絆に結ぶ伝統の
 誇り支えるこの山河
 永久(とわ)の平和を祈りつつ
 祖国(くに)の明日(あした)を担うため
 おお栄光の海上自衛隊(じえいたい)
 海を守るわれら


  海上自衛隊隊歌「海をゆく」(松瀬節夫 作詞 古関裕而 作曲)


名雪と「名雪」

(原案:ブラック・ストーン/著:U−2K)

 平成15年度 自衛隊観艦式 10月26日編

この海を駆ける


 夢。
 夢を見ている。
 ……はずなんだけど、真っ暗。見事なまでの暗闇だ。何も見えないし、それ以前に何もない。底のしれない虚無の空間が、延々と広がっているようだ。
 うーん、俺はなんでこんな所にいるんだろう? 夢の中だから、なんでもありなんだろうけど、それにしてもわからない。しかも退屈だ。
 このまま寝てしまおうか。いや、もう寝てるんだけど。
 ふぁ……眠っ……ぐー……。

 ♪ぱぱーぱーぱーらーぱーぱーぱーぱーぱーぱらっぱーぱーっ
 ♪ぱぱーらーぱーぱーぱーぱーぱらっぱぱーっ

「うわっ!?」
 い、いきなり耳元で騒がしい音が――あっ!?
 飛び起きた俺の傍らに、人が立っていた。闇の中にその人がぼんやりと浮かび上がっている。それが鮮明になってくると……。
「おはよう、祐一くん」
「あ、あなたは……駆逐艦の『名雪』さん?」
「ええ、お久しぶりね。夢の中まで失礼しちゃって恐縮だけど」
「い、いえ、それよりも……」
 今の「名雪」さんの格好。黒尽くしの服装……昨日頻繁に見かけた海自隊員に似てなくもない、昔の海軍の軍装だ。それに、手には金色に輝く小さめのラッパが。
「ああこれ? ちょっと昔の服を着てみたんだけど……それでこっちのラッパは、起床の合図に使ったのよ」
 じゃあさっきのあれは、いわゆる「起床ラッパ」だったのか……って、「名雪」さんがなぜそんなことを? 俺を叩き起こそうとしていたのか?
「それよりもほら、そろそろ起きた方が良いんじゃない? 今日は大切な日なんでしょ?」
「……ああっ!」
 そ、そうだ。俺は今、横浜に……! じゃあ、この人、じゃなかった。この艦はやっぱり俺を起こすために――。
「早くしないと乗り遅れるわよ。さっ、行ってらっしゃい……」


「はっ!?」
 バネに弾かれたように跳ね起きた俺は、枕元に置いといた腕時計を掴み取り、文字盤を見た。
 7時20分。もちろん午前の。カーテンを通して外界の光が部屋に入り、薄く照らしている。
 そして、新港で護衛艦に乗艦するタイムリミットは……7時45分。
「……や、ヤバイっ!」
 な、なんでこんな時間に? そうか。目覚ましがないからだ。愛用のあの、名雪の声が入った目覚まし時計がなかったから……って、名雪は?
「くー」
「やっぱり……おい起きろ! 早く起きろ! なゆきぃ〜っ!」
「ん……うにゅ、ゆーいち……」
 寝言にまで俺の名前が……ここまで想ってくれると、ちょっと嬉しいな。
 って、違うっ! 感慨に浸っている場合じゃないぞ!
「『うにゅ』じゃない! 起きろ、こら起きろ! おーきーろーおーっ!」
「……んんっ……あ、ゆういち……おはよ〜」
 肩を強く揺すり、頭をグラグラと振り回してやると、名雪はうっすらと目を開ける。今日は割とあっさり起きてくれたが……。
「どうしたの? そんなに興奮して」
 案の定、忘れてやがる。もしくは、まだ完全に目覚めてないのか。
 細めた目を擦る名雪の眼前に腕時計をぐっと突き出して、俺は一語一句を明瞭に、半分寝ているこいつにも理解できるように言った。
「ほれ。今日は横浜に来てるんだぞ。『あさゆき』に乗る時間は覚えてるか?」
「えっと、えーと……ああーっ!?」
 大声を発し、顔を驚きの形に変えた。脳が一気に覚醒し、今日がどんな日なのかに気づいたのだ。
「ゆっ、ゆういちっ、急がないと!」
 そうして慌ててベッドから飛び出す名雪だが、その姿は、
「わっ、おい待て! 服着ろ服っ!」
 昨日の最終状態――愛し合った時のままだった。
「えっ? っ! きゃあああぁっ!」
 手で身体を隠して(もちろん隠しきれるもんじゃないが)しゃがみ込んでしまった名雪に服を放ってやる。
「ほら早くしろ! 遅刻したらマジでシャレにならないからな!」
 ああ、でも、名雪に言ってるだけじゃダメだ。俺も早く着替えて、荷物をまとめて……うわああぁ、横浜に来てまでこの騒ぎかよ。って、今回は俺も悪いのか。迂闊だった。もうなんてこった。
 わたふたと着替え出す名雪を尻目に、俺もとにかく急いでチェックアウトの準備を始めた。


「はぁ、はぁっ……ど、どうにか……」
「間に合ったよ〜」
 起きてから10分ほどで部屋を引き払い、フロントで荷物を預かってもらい、そうして全速力で走り横浜新港へ。
 タクシーを拾おうかとも思ったが、運悪く見つからず、仕方ないので昨日下調べをした汽車道のルートを通って、目的地へとひたすらに駆けた。まるで高校の頃の慌しかった朝が戻ってきたかのようだった。
 この時間との競争の勝因は、やっぱり「名雪」さんが俺の夢枕に立ってくれたことだ。あの起床ラッパがなければそのまま眠りこけてて、遅刻は確定だったろう。
「ぜぇ、ぜぇ……す、すいません。まだ――」
「はい、大丈夫ですよ。ようこそ『あさゆき』へ」
 受付で乗艦券を切ってもらい、手荷物のチェック。この担当の人、少し笑ってないか? 別に嫌な笑いって訳じゃないけどさ……寝坊で恥を掻いちまったぞ。まったく……。
 まだ切れる息を整えながら、ラッタルを登っていったん「やまぎり」に乗り、そこからさらに「あさゆき」に渡る。
 護衛艦DD132「あさゆき」。今日1日、俺たちがお世話になる艦だ。
 はつゆき型護衛艦の11番艦で、基準排水量3050トン。全長はちょうど130メートル。幅は13.6メートルある。
 兵装は、76ミリ速射砲(昨日見学した「いかづち」と同じタイプの砲)が1門。アスロック対潜ロケット魚雷ランチャー(これも昨日「しらね」甲板で見たのと同じやつ)1基。ハープーン対艦ミサイルを最大で8発搭載。3連装魚雷発射管は2基。そしてシースパロー対空ミサイルランチャーが1基。空、海上、海中、陸と、あらゆる敵に対抗するため、色々な種類の兵器を搭載している。
 エンジンは4万5000馬力のガスタービン機関で、30ノットで走れる。
 以上が、あらかじめ覚えておいた「あさゆき」の性能だ。
 駆逐艦「名雪」の倍近く大きいんだな。その代わり速力は随分と低いけど。
 ま、昔の軍艦と今のそれとじゃ、求められるものというか、コンセプトが全然違うしな。この艦は大砲が76ミリ1門だけだけど、アスロックとかハープーンがあるし、ヘリも1機積める。
「ね、どこに乗るの?」
 さすがは昔取った杵柄、もうすっかり回復した名雪が聞いてきた。
「一番広い所は……後ろのヘリコプター甲板だな。そっちに行ってみよう」
 甲板上の通路は白線で区切られ、滑り止めの加工がされている。それは昨日乗った「きりしま」「いかづち」と同じだが、甲板上はその2隻よりもなんとなく古い感じがする。これが世代の違いか、と思いながらも、敬礼してくれる隊員に頭を下げながら後部へ歩を進める。
「晴れて良かったね。昨日は心配だったよ」
 名雪が目を細めて空を見上げる。確かに彼女の言う通りだ。昨夜、ホテルのテレビで見た天気予報だと、今頃は関東地方に台風が直撃してるはずだったんだけど……本当に良い外れ方をしてくれたもんだ。
 そして、秋の優しい日差しが降り注ぐヘリ甲板に来ると、そこはもう人でいっぱいだった。
「わぁ、もう満員だよ」
「乗るのが遅かったからな……」
 意味ありげな視線で、名雪の顔を横目で見ながら言うと、
「今日は祐一も同罪だよ」
 すぐに反論されてしまった。やっぱりあのことを言ってるのか……。
 と、その「あのこと」とは、昨日の夜――1度名雪を抱いた後に、一緒にシャワーを浴びたんだけど、その……1回で納まらなかった俺は、「早く寝ようよ。ね?」との名雪の諌めを無視して、バスルームで2回戦、いや3回戦にまで及んでしまった訳で……。結局、就寝時間は予定よりもかなり遅くなった。若さゆえの過ち、若気の至りってやつだ。
 それを考えると、名雪の言い分もごもっともだったので、俺もこれ以上は追及できない。つーか、そのちょっと白い目で見るのはもう勘弁して下さい、名雪さん。俺が悪かった。
 名雪の批判を回避すべく、実にわざとらしく話題を変えてみる。
「と、とにかく場所を確保しないと」
「あ、あそこ空いてるよ」
 名雪が目ざとく、ちょうどふたりが座れるくらいのスペースを見つける。やれやれ、これでひと休みできる。
 そこは艦の左舷側で、腰を下ろした俺たちの目の前には「やまぎり」のヘリ甲板。この「あさゆき」と同じように、人で溢れかえっている。
「賑やかだな。まるでお祭りみたいだ」
 ヘリ格納庫内にある紅白の幕が、そんな雰囲気をより高めていた。
「それに、お天気も良いし。台風が来るっていうから心配だったんだけど」
「ああ。でもまだ風が強いな。寒くないか?」
「うん、ちょっとね……」
 周りの人たちはみんな茶色い毛布を持っていた。持参したんだろうか? とか思ったら、格納庫で貸し出している模様だった。
「わたしが持って来るよ。祐一は休んでて」
「悪いな、頼む」
 俺は名雪の好意に甘える。ホテルから走り通しだったから、少しこうして座っていたかった。
 ちょっと経って、名雪がとてとてと戻って来たが、彼女の手には毛布が1枚しかない。
「ごめんね、これしかなかったよ」
「ああ、別に良いさ。お前が使えよ」
「ううん、こうすれば良いんだよ」
 と言って、俺の膝にその毛布をかけ、さらにその中に脚を潜り込ませる名雪。これで、1枚の毛布を共用する体勢ができ上がったけど……。
「あっ、こら、恥ずかしいだろ」
「でもあったかいよ。あははっ……」
「ったく……」
 でも、悪い気はしない。俺の好きな名雪なんだから当たり前だけど。
 寄り添って温まりながら、台風の過ぎ去った空を見上げる。片隅にまだ灰色の雲が残っていたが、これもじきに吹き流されて純粋な青空に戻るだろう。
 そんな風に、とりとめもないことを考えていた時のことだった。
『午前8時より、自衛艦旗を掲揚します。ご来艦の皆様もご起立くださるよう、お願いいたします』
 というアナウンスが聞こえた。艦内放送だろう。時計は7時59分を指している。
「名雪」
 とだけ言って立ち上がる俺。彼女もそれに続く。こういう場合は、旗に向かって立つのが礼儀だ。俺は小学校からそう教わってきた。
「どこで揚げるのかな?」
「そこだよ」
 ヘリ甲板のさらに奥、艦の一番後ろに、ポールが立っている。昨日見た護衛艦のいずれもが、ここに海自のシンボルたる旗を掲げていた。
 今は何もないが、折り畳まれた布を大事そうに抱えている乗員が既に待機している。
『10秒前』
 との号令の直後、ラッパが鳴り、それが合図となって、制服姿の人たちは右手を額の前に当てる。旗に対する敬礼だ。なんだかカッコイイ。まるで映画の中の1シーンだ。
 そして、午前8時ちょうどになった。
『じかーん!』
 乗員の手から、布が投げ放たれた。それは一瞬で広がり、単純だけど鮮やかな柄が現れる。
 さらに続けて鳴り響くラッパによる音楽。
 そうだ、これは確か……「君が代」だ。ラッパ譜の君が代。俺たちが卒業式とかで歌った国歌とは全然違うメロディーだけど、自衛隊ではこれを重要な時――今のように、旗を上げ下げしたりする時に使っている。ちなみに、これも例によってネットで知った。
 台風の名残か、風が少し強い。おかげで、昇る太陽を表す自衛艦旗――旭日旗が力強く翻り、陽光を受けながらパタパタと鳴る。
 思わず背筋をピンと伸ばし、ゆっくりと掲揚されていく旗を直立不動になって見つめる。厳粛な雰囲気がこの場に広がり、俺たち――いや、ここにいる全員を包み込んだ。
 そんな良い意味での緊張感は、旗が完全に揚がって「かかれ」の号令とラッパの合図によって解消された。
 厳かなひとときが終わり、場は再び談笑と休息の空間へと戻るが、俺たちもとりあえずはその中の一部となる。名雪と一緒に「海上自衛隊ハンドブック」や昨日貰った観艦式のパンフレット、海上自衛新聞(号外)を読んだり、隣の「やまぎり」を観察したり、さらに横浜の摩天楼を眺めたり……。
 時折、上空をヘリコプターが飛んで行く。ある時には白く塗られた海自のヘリだったり、またある時にはローターが前後にある、迷彩塗装の陸自のヘリだったりと、なぜかバリエーションが豊富だった。とにかく何を見ていても飽きない。
 飽きないからこそ、時間が経つのも早いよう気がしてならなかった。
 昨夜、ホテルのコンビニで買ったおにぎりを朝ごはんとして食べ終え、食休みとばかりに名雪と和んでいたところ、「やまぎり」で新たな動きが見られた。楽器を持った人たちが整列し、その周りに人だかりが形成される。
「コンサートか?」
 そうなると、俺たちもただ座しているなんて勿体ないことはできない。海自音楽隊の実力は前日、自分の耳と心で思い知ったばかり。これから演奏するのは、昨日の呉音楽隊じゃないとは思うけど、それでも楽しみだ。
 隊長さんの挨拶で、彼らは大湊の所属ということが判明する。そう、名雪の名前の由来となった駆逐艦「名雪」の終の棲家となっている軍港だ。
「あ、『名雪』さんのところなんだ」
「もしかしたら、この人たちも『名雪』さんのこと、知ってるかもな」
「そうだね。また、逢いたいな……」
 っと、なんか妙にしんみりしてきたぞ。感慨に耽るのも別に悪くはないけど、これから艦上演奏って時にはちょっとな。名雪を元に戻してやることにする。
「今度、そうだな……来月の連休あたりに行こうぜ。約束したんだろ、『また来ます』って」
「あ……うんっ! 祐一、ありがとっ!」
 ああ、やっぱり名雪にはこの笑顔が似合う。俺の大好きな名雪だ。うん。
 とかなんとか、俺がひとりで名雪に惚れ直しているうちに、指揮者が棒を振り上げて、それを合図に演奏が始まった。
 それを機に、俺も名雪もそちらに注目し、耳を傾ける。
(海の上のコンサートなんて、しゃれてるな。こういうのも、海上自衛隊ならではなんだろうな)
 そう考えながら聴いた1曲目は知らない曲(でも、行進曲だというのはなんとなくわかる)だったけど、2曲目は昔に流行った――そう、確か「青い山脈」って歌謡曲だ。俺たちは良く知らないけど、こっちも向こうも年配の人は結構いるからな……。
 そうして2曲目が終わった。しかし、次の演奏は始まらない。
「どうしたんだろうな。これで終わりか?」
「何かを待ってるみたい」
 色々と憶測を巡らすが、結局、答えを教えてくれたのは音楽隊の方だった。それも、俺たち「あさゆき」乗艦組にとっては最高の内容で。
「えー、『あさゆき』の出港に合わせまして、軍艦行進曲でお送りしたいと思います……」
 この宣言に、「あさゆき」飛行甲板のギャラリーは拍手喝采。両艦を繋ぎ止めていたロープも既に「やまぎり」から解かれ、腕時計を覗き込むと出港予定時刻の9時まであと僅か。
「祐一、これから横須賀に行くんでしょ?」
「ああ。向こうの瑞穂埠頭にも艦がいるだろ? あの3隻と、木更津から来る艦と一緒に行くんだ。で、横須賀で集合するんだよ」
「じゃあ賑やかでいいね」
「ま、観艦式の時になったらもっと増えるけど――おっ」
 そんな会話をしながら、子供のように胸を高鳴らせて待っていると、突然「ヒュイィィィン……」という甲高い機械の音が起こった。驚いて格納庫の方に振り向くと、煙突から陽炎が湧き上がっている。
「あっ!? 動いた、動いたよっ!」
「ああ。いよいよだな」
 これで機関が動き出した。ジェットエンジンに似たガスタービンの唸りが高まる。
 それから間もなく、9時ジャスト。

