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〈《Pz‐45》みずか〉

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〈《Pz−45》みずか〉

(みずか/ONE〜輝く季節へ〜/Tactics)

●誕生

 ドイツ軍の<パンテル供笋籠本軍の〈八車《七式中戦車》文乃〉に相当するスイス軍の第1世代主力戦車(MBT)。一般的知名度はさほど高くないが、その優美なデザインから軍事関係者の間で「永遠の少女(ユングフラウ(注1))」の愛称が付けられている。ただし性能的には前者よりも低く、小学生と高校生くらいの差がある。さらに〈Pz−45〉みずか〉は本来ドイツで開発され、数奇な運命によって遠い昔に(ドイツからスイスへ)旅立った戦車だったのである。

 1941年6月に開始された独ソ戦で、ドイツ軍は自軍の傾羸鐚屐↓弦羸鐚屬鯲寝錣垢襯熟△凌祁神鐚孱烹孱噂点鐚屐■圍械潅羸鐚屬冒遇した。特にT34はそれまでのドイツ戦車とは全く異なるコンセプトで設計され、その傾斜装甲や重火力はドイツ軍に衝撃を与えた。ドイツ軍はT34に対抗するために30トン級新型戦車の開発をスタートし、これにVK3002の名称を与えた。VK3002はダイムラー・ベンツ社とMAN社に設計が依頼され、両者の競作で決定される事になった。
 両案の中で斬新だったのはダイムラー・ベンツ案のVK3002(DB)であった。VK3002(DB)はT34の長所を徹底的にコピーした結果「T−34もどき」のデザインになった。T34と同じリアドライブ(後輪駆動)を採用し、砲塔はT34同様前方寄りで、エンジンもT34と同じ水冷ディーゼルを採用していた。しかしVK3002(DB)は単純なT34のコピーではなく、ドイツ的な改良も随所に見られた。リアドライブのトランスミッションの負担を軽減するために油圧式操向変速機が導入され、T34に比べスムーズなギアチェンジが可能となった(注2)。また足回りには旧式のリーフスプリングを使用し、車高を低くする事に成功している。
 ヒトラーとシュペーア軍需相はダイムラー・ベンツ案を気に入り、採用決定前に200両をフライング発注した。
 しかし両案を検討する目的で結成された戦車委員会はダイムラー・ベンツ案に否定的だった。ディーゼルエンジンがテストさえ行なわれていない代物で信頼性に不安があったのである。また、ディーゼルの採用によって、それまでガソリンだけだった戦車の燃料に軽油が加わる事による兵站の問題も指摘された。足回りもリーフスプリングよりMAN社案のダブルトーションバーの方が優れていると判断された。「リーフ(スプリング)の採用は戦術的(Tactics)に問題」だったのである。その中でも特に致命的だったのが砲塔のサイズである。ダイムラー・ベンツ案はMAN社案よりターレットリンク径が50ミリ小さいため、新開発の70口径75ミリ戦車砲を搭載するために砲塔を完全に再設計しなくてはならなかった。しかもダイムラー・ベンツ案は砲塔の余裕のなさから発展性に乏しく、将来的に大口径の主砲に換装すること不可能であった。つまりダイムラー・ベンツ案は「永遠に成長しない子供」のような戦車だったのである。
 1942年5月、委員会はMAN社案を採用し、これを更羸鐚屐礇僖鵐謄襦笋般震召靴拭0儖会の結論通り43年頃から配備され始めた<パンテル>は第二次大戦で大活躍し、第三次世界大戦でも二線級戦車として活躍している。<パンテル>には発展の余地があったため、第二次大戦後に小型砲塔と88ミリ砲を装備した改良型の<パンテル供笋開発された。<パンテル供笋和荵絢\こβ臉鐐鞍召離疋ぅ跳骸舂論鐚屬箸靴涜膤萍した。戦後、余剰の<パンテル供笋魯疋ぅ弔瞭洩噌颪簇展途上国に譲渡され、現在でもアフリカ各地の内戦で中古の<パンテル供笋使用される息の長い戦車となった。
 一方ダイムラー・ベンツ案の方は悲惨だった。バッドエンドを食らっただけでなく、決定前に200両も発注されたため、ダイムラー・ベンツ社がすでにかなりの数の戦車(一説には140両)を量産してしまったのである。これらの戦車のキャンセルのため、ダイムラー・ベンツ社は「行き止まり」「すでに終わってる」状態に陥った。
 ところがここで意外な国から救いの手が差し伸べられた。中立国のスイスからVK3002(DB)に受注がかかったのである。

