トップ 新規 一覧 検索 ヘルプ RSS ログイン

検索

キーワード AND OR
  • 〈京谷《オルデンブルク》透子〉 -  〈デ・ゼーヴェン・プロヴィンシェン〉と名乗る艦がカリブ海に現れたと聞いた彼は、彼女を己の手に取り戻そうと上級司令部にあれこれ上申していた。接舷切り込みまで考えたという。しかし客船の事務員あがりのファン・ヒューリック艦長としては、司令の過剰な闘争心は迷惑この上なかった。今更過去を塗り替えることなど出来るはずもないからだ。出来うるのは、現在と未来を書き進めることだけである。ために、デ・ボーアが第3次ウィンドワード海戦(マルティニーク水道夜戦)で昏倒して病院船〈氷川丸〉に収容されたとき、にんじん色の頭をした艦長は感謝の祈りを捧げたものだった。すぐさま不謹慎なことに気づいて神に謝罪したのだが。{{br}}
  • 〈柴崎《ルクレツィア・ロマーニ》彩音〉 -  レグナティはそのまま艦長に昇進して〈柴崎《ルクレツィア・ロマーニ》彩音〉と共にそのままインド洋に残ったが、遣印艦隊ミャンマー支隊との戦いで護衛の〈桜井〉級防空巡を撃沈するもの支隊旗艦の防空軽巡〈鳴瀬〉を始めとする支隊の共同攻撃の前に〈氷川丸〉以下の船団への攻撃を封じられて敗北・撤退(南インド洋海戦)、このすぐ後に起こったパナマ上陸の影響もあってインド洋から去っていく。それはインド洋における欧州連合の海上作戦の終焉でもあった。{{br}}
  • 〈乃絵美〉 -  戦後、改造が大規模であったためそのまま海軍に残ると思われた〈乃絵美〉だが、伊藤郵船では交渉を重ねて彼女を送還してもらい、〈乃絵美〉を元の客船に修復した。この作業は同じ船をもう一隻作る方がかえって安上がりなほどの予算が投じられたが、伊藤郵船社長にとって〈乃絵美〉は彼女ただ一隻だったのであろう。修復後は元の客船としてクルージング航路を行き交い、伊藤郵船のシンボルとして長らく活躍した。引退後、伊藤郵船本社のある横浜、みなとみらい地区にレストラン船として保存されており、程近い山下公園の〈氷川丸〉ともども観光客にとっての人気スポットとなっている。{{br}}{{br}}
  • 〈氷川丸〉 - 〈氷川丸〉
  • 各種艦艇 - *特設病院船〈氷川丸〉