 ♪ぱぱぱぱーぱぱぱぱーぱーぱらっぱぱっぱぱーっ

 出港を告げるラッパが、台風一過の秋空に、高らかに鳴り響いた。
『出港よーいっ!』
 威勢の良い号令の直後、これまた威勢の良いメロディーが始まる。昨日、横須賀のショッピングセンターで聴いたのと同じ曲だ。これも帝国海軍からの良き伝統のひとつで、出港する艦をこの「軍艦行進曲」で送り出すのは昔からの習わしらしい。
「?」
「あ……?」
 そして、足元から軽い振動が来て、景色が、目の前の音楽隊と「やまぎり」に乗る人たちが動き出した。「あさゆき」が後進をかけ始めたのだ。
 海面を覗き込むと、海水の色が変わっている。紺色に茶色が浮き出て、混じる。回り出したスクリューが海底の泥を掻き上げたんだろうか。
 俺たちの後ろ――右舷側では、タグボートが自分の何倍も大きい「あさゆき」を懸命に引っ張り、「やまぎり」と距離を取ろうとしている。
 さらに、演奏を続ける「やまぎり」の甲板から、こちらに手を振っている人も見受けられる。
「行ってきまーすっ!」
 と言いながら名雪も「やまぎり」に手を降り返すと、向こうの乗艦者から「また海の上で!」なんて声も返ってきた。
 だから、俺も帽子――昨日、名雪がプレゼントしてくれた「いかづち」の帽子を取り出し、頭の上で大きく振った。海自の挨拶「帽振れ」を真似て、出港気分をより高めてみようと思ったから。
 ついに海に出るんだ。3年に1度しかない一大ページェント、観艦式の舞台に向けて……。
「やまぎり」がゆっくりと、しかし確実に遠ざかって行く。それと合わせて「軍艦」のボリュームも下がる。やがてそれらの現象も収まり、大湊音楽隊の演奏も終わりを告げる。
「止まった……」
 だが、それもほんの数刻の間だけで、
「あ、また動いたよっ」
 今度はタグボートによって向きを変えられる。景色が回り、新港の埠頭がベイブリッジに、ベイブリッジが瑞穂埠頭に、そして瑞穂埠頭がランドマークタワーとみなとみらいになった。180度ほど回転し、舳が陸から海を向いたことになる。
 出港の手助けをしてくれたタグボートがロープを外して去って行く。「あさゆき」の身震いもいつの間にか収まっていたが、再びそれが始まった時、船はついに前進していた。
「わぁ……本当に進んでるよ」
「当たり前だ。船なんだから」
 名雪にツッコミを入れつつも、俺だって実は人のことを言えない思いを抱いていた。なんせ、船に乗って海へ出るなど初めての経験なのだ。
(俺は今、全身で海と船を感じている……)
 ふと、そんなフレーズが頭をよぎる。そしてそれは現実のものだった。
 ジェットエンジンにそっくりな機関の音と、最近人気の音楽家集団「女子十二楽坊」の演奏(当然ながら本物じゃない。艦内放送だ)。それと……。
(結構うるさいな。曲があまり聞こえないぞ)
 ビュウビュウという風切り音が俺の耳を打つ。風そのものは冷たいんだけど、でもあまり寒いとは感じない。ま、あの街の冬で、寒いのにはある程度の耐性がついたしな。
 それは俺よりも冬を多く過ごしている名雪の方が慣れてるとは思うけど、一応気遣ってやる。
「名雪、大丈夫か?」
「うん。ちょっと風が強いけど、平気だよ」
 そう言って、額にかかった髪を指先でかき上げる仕種を見せる名雪が、妙に色っぽく見えた。
「ん? どしたの? わたしの顔に何かついてる?」
「ああ……綺麗だなって」
 って、俺はいったい何を言ってるんだ?
「ゆ、ゆ〜いち〜、恥ずかしいよ……」
「う……で、でも本当だからな!」
 自分の正直な感想には逆らえなかった。今の名雪は確かに綺麗だ(だからって、普段はそうじゃないってことでもないけど)。とにかく、これは俺の本音だった。
「嬉しいよ、祐一……」
「……」
 名雪が顔を赤く染めているのは、冷たい海風のせいだけじゃないだろう。そして俺も。船の上、しかも軍艦に乗ってまで、何をやってるんだろうと思うが、不快ではなかった。
 そんなことをしている間にも、景色は刻々と変化している。俺たちのいる左舷側には大きな倉庫。「さとうのふるさと」って書いてあるけど……何のことだろう? 佐藤さん? それとも、あの甘い砂糖のことか?
 で、右舷側にはコンテナ用のクレーンが並び立ち、さらに頭上にはベイブリッジの橋桁が伸びている。格子状に組み合わされた鉄骨が繋がり、タータンチェックのような模様を形成していた。つり橋の下って、ああなってるんだ。
 そして艦尾に目を向けると、ランドマークタワーや観覧車、その他特徴的な横浜の建築物がだんだん遠ざかって行く。
(さらば横浜、か……)
 夕方にはまた戻って来るんだけどな。ほんの暫しの別れだ。
 さて、相模湾に出るまではあと2時間以上かかるだろう。これからどうしようか?
「名雪、観艦式まではまだしばらくあるけど」
「もうちょっと、海を見ていたいな」
 そう言った名雪の目は、子供のような好奇心に満ちていた。
「名雪は船に乗るのは初めてだったっけ?」
「うん。あの街から出ることなんてあまりなかったし。祐一は?」
「飛行機ならあるけど、船は俺も初めてだ」
 そうだな。じゃあ、船旅気分ってのに浸ってみるとするか。退屈はしないだろう。「あさゆき」の前には瑞穂埠頭から出港した護衛艦、後ろには「やまぎり」やそれ以外の艦(木更津から来た艦かな?)がいるし、こうして海をただ眺めているだけでも、たくさんの民間船が見える。
 今、ちょうど左側をすれ違おうとしている船は、船首が尖っていなくて……なんて言えば良いんだろう? そうだな、ウインチのような形をしている。側面には……。
「『KDD OCEAN LINK(ケイディディ オーシャン リンク)』か」
 KDDって、あの電話会社だよな。あ、そうか。じゃああの船は……。
「あの船、海底ケーブルを敷く船だ」
「そうなの? 国際電話とかの線だよね」
「舳が変わった形してるだろ。あそこからケーブルを海底に垂らして引っ張るんだ」
「ふーん、そうなんだ〜」
 このように変わった船も見受けられ、とにかく面白い。民間の観光船みたいなのとも行き会うが、秋子さんから借りた双眼鏡(スタビライズ機能があるので、とにかく見やすい)を使うと、中の人たちが驚いた顔でこっちを見ているのまでわかった。そりゃそうだろう。いきなりこんな艦隊と出くわしては。みんな「あれは何だ!?」なんて肝を潰しているんだろうな。


 そんなこんなで、初めて体験する海の上、目まぐるしく変わる情景を眺めること30分ほど。横浜もずいぶん遠くなり、ランドマークタワーがそろそろ見えなくなろうかという頃、護衛艦の列を待ち構えるように、小さい船――本当に小さい、モーターボートのようなのが何十隻も浮かんでいるのに出くわした。
「わぁ……いっぱい。それに綺麗だよ」
 名雪の一言は、この光景を的確かつ簡潔に表していた。
 赤、青、黄、緑、そして白……と、全ての船が色とりどりの帆をマストに掲げている。
「何なんだろうな?」
 見た目は普通の小型漁船。別に特殊な船じゃないだろう。しかし、動いている訳でもなければ漁をしているようでもない。ただ群れて停船してるだけだ。いったいなんのために? 俺はその理由がわからなかった。
「あっ、こっちに手を振ってるよ」
「えっ?」
 裸眼から双眼鏡に切り替える。すると、名雪の言う通りに、船の上でこちらに手を振ったり、そこまでしなくてもこちらを眺めている人たちが確認できた。
「そうか……あれは」
 そして、俺はようやく理解した。
「あれは、艦隊を見に来てるんだな」
 そうでなければ、あんなにカラフルにしている理由も見つからない。あれは、こちら側海自艦隊に対する歓迎の意を示していたんだ。
「そうだ。わたしたちも手、振ろうよ」
 俺も異存はなかった。艦が進むに従って近づいた漁船たちに、俺たちは軽く手を振り続けた。「あさゆき」がそのすぐ脇を通過して、後ろに流れて行くまで。


「あっ!」
 漁船の群れと別れてから少し経った時。
 船が行き交う賑やかな海の様子を楽しむべく、例によって名雪と交代で双眼鏡を覗いていた俺の視界に、思わず驚きの大声を上げさせるものが飛び込んできた。
 灰色の船体。鋭く尖り、前に大きく突き出した舳。そこに「101」の数字が白で書かれている。
 双眼鏡を離し、肉眼で全体像を確認すると、それは数字でもわかった通り、護衛艦「むらさめ」――昨日見学した「いかづち」の一番上の姉――だった。それが実際に、海の上を進んでいる。
「軍艦だね」
「ああ。じゃあ、もうここは横須賀なんだな」
 それを確信にしているのは、遠くに見える横須賀の街並み。昨日は間近で見た横須賀プリンスホテルの白亜のビルがマッチ箱のように小さく見える(でも、音楽隊の素晴らしい演奏を聴いたショッパーズプラザは見えない。陸地に隠れてるんだろう)。
 そして何よりも、「むらさめ」の後に続く護衛艦たちがさらに大きな証拠だった。港の方から次々とこちらへやって来る、様々なタイプの艦。ひときわ大きい艦橋を持ち、そこに8角形のレーダーを張りつけたイージスの「きりしま」もその中にいる。
「すごいね、祐一……」
「そうだな、凄いや……」
 俺も名雪と同じようなことしか呟けない。
 じっと見守る中、これら横須賀出発組の艦たちは、俺たち横浜及び木更津出発組の後ろにくっついて、そしてひとつの大艦隊になったのだった。
 時間にして、横浜を出て1時間ほどの午前9時頃。これで観艦式という一大舞台に出演する役者たちの半分が揃った訳だ。もう半分は受閲艦艇部隊として、あと数時間したら逢える。
「絵になるなぁ」
 潮風にはためく旭日旗。それと自衛艦の勇姿。もしもカメラを持ってたら、絶好の被写体になっていただろう。安物でも良いから、デジカメを買っておかなかったことがつくづく悔やまれる。
 その代わり、思い出のフィルムにはしっかりと焼きつけたいと欲し、しばらくその光景を眺め続けた。


 さて、合流を果たした艦隊はやがて浦賀水道に入る。東京や横浜に出入りする船はみんなここを通るから、艦隊の周囲も大小さまざまな船舶がいて、とにかく賑やかというか、混雑しているというか……。さながら船にとっての繁華街のようなもんじゃないかと思う。
 で、「水道」というからには、当然狭い(だからこそ船がこんなにいっぱい見えるんだけど)。右には神奈川県の三浦半島、左には千葉県の房総半島が良く見える。今の艦内放送は、その右にちょうど見えている観音崎の丘の上にある防衛大学校を紹介していた。
「祐一、防衛大学校って……去年、受験校のリストにあったよね」
「そうだな。結構レベルは高かったよな」
 少なくとも、当時の俺と名雪のレベルでは受かりそうもなかった。高校3年の時の同じクラスでも、そこを受験した奴はいなかったと思う。まぁ、学年一の秀才だった香里なら大丈夫だろうけど。
 でも、あいつの志望は医学部だから、することが根本的に違う。あの丘の上にある学び舎では、士官――自衛隊風に言えば幹部を育てている訳で。
「でも、あそこではさ、俺たちと同じような年齢の人が、訓練してるんだよな」
 明日の日本の防衛を背負って立つ人たちが、あの場所にいる。今お世話になってる海自の人たちの働きを見てても、厳しい訓練や難しい教育を毎日受けてるんだろうというのも容易に想像がついた。
「大変なんだね……」
「ああ、全くだ」
 話をしているうちにも艦は進み、観音崎の突端に白い灯台が見えるようになった時、ポケットの中で単調な電子音が鳴った。俺の携帯電話だ。こんな海の上でも電波が届くんだな……。
「はい、もしもし」
『よう、相沢! そっちはどうだ?』
「北川?」
 耳元から親友の陽気な声。結構良く聞こえる。これなら陸にいる時と大して変わらないぞ。
『今頃なら海の上だと思ってな。で、今どこにいるんだ?』
「海の上。船で移動してるよ」
『そりゃわかってるよ。どんな船なんだってことだ』
『もう、そんな言い方じゃわからないわよ。潤』
 ん、女の声? 香里か?
『あ、相沢君? おはよう』
「ああ、おはよう」
 やっぱりそうだったか。ま、あいつらは付き合ってるから、朝っぱらから一緒ってのも別に不思議なことじゃないけど。
『相沢君たちの乗ってる船に、特徴とかないの?』
「特徴か……。『あさゆき』って艦で、煙突とマストが1本ずつあって、船の後ろが階段みたいに見えるけど」
『……あ、これかな? でもいっぱいあるぞ』
『区別がつかないわね』
「いったい何をしてるんだ? こっちが見えるのか?」
『観音崎からの動画をインターネットで見てるんだよ。東京湾海上交通センター、ってページでそういうのがあってさ』
「そうだったのか。で、艦隊がそこに映ってるんだな?」
『ああ。でも小さくて細かいとこまではわかんないな……』
「あ、そうだ。俺たちの『あさゆき』には艦首に132、って書いてあるぞ」
 はつゆき型は同型艦が12隻も建造されたけど、観閲部隊として相模湾に向かっているのは「あさゆき」を含めて3隻しかない。北川の「いっぱいある」って言葉は微妙に間違ってるけど、俺みたいに海自に詳しい(いや、俺だってそんなに知ってるって訳じゃないけど)奴じゃないから、それは仕方がないだろう。
『あー、ダメだ。そこまでは見えないや。でもまぁ良かったな』
「何が?」
『ちゃんと乗れたってことだよ。お前と水瀬のことだから、遅刻するんじゃないかと思ってたけど』
 ……ご名答。危うくそうなるところでした。
『もしかして、水瀬と変な夜更かしして寝坊したんじゃないか? えっへっへ』
「な……おい!」
 これまた正答だった。くそっ、見透かされてるようでなんだか悔しいぞ。だいたいお前だって、朝から香里と一緒で――ん? まさか……。
 と、重大なことに気づいた俺は、ここでカマをかけてみることにした。
「そう言うお前こそどうなんだよ? 今、香里がいるってことは……」
『おう! 昨日は香里とめくるめく一夜を――ごふぇっ!』
 思わず耳を背けたくなる、聞くに堪えない断末魔の叫び。その直後、今身体に感じている海風よりも遥かに寒いと思わせる響きの声が聞こえてきた。
『相沢君、このバカの言うことなんて本気にしないでね』
 香里の声の後ろから「ぐおおぉ……頭が、頭が……」なんて悶え声が流れている。本来なら美徳である正直さも、今回ばかりは仇となったか。いや、単に北川が軽率なだけか。
「祐一、北川君の言ったこと、たぶん本当だよ」
 いきなりそう指摘してきた名雪に、俺は驚きを隠せなかった。
「なにっ、そうなのか?」
「うん。香里の声、なんだか艶っぽいような気がするもん」
「どうしてわかる?」
「うーん、女の勘、かな? えへへっ」
 ……普段はマイペースでとろい名雪も、こういうことには敏感なんだな。ってーか、鋭い。これじゃ浮気もできない――って、するつもりはもちろん、これっぽっちもないぞ。
『ちょ、ちょっと名雪!』
 そして、名雪の「女の勘」の正しさは、冷徹から一転、香里の狼狽振りが証明していた。さっきまでの余裕は幻のように消えうせている。
 一方、名雪は実に落ち着き払っているんだけど。
「あ、香里〜、おはようございますっ。ケンカしちゃダメだよ〜」
『はぁっ……もういいわ……』
 何を諦めたのか、大きな溜息をつく香里だったが、彼女はそれで気分をすっかり入れ替えたらしい。後はいつもの――大人びたような、落ち着いた口調で名雪との会話を始めた。
『で、名雪。気をつけなさいよ。いつもみたいに寝ぼけてたりしたら、海に落っこちちゃうからね』
「祐一にも同じこと言われたよ……」
『あら、さすがは相沢君。誰よりも名雪のことわかってるのね。ふふっ』
「か、香里〜っ」
『じゃあね。後で話聞かせなさいよ。いろいろとね』
「あ、香里」
『ん?』
「北川君と仲良くしなきゃダメだよっ」
『……わかってるわよ。ありがと。それじゃあね』
「うん」
 名雪が携帯を耳から離し、俺に返してくる。これで電話は終わり。昨晩の「美坂チーム」は、みんな似たようなことをしていたのがこれで判明してしまった訳で、俺は多少の羞恥をごまかすように言った。
「結局、お互い様ってことか」
「そうだけど……でも恥ずかしいよ」
「ま、仲が良いのは別に悪いことじゃないしな」
「う、うん」
 そう、幸せになって欲しいと思う。あのふたりは親友だから。特に香里は、栞の件で色々とあったからな……その願いはなおさらだし、だからこそ北川にはしっかりしろと言いたい(さっきの電話から推測するに、それを期待するのは難しいか?)。
 まぁとにかく、あのふたりはそれなりに上手くやっているようだ。
「ねぇ、祐一。わたしたちも……仲良くしようね」
「わかってるよ」
 それとな、名雪。俺はお前に「幸せになってもらいたい」んじゃなくて「幸せにしてやりたい」んだ。そこんとこ、ちゃんと理解してくれよな。
 そんなことを思うと、右手に柔らかい圧力。名雪の手が、俺の手を優しく包み込んでいた。
「名雪……」
 だから俺も、その手をきゅっ、と多少強めに握り返す。無意識のうちに顔が熱くなってくるが、そんなことは構わない。
 火照った頬を、秋の海風が適度に冷やしてくれたのだから。


 名雪と手を繋いだまましばらく軍艦を眺め、潮風を満喫していると、「パタパタパタ……」と、そんな音がどこからか聞こえてきた。
「ん……何の音――」
 後は台詞にならなかった。その微かな音はあっという間に爆音となり、俺の声はそれにかき消されたからだ。
「!」
「あさゆき」の左舷――すなわち、俺たちのすぐ目の前をかすめ、超低空を飛び去る物体――ヘリコプター。白く塗られたボディの側面に大きく描かれた日の丸も鮮やかな、スマートさを感じさせる機体だった。
「SH−60J……」
 海自の主力対潜ヘリだ。通称シーホーク。護衛艦と協力して、海中に潜む潜水艦を追い詰め、仕留めるのがその役割である。
 本来はアメリカのシコルスキーって会社で開発された機体だけど、日本では三菱重工がライセンス生産(メーカーにお金を払って、自分のとこで造らせてもらうことだ)している。
「びっくりしたな……」
 なんの前触れもなく、いきなりのことだったからな。しかも、飛んでるヘリをあんなに近くで、それこそ相手の表情がわかるくらいの距離で見たのは初めてだ。
「ねっ、中の人が手を振ってたよっ」
 名雪もこの急な出来事にすっかり興奮している。そして、どことなく嬉しそうでもあった。確かにこいつの言う通り、ヘリの操縦士も後部キャビンの乗員もこっちに手を振ってくれていた。名雪はそれに感激しているんだろう。
「驚いたよ。ヘリコプターって、あんな大きい音で飛ぶんだ」
「ああ、俺も初めて知った。爆発の音みたいで――」
 そこまで言いかけた時、「パタパタ……」と、またさっきと同じ音が。艦首側からの音なので、機体は格納庫の陰に隠れて見えない。でも、確実に近づいて来ているのがわかる。
「あっ、また来るぞ。今度はこっちも振り返そうぜ」
「うん」
 ヘリの通過するタイミングはさっきのでわかったから、今度はもう不意を突かれることもないだろう。
 そして再び、エンジンの爆音と共にSH−60Jが現れた。
「おーい、おーいっ!」
 名雪が元気いっぱいに、両手をブンブンと振ってアピールしている。俺も帽子を頭上に掲げて軽く振った。
「ねぇ、こっちのこと見えてたかな?」
「多分見えてると思うけど……お前ばかり見てた訳じゃないだろ」
「そうだよね、うん」
 ただなんにしろ、今度はちゃんと手を振り返せたのが嬉しかった。それは名雪も俺も同じで、互いに軽く笑い合う。
 しかし、まだ終わってはいなかった。3度、4度とヘリが飛んで来て、そのつど名雪と俺は手を振った。しかも、3機目は機体側面のドアを開いて対応してくれた。
 結局、「あさゆき」をかすめて行ったSH−60Jは4機だった。
 その最後の1機が過ぎ去ると、耳から入る音はガスタービンの機関音と艦内放送の音楽に戻る。
「なんて気の良い人たちだろう……」
 はっきり言って、格好良かった。黙々と任務をこなしつつも、俺たち民間人には紳士的な対応を忘れない乗組員もそうだけど、ヘリを操縦しながらでも陽気に笑顔で手を振ってくれたさっきのパイロットたちも「やる時はやる」的なプロ意識に満ちているような気がしてならない。
 普段は顧みられることが少なくても、やっぱりあの人たちは自衛官で、常に日本を守ってくれてるんだ……。
「うん。カッコ良かったよね」
 やっぱりこいつも考えることは同じだったか。
「でも、わたしにとって一番カッコ良いのは祐一だからね。えへへ……」
「……」
 まったくこいつは、なんてことを言いやがるんだ。嬉しくなるじゃないか。愛する女の子からこれほどまでに想われていることに。
 しかし、それを可能とする日常は、色々な人の支えで成り立っている。例えばそれが秋子さんだったり、北川や香里だったり、そして日本の平和を守る自衛隊だったり……。そんな考えがますます強くなるような出来事だった。


