!!!特設航空機整備艦〈澤倉丸〉{{br}}{{br}} !!(元ネタ White Albumより澤倉 美咲){{br}}{{br}}  〈芳賀《翔鶴》玲子〉〈緒方《瑞鶴》理奈〉、そして戦時急造型である〈森川《雲竜》由綺〉などといった、新造空母群の後方支援、また、将来拡大するであろう世界規模での戦争における、前線での整備能力向上を目的に計画された。{{br}}  この種の艦は、他に英国が建造した〈ユニコーン〉を除けば例がなく、この点をもって、日本海軍の先進性を主張する者もいれば、逆に、前線に展開可能な整備能力の限界を指摘する者もいた。{{br}}  本艦は、計画段階においてすでに、経費削減のため、建造中の優秀船を買収、改造することも決定していた。その白羽の矢が立ったのは、日本郵船がオリンピック需要を目論んで建造した〈出雲丸〉〈橿原丸〉に対抗して緑葉海運が建造しようとしていた高速貨客船、〈澤倉丸〉だった。{{br}}  最大速力26ノット、航海速力も20ノットに達することから艦隊への随伴も容易、かつすでに完成してしまっている〈出雲丸〉〈橿原丸〉と異なり、建造中ということで改装も比較的楽であるということがその理由である。{{br}}  当初、船倉に工場施設を追加する程度の改装で充分と考えられていたが、「中継空母」構想における「中継空母」としての機能も与えられたことから、ほぼ商船改造空母と同様の航空艤装を施され、外見的には〈森川《雲竜》由綺〉級のシルエットに良く似たものとなっている。ただし、煙突については複雑な屈曲式煙突の装備は諦められ、艦橋と一体化した、外側に26度傾斜した細いものになっている。{{br}}  また、武装もかなり簡略化され、艦橋前後に各一基ずつ、89式12.7センチ連装高角砲を備えている程度になっている。 {{br}}  空母同然の贅沢な設計で建造されているものの、基本的には後方支援艦艇であり、その速力も正規空母に比べれば明らかに低速で、艦隊の主力として同行・随伴することは不可能だった。また、空母ならば格納庫とされている区画についても工作機械と整備施設で埋まっており、固有の搭載機および飛行隊は配備されていない。{{br}}{{br}}  しかし、その整備能力は内地の、それも厚木や霞ヶ浦などの第一線の基地に匹敵(驚くべき事に、積み込まれていた工作機械には、スウェーデン経由で輸入されたドイツ製のものさえあったという)、海軍航空部隊を支える必要不可欠な存在だったといえる。{{br}}  また、意外な使われ方もされている。{{br}}  太平洋戦争の天王山、ハワイ侵攻に際して、〈澤倉丸〉は飛行甲板に航空機を露天繋止で、また整備区画には整備機器を積み込み、ハワイ侵攻部隊の支援にもあたった。{{br}}{{br}}  〈澤倉丸〉は、〈森川《雲竜》由綺〉と同じ艦隊に配備されることも多く、〈森川《雲竜》由綺〉所属の航空隊からは、「面倒見の良い〈森川《雲竜》由綺〉の姉」の様な艦として慕われたという。だが、〈澤倉丸〉の乗組員はこのことについて極めて複雑な感情を抱いていたと元乗組員の回想にはたびたび記されることもあった。{{br}}  余談はともかく、優秀な工作機器と、空母型の艦型がもたらした運用の柔軟性(整備完了した機体は、艀などで運ばなくとも射出機で発艦させればよい)から、砲塔運搬艦〈牧村〉と並んで、太平洋戦争における帝国海軍の「縁の下の力持ち」として称された。{{br}} {{br}} !■要目{{br}} 基準排水量:18250トン{{br}} 全長:227メートル {{br}} 全幅:22メートル {{br}} 最大速力:26ノット {{br}} 武装:89式12.7センチ連装高角砲 2基{{br}}     戊式(ボフォース)40ミリ連装対空機銃 8基{{br}}{{br}}  この記事は2000年12月13日に春巻氏が第四掲示板に投稿した物をふぇんりあが抜粋し一部編集したものである