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  • 〈《CA47》エリス〉 - ようやく1942年秋に主砲砲身を長くし、エンジンを強化したM15/41(M14/41はキャンセル)が登場したがこの時の相手は〈穂村《一式中戦車チヘ》悠夏〉。努力は報われなかった。そしてイタリアはついに戦車戦で勝利することなくWW2を終える。{{br}}{{br}}
  • 〈戒田《ARL44》真希〉 -  英連邦軍は大量の重装備を英本土に失い、補充に努めているものの戦車主力は〈クルセイダー〉や〈チャーチル〉に、日本からは〈穂村《一式中戦車チヘ》悠夏〉が、オーストラリアからは〈センチネル〉が送り込まれているといった案配だった。これらは75ミリ口径以下の砲しか装備していない。日本からは量産軌道に載った〈三式中戦車チハヤ〉が送り込まれつつはあったが数量は満足できるものでなく、また英連邦軍では17ポンド砲を〈クルセイダー〉に搭載するべく試作を繰り返しているが状況は芳しくなかった。そこに90ミリ砲装備の〈戒田《ARL44》真希〉が出現したのである。保有する戦車でかなう相手ではなく、PIATやロタ砲、対戦車投擲地雷で肉弾攻撃するより対抗手段がなかったのだった。{{br}}
  • 〈松倉《三式駆逐戦車》藍〉 -  強力なドイツ戦車との戦いで急速に旧式化した〈穂村《一式中戦車チヘ》悠夏〉の車体に箱形の戦闘室を設け、ボフォース75ミリ高射砲を転用した四式75ミリ戦車砲(56.4口径、初速860m/s)を固定式に装備した駆逐戦車(砲の制式採用以前に搭載された)。発射速度は毎分△発に達する。速射をおこなえば毎分○○発である。{{br}}
  • 〈松倉《三式戦車回収車》明日菜〉 -  〈穂村《一式中戦車チヘ》悠夏〉の車体をベースに、A型フレームを取り付け、車体前面にドーザーブレードを装着して回収車にしたものである。その使用目的上、エンジンはトルク優先にチューニングされた為かなりの力持ちであり、〈三式中戦車チハヤ(T−34/88)〉や〈八車《七式中戦車》文乃〉に比して小柄ではあったが戦場で立ち往生した戦車の牽引に力を発揮した。前線まで兵士の娯楽用の図書や荷物を運び込む役目を担ったことでも有名である(積み込みすぎて動けなくなってしまうこともあった)。{{br}}
  • 〈瀬能《九七式中戦車チハ》英里子〉 -  〈瀬能《九七式中戦車改(新砲塔チハ)》英里子〉の受難はさらに続く。イタリア軍のエジプト侵入に始まる北アフリカ戦線に英軍の増援として派遣され、精強をもってなるDAKに対して日英の(数量上の)主力戦車として戦わねばならなかった。本来の主力たるべき〈穂村《一式中戦車チヘ》悠夏〉の数が揃ったのが1942年末であったからだ。伊M13/40には優位であったが、傾罎箸浪燭箸互角、弦譱蠎蠅砲鷲塒であり苦闘を強いられた。さらにDAKに更罅劵僖鵐謄襦咾出現するに及んでは「やられ放題」であった。何しろ距離3000メートル以遠で正面を貫通されるのでは対抗できるはずもない。日英軍のインド撤退以降は訓練用戦車となり前線から下げられている。{{br}}
  • 〈八車《七式中戦車》文乃〉 -  日本陸軍は、その黎明期から英国戦車をライセンス生産し、またはその改造型をもって主力戦車としてきた。ヴィッカースMk.Cの改造型である〈芳野《八九式中戦車》雨音〉から、巡航戦車Mk.此劵ルセイダー〉の改造型〈穂村《一式中戦車チヘ》悠夏〉とその派生型までがそうである。{{br}}
  • 〈穂村《一式中戦車チヘ》悠夏〉 - 〈穂村《一式中戦車チヘ》悠夏〉
  • 〈芳野《八九式中戦車》雨音〉 -  主砲の57ミリ短戦車砲は慣熟した砲手ならば毎分○○発(〈八車《七式中戦車》文乃〉の毎分○○発を上回る数値である)を発射することができ、機銃座を破壊するのに効力を発揮した。砲塔後部機銃も用いたならば発射弾数はさらに増える(後部機銃を装備したのは本車だけで、〈穂村《一式中戦車チヘ》悠夏〉や〈松倉《三式駆逐戦車》藍〉が配備される頃には後部機銃が無いのが普通であった)。しかし、徹甲弾を用いて射距離100メートルで貫徹装甲厚が10ミリ程度と対戦車戦闘を考慮していなかったため、ソ連より中国共産党軍に供与されたBT7戦車に苦杯を舐めることとなり、それは内蒙古の綏遠における戦闘での「雪原の悲劇」として現れた。{{br}}
  • 車両 - *〈穂村《一式中戦車チヘ》悠夏〉
  • 日本帝国陸軍 装甲戦闘車両の系譜 - !〈穂村《一式中戦車チヘ》悠夏〉{{br}}