 注1:本来は「神の前で永遠の処女を誓った女性=修道女」の意味。
 注2:T34や<三式中戦車チハヤ(T34/88)>はリアドライブのためトランスミッションが固く、ギアチェンジの際に操縦手がハンマーで叩かなければならないことがあった。

●永遠の世界

 1815年のウィーン会議で「永遠の盟約」(注3)と呼ばれるスイスの永世中立が認められた。当時ナポレオン戦争で疲弊していたヨーロッパ各国はスイスを戦争のない「永遠の世界」にしようと考えたのだった。その後スイスは永世中立という「永遠の盟約」を守るために苦闘を重ねる事になる。
 スイス政府はドイツのポーランド侵攻の前日の1939年8月31日に厳正中立を宣言し、スイス軍最高司令官にアンリ・ギザン将軍を選出した。ギザン将軍は総動員令を発動し、わずか一週間で43万人の兵士を動員した。
 しかし1940年6月、フランスがドイツに降伏し、イタリアが参戦した。スイス国境はドイツ第三帝国、ヴィシー政権、イタリアの3勢力によって完全に外界から遮断され、包囲されることとなった。その時からスイスは「どこにも繋がらない」「すべてを断ち切った」「孤立した場所」になった。
 こうした危機に対し、ギザン将軍は1940年7月25日、スイス独立の聖地「リュトリの野」で徹底抗戦を主張し、「レデュイ(砦)作戦」を発動した。「レデュイ作戦」とはドイツ軍の侵攻に対して平野部を明け渡し、スイスの鉄道幹線を全て破壊した上で南部のアルプス山脈に立てこもり持久戦を行なうというものであった。さしものドイツも、スイスが中立を守りイタリアとの通商路を保証するメリットの方が大きいと考え、スイス侵攻作戦は中止された。
 この「レデュイ作戦」のおかげでスイスは第二次大戦を免れた。それは外界から隔離された「静止された世界」だった。それはスイスの永世中立との引き換えの試練であり、また、それこそがスイスの存在する理由なのかもしれないが。
 しかしスイス軍の実態は、人数だけ多い旧式兵器で構成された軍隊でしかなかった。特に戦車は旧式の軽戦車が少数ある程度で、機甲戦力はほぼ皆無だった。
 第二次大戦が終了した1944年12月、スイスはドイツ軍内部で厄介者扱いされているVK3002(DB)の購入とライセンス生産を申し出た。この商談は意外にもスムーズにまとまり、スイス・ドイツ政府間で150両のVK3002(DB)の購入、及びライセンス契約が交わされた。実はドイツにとってVK3002(DB)は「もういらない」「キャラメルのおまけ」でしかなく、スイスへの売却も体のいい厄介払いだったのだ。 スイス軍はVK3002(DB)を<“Pz−45“みずか>と命名し、量産体制に入った。
 〈《Pz−45》みずか〉はスイスの国情に合わせてマイナーチェンジがなされた。乗員が4人に減少し、車体前面の覗き窓が廃止され、機銃はスイス国産の7.5ミリ機銃に変更された。また同軸機銃にスポッティング・ライフルとしてエリコン20ミリ機関砲が装備された。まず20mm機関砲を発砲し、命中後に主砲を発砲すれば敵を確実に永遠の世界に叩き込む(注4)ことが出来るわけである。