 ヘリの空中演舞が終わると、海上には船の音と波切りの音が戻る。
 しかし、それで暇になったということではないし、「あさゆき」側も乗艦者をそうさせないように、色々と気を遣っていた。現に、
『これより、艦の前方におきまして、76ミリ砲及びアスロック対潜ロケットランチャーの動作実演を行います。ご興味がおありの方は――』
 とのアナウンスが流れてきたんだから。
「名雪、行こう」
 放送を聞き、俺は即座にそう告げていた。こんなこと、航行中の艦でもなければ見せては貰えないだろう。チャンス以外の何物でもないと直感したからだ。
 そして名雪の手を握って引くと、彼女もそれに従ってついて来てくれた。
「昨日見た大砲が動くんだよね?」
「ああ。76ミリだから、小さい方の大砲だけどな」
 階段を下りて甲板に。魚雷の脇(対艦ミサイルの真下でもある)を抜け、傾斜になった前部甲板へ出ると、そこはもう人で溢れていた。俺たちは後ろにいたから、遅れを取ってしまったのだ。
 でも、人垣よりも大砲の方が大きいし、砲塔の周囲は縄と乗組員で封鎖されているから、動作自体はしっかり見ることができるだろう。
 そのまま待つこと数分。乗員による簡単な解説があり、そして――。
『動作始め』
 という号令、続いて「ジリリリリリ……」と、目覚まし時計のようなベルの音が鳴り始めたと思いきや、「ウイィィィン」と、いかにも機械音といった感じの音と共に、正面を向いていた砲が右に回った。同時に砲身は天空を指す。
 その間、僅か1秒ほど。驚くべき早業だった。
「びっくり……」
「ああ……こんなに早く回るなんて、思ってもみなかった」
 45度ほど上向きになった砲身はじりじりと下がり、ほぼ半分になるとまた上がり出す。そうして45度に戻った時点で砲塔が回り、正面を指した。
 これで元の位置に戻ったけど、またすぐに動き出し、今度は左に。右、左、右……と、一連の動作を繰り返す。まるで「あっち向いてホイ」をしてるみたいだ。
 砲の展示は3分弱で終わり、最初の状態に戻る。これはあくまでも動作展示だから、動かすだけだったけど、そこからひとつの想像を巡らせるのはそう難しいことじゃなかった。
(もし本当に戦うとなれば、あの直径76ミリの砲口から、1分間に80発もの弾が撃ち出されるのか……)
「これならミサイルだって撃ち墜とせる訳だ」
 えーと、計算すると……0.75秒ごとに炎と砲煙と爆音を生じさせ、自らを狙い飛んで来るミサイルという刺客を討ち取るのか。その様を頭の中に思い浮かべると、鳥肌が立ってくる。
 しかし、そこまでなるのはまだ早いかもしれない。次は背後にあるアスロックランチャーの出番だからだ。
『続きまして、アスロック発射機の動作展示を行います』
 乗組員が素早く縄を張って、アスロックの動く範囲を立ち入り禁止とすると、それはすぐに見物人に取り囲まれる。でも、今度は最前列を確保できた。
「こっちはもっと大きいね。ちょっと怖いよ」
「形もごっついしな……」
 丸くて小さい76ミリ砲とは逆に、この発射機は完全な箱型をしている。そしてこの中には8発のアスロック対潜ロケット魚雷が入っている(いや、今現在はさすがに空っぽだと思うけど)。
『動作始め』
 放送から号令がかかり、「今から動きますよ」ということを教えるベルが鳴る。それが止むと「ウァァァァン……」と、金切り声のような甲高く、鼓膜を直接刺激するような動作音。ランチャーは76ミリ砲よりもゆっくりと左舷を向く。
 その動きがいったん止まった時、
「あっ!」
 箱の一番右の部分――魚雷が縦に2発搭載されている――だけが、いきなりぐーっと上を向いたのだ。
「わぁ……」
 名雪も胸元で両手を握って目を見張る。俺も呆気に取られたような面をしてるんだろう。
(上下に動くのは別々だったなんて……)
 そんな俺たちの目の前で、左右に旋回し、4つに分割されたランチャーをバラバラに持ち上げる発射機。しかも、正面の蓋が観音開きになって、中からレールのようなものが迫り出してくる。
「すげぇ……」
「うん……」
 俺たちだけでなく、周囲からも驚きの声が飛んでいる。とてもトリッキーな動きを見せる発射機に、みんな感嘆を隠せないのだ。
 そうして、次々に扉を開き、ロケットを引っ掛けるため(だと思う)のレールが現れ、同時にランチャーは上下運動を繰り替えし……。
 最後は8つの扉を一斉に開いて、俺たちをさらに驚かせて終わった。
「はぁ……」
 もう溜息しか出なかった。目の前に鎮座しているだけでも迫力十分なのに、それが音立てて動く。もし、これで弾やロケットを撃ったとしたら……。
 それはこの後、訓練展示で見られるのだ。もうすぐ先に待ち受けてることが、ますます楽しみになってきた。
『これより、艦尾においてシースパロー艦対空ミサイル発射機の――』
「っておい、まだ終わりじゃなかったのか」
「祐一、見に行くの?」
「当然。せっかくなんだから、全部見なきゃ勿体ないだろ」
「ふふっ、そうだね」


 艦尾のシースパロー発射機は、8連装のが一体で動いたので、アスロックに比べると動きそのものは単調だった。しかし、付近を飛んでるヘリを目標に見立てたりしていたので、それなりにリアリティを感じたし、やっぱり百聞は一見に如かず、動くのが見られただけでも大きな収穫だ。
 これで武器の動作展示は終わり、俺たちは定位置のヘリ甲板に戻った。これで一息つく余裕も生まれる。乗艦してから驚きと感動の連続で、少しまったりする時間が欲しかった。しかも、これでもまだまだ序の口なのだから、乗艦券を当てた俺たちは本当に幸運だとつくづく思う。
 で、例によって海と艦を眺めていると、俺はあることに気がついた。
 横須賀を過ぎてから、なんだか艦隊がバラバラになったような気がする。横浜を出た時はみんな1列に並んでいたのに、今は向かう所が同じってだけで、それぞれの艦が自由に航海を楽しんでるって感じだ。
 まぁ、おかげで色々な艦が近くで見られるから良いんだけど。
 実際、さっきまでは後ろの方にいたと思われる艦が、現在「あさゆき」の右隣を並走している。76ミリ砲とアスロック、それとシースパローを見学してる間になぜかそうなっていたのだ。
「変な格好だね……」
 名雪もその艦に興味を抱き、外見を「変」の一言で表現した。
 うーん……確かに変わってると思うけどな……。
「変なんて言っちゃ、向こうに乗ってる人に失礼だぞ」
「あ、ごめんね。でも……昨日のとか、この船と比べると、ね」
「ああ」
 その点については俺も同意見だ。軽く相槌を打つ。そしてもっと良く観察してみることにした。
 結構大きい艦のように見える。特に箱型の艦橋がでかい。外に階段が見えてるけど、5階建てくらいありそうだ。
 しかし一方で、大砲などの武器がどこにも見当たらない。それが実にアンバランスな印象を俺たちに与えている。
 そんな中でも、何よりも一番特徴的なのは、艦の真ん中の部分だ。
「あれ何かな? あの白いの」
 吹き抜けになっているらしい部分に、何かが見える。名雪が言ったように、白い物体が。どうもカプセルのような形をしてるみたいだ。
 艦首には「403」の文字があるので、手元の観艦式パンフレットと照合してみる。
「……あれは『ちはや』って艦だな」
 艦名がわかり、今度は「海上自衛隊ハンドブック」を取り出して調べてみると、あの艦がなぜあのように妙なデザインになってるのかが、ようやく理解できた。
「潜水艦救難艦、って種類だよ。あの白いのは潜水艇だ」
「え? あれって潜水艇なんだ」
「潜水艦はもともと沈む艦だから、本当に沈んでも中の人が生きてる場合があるんだ。その人たちを助けるんだよ」
 数年前にロシアの原子力潜水艦が爆発して沈んだ、って事故があった。沈んでまだ間もない時は生きてる人もいたんだよな……でも、救助できなくて結局全員亡くなってしまった。
 あれはそんな最悪の事態を防ぐための艦だ、ということを名雪に説明してやると、名雪は神妙な面持ちで、こちらにどんどん接近して来る「ちはや」に目を向けた。
「いろんな船があるんだね、自衛隊って」
「そうだな。戦う船だけじゃなくて、補給艦とか、掃海艇とか……あれだって『戦うのを支える』艦だしな」
 そう言った直後、艦内放送の音楽が途切れ、アナウンスが入る。聞くと、あの目の前の「ちはや」が挨拶をしてくるとか。手旗信号と発光信号でそれをこちらに伝えると教えてくれた。
「……そうか」
「え?」
「ほら、さっきから艦がバラバラに動いてるだろ。あれは俺たちを退屈させないためだったんだよ」
「あ、じゃあ、船同士が挨拶したりとか、今はみんなそういうことをしてるんだね」
「そうだろうな。それに、次から次に違う艦が来て、こっちも楽しいだろ」
「うん」
 やっぱり今の艦隊の自由な動きには意味があったんだ。それに、ヘリの至近通過といい武器を動かして見せたさっきの展示といい、そして今度は……自衛隊はサービス精神も凄く旺盛だな。
 そんなことを考えつつ「ちはや」に注目していると、艦橋の外に黒い制服の人が現れ、赤と白の旗を振り始めた。
 双眼鏡を構えて覗く。もともと近い位置にいるのに、14倍の双眼鏡を使うのだから、旗を振ってる人の表情までわかった。
 でも、旗の信号の意味までは当然わからない。
「赤上げて、白上げて……」
「小さい頃、そんなゲームしたよ、わたし」
「俺は……どうだったろうな。ほら。お前も覗けよ」
「ありがと、祐一」
 名雪に双眼鏡を渡してやって肉眼に戻っても、向こう側の旗の動きはしっかりと見える。「ちはや」はそれほど接近しているのだ。
 やがて、手旗信号が終わると、その近くで今度はちかちかと光が明滅を始めた。これが発光信号だろう。ただライトを点けたり消したりしてるだけなので、もちろん意味はさっぱりだけど。
『ただ今の信号の意味は、「おはようございます」でした……』
 すると、解説のアナウンスが入り、俺の疑問を解消してくれた。
(ふーん、なるほど……)
「ちゃんと意味が通ってたんだな」
「でも、あれがどうして『おはようございます』になるんだろうね? 不思議だよ」
「光の方はモールス信号だと思うけど……多分、『あ』とか『い』とか、そういうのは旗の振り方で決まってるんだろうな」
 そんな話をしていると、挨拶を終えた「ちはや」に対し、この「あさゆき」も同じように挨拶を返す(後部甲板からはその様子は見えなかったけど)。その一連の行動が終わると「ちはや」が減速したのか、それとも「あさゆき」が増速したのか、「ちはや」が後ろへと遠ざかって行く。
「さようならーっ」
 名雪が「ちはや」に手を振り、俺もつられて軽く右手を上げ、離れつつある潜水艦救難艦との別れを惜しんだ。


 さて、俺たちが「ちはや」に注目していた間に、首相を乗せることになっている「しらね」は先ほどよりもずっと遠い所に行っていた。もう裸眼でははっきり見えないほどだった。
 また双眼鏡を頼ることにして、14倍の拡大像を見てみると、「しらね」の向きは反対を――舳が艦隊の進行方向とは逆を指していた。さらに、小さい船が「しらね」のすぐ後を追っていた。
「……何をしてるんだろう?」
 一度双眼鏡を離す。すると、ヘリが「しらね」の上を飛んでいた。双眼鏡をそれに向けると、ヘリはさっきの「シーホーク」と同じだとわかる。
 名雪もその様子を見たがったので、双眼鏡を渡す。しばらく観察して、ヘリが「しらね」のヘリ甲板に肉迫した時、彼女は言った。
「降りようとしてるね。もしかして……小泉さんかな?」
「え、首相か?」
「うん。ほら、ここにも書いてあるし、時間もだいたい合ってるよ」
 艦隊の編成の書かれたパンフレットの裏――艦隊の動きと観艦式の内容を簡単にまとめた紙面と腕時計を俺に見せる名雪。パンフには「観閲官乗艦 11:20」とあり、時計は11時18分。
「そうか、じゃあ今日の一番偉い人がお出ましって訳だ」
 名雪は「しらね」を双眼鏡でじっと観察しているが、はっきり言って遠いので、肉眼の俺はろくに見えない。ヘリが甲板に降り立つところは目を細めてどうにか確認できたけど。
「あ、降りた。人が出てきたよ」
「顔は見えるか?」
「えーと……そこまではダメ。ちょっと遠すぎる」
「それでもやっぱ無理か。でも、時間は合ってるから首相が降りたのは間違いないだろ」
 俺はライオン頭の内閣総理大臣の顔を思い出しながら独りごちた。艦隊は既に浦賀水道を抜け、三浦半島から遠ざかろうとしている。艦も揃い、人も揃った。これで、観艦式の始まる12時13分を待つのみ。
 しかし、それでもまだ1時間近く空いている。せっかくだから、まだ色々と見て回りたいし、まぁそれには十分だろう、1時間というのは。
「なぁ、艦内に行ってみようぜ」


 甲板の高さからひとつ下の階に、トイレがあった。そういえば朝起きて以来、出すものを出していなかったことを思い出して、用を足した。
 トイレは普通の水洗式で、ただ水を流すのが蛇口を捻る手動だというのが、公衆トイレと微妙に違う。でも、わざわざ「水は十分流すように」なんて注意書きがあるのはなんでだろう?
 次に、艦尾の方にある食堂へ行くと、そこは大学の学食をそのまま小さくしたような空間だった。席は民間人で埋まっていて、談笑の輪が広がり和やかな雰囲気だが、中にはテーブルにぐたっと突っ伏している人もいる。
(船酔いかな?)
 そういえば、酔い止めの薬は持って来たんだった。でも、朝のゴタゴタもあり、飲むのを忘れていたし、だからといって今のところは苦しくもなんともない。
「お前は大丈夫か?」
「え? あ、うん――あっ」
「どうした?」
「アイスが売ってるよ」
 本当だ……スーパーで見られるような小さい冷凍庫の中に、いくつかの種類のアイスが入っている。アイス以外にも、ジュースの自動販売機とか……艦の中も便利なんだなぁ。
 せっかくだから、買ってみるか。俺がそのことを名雪に告げると、
「栞ちゃんのお土産にしたいね」
 と、笑って言った。
「そりゃ無理だ。溶けちゃうだろ」
 そして、ふたりで軽く笑い合い、買い求めたバニラアイスをその場で食べて、食堂を後にした。


 食堂と同じ階に、機関室がある。艦橋からの指示に従い、エンジンを操作するための部屋だ。
 むらさめ型護衛艦は、ここを通さなくても大丈夫って話だけど、「あさゆき」の場合、ここに詰める人たちが艦を実質的に動かしている。もし、仮の話として、ここの乗員が居眠りでもしちゃったら、「あさゆき」は動かなくなるか迷走してしまうのだ。
(ま、んなことになる訳ないだろ。名雪じゃあるまいし)
「祐一、なんか酷いこと考えてない?」
「そんなことはないぞ」
 ふぅ、危ない。こいつに心の中まで読まれるところだった。
「それにしても……」
 多少強引に話題を変えてみる。それに、この部屋に純粋に興味を持ったのも事実だ。
「SFに出てくる宇宙船の中みたいだ」
 壁一面に埋め込まれたいくつものメーターや電光表示盤。その手前にある操作盤からは何本ものレバーが生えており、さらに無数のスイッチがある。どのメーターが何を表すのか、どのスイッチが何を操作するのか……もう訳がわからない。
 だが、どれも重要なものだってのは間違いない。数名の操作員が機材に張りついて、絶えず目線や手を動かしている。艦橋からの指示も頻繁にあるようだが、比較的もの静かな場所だ。でもやっぱり忙しい。
 そんな部署でも、こちらの話を聞いてくれる乗組員がいる。しかし、いったい何を聞けばいいやら。
 結局、機関室の見学は5分ほどで切り上げることにした。これで民間人が入れる場所で、俺たちがまだ行ってないのは、艦の中で一番眺めの良いあの場所だけとなった。


