘機を大きく上回る火力を発揮することが可能であった。ただし、七式戦闘機はあくまでも純粋な高高度邀撃機、あるいは制空戦闘機としての能力が優先されたために当初は戦闘爆撃機としての地上攻撃能力は想定されていなかった。
 だが、この戦闘機が内包していた問題は飛行試験の段階で露呈した。衝撃波の発生を遅らせる目的ではじめて採用された後退翼に起因する空中での安定性の欠如と独特の飛行特性の問題により、不安定な機体という印象を関係者に植え付けることになった。この安定性の欠如の原因となったのはもちろん後退翼の特性もあるが、同時にこの機体の原型にも理由があった。この戦闘機の原案は日本で設計されたものではなかったのだ。北米より失われたアメリカ連合国、その崩壊の際に持ち出された試作戦闘機の概念設計を原型としたものであったためであった。画期的な次期主力戦闘機、それもジェット戦闘機として自社提案される、あるいはジェット戦闘機の習作として扱われるであろう、とされていた概念設計案は、個人的な伝によって太平洋を渡り、日本へと送られたのである。
 そのような経緯はともかく、「失われた」主力戦闘機としての設計思想の相違からくる安定性の欠如は一部の派生型を除いて最終的に残り、搭乗員を苦しめることになる。
 安定性の問題について、設計変更と搭乗員に対する教育の徹底によって対処したことで実戦配備にこぎつけた七式戦闘機は、配備の遅れを理由に日本軍以外への配備が行われなかったことから、主に北米戦線における、東米およびドイツに対する反抗作戦に投入された。
 また、北米戦線へ投入される49年頃には、〈クルシェンヌ《閃電》ルーセル〉に並ぶ主力機として、汎用戦闘機としての能力強化が図られている。具体的には爆弾架取り付け用の強化ポイントの増設、および増加した重量に対応するためのエンジンの推力強化が行われている。また、米国のF‐86を参考に主翼前縁にスラットを追加、安定性を欠く原因の一つであった翼端失速の問題の最終的解決を図り、「プリンセス(主力戦闘機)」としての方向性を強めた。だが、同時にこの派生型にはもう一つの裏があった。欧州勢力によって、欧州から見れば世界の反対側に追い込まれた英国が立案した欧州連合に対する報復兵器としての側面である。ジェット戦闘機の普及は従来の戦略爆撃機の価値を急速に失わせ、その代替策として、反応兵器を搭載する高速ジェット爆撃機、あるいはジェット戦闘爆撃機の有効性に英国は着目し、それを可能とする機の開発を日本に委託したのだった(ちなみに、この高速小型機による防空網突破による核攻撃という構想は後に日本が引継ぎ、より均衡の維持に特化した形で発展させる。三次大戦末期に原型機が実戦配備された〈天河〉改、あるいはその後継となった〈彩光〉による特殊任務である)。事実、この発展型は小型化に成功した反応弾と落下タンクの装備が可能であり、また後には空中給油用のレセプタクルが装備されている。
 また、英国と共同開発した小型機載電探、通称〈ベレー〉をインテイク上部に装備した夜間戦闘機型、英国空軍の連絡将校がつけた愛称〈PAPI‐RIN〉と呼ばれる派生型も少数ながら生産されている。しかし、レーダーおよびレーダー操作員席の追加による重量増大とそれに伴う運動性の低下により、昼間戦闘機型に比べてそれほど有効性を示せなかった。
 一部に安定性の問題があったものの、推力の大きいエンジンと、そしてドイツ機に対して卓越した高高度性能はドイツ側の第1・5世代機に対しては完全な優位に立つことができ、また第2世代として投入されたTa183〈フッケバイン〉に対しても総合的に見れば互角、また高高度性能と制限速度の面では優位にあったため、実際の戦場では高高度性能を生かしたダイブアンドズーム戦法で優位に立つことが出来た。当初の不安定を解決した七式戦闘機は確かに、不埒な欧州連合の航空戦力から空の風紀を守り、空軍におけるプリンセスの一翼を担ったのである。
 ちなみに、この七式戦闘機、公式に決定された愛称が無い、ということでも知られている。最も有名な愛称として〈旭光〉の愛称があるがこれも制式採用に絡んだ資料には存在せず、唯一公式資料に残された愛称らしきものは、英国が後期生産型を導入した際に〈ナターニア〉という名称が検討されたという程度である。

性能諸元(儀寝機

  • 全長 11・8m
  • 全幅 11・7m
  • 全高 3・8m
  • 機体重量 3,730kg
  • 全備重量 6,050kg
  • 最大速度 1,080km
  • 戦闘行動半径 550km
  • 発動機 ネ210ターボジェットエンジン 推力2,250kg
  • 武装
    • ホ5 20mm機関砲 4門
    • 爆弾、落下タンク等最大500kgまで搭載可能