  注3:日本海軍の「盟約派」はこの故事に倣って命名された。
 注4:敵を撃破したという意味。

●結晶時間

 第三次世界大戦、それは日英米枢軸軍、欧州同盟軍双方にとって正に「輝く季節」とでも呼ぶべき駆け抜けるような4年間だった。米本土、インド洋、パナマ、カリブ、中東、北大西洋・・・世界中で戦闘が発生し、戦い・傷付き・そして死んでいった。<全面反応兵器戦争>という滅びに向かっているのにもかかわらず、彼らは「輝く季節」というかけがえのない瞬間を生きていたのだ。
 そうしたなか、スイスだけは時が止まっていた。周りを独仏伊に囲まれ、孤立した、戦争もなく静止した世界。そのなかで〈《Pz−45》みずか〉はスイスを守るために幾度もデモンストレーションの演習を行なっていた。しかしそれは、実戦を経験した人間から見れば「遊んでいるようにしか見えなかった」という。
 もちろん戦争中も<“Pz−45“みずか>の改良は行なわれていた。ドイツ軍の<ヴァンパイア>赤外線暗視装置を元にした赤外線サーチライトが装備され、新型のAPDS弾が配備された。しかしそうした改良でさえ、〈八車《七式中戦車》文乃〉の改良に比べれば、「ずっと子供のまま」のような微々たる物でしかなかったが。
 1960年代に105ミリ砲戦車<Pz−61/68>が配備されると、〈《Pz−45》みずか〉は次第に第一線を退いていき、代わって戦車駆逐部隊や歩兵支援部隊に配備されていった。
 〈《Pz−45》みずか〉は第一線を退いた後も近代化改修が行なわれた。
 72年に登場したMk1では20ミリ機関砲が7.5ミリ機銃に換装され、スタビライザーが装備され、<Pz−68>と同じスモークディスチャージャーが追加された
。 85年に登場したMk2では改修個所は約70カ所におよんだ。主砲は75ミリ砲のままだが国産の新型APFSDS弾を導入し、貫徹力を向上させた。側面にはサイドスカートが装着され、砲塔後部に対ABC戦装備が追加された。さらにFCS関係も、主砲上部にハロゲン・サーチライトが追加され、射撃コンピューター、赤外線パッシブ暗視装置、レーザー・レンジファインダー等の最新鋭照準システムが装備された。これによって重量が36.2トンに増大したため、エンジンも<Pz−68>と同じ660ph水冷ディーゼルに換装された。
 現代では完全に旧式化した〈《Pz−45》みずか〉だが、2度の改良によって夜間戦闘能力が向上しており、水陸両用戦車や空挺戦車に対しては十分に通用する戦車である。2002年現在も〈《Pz−45》みずか〉は永遠の盟約を守るべくスイスを守り続けている。


【要目】

全長 6.80m
全高 2.69m
全幅 3.20m
戦闘重量 34トン
発動機 ダイムラー・ベンツMB507・V型8気筒水冷ディーゼル・エンジン
  出力 650hp
最高速度 56km/h
航続距離 195km
懸架方式 リーフスプリング
最大装甲厚 100mm
武装 火砲 75ミリ・ライフル砲×1(L75)
    銃器 7.5ミリ機関銃×1
       20ミリ機関砲×1
乗員 4名

 <Mk2>
全長 6.80m
全高 2.90m
全幅 3.20m
戦闘重量 36.2トン
発動機 MTU MB837Ba−500・V型8気筒液冷ディーゼル・エンジン
  出力 660hp
最高速度 56km/h
航続距離 300km
懸架方式 リーフスプリング
最大装甲厚 100mm
武装 火砲 75ミリ・ライフル砲×1(L75)
    銃器 7.5ミリ機関銃×2
乗員 4名