「よーそろー、ふたひゃくはちじゅう度、よーそろ」
「930」
「はい」
「赤5」
「赤5」
 いくつかの命令と復唱の後、「ビーッ」とブザーが鳴る。
「赤5」
「ディス・イズ『たちかぜ』……40……秒の」
 今度は英語と日本語交じりの会話が聞こえるが、そこに2回の短いブザー音が重なる。その後もさらに繰り返される通信と命令、そして復唱。
「……ディス・イズ『いそゆき』。黒、10度3、『はるゆき』『ちはや』オーバー」
「黒5」
「黒5」
 このように、航行中の艦橋は、和気あいあいとした甲板や食堂とはまるで別世界だった。緊張と真剣さがピーンと張り詰めている。
「ふたひゃくはちじゅう」
「ふたひゃくはちじゅう、よーそろー」
「原速、黒5」
 乗員たちの言葉の意味は全然わからないけど、「船を動かしている」って雰囲気は感じることができる。そして、彼らがまさに「任務中」だということも。
 しかし、今日はこうして民間人が好きに艦橋の中を見て回れるのだ(肝心な場所はロープで隔てられているけど)。気が散ったりしないのかな? と心配すらしてしまうが、手空きの乗員が見学者の質問にしっかりと答えている。
(プロなんだなぁ)
「へー……うーん……」
 名雪も場の空気に感心しているようで、特に意味のない言葉を連発している。
 確かに、それも無理はない。舵を取る人、速力指示器のダイヤル(この艦はレバーじゃなかった)を握る人、レーダーの画面を覗き込む人、そして双眼鏡で窓の外を監視する人……みんな別のことをしつつも、それで1隻の艦をちゃんと動かしている。大したチームワークだ。
「祐一、見て見て、凄いよ」
 っと、窓際で名雪が手招きしている。俺も寄ってみると……。
「はーっ……」
 軍艦の集団があった。そうとしか言いようがない。
 俺たちの「あさゆき」に一番近い所、少し左よりにいるのは、多分「はるゆき」だろう。
 正面の結構離れた所にいるのは……「むらさめ」かな? ちょうど全艦の先頭にいるみたいだから、先導艦としての役割を果たしているようだ。
 右に目を転じると、「きりしま」が特徴的な斜め後ろ姿を見せていて、そのすぐ後ろに「いかづち」が側面の全体像を披露している。「海上自衛隊ハンドブック」に掲載されている図面に色がつき、海を走っているような錯覚すら受ける。
 さらに、その向こう側から、さっき首相が乗った「しらね」が、こちらに近づいて来る。まだ遠いけど、艦隊に合流するのも時間の問題だろう。それまではここにいることにしよう。
 さて、「あさゆき」の艦橋は、「きりしま」「いかづち」と比べて狭い。計器もアナログのものが多く、「世代の違い」を強く感じる。でも、やっぱり見るべきものはいっぱいあって……例えば、これ。
「司令席……着席可」
 この艦「あさゆき」は第23護衛隊に所属していて、艦橋の左端にある眼前の椅子はその司令官専用のものだと、説明書きにはある。
「座っちゃって良いのかな?」
「そう書いてあるんだから良いんだろ。ついでにこれも」
 椅子の前の小さいテーブルに、帽子がある。昨日「きりしま」で名雪に被せたのより……そう、もっと偉い人が被るようなものだ。司令官用のかな?
「……どうしよ」
「迷ってるんなら行動だ。ほれ」
「あっ? ちょ、ちょっと……」
 逡巡している名雪の肩を掴み、シートの中に押し込んでやる。さらに帽子を頭へ乗せ、これで水瀬名雪司令の誕生だ。可愛い司令官だけどな。
「ほら、提督気分を満喫できるだろ?」
「それはわからないけど、でもちょっと不思議な感じだよ」
 そう言うと椅子に深く腰掛け、ただじっと正面を見据える名雪。俺はその真剣な横顔を見て思った。今、こいつの心の中にあるのはいったいなんだろう、と。海の情景と軍艦の勇姿から、何を感じているのだろう?
 もしかしたら、かつて太平洋の大海原を所狭しと駆けた曽祖父――駆逐艦「名雪」艦長、水瀬春文少佐に思いを馳せ、それになりきっているのかもしれない。
「ほら、祐一も座ろうよ」
 俺の思考を中断させたのは、そんな名雪の一言だった。身軽に椅子から立ち上がると、俺の頭に例の帽子を被せた。
「はいっ」
「もういいのか?」
「うん。だから、今度は祐一が提督さんだよっ」
 じゃあ、せっかくだから俺も座らせていただくことにしよう。よいしょっと。おっ、結構座り心地が良いぞ。
 それに、自分がなんだか偉くなったような気分になってくる。俺までひいおじいさんと同じ立場になったみたいで。
「うんうん。祐一カッコイイよ」
「そうか?」
 名雪はニコニコしながら、首を何度も縦に振る。まぁ、悪い気はしない……つーか、あんま恥ずかしいこと言うなよ。それもこんな人の多い場所で。
「……」
 あえて名雪から視線を外して、羞恥を誤魔化すように海に目を転じる。すると、前にいる観閲付属部隊の艦が斜め後姿を見せていた。舵を切って「あさゆき」の真ん前に来ようとしているのか。
 あの2隻がこれからどうなるのか、このまま観察していたいとは思うが、この司令席を俺だけが独占してるのはまずい。現に、席が空くのを待ってる人がいる。
 ということで、ほどほどにして席を立ち、名雪を連れてブリッジウィングに出てみることにした。
「名雪、外に行こう」
「うん」
 で、右の扉から太陽の光の下に出た途端、名雪が開口一番、
「わぁっ……」
 と、感動の声を上げた。
「うーん、こっちも迫力あるなぁ」
 そこからの景色は、後部ヘリ甲板とはかなり違っていた。視点が高くなったため、艦首が波を蹴っているのが見えるので、「前に進んでいる」ってことをより強く感じる。それに、海風も強い。後ろは格納庫が風除けになってたけど、こっちは完全に吹き曝しだからだ。
「祐一、あの船、もう戻って来たんだね」
 旗艦の「しらね」が舵を切り、「むらさめ」と「きりしま」の間に割り込もうと船体を傾けているシーンがここ右舷側に展開されている。
 そして、俺たちの観閲付属部隊は、前に「はるゆき」、後ろに「ちはや」と、既にきちんと整列しているようだ。
 やがて「しらね」が定位置に戻り、陣形が完成した。時間は11時50分。これもプログラムに書いてあったの同じで、全てが時間通りに動いている。
 右を進む観閲部隊と、左の観閲付属部隊の間を、受閲艦艇部隊がすれ違うように航行して、観艦式は行われる。それも、後20分ほど先のごく近い未来に。
「凄いね……」
「ああ。華々しいよなぁ……」
 みんな堂々と、自分たちこそ日本の海の防人だと言わんばかりの威厳を持って、ナイフのように鋭い舳で蒼い海を切り裂き進む。その後は白く沸き立つ航跡が残るが、後続艦にかき消されると同時にまた新たな航跡となる。艦隊の列が終わるまで、その繰り返しだろう。
「そろそろだな。戻るか」
「そうだね。なんかドキドキしてきちゃったよ〜」


「ぐは、しまった……」
 ヘリ甲板に、俺たちのいる場所はなくなっていた。観艦式を望める右舷側は人で埋め尽くされ、後からやって来た俺らでは、艦どころか海すら満足に見る余地はない。
「もっと早く戻って来るべきだった」
「どうしよう……」
「下の甲板に行こう。まだ人は少なかったはず」
 急いでさっき通った場所に引き返す。すると、ヘリ甲板の様子とは裏腹に、通路には人の姿はまばらだった。
 ボートが吊られている支柱の下に陣取る。日陰になってて少し暗いけど、海も艦もちゃんと見られる。それなりに良い場所だった。
「ふぅ、助かった」
 安堵の息を吐く。が、落ち着く暇もなく、
「祐一、祐一っ」
「ん?」
「来たよ、ほらっ!」
 名雪が指を差した先に、小さい影がいくつか見えた。それは時間が経つにつれ増え、手前の方にあるものは大きくなり、軍艦とわかる形になる。
「いよいよ……」
 手すりを握り、食い入るようにして見つめる。次いで双眼鏡を覗くと、揺れを補正された鮮明な拡大像に1隻の艦。
 煙突は2本あり、1本目の上にはマスト。2本目の上では四角い板のようなレーダーがクルクルと回っている。そして艦首には「168」と番号が振られている。今の自衛艦隊の旗艦にして(海自ハンドブックにそう書いてあった)、受閲艦艇部隊の旗艦でもある、ミサイル護衛艦「たちかぜ」だ。
 俺のそんなうろ覚え的知識が合っていることを証明する放送が、平成15年度自衛隊観艦式の開始宣言となった。
『これより、観艦式が始まります。受閲艦艇部隊旗艦は、艦番号168「たちかぜ」――』
 あまりにも勇壮、そして壮麗だった。
 護衛艦「たちかぜ」を先頭に、縦1列に整然と並んでこちらに向かって来る艦隊。
 その動きは、見ている限りにおいては全く乱れがない。さながら、海面に透明なレールが敷かれていて、その上を走っているかのような印象すら受ける。もちろんそんなものはどこにもないけど。
 そして、この見事なまでの壮大な光景を造り出しているのは、海という自然と……人の力だ。
 僅か5万人にも満たない組織が、軍艦というハイテクの塊のような機械を何十隻も負託され、まるで手足のように自在に操っている。日本の平和を守る、との固い意志をその奥に秘めながら……。
「見ろよ。もう人が並んでるぞ。登舷礼っていうんだ。なんてスマートな人たちなんだろうな……」
 あれ? なんだか視界が歪んできやがった……これじゃ艦隊の勇姿が良く見えない。名雪に見ろなんて言っておきながら、俺がこのざまじゃ立場がないじゃないか……。
「祐一、泣いてるの……?」
 名雪の問いに、肯定の沈黙を持って答える。しかし、優しい名雪は無愛想な俺を放ってはおかなかった。
「はい。肝心なところ、見逃しちゃうよ」
 可愛く笑いながら、イチゴ柄のハンカチを手渡してくれた。それで感動の涙を拭うと、再び鮮明に艦のパレードを観覧することができた。
「悪いな、名雪」
 軽く礼を言って、さっきよりもますます近づいた受閲部隊に視線を集中する。
 受閲艦の船縁には、乗員たちが一定の間隔を保って整列していた。軍艦が表す最大限の敬意である登舷礼を行っているのだ。残念ながらこっちじゃなくて、右を進む観閲部隊、つまり首相の方に向けてだけど、まぁ付属部隊であるこっちがそこまで求めるのは贅沢かもしれない。
 ゆっくりと「あさゆき」に接近する「たちかぜ」。良く見ると、艦首が人の背丈以上に上下している。艦首が上に振られる際、海面下の黒い塗装も露わになる。
(結構揺れるんだな)
 でも、動揺のペースは遅い。あれなら乗ってる人も揺れをあまり感じないだろう。この「あさゆき」は「たちかぜ」よりも小さい船なんだから、もっと揺れてるんだろうけど、実際俺たちも、酔って気持ち悪いなんてことにはなってない。
 その「たちかぜ」が登舷礼を続けつつ、「しらね」「きりしま」の脇を通過して俺たちの真横にさしかかろうかという時、新たなアナウンスが告げられた。
『受閲艦艇、第1群の観閲が始まります。1番艦は、艦番号170「さわかぜ」。基地は、長崎県の佐世保です』
 隣の「たちかぜ」と同型艦だけど、艦尾の方にも大砲が1門ある「さわかぜ」。もともと「たちかぜ」もああだったんだけど、護衛艦隊の旗艦に改造された際、砲塔を取り払って、その跡地に部屋が増築されたとか。
 受閲艦艇部隊の列はまだまだ続く。「さわかぜ」の次は「はたかぜ」。ミサイル発射機が艦の前部にあり、それを守る波除けが艦首についているのが特徴的なミサイル護衛艦だ。その「はたかぜ」の後ろは昨日「きりしま」の隣にいた、はたかぜ型の2番艦「しまかぜ」。
 それらの精悍なミサイル護衛艦が、厳かにしてゆっくりと、観閲部隊に最大限の敬意を払いながら進む。
「……」
 言葉が出ない。ちらりと名雪を窺うと、彼女は呆けたように口を小さく開けて、でも瞳は好奇心に輝いていて、俺と同じように護衛艦の列に見入っている。心境は俺と似たり寄ったりか。
 しかし、「しまかぜ」のさらに後方に連なる艦を見たとき、彼女はようやくポツリと一言漏らした。
「あ、今度の2隻は小さいね」
 艦番121の護衛艦「ゆうぐも」だ。先のミサイル護衛艦たちと比べると、明らかに小型の艦。76ミリの連装砲塔を前後に積み、アスロック発射機が艦の中央、前後の煙突に挟まれて置いてある。見た目に斬新さはあまり感じられないが、重武装の「古強者」って印象がピッタリだ。
 そのさらに後方からやって来る228「ゆうべつ」は、「ゆうぐも」に輪をかけて小さい。船体が「凸」の字を横に細長くしたような形をしている。ええと……そう、「中央船楼型」だったかな? ま、とにかく小柄で変わった形の艦だ。でも、小さくともOTOブレダの76ミリ速射砲のおかげで、「ゆうぐも」よりは新しく感じる。
 以上、5隻が受閲艦艇部隊第1群のラインナップだった。続いて第2群が主役に躍り出るが、そこで俺は再び言葉を失った。
「……」
 それは不思議な光景だった。観艦式の編成表には十分に目を通してあるから、そうなることはわかっていた。でも、実際に見ていると……。
 名雪も今の光景に驚いているのだろう。疑問を素直に口にしていた。
「全部、同じ?」
 まるで合成写真というか、パソコンで「コピー&ペースト」をしたというか……いや、そんなはずもなくあれらはもちろん本物だ。タイプは同じでも違う艦だという証明が、艦首にあるし。
 前から103「ゆうだち」、104「きりさめ」、105「いなづま」、106「さみだれ」と、受閲艦艇部隊第2群は、見事な連番で編成されている。
「ああ、全てむらさめ型だよ。『いかづち』の同型艦だ」
 しかもその「いかづち」は、ちょうど俺たちの真横を並走している訳で……合計5隻のむらさめ型が観艦式に参加しているってことだ。
 基準排水量4550トン――さっきの小型護衛艦「ゆうぐも」の2倍、「ゆうべつ」の3倍、そしてこの「あさゆき」と比べても1.5倍はあるむらさめ型が、4隻連なって進む様は、大した迫力を醸し出していた。
 まず1番艦「ゆうだち」が「あさゆき」と交錯する。艦尾のヘリ甲板には、シーホークが駐機してあり、またその後ろにある旗竿の自衛艦旗が眩しい。
 そうして、番号の若い順から観閲を終えて行くむらさめ型だけど、前後の間隔とか、「あさゆき」とすれ違うタイミングとか、そういうのは常に一定で、どれも全く同じだった。まるで見えないロープで数珠繋ぎにされているような、そんな気がするほどに。
「よっぽど上手く動かさないと、こうはいかないよな」
 日本の海軍は昔から――100年以上前の日清戦争の頃から、こういう艦隊運動には定評があったとか。その伝統技術は、海上自衛隊と名を改めた今もこうして受け継がれているんだな。
 さて、いよいよ4番艦「さみだれ」が俺たちの隣に来る頃、「たちかぜ」や第1群の最初の方の艦が観閲部隊と付属部隊の間を通過し終えて、進路を変えようとしていた。一部の艦は、この後の訓練展示で再びその勇姿を拝むことができる。
 しかも、第2群の後にも出番を待つ艦がたくさん控えている。で、今度の第3群はというと……潜水艦だ。真っ黒い船体の大部分は海面の下で、上のごく一部とセイル部だけを披露しながら、大きなうねりを伴って進んでいる。
(ってか、波の立ち方がなんか派手だぞ)
 護衛艦が「切っている」のなら、こっちは「強引に割り入っている」とでも表現できるだろうか。艦尾の辺りからは、水しぶきが噴き出している。その様子はまるで……。
「くじらさんみたいだね」
 そう、名雪の言う通り、あれは巨大な鉄の鯨だ。実に相応しいイメージだと思う。
 観閲部隊の「きりしま」とすれ違う頃になると、その鉄鯨の詳細が明らかになる。
 セイル上には自衛艦旗と日の丸……じゃないな。白地に赤い桜マークが入った旗が揚がり、そのセイル両脇には翼のように舵が突き出している。
 護衛艦のように番号が振ってないから、艦名の区別はパンフレット頼りになるけど、あれは「なるしお」という艦だ。「葉巻型」と称される角張ったような船型(船体は海面下だから見えないけど)と、ステルス性を考慮した台形のセイルが大きな特徴である。
 海自のおやしお型潜水艦の中でも最も新しいもので、今年完成したばかりの、文字通りの最新鋭潜水艦だと、放送が教えてくれた。
 その1番艦「なるしお」を筆頭として、潜水艦の群れが続く。2番艦「あきしお」以下、3番艦「ゆきしお」、4番艦「さちしお」、5番艦「はましお」が受閲第3群の編成だ。「なるしお」以外は「涙滴型」という形の船体を持ち、実際に背中は緩やかな曲線を描いている。最後尾の「はましお」は、今は練習潜水艦として、新人の育成をしているとか。
 洋上の護衛艦とは違って小さく見えるけど、でも堂々と進む様は、やっぱりあれらも日本の海を守る自衛艦なんだという思いを強くさせた。
 もっとも、潜水艦は海に潜ってこそ真価を発揮するし、「見えない」こと自体が抑止力になる。実際、新しい潜水艦のおやしお型なら、たった1隻でもアメリカの持つような空母部隊の行動を制限させてしまうとかなんとか。
(うーん、凄いよな……)
 とか感心しているうちにも第3群が後ろへ過ぎ去り、前からは第4群が向かって来る。
 今度の陣容は掃海部隊だ。先頭は掃海母艦の「うらが」。同型艦の「ぶんご」は、観閲付属部隊の第2群として、「あさゆき」よりも後ろにいる。
 艦首に「463」の番号を振った「うらが」は、基準排水量が5650トンと、並みの護衛艦よりもずっと大きい艦だ(「ぶんご」の方はそれよりも50トン重い5700トンなんだけど、それは76ミリ砲を搭載しているからだ。どうして「うらが」にはついてないんだろう?)。甲板もとても高い位置にあるし、艦橋も大型だし、かなりのボリュームを持っている。
「ねえ、祐一。『そうかいぼかん』って、何する船なの?」
「掃海艇に補給をしたり、整備をしたり……掃海艇は小さいからな。色々支援してやる艦だな」
「ふーん……あ」
 名雪が何かに気づいた。「うらが」の後ろの小さい軍艦――それぞれ前から「やえやま」「つしま」(以上は掃海艦)「すがしま」「つのしま」(この2隻は掃海艇)の4隻。「うらが」が親だとすれば、これらは子供だと言えるくらい大きさに差がある。
「ふふっ、カルガモの親子みたいだね。ちょっと可愛いよ」
 うーん……それは、あの光景を実に上手く言い当てているとも思うけど。
「でもな、その掃海艇が自衛隊の海外派遣第1号になったんだからな。小さくたって凄いぞ」
 昔……まだ俺がガキの頃、湾岸戦争が終わった後のこと。ペルシア湾にはイラク軍の仕掛けた機雷があって、危険で船が通れないからって、各国の掃海部隊が活動していた。そこに海上自衛隊も加わったのだ。
 500トンにも満たない船で荒波越えてはるばる中東まで。そこで危険な活動をして、そして誰一人として欠けることなく、日本に帰って来たんだ。
 その後はカンボジアとか東ティモールとか、自衛隊の国際貢献は当たり前になったけど、それに先鞭をつけたのが、目の前の掃海部隊という訳だ。
 僅か10年かそこら前の歴史を考えていると、頭が下がる思いがしてきた。だから、俺たちに大きなハッチのある艦尾を見せ始めた「うらが」と、今まさに観閲部隊とすれ違おうとしている4隻の掃海艦及び掃海艇に、俺は軽く会釈をした。
 さて、観艦式そのものも佳境を迎える。第5群の1隻目は、掃海艇や「うらが」よりもずっと大きい艦だ。空母のように平べったい甲板も目を引く。昨日、横浜で電灯艦飾を行った輸送艦「くにさき」だった。
「いやっほーぅ! 『くにさき』最高ーっ!」
「わっ!? えっ、祐一、どうしたのっ?」
「あ? あれ? どうしてたんだ、俺……」
 いや、「くにさき」を見てたら、どうもそんな風に叫ばなきゃならないような気がしてきて……いったいなんでだろう? 良くわからん、我ながら謎だ。うーん……。
 まぁ自分でも理由がわからないものを考えてもしょうがないので、艦の方に意識を集中する。
 基準排水量8900トン。この観艦式に参加する艦の中で最大の大きさを誇る「くにさき」だけど、輸送艦という性質上、武器はCIWSが2つだけで、あっさりしている。ただ、今は甲板の上に陸上自衛隊の車両がいっぱい乗っかっているので、それなりに華やかに見えるな。
 それともうひとつ。甲板に整列している隊員は、前半分は黒い制服の海自の人たちだけど、後ろは緑の制服の陸自隊員だった。これも珍しい光景だろう。海自の艦に、陸自の車両と隊員が乗って、一緒に登舷礼を行っているのだから。
 そんな「くにさき」の後に控えるは、訓練支援艦の「くろべ」だ。観閲付属部隊にいる「てんりゅう」はこれに良く似ているけど、「てんりゅう」の方が新しく、若干大きい。つまりは改良型だ。
 四角い柱のようなレーダーマスト。横に2本並んだ煙突。そして後甲板にあるオレンジ色のミサイルのような物体――これこそが「訓練支援艦」のゆえんたる無人標的機である。護衛艦はこの標的機に向かって砲やミサイルを撃ち、射撃訓練をするのだ。
 さっきの第4群、そしてこの第5群は、直接戦闘には携わらないものの、護衛艦隊の活動を支えるという重要な役割を担っている艦艇たちだ。でも、これで海自の観閲は全て終わって、残る最後の第6群はというと、
「わ……綺麗だよ」
「本当だ。真っ白だな」
 これまでの、グレーの護衛艦とはまるで一転、眩しいばかりの純白に塗られた船だった。
 船底も黒ではなく、少し暗めのグリーンで、船体のやや前寄りには淡いブルーの模様と「JAPAN COAST GUARD」のアルファベットがある。ここまで見ればもう一目瞭然、海上保安庁の巡視船だ。
 さらに詳しく観察しようと、双眼鏡を覗いた時、舷側に書かれた船名に俺は違和感を覚えた。
「あれ? 『しきしま』って……」
 パンフレットでは確か「やしま」って船だったはずだけど、実際には「PLH31 しきしま」とある……変更があったのかな?
 しかし、艦内放送で「しきしま」が実は大した船だということがわかる。
 あの船は、海上保安庁でも――いや、世界でも最大の巡視船で、もともとプルトニウム輸送船の護衛をするために建造されたという。プルトニウムからは核爆弾も造れるから、万一にもテロリストとかに奪われないようにするための措置だ。
 そして今まさに、海保最大の船が海自最大の護衛艦「きりしま」とすれ違おうとしている。
「どっちも立派だね」
「ああ」
 名雪の問いかけに、俺はごく単純な言葉と共に頷くしかなかった。確かに「しきしま」も立派な船だ。艦橋(とは言わないか)もどっしりしてるし、マストやヘリ格納庫は護衛艦のそれと大して変わらない。全体の見た目そのものも、あさぎり型護衛艦に似ている気がする。ヘリ甲板の広さはもしかしたら「しらね」並みなんじゃないか?
 やがて「あさゆき」の横を過ぎ、後方へと過ぎ去って行く「しきしま」。刀ですっぱりと切り落としたような護衛艦の角張った艦尾に対し、優美な曲線で構成されている船尾が遠ざかり、これで艦艇の観閲は終了となった。
「祐一、これから飛行機なんでしょ?」
「そうだな。もうすぐだと思う――おっ、来た!」
 待つほどのこともなかった。艦艇に引き続き、航空機の観閲が始まった。
 受閲を終えた巡視船「しきしま」が進む方向、つまりは観閲部隊のちょうど後ろの空に、ぽつんと黒い影がいくつも浮かんでいる。そのうちのひとつが見る見るうちに大きくなり、4つのプロペラを持つ飛行機になった。
 どうやらあれが受閲航空部隊の指揮官機「UP−3C」って飛行機のようだ。
 UP−3Cは「ブオオオォォン……」という重低音を残して、観閲部隊と観閲付属部隊の中間を飛び抜け、あっという間に追い越して行く。飛行機だからとにかく速い。じっくりと見てる余裕もないほどに。
 かと思いきや、すぐに次の群の出番が回ってくる。第1群は観艦式の始まる前、「あさゆき」をかすめ飛んで俺たちを驚かせてくれたSH−60Jヘリコプター。それの5機編隊だ。
 逆V字型の陣形がタービンエンジンの残響と共に過ぎ去ると、さらに同じ編隊が接近して来る。第2群の編成は第1群と同じだった。
 しかし、その次の第3群もヘリコプターというのは変化がないが、機数は3でやたらとごつい外見をしている。MH−53E掃海ヘリコプターで、機体サイズもさっきのシーホークよりも確実に大きい。
 ここまでは海自のヘリだけど、第4群になると今度は陸自のヘリが登場する。白色が主体の海自ヘリとは対照的に、緑と茶色の迷彩色で、何よりも印象深いのは、前後に並んだふたつのローターで飛んでいることだ。CH−47J輸送ヘリコプター。陸自が持つ最大級のヘリだ。
 SH−60Jはいかにも俊敏といった感じで飛行していたが、MH−53EとCH−47Jは、機体が大きいのもあるだろうけど、ゆったりと大型機の風格を漂わせながら飛び去って行った。
 ここまで、第1群から第4群はヘリコプターだった。が、今度からは飛行機が主役となる。その先鋒、第5群は海自の練習機、TC−90の5機編隊。比較的小さめのボディを持つ双発プロペラ機だが、低空で、しかも密集しているとそれなりの迫力がある。
 でも第6群はTC−90を遥かに凌駕する存在感があった。US−1Aの3機編隊だったからだ。それは実に特徴的な形状をした飛行機で……。
「下の部分が船みたいな形してるね」
「そりゃそうだ。海に降りられるんだから」
「え? 飛行機なのに? あんな大きいんだよ」
「だって、飛行艇だからな」
 US−1Aは新明和工業って会社が造った、4基のエンジンを積んだ大型飛行艇で、強風の中、荒波で離着水できる性能を持つ。今のこの時代に、あれほどの高性能な飛行艇を開発、保有しているのは日本だけだ。
「あれは海で遭難した人を助けるための救難機なんだよ。だから、荒れた海でも降りられるんだ」
「そうなんだ……偉いね。人助けをしてるんだ」
 その時、名雪の目が少し輝きを増した。名雪は一度、母親である秋子さんを事故で失いかけたから、あれが人命救助を主な任務としていることに、素直に感動したのだろう。
 白とオレンジに塗り分けられた飛行艇が優美な姿を誇張するようにゆっくりと飛び去ると、今度はP−3C哨戒機3機による第7群、そして同編成の第8群がやって来る。海自の主力哨戒機で、航空観閲1番手となったUP−3Cは、これを改造したものだ(だから外見はほとんど同じだ)。
 同じプロペラ機なのに、US−1Aよりも大きい速度で観閲部隊の上を通り過ぎるP−3Cは、主に潜水艦を発見・撃沈するための飛行機で、海自の対潜作戦の一翼を担う重要な戦力と位置づけられている。それに最近では、日本近海の監視などにも活躍している。
 さて、航空観閲もいよいよ大詰めを迎える。残りは3群となり、そのいずれもが航空自衛隊の飛行機で成り立っている。
 その第1弾――第9群はE−2Cってプロペラ機が1機だけだけど、それは実にユニークな飛行機だ。
「背中にお皿を載せてる……」
 名雪はそう見たか。まぁ、印象としては確かに間違ってはいないだろう。本当はレーダーなんだけどな。E−2Cは機体の上に掲げた円盤のようなあのレーダーで空を監視するのが役割、空飛ぶレーダーサイトとでも表現すべきか。
 そのE−2Cが上空を通過し、エンジン音が静かになると、また後方から3機編隊が接近中だった。あれはRF−4Eというジェット機だけど……。
「音が聞こえないな――っ!?」
 とんでもない思い違いだった。ちょうど頭の上に来るかというその時、空を引き裂かんばかりの爆音が轟き、それ以外の音を圧して響いた。これまでのヘリとプロペラ機の比じゃなかった。
「はぁ……びっくりしたよ〜」
「ジェット戦闘機の音って、凄いんだな。俺もビビったぞ」
 いや、戦闘機じゃなくて偵察機というのが正解らしいけど、そこまで名雪に説明することもないだろう。
 しかし、これで残りはいよいよ第11群のみとなった。そしてそれは、ごく最近海自「だけ」の知識を深めていて、空自には詳しくない俺でも知っている飛行機の3機編隊。F−15Jイーグル戦闘機だ。スマートで、それでいて力強いデザイン。日本の空を守る主力戦闘機。はっきり言って、カッコイイ。
 でも、ジェット機だから速いし、だからあっという間に行ってしまう訳で……。
 空を支配するかのように鳴っていた戦闘機の轟音も幻のように消え、船と波の音が再び主役となった。
「終わっちゃった……」
 名雪はF−15Jの飛び去って行った方角を未だに見つめている。名残惜しげな声で呟きながら。
 時計を見る。12時40分を指すか指さないかのあたりだった。そうか、始まったのが13分だったから、あれから30分と経ってないんだ……しかし、
「まだ終わってないぞ。これでやっと半分ってところだ」
 そう。訓練展示がまだ残っているのだ。
 あと、今の航空観閲で気づいたことがひとつある。
 それは、日本の自衛隊は軍艦だけでなく、ヘリや飛行機の腕前も一流だ、ということである。
 大きさもスピードも全然違う航空機を、それこそ秒単位で操作して時間通りに艦隊の上へ飛ばしてるんだから、実力は推して知るべきだろう。そして、あれらが日本の陸海空を守り、遭難している人があれば助けに行く。
 なんというか、日本って国が今のところ、相対的にだけど色々な意味で安全であるということが具体的に理解できたような気がした。
「えっと……この後どうなるんだっけ?」
「……訓練展示があるけど、54分からだな。15分後ってとこか」
「あ、でも、さっきのとってもすごかったね〜」
 名雪は表情にも声にも感動を滲ませて、観艦式を思い起こし始めた。俺も感動したのは同じだし、それを名雪に打ち明けたいとも思っていたからちょうど良い。
 しかし、その機会はすぐに奪われてしまった。周囲の状況が大きく変化している。詳しく言うと、観閲部隊の先導艦「むらさめ」の角度が変わり始めた――左に旋回しようとしているのだ。
「……あ、あれ? 曲がってるよ?」
「おい、前見ろ前! 艦隊が……!」
 俺たちの先を行く2隻が、いつの間にやら側面を見せていた。こちらも左折しようとしているのはもう明白。訓練展示の前準備として、艦隊の全艦が180度のUターンをしようとしている、ということだ。
 となると、俺たちの乗る「あさゆき」も、それを実行するに違いない。
 ほどなくして、艦が今どのような状態にあるのか、俺たちにもはっきりとわかるようになった。遠心力のためか、船体を外側――右舷側に傾け始めたのだ。
「わっ、ととと……傾いてるよ〜」
 名雪が慌てたように言いながら、身体のバランスを保とうとする。ちょっと大げさだけどな。別に倒れるほどの傾斜じゃない。
 でも、船ってのも曲がる時は車みたいに外に膨らむんだな……なぜかは知らないが、バイクみたいに内側に傾くってイメージがあったけど、それは大きな間違いだった。
 そんなことを思っているうちにも艦は回頭を続け、観閲部隊が視界の外に消える。もう90度くらいまで回り終えたんだ。
「名雪っ! 向こう側に行くぞ!」
「あっ、うんっ!」
 ヘリ甲板の下をくぐる通路を抜けて、左舷側に出ると――。
「おおっ……」
「わああっ……」
 後続の「ちはや」が、大きく取り舵を切っていた。この「あさゆき」の倍近くもある巨体を揺らし、艦首をうねりに突っ込ませながらも、懸命に「あさゆき」に追いすがろうと頑張っている。
 観閲部隊の方は、「いかづち」と「しらね」が既に直進に戻っていて、「きりしま」も体勢を立て直そうとしていた。大きな艦橋を持つ海自最大の護衛艦が、堂々たる姿を見せつつ、「あさゆき」の左舷やや後方を進む。
 視線を少し右に移せば、スクリューで蒼い海を白く泡立てる「しらね」。だだっ広いヘリ甲板がとても目を引く。「ヘリコプター護衛艦」の艦種はやはり伊達じゃないな。
 それ以外にも、視界の中には軍艦、軍艦、軍艦……。ふと、あの「軍艦」の歌詞が頭の中に浮かんだ。
「『浮かべる城ぞ頼みなる』か……良く言ったもんだよな。本当にその通りだ」
「祐一?」
「いや、気にするな。独り言だよ」
 その後、観閲部隊の艦も付属部隊の艦も次々とUターンを終えて、改めて陣形を整える。
 こうして再び軍艦の列がふたつ形成された訳で、ようやく観艦式の感想を名雪と話し合うのを再開できそうだ。
「ところで――」
「あっ!? 見て見てっ、ほらっ!」
 俺が話しかけた途端、名雪に大声で遮られた。そして彼女が指差した先には――。
「うわー……」
 進行方向の先から、さっきの受閲部隊と同じように、まっすぐ1列に並んだ護衛艦の集団が向かって来る光景があった。まだ距離は遠いから、各艦の詳細まではわからないけど、あれがパンフレットにもある「訓練展示艦艇部隊」なのは間違いないだろう。
 やれやれ、「息つく暇なし」とは、まさにこういうのを指すのか。これで名雪と落ち着いて話すのがまた先送りになっちゃったじゃないか……。
 こっちも進み、向こうも進んでいるから、さほど時を置かずに交差するはずだ。実際、あちらの艦の輪郭が徐々に明らかになって、双眼鏡を使えば艦の特定ができるようにもなる。
「先頭は……170で、次に121、171……」
 このまま行けば、訓練展示部隊は観閲部隊の向こう側を通過するようだ。こちらからでは観閲部隊に遮られて見えなくなる部分があるけど、まぁしょうがないな。
 前の方の艦を一通り眺め終えると、双眼鏡を名雪に渡してやる。彼女も艦を眺めつつ、気づいた点を指摘した。
「大きいのと小さいのが順番に並んでるね」
「大きい艦が祝砲を撃って、小さい艦がロケット弾を撃つんだってさ」
「そうなんだ。わくわく」
「別に声に出さなくてもいいのに……」
 でも、こいつの気持ちはわかる。俺だって心の中に、名雪と全く同じ気持ちが溢れているんだから。
 やがて、訓練展示開始のアナウンスがあり、そんな気持ちが最高潮に達した時のことだった。
「あっ!?」
 170「さわかぜ」の127ミリ砲がフラッシュのように光り、白煙が上がった。それから2秒ほどして、
「っ!」
 いきなり「バーン!」という爆発音が轟く。他にどう表現したら良いのか、これまでこんな音は聞いたことがないから、わからない。そして、その発砲音に俺たちは度肝を抜かれた訳で……。
「び、びっくりした〜」
「今のが127ミリ砲か……?」
 俺は全く意味のないことを呟いていた。たった今の現実をしっかり見ていれば、そんなのは当たり前なのに。それほど呆気に取られてしまったのか。
 艦内アナウンスの説明では、護衛艦の砲のことを「51番砲」「52番砲」と表現しているが、なんでだろう? ただ「1番砲」「2番砲」と呼ぶのならわかるんだけど。
 まぁ、今はそんなこと考えても仕方ない。とにかく、護衛艦が繰り広げるこの素晴らしいショーに集中しないと。
 また訓練展示を行う艦をじっと見据える。すると今度は小さい艦――「ゆうぐも」と「ゆうべつ」が、ボフォース対潜ロケット弾を発射するという宣言があった。すると、鼓膜を直接突くような鋭い音が響いて、「ゆうぐも」の艦橋が一瞬、真っ赤な炎に包まれ、次いで黄色みがかった煙がまとわりつく。
「あ……」
 ほんの一瞬だけ、ロケット弾が飛び出すのが見えた気がする。その後は見失ったけど、発射から10秒ほどで「チャポン」って感じで海に落ち、小さい水柱が立つ。すると、
「うわっ!」
 海が盛り上がり、凄まじい水柱が吹き上がった。さながら海底火山が噴火したかのように。やや遅れて「あさゆき」の船体が、「ゴンゴン」と不気味な音を立てる。爆発音が空気を伝わって届いたのは、そのさらに数秒後だった。
「凄すぎる……」
 あまりにも圧倒的な迫力で、俺たち、そして全ての観艦式見学者の心胆を驚愕せしめる砲とロケットの競演は続く。
 3番目に位置する「はたかぜ」の、甲板より一段高い場所にある「51番砲」が火を噴いた。空砲で実際に弾は出ないが、やっぱり驚いてしまう。
 しかし、もっと驚かされる事態が、発砲の後に待っていた。
「あ? 煙が輪っかに……?」
「おもしろ〜い、まるでマンガみたい」
 砲煙が空中で綺麗な輪になって、そのまま形を保ってふわふわと昇っていったのだ。名雪が笑いながら言ったように、マンガでタバコの煙があんな風に表現されるのは良くあるが、まさか本当にああなるなんて……。
 とにかく不思議だったが、現実の出来事だ。しかし、その丸い煙も海風に流され、やがては消える。そこへボフォース対潜ロケットが轟音を立てて飛翔し、着弾し、海を激しく沸き立たせ、水中からの衝撃波が「あさゆき」の横腹を太鼓のように叩いた。
 こうして、第1群の艦たちがそれぞれの技を披露して後方へ立ち去ると、間髪入れずに第2群がやって来る。観艦式の第2群と同じ編成――むらさめ型が4隻だけど、今回は逆の順番、つまり前から106「さみだれ」、105「いなづま」、104「きりさめ」、103「ゆうだち」となっている。
 この姉妹が、甲板から一斉にヘリを発艦させるという。もう既に、艦載のSH−60Jはローターを回転させていて、今にも空に解き放たれそうな雰囲気だけど。
 船の機関音に混じって、ヘリのエンジン音も聞こえるようになってきた。そのうち、ヘリの音がにわかに高まり出す。エンジンの回転数が上がっているのがそれからもわかる。
 そして……。
『ただ今、発艦しました』
 艦内放送は律儀にも、現在の展開を簡単に説明してくれる。だけどそれに頼るまでもなく、俺たちはふわりという感じで甲板を離れたヘリを目の当たりにしていた。しかも、本当に4機同時に。
「あ、飛んだよっ」
「そうだな」
 こうして見ていると、あんな機械がなぜあんな風に空中に浮かび、なおかつ停まっていられるのかと改めて思うが、とにかく一度浮かび上がった4機のSH−60Jは、母艦が進んでいるにも関わらず、甲板の上に留まっている。それどころか、ヘリのローターが海水を巻き上げて、水煙がヘリ甲板もヘリそのものも曇らせている。
 やがて、甲板の上でホバリングしていたSH−60Jが機体をぐっと前傾姿勢にすると、すうっと軽やかに艦の左側を抜けて飛び去って行った。その一連の動作は、翼を広げて大空に羽ばたく鶴のように綺麗だと思わせるものだった。
 で、ヘリを飛び立たせ、甲板ががらりと空いた4隻は、何事もなかったかのようにしずしずと遠ざかって行く。これで第2群の展示は終わった。
 その後ろからは、黒い塊が5つ――潜水艦の群れが登場する。これも観艦式第3群と全く同じ編成だ。この5隻のうち、先頭の「なるしお」以外の4隻が潜航と浮上を2階繰り返してくれる。
 パンフには「イルカのように浮いたり、潜ったりしながら航走します」とあるけど、いったいどういう動きをするんだろう?
「……あ、潜り始めたぞ」
「ホントだ。潜るのが早いよ……すごいね」
 まず丸みを帯びた船体が水中に隠れ、セイルのみが海上に突き出る。しかしそれもすぐに水没し、セイル上に立っていた潜望鏡だかアンテナだかの突起物まで沈みきると、これで本当に「消えて」しまった。2000トン以上の巨大な存在が、そっくりそのまま姿を消してしまったのだ。
「いつ浮かんで来るんだろうね?」
「さあな……もうすぐだろ」
 とは言え、潜水艦はいったいどこを進んでいるのか、潜水している今となってはわかるはずもなく……ただ、再び現れるその時を待つことしかできない。
 しかし、その瞬間は唐突に訪れた。
「あっ!」
「わあっ……」
 真っ黒い――いや、下3分の2ほどが赤い船体が、艦首を斜め上に突き出しながら、まるで飛び跳ねるかのように浮上したのだった。海が白くかき乱され、船体やセイルから滝のように流れ落ちる水が潜水艦を飾っている。
 一度大きく浮かび上がった潜水艦は、今度は艦首を海面に叩きつけるとそのまま沈みかける。しかし、十分に浮力がついているのか、やがて安定して浮き、観艦式の時のように海を割り進むようになった。
「……」
 凄かった。思わずポカーンとなってしまう。横にいる名雪も、潜水艦の急浮上を目の当たりにして、一言も発しない。
「おい名雪、大丈夫か?」
「え? あ、祐一? うん。ちょっとびっくりしてただけ」
 目をパチパチとしながら、名雪も我に返る。
「でも、あんなに傾いてて、中の人たちはどうしてるんだろうね?」
「普通だったら立ってるだけでも大変だろうな。でも、訓練してるし、プロなんだから心配ないだろ」
 今の潜航・浮上のプロセスを見る限り、あれじゃ船というより、飛行機に近いんじゃないか? 船は前後左右の2次元を移動するけど、あれは上下にも動く3次元だから。
 再び潜水艦が潜航を開始する。双眼鏡でその様子を良く観察すると、セイルにある舵が下を向いていた。まるで飛行機の尾翼のようだった。
 そうして海面下に消え、やがてまた急浮上で、俺たちの前にその姿を派手に、堂々と現す。もっと勢いがあれば、このままイルカのように海面をジャンプできるかもしれないと思った。
 そんなことを考えつつ、去り行く潜水艦を見送っていると、前方からはさらに軍艦の1団が来る。しかし、これまでとは少し趣が違うようだ。見るからに戦闘艦艇とわかる艦と、そうではない艦が仲良く隣り合って航行している。
 手前側が「230」の番号、つまり「じんつう」という艦で、奥は「じんつう」に半分ほど隠されているけど、補給艦の「はまな」だろう。「424」の番号と、鳥居のような補給装置が目を引くし、何よりも船体が大きい。
「ねぇ祐一、どんなことするの?」
「洋上補給の展示だっていうけれど……あ、始まったぞ」
「え? どこどこ?」
「ほら、護衛艦と補給艦の間」
 目を凝らして見ると、既に両方の艦はワイヤーで繋がれている。それにぶら下がった黒いホースが「はまな」からするすると伸びて行く。まるでロープを伝う蛇のようだ。
 そして、黒いホースが「じんつう」に接続される。インド洋で海自が世界中の軍艦に対して行っている国際貢献の再現だ。
「あれって、結構大変らしいぞ」
「どうして?」
「ずっと同じスピードで走って、曲がることもできないからな。その間は気が抜けないんだよ」
 艦がもっと近づいて来たけど、甲板で作業をしている乗組員は作業服で着膨れている。しかし、ここは日本だからまだ良いものの、インド洋は熱帯の海だ。それをあんな暑苦しい格好で仕事をして……本当に大変だろう。
 インド洋に派遣されている人々のご苦労を偲びつつ、さらに推移を見守っていると、今度はうっすらと靄に包まれた艦が2隻。スプリンクラーで自らに海水を浴びせ、霧を衣のようにまとっている。ある種、幻想的な光景だ。
 しかし、昨日の護衛艦見学でわかった通り、あれは放射能や毒ガスから自身を守り、洗い清めている姿なのだった。さながら護衛艦のシャワーシーンってことになるかな?
 その艦から、コルクの栓を抜いたような乾いた音が響き、その頭上で2回、何かが破裂した。
「わぁ……っ」
「IRフレアってやつか……」
 ひとテンポ遅れて、もう2回の破裂。その瞬間だけ火の玉が空中に生まれ、真っ白い煙があっという間に広がる。
「花火みたいだね」
「似たようなもんだろうな。ただ、打ち上げた方は自分たちの命がかかってるけど」
 赤外線誘導のミサイルを避けるための、最後の手段だ。あの火の玉の方にミサイルを突っ込ませて、自艦に当たるのを防ぐ訳で。
 しかも海に落ちたそれは、もうもうと白煙を上げ続けている。なんだか、煙幕としても機能しているようだ。
 目の前を、海水の霧を帯びた234「とね」と、「あさゆき」の同型艦である123「しらゆき」がなんとなく優美な感じを醸し出しながら、フレアの立てる煙にもろに突っ込み、姿がほぼ完全に隠される。
 やがて、煙は風に吹かれて徐々に薄れていくが、再びIRフレアが発射され、空中で光の花が咲いた。
「昼間でもあの明るさなんだから、夜だともっと眩しいんだろうな」
 俺はそんなことをひとりごちた。その時、名雪が俺の注意力を再び海へと戻した。
「あ、祐一、あれ」
「ん? おっ!」
 まだフレアの名残がある海の向こうから、白波を蹴立てて接近して来る2隻の艦――いや、艇と呼ぶ方が正しいな。
「ミサイル艇だ。速いな……」
 しかし、それもある意味当然のことだ。99年に日本海で起きた不審船事件に対処するために建造された「はやぶさ型」というミサイル艇で、高速で逃げる不審船に追いつける性能を与えられた。その自慢の速力を、今「おおたか」と「くまたか」が俺たちに披露しているのだ。
 海面を滑るように、そして切り裂くように猛スピードで走り、観閲部隊に近づくと思いっきり旋回を始めるミサイル艇。速いだけじゃない。護衛艦よりもずっと小さいから、とにかく小回りが効いて身軽だ。
 そのままぐるりと円を描くと、一気に後方へと遠ざかって行く。その後で艦隊に近づいて来たのは、とても「船」とは呼べないなりをしたものだった。数は先のミサイル艇と同じ2隻。
「ね、ねぇ祐一、あれ……どうなってるの? 船なの?」
「一応『艇』とは呼ばれてるけど……ホバークラフトだよ」
「え? じゃああれ、浮かんでるの?」
「ああ、そういうことだな。LCACっていうんだ」
「えるきゃっく?」
 きょとんとその名を呼びながら、首をかしげる名雪に一応説明してやる。あれが輸送艦「くにさき」から出て来たもので、戦車やらトラックやらを陸地に運ぶために存在するということを。
 さらに、もしどこかで地震とかがあって、港が使えなくなった場合にも、海岸に直接乗り上げることができるから、災害時の輸送にも大変便利なものだ。
 これら「エアクッション艇」とも呼ばれる2隻も、ミサイル艇を追いかけるように、観閲部隊の向こう側を後ろに向かって走り去った。しかし今度は、ミサイル艇が観閲部隊の一番後ろでUターンして、観閲付属部隊との間に入り、猛スピードで後ろから追いかけて来た。
 両側から大型の艦の立てる波が押し寄せ、右に左に大きく揺さぶられ、揉まれている。しかし、それに負けずに舳で海水を跳ね上げながら突き進む。「疾風怒濤」という大げさな表現が見事に当てはまっている。
「すごいね……」
「ああ」
 俺も名雪も、今日になってもう何度「凄い」の一言を口にしただろうか。だが、それでもなお十分ではない。船というよりも飛行機に近い音を立てつつ、せいぜい50メートル足らずの小さい「おおたか」が、時速70キロ以上で「あさゆき」を、そして他の護衛艦を次々と追い抜き、追い越して行く。
 艦首にある76ミリ速射砲は護衛艦のそれと同じものだけど、角張ったカバーを持っている。これもステルスを意識したものだ。それ以外にも、3脚のようなマストとか、随所に新しい軍艦の特徴が見られる。でも、それもあっという間に目の前を過ぎ去り、続けてやって来た「くまたか」も同様に、大きな波を立てながら高速で「あさゆき」を抜き去って行った。
 それを見送っても、高速艇の見せ場はまだ続いた。2隻のLCACもミサイル艇の後を追って、観閲部隊と観閲付属部隊の間を花道にして俺たちを追い抜かしにかかる。
 海面から離れているとはいえ、そこに空気を思いきり吹きつけて浮いている訳だから、上がる水飛沫の量はミサイル艇とほとんど同じだ。こちらも大した迫力を伴い、まず「LA−05」が、そして「LA−06」が、後部にあるふたつのプロペラを唸らせて「あさゆき」や他艦を圧倒するスピードで前に出て行った。
「……わたし、もうさっきからドキドキしっぱなしだよ」
 胸に手をあてて、名雪が笑う。ただし、その笑顔はどことなくぎこちない。これまでの光景のインパクトが強過ぎて、笑うよりも驚きがまず表に出てしまっているんだろう。
「ああ、まだ終わってはないぞ。船は今ので終わりだけど――ほら」
「あ……飛行機だ。あれが何をするの?」
「ここに降りる」
「?」
 4基のエンジンに、翼の先には浮きがぶら下がっているから、あれがさっき航空観閲で見たUS−1Aなのは疑いない。それがやたらとゆっくり、飛行機には相応しくないようなスピードで飛び、艦隊の後ろから近づく。
「飛行艇だよ。お前さっき言っただろ? 下の部分が船みたいだって」
「え、本当に海に降りるの?」
 ……疑い深いな。ま、飛行機は滑走路に降りるもんだと相場は決まってるから、珍しいのは違いないけど。
「本当だって。お、ほら、下がり始めた」
 俺がそう言う傍から、着陸――じゃなかった。着水に入りつつあるUS−1Aのスピードはますます遅くなる。アナウンスによると、時速130キロくらいだとか。車だって高速道路ではそのくらい出してるのはざらにあるぞ。
 US−1Aが向こうにいる「きりしま」の陰に隠れる。そしてまた現れた時には、ますます海面に近づいていた。プロペラの風圧で、翼の後ろに水飛沫が立つ。そしてもう一息で――いや、今、海に触れた。機体が海面を切り、凄まじい波を発生させる。そうしながら波頭の上を2度、3度ジャンプすると、轟々と鳴り響いていたエンジンの音も静かになり、機体が船になった。
「本当に海に降りちゃったよ……」
 名雪のその一言に、俺は苦笑を禁じ得なかった。
「だから言っただろ。あれはそういう風に造られてるんだからな」
「ふーん……あ、なんか可愛い」
「そうか?」
「うん。ちゃぷちゃぷしてて、白鳥さんみたい」
「俺は可愛いとは思わないが……」
 まぁ、こっちにはあれが最初から「飛行艇」って意識があったからそう感じるのであって、名雪はまた別なんだろう。俺は「可愛い」という印象とは無縁だ。ただ、「白鳥みたい」には同意できる。確かにUS−1Aには、白鳥のような優雅さがある。
 しかし、その巨大な白鳥が、低く重い鳴き声――ターボプロップエンジンの音を再び発し始めた。3枚羽のプロペラも回転が早まり、その風圧で再び海水が巻き上がる。
「うわー……水被ってるな……」
 翼全体が、そして機体の大部分が海水の霧に包められた。その例外は操縦席のある機首くらいだろうか。
 飛行艇は普通の飛行機に比べて整備が大変だ、って話はネットで読んだことがあるけど、それが良く理解できる光景だった。あれじゃ、機体をしっかり洗わないと、塩水であっという間に錆びついてしまう。
 しかし、そんな考えを抱いて間もなく、US−1Aは軽やかに海を蹴り、機体が水を離れた。ゆっくりと高度を上げて飛び去って行く。尾部から海水の尾を引きながら……。
 これで飛行艇の離着水展示は終わり。でも、艦隊の後方からはさらに飛行機が低空から接近している。哨戒機のP−3Cが2機だ。素早く双眼鏡を向ける。
「……扉が開いてる」
「え?」
「ほら、機体の下。見てみろよ」
 名雪に双眼鏡を貸すと、彼女もすぐに俺の言ったのを見つけた。
「ん……あっ、うん。本当だね」
 見る限りでは、どうも左右に観音開きになっているようだ。プログラムによると、あのP−3Cは対潜爆弾を投下するらしいけど、あの扉の奥に爆弾が詰まってるのか?
 と思うが早いか、黒い塊がすーっ、と扉から落下した。
「あっ、落としたよっ!」
 名雪が慌てて双眼鏡を離し、肉眼で爆弾の動きを追う。
 スピードのついた飛行機から投げ出されたので、爆弾は垂直に落ちずに斜めの軌跡を描きつつ海面に突進し、着弾する。石が落ちた時みたいな「ちゃぽん」とささやかな水柱が上がる(遠いからそう見えるだけであって、本当はそれよりも遥かに大きいはずだ)。
 それから2秒ほどして、
「っ!」
「きゃっ!」
 海が破裂した。真っ白い水壁が「ドカーン!」ってな感じで発生すると、その直後に艦の舷側が水中衝撃波でノックされる。そしてワンテンポ遅れて、空気を伝わって来た爆発音。目で見るのも耳で聞き取るのも、さっきのボフォース対潜ロケット弾とさして変わらないけど、どっちの方が大きいんだろうか?
「あ、また落としたよ!」
「今度は連続かよ!」
 開いた扉の奥から、黒い塊がまた投げ出される。さらに次々と爆弾を投下し、低い高度を飛び去るP−3Cの下では、海が狂乱の巷と化している。爆発は一瞬だけど、空高く吹き上げられた海水が元に戻るのには時間を要するから、海が再び平らになるのはまだもう少し先のことだろう。
 しかし、これで訓練展示もいよいよ残りひとつ、SH−60JヘリによるIRフレアの発射だけとなってしまった。海面から対潜爆弾炸裂の名残がまだ消えきらないのに、この一大イベントの最後を飾る2機のヘリが、後ろからゆっくりとやって来ている。
「パンフレットの写真だと、メチャクチャ派手だけど……」
 ヘリの下に、それぞれ白煙の帯を長く引いた無数の火の玉が散っている。どうやら、持っている全てのフレアを一度に発射した瞬間のようだ。本当にこれをやるのかな?
「あ」
 短く呟いた名雪につられて、俺も空を見上げる。すると、フレアがひとつだけ落下していくところだった。続けてもうひとつ――いや、さらに続く。およそ1、2秒におきにひとつのフレアをテンポ良くリズミカルに発射している。その度に、ヘリの下に火花が散り、フラッシュのように眩い光が生まれる。
 写真と比べるとずいぶんと地味に見えた。自動車の発炎筒を放り投げているような感じだ。でも、それでも綺麗だと思った。落ちていく火の玉が燃え尽きてふっと消える瞬間、それが線香花火の最後を連想させる。切ない気持ちが俺の胸中に広がっていった。
「これで、終わりなんだね……」
「ああ。これでプログラムは全部を消化したからな」
 これまでの驚き、興奮、そして感動を声の奥底に含ませ、ゆっくりと一語一句を噛み締めるように、俺たちは呟き合った。
 華やかな観艦式の末尾を飾るに相応しい、もの静かな催しが目の前を通過する。まずは1機。そしてもう1機が前方に飛び去って行く。後に残るはフレアの煙。
 そして、最後の1発が落とされ、燃え尽き、全てが滞りなく、つつがなく終了したのだった。
「……」
 無言のまま、ヘリの飛び去った空を見つめる名雪。魂を空に吸い取られてしまったのかと錯覚するほど呆けていた。
「どうした?」
「あ、祐一。ごめんね、ぼーっとしちゃって」
 ふと我に返り、今度は一心に、俺の目に澄んだ瞳を向ける。真剣な中にも温かみを感じる、俺の好きな名雪の瞳だ。
「今更なんだけど……なんかさ、現実的じゃないなー、って思っちゃって」
「まぁ、そりゃあな……こんな経験、そう滅多にできるもんじゃないしな」
「そうだね。でも、楽しかった」
 うん、そう思ってくれるのが、俺にとっても一番嬉しい。乗艦券が当たって、こいつを誘った甲斐があるってもんだ。一緒にここへ来て、素晴らしい思い出を作れた訳だし。
「そっか。なら良かったな」
「うん。ありがとう、祐一」
 再び海を見つめる。艦と飛行機の共演は幕を閉じ、(さっきまでと比べると)静寂が戻って来た相模湾。時刻はもうすぐ1時30分になる。訓練展示自体はおよそ35分で、観艦式と合わせても1時間15分ほどにしかならない。長かったようで短いし、短いようで長かったような気もする。ひたすら矛盾してるけど。
「これから帰るんだよね」
「横浜にな。だいたい4時半頃になるらしいけど。船旅はもうしばらく続くな」
「そうだね。海って綺麗だから、もっと見ていたいな」
「まぁ、あれを眺めてるだけでも退屈はしないから、ちょうどいいだろ」
 と言いながら、「きりしま」を視線で指し示すと、名雪はクスリと柔らかな笑みを見せて、
「うん」
 とだけ答えた。その後はただ、相模湾の景色と護衛艦隊を眺める。太陽は既に頂点からやや下っていて、ここに来る午前中とは海の輝きも、艦の色も違って見えるのがなんとなくわかった。
 もう10月も終わりに近い。俺たちの街よりはまだ遅いだろうけど、この空が夕焼けに変わるまでもう3時間くらいしか必要としない。そしてその頃には、「あさゆき」は横浜に帰り着いているだろう。
(そうか、これで終わりなのか……)
 横浜で艦を降り、電車に乗って街へ帰れば、今のこの景色も、まるで夢のように思える日常に戻るのだ。なら、その夢をより鮮烈なものにするために、とにかく楽しむことにしよう。この残りの3時間を。
 そんな訳で、観閲部隊の艦を適当に観察してみる。目の前の「きりしま」、その後ろの「いかづち」。さらに後方には、横浜で一緒だった「やまぎり」と、その同型艦の「ゆうぎり」「はまぎり」と、いわゆる「きり型」と呼ばれる艦が3隻連なっている。
 今度は「きりしま」の前へと視線を移す。そこには、首相の乗る「しらね」が……あれ? ヘリ甲板が……。
「何か動きがあるな」
「え、どうしたの?」
「ほら、ヘリの甲板に黒服の人たちがいるだろ。見えるか?」
「……さっきまでは誰もいなかったと思うけど」
 少し首をかしげたけど、またすぐに「しらね」の変化に注目する名雪に習い、俺もそっちを見つめる。そんなに離れてはいないが、肉眼で細かい所を見分けられるほど近い訳でもない。双眼鏡に頼ることにする。
 すると、黒い制服の隊員がピシッと整列してるのが見て取れ、その前には演台らしきものが置いてあった。
「……あ」
 と見るや否や、格納庫の奥からスーツを着た人が現れた。表情までは見えないが、白髪交じりのライオン頭ははっきりわかる。首相だ。
「おい、首相が出て来たぞ」
「えっ? 小泉さんが? 祐一、貸して」
「ほれ」
「ありがと……あ、確かに小泉さんだね。演説するのかな?」
「まぁ、妥当な線だな」
 名雪と交互に、演台に立った小泉首相を観察する。すると、「あさゆき」のスピーカが、これから首相の訓示が始まることを告げた。
「名雪の言った通りになったな」
「わたしの勘も大したもんでしょ。えへへ」
 演台に偉い人。この組み合わせから予想できることは限られているから、別にそう大げさに言うほどのことじゃないと思うけど……まぁ、名雪のご機嫌をわざわざ損ねることはないから、何も言わないでおこう。
 そして、テレビでほぼ毎日のように聞いている、首相の声がスピーカーから流れ出した。
「……良く聞こえないよ」
「音質があまり良くないな。それにエンジンの音もあるし……」
 しかし、それでも首相訓示の内容はある程度理解できた。
 海自の訓練を見て、精強さを改めて理解したこと。テロや弾道ミサイルに対処するため、海自の装備を見直すこと。イラクへの復興支援は、準備を万全にして行うこと。そして、隊員への力強い励まし。
 正味3分ほどの短い訓示だったけど、国会での演説の時のような、熱のこもった話し振りだった。まぎれもなく日本の内閣総理大臣、小泉純一郎その人だ。
 で、訓示が終わるとまた平静になる「あさゆき」艦上と艦隊。再び海と艦に見とれる俺たち。
「綺麗だね……」
「ああ……」
 だがここで、これまで厳密に組まれていた艦隊陣形が、ついに揺らいだ。
 まず「しらね」が列から離れ、次いで他の艦もそれぞれ隊列を解き、バラバラに散り始める。
「どうしちゃったのかな……」
「もう帰るだけだから、来る時と同じようになっただけじゃないか?」
 そう。横須賀沖から相模湾までは、艦は航海そのものを楽しむかのように、ある程度自由に動いていた。今はその状態に近くなっている。
 艦の後ろを見ても、「ちはや」や「ぶんご」が旋回して、わざと列を崩そうとしているし、「あさゆき」自体も、これまで前を走っていた艦を追い抜いて、前に出ようとしている。
 そして2時ちょっと前になると、遠くに離れた「しらね」にヘリが着艦して、少ししてから飛び立った。観閲官退艦――小泉首相が東京に戻るのだ。その一件をもって、なんとなく手持ち無沙汰になってしまった俺は、名雪に聞いてみた。
「これからどうしようか?」
「うーん……そうだね、ゆっくりしようよ」
 なんとも名雪らしい答えが返ってきた。でも、俺もそれには賛成だった。出港してからというもの、とにかく色々な経験をしたし、ある意味忙しい時間を過ごしてきた。なら海を見ながらここいらでひと休みってのも良いだろう。
「そうだな。じゃ、しばらくのんびりするか」
「うんっ。ね、上に戻ろうよ。お日様も風も気持ち良いよっ」


 ヘリ甲板は、名雪が言った通りの空間になっていた。
 日の光はポカポカして、海風は程よく涼しい。ゆっくり揺れる艦は大きい揺りかごのようでもあり、凄く心地が良い。のんびりするには最適な環境だし、陸地の風景や前後左右を進む軍艦たちの勇姿を眺めていると、とにかく「退屈」という2文字とは無縁になれる。
 人混みもある程度緩和されていたので、左舷の手すり際を確保することができた。朝の出港する前に座り込んでいた場所に近い。
「ねぇ、午前中よりもさ、波が大きくなってない?」
「……そういえば」
 ふと、視線を下に移してみる。乗り出すって程でもないけど、緑の網が張られた柵に手をかけて海を覗き込むように。
 すると、蒼い海面が真っ白に染まって――いや、違う。「あさゆき」の船体が海をかき回し、そこをサイダーのように白く泡立たせているのだ。さらに、艦首から生まれた波頭はあっという間に後ろへと流れて行ってしまう。艦がかなりのスピードを出しているんだ。
「波が高くなったんじゃなくて、船のスピードが速くなったんだよ。だから――」
 波が舷側にぶつかり、砕け、飛沫がこっちにまで飛んで来る。その時だった。
「あ……虹だぁ……」
 名雪が驚きと感動を半々に滲ませた声で呟く。西日を浴びて、空中の海水が鮮やかな7色に輝いたのだ。
「あの歌は本当だったんだな」
「?」
「ああそうか。名雪はまだ知らなかったっけ……」
 海自の隊歌「海をゆく」。それの2番に「凌ぐ波濤は虹と咲く」って一節があるんだけど、その歌詞が今、目の前で現実になっているのだ。
 そのことを簡単に教えてやると、名雪はさも感嘆したかのように何度も頷いて「こんなに綺麗なんだから、歌にもなったんだね」と微笑んだ。
 ああ、確かにこいつの言う通り、綺麗だ。一瞬だけ現れては消え、波飛沫が起こるとまた刹那の生命を得る光の花。自然が創り出す芸術――いや、これは鋼鉄の船(つまり人工物)が走って起こるものだから、自然と人の合作ってことになるのか?
「海の景色がこんなにロマンチックだったなんて、思ってもなかったよ」
「俺もこれは予想外だったな。でも、嬉しい誤算ってやつか」
「うん。予想外で良かった。ふふっ」
 そんなこんなで、図らずも見るべきものがまたひとつ増えた。艦は勇壮、景色は綺麗。観艦式が終わっても、本格的に余韻に浸る暇などないみたいだ。他の人はどうかは知らないけど、少なくとも俺たちはこの景色を楽しんでいる。
 さらに、岐路についてからしばらく経った頃。「あさゆき」側も、航海を単調にさせないための具体的な行動を起こしてきた。
 俺たちのいるヘリ甲板に、数人の乗組員がやって来て、様々なことを見せてくれたのだ。
 まず、火事が起きた時に着る防火服の着脱実演。
 消防士が着ているのよりも密閉度の高い――宇宙服みたいなのを十数秒で着込んでしまったのには驚いたし、普通は背中にあるはずの空気清浄器がお腹のところについているのにも関心が持てた(前にある方が邪魔になるけど、交換が楽で長い間活動できるからそうなってるとか)。
 次の実演はラッパの演奏で、海自で使っている色々な号令のラッパを聞かせてくれた。
 良く見ると、ピカピカに磨き上げられた小振りのラッパにはトランペットのように音程を変えるシリンダーがついていない。息だけで音を調節するようで、それで音楽を奏でるのだから、なんだか難しそうだ。それでもちゃんと演奏していたのはさすがだと思った。
 ちなみに、「起床」の合図もやってくれたが、朝に俺の夢に出てきた「名雪」さんの吹いてくれたものとは違っていたようだ。戦後に変わったのか?
 ラッパが終わると、今度は赤と白の旗を持った人たちが登場する。手旗信号の実演だ。
 手旗信号の基本として、旗を降ろしたままの「原姿」と、0〜14の「原画」というのがあり、それぞれ旗の上げ方、振り方が決まっている。それらを適度に組み合わせて、いろはにほへと……の48音を表現する、と説明があった。俺は良く理解できなかったけど。
 しかし、百聞は一見にしかずで、実際にやってくれることになった。
 すると、セーラーを着たひとりの乗組員が観衆の方に近づいて来て……って、俺と名雪が目標か?
「済みません、ご協力していただけますか?」
 そして、案の定そうなった。
 名雪が「祐一、どうしよう?」と言いたげな、ちょっと困った視線を向けるから、俺は無言で頷いた。
「お名前と年齢だけで結構ですよ」
「はい。わたしは……」
 後は、俺にも聞き取れないような小声でのやり取り。これから言葉を用いず、旗で意思を伝えるんだから、向こうにいる隊員に聞かれちゃ意味がないからな。
「……わかりました、ありがとうございます」
 名雪との短い会話の後、この乗組員は正面に向かい、旗を振り出す。さっき説明にあった「原画」のどれをやっているのか、もうさっぱりわからないが、とにかくこれで、格納庫の前にいる幹部(この人の上官かな?)の人に名雪の情報を伝達しているのだ。
 それが終わり、旗が赤白両方とも下ろされ動きが止まると、先の方にいる上官らしき人が拡声器を使って、言った。
『……水瀬名雪さん、18歳ですね』
「わっ、びっくり……本当に通じてる……」
『それで正しかったですか?』
「あ、はい。そうです。間違いないです」
 ……なるほど。午前中に「ちはや」から「おはようございます」のサインを受けているけど、もっと複雑な合図――日常会話まで可能なのか。驚いたな……。
『水瀬名雪さん……ですか。偶然ってあるものですねぇ』
「?」
『あ、済みません。昔……旧海軍の時代に、あなたと同じ名前の駆逐艦がありまして。それで、その艦長も水瀬少佐という人でして……』
「あ、それ、わたしのひいおじいちゃんです」
『ええっ!?』
 今度は、隊員たちが驚く番だった。
「そ、それは本当ですか!?」
 名雪の名前と年齢を聞き、それを手旗に変換した乗員も目を丸くして聞いてくる。
 いや、それだけじゃない。ここヘリ甲板にいる民間の人の中にも、こっちを興味ありげに見ている人が何人もいる。多分「名雪」さんの昔の活躍を知っている、海軍のファンの人たちだろう。
「はい。わたしの名前はひいおじいちゃんが駆逐艦の『名雪』さんからもらったんです……だから、この名前」
 そこまで言いかけた名雪の顔は、部活の陸上に打ち込んでいる時――トラックに立って遥か先のゴールを見つめている時のような、いつものおっとりとした名雪とはまるで印象の異なるものだった。凛々しく、きりっとした表情をして、
「大好きなんです。わたしの誇りです」
 と、そう締めくくった。そんな名雪の言動に、俺は彼女の「名雪」さんと曽祖父への一途な想いを強く感じた。
 その後は、こっちがいくつか質問を受けることになり、さらに乗艦客からも話しかけられたりしたが、悪い気分はしなかった。むしろ、これだけの人が「名雪」さんや俺たちのひいおじいさんの存在と仕事に興味を持ってくれていると思うと、少し誇らしげな気持ちにもなる。
 そして、「名雪」さんも曽祖父も未だに人々の記憶の中で生きていることも改めて知った。そういう意味では、今は防波堤となって、かつてのように大海原を駆けることのできない「名雪」さんでも、立派な現役と言えるのかもしれない。
 そんなこんなで、俺たちを取り巻くちょっとしたひと騒動が収束すると、ロープの結び方の実演に移った。海自では、船を岸壁につける時など、ロープをよく使うので、用途に合わせた様々な結び方を知っていなければならないという。
 これには俺よりもむしろ名雪の方が興味津々で、「覚えておけば後で役に立つかもしれないよ」と言い残して実演の場に近づいて行った。
 まぁ、確かにそうだけど……全く、良い奥さんになれるよ、こいつは。で、その相手は当然、俺であって欲しい。ロープ同士を繋ぐ「本結び」ってのをやらせて貰っている名雪を眺めながら、俺は柄にもなくそんなことを考えていた。
「えへへ、いろんな結び方を覚えたよ」
 実演が終わると、さらに上機嫌になった名雪が満面の笑みと共に、俺に言った。
「そりゃ良かったな」
 そう答えると、名雪は「うん」と頷き、とんでもないことを口にした。
「いっぱいの知恵は良い主婦の条件だよ。だから、祐一は安心していいよ」
「っ! お、お前なぁ……」
「あははっ、わたしもちょっと恥ずかしかったよ」
 そうして、俺たちはにわかに体温の上がった顔を、しばらく海風に冷却してもらうのだった。


 艦上でのアトラクションが終わっても、やっぱり退屈とは程遠い時間が続いた。
 周りには自衛艦をはじめとして、大小さまざまな船が航行し、俺たちの目を楽しませてくれていたからだった。
 ずっと前の方にいた小型の貨物船を追い上げ追い抜かしたり、かと思えばレジャーボートが後ろからやって来て、こちらを抜いて行ったり……。
 おかげで、この時間はいつも睡魔に負けて船を漕いでいる名雪も、今回ばかりはそうなる余地もない。俺と一緒に航海を満喫している。
 しかし、ついにその楽しさが半減してしまう時がやって来た。艦隊が横須賀の沖に到達したのだ。
 イージス艦の「きりしま」が、観閲艦の栄誉を担った「しらね」が、そして数多くの艦が大きく取り舵を切り、横須賀に入港しようとしている。それらを尻目に、向きを変えることもなく、速度を落とすこともなく、一路横浜を目指す俺たちの「あさゆき」とは対照的だ。
「帰っちゃうんだね……」
 寂しげに呟く名雪の顔は、先ほどまでの笑顔ではなくなっていた。ただ、親しい友人と別れる時のような寂しさがそこにあった。
 彼女の気持ちはわかる。昨日は見学して、今日は共に相模湾まで出た艦たちだ。いつの間にか親愛の念が生まれ、大きくなっているんだろう。もちろん俺だってそうだ。もうあの勇姿を拝めなくなるのは惜しいものがある。
 でも、これはどうしようもないことだ。俺は名雪をなだめると同時に、自らを納得させるように言った。
「仕方ないだろ。俺たちだってあと少しでこの艦から降りなきゃならないしな」
「そうだね……楽しかったね」
 いや、まだだ。あと少しとはいえ、まだ横浜には着いていない。それまでは海と艦を楽しめる。そしてそれをもっと堪能するには、やっぱり……またあの場所に行ってみるか?
 横須賀組の艦たちを全て見送り、周囲は横浜組と木更津組だけになった時点で、名雪に俺の要望を伝えてみた。
「なぁ、俺はまた艦橋に行ってみようと思うんだけど……お前はどうする?」
「うーん……わたしはここにいるよ。ちょっと疲れちゃったみたい」
 となると、今日になって初めての別行動だな。周りを見ると、毛布に包まって横になってる人も結構見受けられる。もし名雪がここで寝ちゃったとしても、大丈夫だろう。
「じゃ、行って来るからな」
「はーい。ちゃんと戻って来てね」
 にっこりと笑いながら手を振る名雪の声を背中に受けながら、俺は艦橋の見学に向かった。


(ずいぶん雰囲気が変わったな……)
 それが、再び「あさゆき」艦橋に入った時の第一印象だった。
 ここの乗組員が真面目に任務に就いているのは共通しているけど、なんて言ったら良いのか……。相模湾にいた時よりも、和やかというか、リラックスしてるというか……。とにかく、そんな感じだった。
 絶えずどこかと無線で(英語を使って)交信しているが、今回は船よりも陸地(横浜港かな?)とのやり取りが多いようだ。しかし、その中でも乗員の声にはなんとなく余裕があるような気がする。
 観艦式の本番も終わり、これで1週間ほど続いた観艦式ウィーク――海自の人にとっては最も重要で緊張する日々がもうすぐ幕を閉じるのだ。心の中に安心感が広がり、それが声に表れているんだろうか?
 それに、景色も航海の終わりを表すものになりつつある。
「あさゆき」の前を進む護衛艦の先に、横浜のシンボルたるランドマークタワーが見えてきた。もう少し行けば、横浜港を跨ぐように建つベイブリッジも見えるようになるだろう。それまでは、ここの空気を楽しんでいれば良い。
 無線の交信と各種の号令、それに復唱。窓の外に広がる景色。ここなら甲板よりもずっと「軍艦に乗っている」って感じがするし、気分も高まる。俺はどうやら、すっかりこの空間の虜になってしまったようだ。
 そうしてしばらく、特に何かするということもなく艦橋で過ごし、時間は刻々と過ぎる。10分、20分、30分と……。
 もう東京湾の中だから、そんなにスピードは出ていないけど、横浜へは確実に近づいている。
 ランドマークタワーはますます大きくなり、やがて、ベイブリッジの姿が目の前に――「あさゆき」の正面に開けた。横浜の出入り口――まるで門か玄関のように左右に大きく広がっている。
(とうとう帰って来ちゃったんだな……あと15分から20分ってところかな?)
 その時だった。

 ♪ぱぱぱぱーぱぱぱぱーぱーぱらっぱぱっぱぱーっ

 出港の時に聞いたのと同じメロディーのラッパと、
『入港よーいっ!』
 よく通る声での宣言。
(え? もうなのか?)
 いくらベイブリッジの所まで来たっていっても、新港の埠頭まではまだ結構あるのに。
 しかし、こうやって号令が出たからにはそうなのだろう。ただ、民間人が艦橋から追い出されることもなく、場の雰囲気は号令のかかる前と別に変化はない。
 となると、これからどうするか。この場に留まって、入港の瞬間を見届けるか、それとも……。
(名雪のとこに戻るか)
 あいつをヘリ甲板に置きっ放しにするのはやはり良くない。接岸するまでひとり取り残され、心細い思いをするかもしれない。
 そう考えると、急いで戻らなければならないという使命感が湧き上がり、脚が自然に動いた。
 艦橋を出て、狭い階段を降り、ハッチをくぐって甲板に出る。ここに入った時よりも陽光は赤みを増し、太陽は海に近づいていた。
 少々急ぎ足で艦の後ろへ向かうが、ほどなくしてその歩みを止めざるを得なくなった。
「ぐわ……封鎖されてる」
 ヘリ甲板へと続く通路の一角が、ロープで通せんぼされていたのだ。その先には、太いロープを手繰り寄せている乗組員の姿。
(だからもう「入港用意」だったんだな)
 早いんじゃないかと思ったけど、それはこうして、岸壁につける前から入念に準備をしているからだった訳で、なるほどと思う。
 って、感心してる場合じゃなかったんだ。どうにかして向こうへ行けないかな?
 とりあえず、近くにいる乗組員との交渉を試みる。
「済みません、もう通れませんか?」
「はい。これから入港の準備がありますので」
「連れと荷物が向こうにいるんですけど……」
「あ、そうですか。どちらですか?」
「ヘリ甲板です」
「わかりました。ではどうぞ」
 と、あっさり通してくれた。ちょっと年配の、話のわかる乗組員のおかげで、俺は名雪との再会を果たせたのだった。


「ゆういち遅いよ〜」
「悪い悪い。艦橋で見入ってた」
「探しに行こうと思ったけど、急に前へ行けなくなっちゃったんだもん。う〜、心配したよ〜」
 やっぱり心配させちゃったか。悪いな、名雪。俺ってなんか、昔からお前を待たせてばっかだよな……。
「ごめんな、名雪」
「ううん、いいよ。ちゃんと戻ってきてくれたから。もう船から降りるんだよね?」
 俺を許してくれた名雪は、さりげなく話題を変える。そしてそれには重要な問題が含まれていた。
 船から降りる。つまり……この「あさゆき」から下艦し、それと同時に、俺たちにとっての観艦式が終わる、ということだ。
「降りるのは、艦が陸についてからだ。それまではここにいて良いんだよ」
 この返答はもちろん名雪に向けたものだが、自分に対するものでもあった。入港作業が終了し、足が「あさゆき」から離れるその瞬間までを心に刻もう、との意味を含めて……。
 入港を助けるタグボートが近づいてきて、「あさゆき」の右舷についた。もう艦はあまりスピードが出ていない。朝に見た横浜港の倉庫、コンテナ埠頭、クレーンなどが夕焼けの光でオレンジ色に染まっている。その中に――瑞穂埠頭には、観艦式に参加したはつゆき型がいた。
「もう帰ってたのか」
 あっちは全ての予定を消化し終えた組。そしてこっちももうすぐ……。
 木更津の艦たちはいつの間にかいなくなっていたけど、彼らも遅かれ早かれ港に着くだろう。
 やがて、ゴールの場所が見えてきた。朝に出港した横浜新港埠頭。およそ8時間ぶりに戻って来たのだ。
 艦はますます速度を落とし、埠頭を目前に完全に停止した。すると付き従って来たタグボートが接触し、艦をぐいぐいと押して向きを変える。彼らは「あさゆき」の艦首を横浜市内の方へ振ろうと、この艦よりもずっと小さい船体を震わせ、懸命にエンジンを唸らせる。
 そのタグボートと、または陸地と太いロープのやり取りをする乗組員たちも、最後の追い込みとばかりに忙しそうにてきぱきと動いている。
 さらに陸でも、艦から投げられたロープを杭に巻きつけ、入港作業を粛々と進める。船体と岸壁の間には、大きいゴムの緩衝材が既に用意されている。
 陸の反対側、つまり「あさゆき」の右舷側では、「やまぎり」が同じように入港作業の真っ只中だ。朝は陸側にいた「やまぎり」だけど、今度は位置関係が逆になっている。
 そして、ちょっとした振動と共に、「あさゆき」が動きを止めた。これで接岸。「あさゆき」から降りる時がやって来たのだ。
「もう降りなきゃならないんだね。寂しいよ」
 入港作業の様子を眺めながら、名雪が言った。大いに同意できる言葉だった。
 時計は午後4時30分を指している。出港からおよそ7時間半――乗艦してからは8時間半ほど経っていることにもなる。その間ずっとお世話になって、愛着すら沸いてきたこの「あさゆき」と、とうとう別れなければならないのだから。
 右舷の方では「やまぎり」がうんと接近して「あさゆき」と接触する。両艦の間の緩衝材が圧迫されると、「やまぎり」とこちらの間に橋をかけて、さらに「あさゆき」と埠頭がタラップで結ばれる。
 流れるようにスムーズな作業。それを行う海自の彼らは明らかに手練れている。日頃の訓練や経験が、民間人をたくさん乗せた今回の航海でも生かされているのか。そんな人たちの操る艦に乗れたことが、本当に幸運に思えて、また光栄に感じた。
 そうしてついに、俺たち民間人が降りる準備が全て整った。
 こういう時の定番曲「蛍の光」がかかると同時に、艦内放送が下艦を促す。まずは陸に近い「あさゆき」からだった。
「行こう、名雪」
「うん」
 未練を断ち切るかのように、お互いただ一言。それを合図に、俺と名雪は艦を降りるべく、タラップの渡された場所に歩を進める。人の流れがあるので、そうもたもたとはしてられないが、少しでも長く留まっていたいとの思いが、歩みを遅いものとしていた。
 タラップに向かう間「お疲れ様でした」と、乗組員から幾度も声をかけられたが、そのつど俺たちも「ありがとうございました」と返す。
 そして、いよいよタラップを渡る直前、見送ってくれる最後の乗組員と挨拶を交わす時のことだった。
「ありがとうございました」
 俺の型通りのお礼に続いて、
「あの……今日のこと、一生忘れません!」
 名雪が、頬を幾分か紅潮させて、はっきりとそう言ったのだ。やっぱり、今日の出来事は、こいつにとっても大きな、本当に大きな感動だったんだな……。
 すると、相手も爽やかさを感じさせるような笑顔で言った。
「また3年後、機会がありましたらよろしくお願いします」
 3年後……次回の観艦式だ。この行事は3年に1回のペースで行われているから。
(そうだな……また来たいな)
 そう思った時、俺の口からは自然に言葉が出ていた。そしてそれは、くしくも名雪と寸分違わぬタイミングだった。
「「はいっ!」」


 タラップを降りても、埠頭で入港を支援していた海上自衛官から次々と挨拶をされる。もちろん俺たちもその度に返礼し、最後に記念品を頂いた。
 今回の観艦式のロゴマークが入ったクリアファイルと、同じくロゴマークがあしらわれたピンバッジ。
 ファイルは昨日と今日に貰った観艦式パンフとかを入れるのにちょうど良い。他にも色々使えそうだ(記念品だから、使うのは勿体ないかな?)。
 で、ピンバッチの方は、早速胸元につけてみた。小さいものだからあまり目立たないけど、あの素晴らしかった観艦式に参加できたという証明をしているような感じがして、少し誇らしくなった。
 名雪もそれをつけ「お揃いだね」と可愛く笑った。
 そうして俺たちは岐路につく。ホテルで預かってもらった荷物を受け取り、後は電車を乗り継いで、水瀬家へと帰るだけだ。
 行きの時は夜行を使ったが、今度は新幹線を使って大幅な時間短縮を図っている。明日からはまた大学の講義が――いつもと変わらぬ日々が戻ってくるから、なるべくなら日付が27日にならないうちに家に着きたいからな。
(名雪と過ごす日常は楽しいけど、今日みたいなことはもうないのかもしれないな)
 そう、今日が特別過ぎたのだ。軍艦に乗って、軍艦のパレードを見る。非日常もここに極まれり、だな。
「でも、それももう終わり、か」
「え?」
「いや、独り言だ。じゃあ行こうか」
「あ、ちょっと待って」
「どうした、忘れ物か?」
「ううん」
 頭を横に軽く振った名雪が、くるりと振り返る。
 そこには、夕日を浴びる「あさゆき」と「やまぎり」の姿。大切な務めを終えて、民間人を降ろしつつ、これからつかの間の休息を取ろうとしている。
 名雪はそんな2隻と向き合い、
「ありがとうございましたっ」
 ぺこり、腰を曲げて頭を下げる。
「ほら、祐一もお船にお礼言わなきゃダメだよ」
「あ、ああ。そうだな……ありがとうございました」

(こちらこそ、ありがとう……)

「は?」
「えっ?」
 思わず間抜けな声を出して、思わず周囲をきょろきょろと見回す俺たち。
 でも、今しがた耳に入った優しげな声の主らしき人は見当たらない。
「名雪、何か言ったか?」
「ううん。祐一こそ、今『ありがとう』って」
「いや、俺じゃないぞ」
「あ……」
 その時、名雪が目を大きく開き、口元を手で隠すようにして、驚きと安堵が一体となったような声で言った。
「もしかして……ううん、きっとそうだよ。今の、あの船の魂さんだよっ」
「……あの、大湊の『名雪』さんみたいな、か?」
「うんっ。きっと『あさゆき』さんにも……ううん、全部の船に魂は宿ってるんだと思う。だから……」
「そうか……ああ、そうだ」
 今ならばそう確信できる。去年、俺たちは実際に、清らかで強く、美しく、そして優しい艦の魂に出逢ったんだ。
 そして「あさゆき」や海上自衛隊の艦艇たちは、彼女が大きな信頼を寄せている後輩たち。同じように、鋼鉄の身体の中に温かい心があっても不思議じゃないし、現に今、誰が何と言おうと、俺と名雪は確かに聞いたのだ。DD132「あさゆき」の声を。
 しばらく、ただ佇んで「あさゆき」を見つめる。それが俺たちにとっての、「あさゆき」との別れの挨拶となった。
 ただ、それもずっとという訳にはもちろんいかない。今日中に帰宅しなければならないのだから。
「……さて、行くか」
「あっ……そういえば、わたしたちお昼ご飯まだ食べてないよ」
「言われてみれば……って、いきなり腹減ってきたぞ」
 朝からおにぎりとアイスしか食べていないのだ。しかも、艦から降りて、全てが終わった時にそれを思い出し、そしたら途端に空腹感に襲われる。
「いろんなことがあったから、すっかり忘れてたよ」
「どっかで食べてくか?」
「時間は大丈夫?」
「えーと……まぁ、軽く食べるくらいならな」
「良かった。じゃあねぇ……えへへっ」
 ほらきた。名雪のこの顔は、大好物のイチゴサンデーを食べたいという意思表示のそれだ。まったく、こいつも好きだな。
「わたし、イチゴサンデーねっ!」
「やっぱりそれか……よく飽きないな」
「当たり前だよ。だってイチゴサンデーなんだもん」
 で、そんな場合の俺はというと、イチゴサンデーを食べてる時のこいつの幸せそうな笑顔を見たいから、結局は奢ってやってしまうことが多かったりする。俺って情けないな。
 でも、今日は……。
「今日は俺が出してやるよ、名雪。いつものだろ?」
「えっ? ホントっ?」
「ああ。さっきはお前を置き去りにしちまったからな」
「ありがとうっ! 祐一大好きっ!」
「わ、こら、こんなところで引っつくな。恥ずかしいだろっ」
「わーいっ、えへへ〜」
 こうして、いつもしているような他愛のないやり取りが始まった。これで俺たちにも日常が戻ってきた、って感じがする。
 笑い合いながら、横浜新港の敷地を出る。その際、もう1度だけ振り返った。
「それじゃ、さようなら。また逢う日まで」
 そう呟いた俺と、穏やかに微笑む名雪を、「あさゆき」と「やまぎり」が見送ってくれている。
 夕日の赤に染められた軍艦の姿は、なんだか優しい感じがして、あの艦の魂が俺たちの心を暖めてくれているような気がした。


「♪〜〜♪〜」
 学校とバイトが終わり、水瀬家へと帰宅する最中、俺はご機嫌だった。
 いや、横浜から帰って早くも3日経つが、ここ最近、俺はいつもこんな調子だ。
 それほどまでにあの、先の10月26日に挙行された観艦式は素晴らしいものだったし、3日後の土曜日からは大湊への旅行――駆逐艦「名雪」さんと再会するための旅が控えている。名雪はそれをとても楽しみにしているし、俺も観艦式当日の朝、寝坊しそうだったところを起こしたもらったお礼ができる。だからこんなにも気分が良い訳で。
 そんな調子をさらに高めているのが、鞄の中にある携帯CDプレイヤーからイヤホンを通して耳に入る音楽だ。
 25日に横須賀総監部の売店で買った2枚のCD。今はその内の1枚「海上自衛隊」の方を再生しているが、これを聴いてみると、色々と面白いことがわかった。
 まず、海自のHPでも紹介されている隊歌「海をゆく」が、昔の歌詞で収録されていた。現在のは「明け空告げる……」で始まるけど、トラック21にあるこっちは「男と生まれ……」となっている。今さらながらなるほどと思った。現状に合わなくなったから歌詞を変えたって海自HPにはあったけど、観艦式の時には女性の隊員も多く見かけたから、その人たちが「男と生まれ」は確かに厳しいよな。
 それと、トラック20にある歌詞なしの「海をゆく」は、横須賀で買ったもう1枚のCD「歴史的日本海軍行進曲集」の最後にある「海上自衛隊行進曲」と全く同じだった。ここ最近で一番のお気に入りになった曲だからだろうか、これを聴いていると、観艦式の光景が頭に浮かぶ。蒼い海を突き進む護衛艦たちの雄々しい姿が。
 ちなみに、同CD内にある「太平洋行進曲」は、去年「名雪」さんが歌ったのと同じみたいだった。ただし、行進曲調にかなりアレンジされてるようだけど。
 ともかく、それらを聴いているうちに、水瀬家の玄関に着いていた。
「♪〜♪〜ただいま帰りましたー」
「お帰りなさい、祐一さん」
 ドアを開けてすぐ、いつものように秋子さんが出迎えてくれた。しかし、
「あれ? 名雪は帰ってませんか?」
 大学は俺と一緒に出たから、もう帰って来てると思うんだけど……。
 そして、名雪が家にいる時は、秋子さんと一緒か、もしくはそれよりも早く、いの1番に俺の元にやって来るはずだから、少々面食らってしまった。
「ええ、お部屋にいますよ。何か用事があるみたいでしたけど」
「……?」
 なんだろう? 俺と別れた時は、特にそんな様子はなかったけれど……何やってんだ?


「名雪ー、いるかー?」
 ドアをノックすると、奥から「はーいっ。ちょっと待ってー」と返ってきた。秋子さんの言った通り、部屋で何かに没頭していたようだ。
「祐一、お帰り」
「どうしたんだ? 部屋に閉じこもって」
 名雪の部屋に入ると、いつもながら綺麗にまとまっているなと感じた。年頃の女の子らしい空間の作り方だ。
 しかし、そんな雰囲気から大きく逸脱しているものがある。ある意味、この部屋の空気には似つかわしくないとも言える。100分の1の駆逐艦「名雪」の精密模型だ。去年、秋子さんから頂いたお金を元手にして入手、名雪にプレゼントしたものだ。
 名雪もこれをとても気に入ってくれ、こうして大切に飾られている。
 と、それは良いとして、今は名雪が何をしてるのかが本題だった。
「お手紙を書いてるんだよ」
「手紙?」
 視線を部屋の奥へ向ける。すると確かに、名雪の机の上には、便箋のようなものが置かれていて、その横にはペンが転がっていた。
「うん。この前お世話になった『あさゆき』さんに、お礼の手紙を書こうと思って」
「……律儀な奴だな、お前は」
 まぁ実際、名雪はそういう奴だ。昔、俺が水瀬家にしばらく行かなかった頃も、こいつは毎年、俺に手紙をくれていた……。
(これ以上はよそう。欝になる……)
 名雪に申し訳ない、との思いが際限なくふつふつと湧き上がってきそうだったので、考えを無理に中断する。それに、この埋め合わせは一生かけてしていくと決めたのだ。ずっと一緒にいる、との約束をもって……。
「でも、住所とかわからないんだよね……どうしたら良いのかな?」
 名雪の次の一言が、俺の意識を元に戻した。困り顔の名雪への答えはすぐに出る。
「後で調べといてやるよ。今はネットとかでいくらでも調べられるからな」
「えっ、ホント? ありがとう、助かるよ〜」
(そうか、手紙か……)
 確かに、とても世話になったしな。おかげで、本当に素晴らしい体験ができたんだし。今でも鮮烈に思い出すことができる。
 単縦陣を敷いてやって来る受閲部隊。それとすれ違う観閲部隊。そして迫力に満ちた展示訓練の模様。威風堂々と「この海を駆ける」自衛艦隊。
 あれほどのものを見せてくれたんだ。お礼くらいしなくちゃ、なんとなく申し訳ないな。
「それなら、俺のことも一筆書き添えてくれないか?」
「あ、じゃあさ……祐一も一緒に考えてよ。ね?」
 わたしだけじゃ上手い文が思いつかないから。と片目を瞑った。もちろん、名雪と同じような思いを持つようになった今の俺には、渡りに船の申し出だった。
「そうだな。一緒に書くか?」
「うんっ!」
 名雪が机から部屋の中央にあるテーブルへと、便箋とペンを引っ越す。テストの前とかに、一緒に勉強するのによく使っていたテーブルだ。その前に腰かけると、高校時代に戻ったような気がしてきた。
 でも、俺と名雪の絆は、その頃よりもずっとずっと強くなっている。そしてこれからも、名雪と共に歩んでゆきたい。今回の観艦式のような、心に残る思い出を共有しながら、幸福を掴みたい……。
 それが俺の、生涯の望みだ。で、これから手紙を一緒に考えるのも、その望みのひとつとなるに違いない。
「なんだ、まだ書いてなかったのか」
「どんな風に書けば良いのか考えてたんだよ。でも、祐一が一緒だったらすぐにできるね」
「そうか? まぁ、大湊に行く前には出せれば良いな」
「うん。ふぁいとっ、だよっ」
 こうして俺と名雪の夜は更けてゆく。あの相模湾での、海と艦との情景を思い出しながら……。


 前略

 冬も近づく中、皆様はいかがお過ごしでしょうか。
 わたしたちは、10月26日の観艦式で艦に乗せていただいた水瀬名雪と、相沢祐一と申します。あの時は乗組員の皆様にも、「あさゆき」さんにも大変お世話になりまして、どうもありがとうございました。
 …………


 おわり


 あとがき

 10月25日編、26日編とお読みくださった皆様、これまで本作にお付き合いくださりどうもありがとうございます。作者のU−2Kです。

 本作は以前、こちら「皇国水軍隆山鎮守府」とは直接関係ないネタであるにもかかわらず投稿させて頂きました「名雪と『名雪』」の実質的な続編となります。以前「名雪と『名雪』」のあとがきで申しました「今後に含むもの」とは本作のことです。
 そして、事実と妄想が入り混じってはいますが、基本的には私の実体験がベースとなっています。
 昨年の自衛隊観艦式では、私も参加したいと欲し、多数の葉書で応募してみたのですが、あえなく全滅。観艦式ウィークも2日後に控えて盛り上がる中、がっかりしていたところに、当選されていたこちらの管理人(当時)、七崎正一郎さんから観艦式本番にお誘いいただき、私の運命も急転しました。
 そして、10月25日は横須賀、26日は「あさゆき」艦上で行動を共にさせていただいたのですが、25日夜の横浜の電灯艦飾においてだったでしょうか、七崎さんが確か、こんな趣旨のことを仰ったかと記憶しています。
「駆逐艦『名雪』の話の続きで、祐一と名雪が観艦式に行くという話はどうですか?」

 このアイデアを伺った時点では、私は回答を保留しました。当時まだ「名雪と『名雪』」は執筆中で(話のあらすじは以前から七崎さんにお話してはいましたが)、まずはそちらを優先すべきと思ったからです。
 しかし翌日、海に浮かぶ(または潜る)艨艟たちと、空飛ぶ金属の鳥たちの供宴を目の当たりにした私は、この素晴らしい体験をする機会を与えてくださった七崎さんへのお礼も兼ねて、今回の観艦式を文章にしてみようと決意しました。
 執筆を開始したのが「名雪と『名雪』」完成の後でしたから、確か今年の2月下旬だったと思います。それから(私生活で色々と忙しくなったこともあり)半年以上もかかって本作はようやく完成にこぎつけることができました。

 先にも申しました通り、本作は私の体験をベースに、妄想を織り交ぜているものです。
 特に、「祐一×名雪で、このふたりが観艦式に行ったらどうなるだろう?」という点を最も重視して書いている上、軍事全般にあまり詳しくない祐一のひとり語りという形式なので、例えば海上自衛官との会話など、やはり事実とは異なるところが多いです。
 それ以外では、実際の「あさゆき」乗艦券には誤植で「自衛官」と書いてあったりしましたが(爆)、僭越にも作中では「自衛艦」に直させて頂きました。
 なお、蛇足になりますが、26日朝に「やまぎり」ヘリ甲板で大湊音楽隊が演奏した1曲目は「愛国行進曲」だったことを明記しておきます(笑)。

 今回の執筆に当たっても、観艦式を挙行された海上自衛隊の皆様をはじめとして、多くの方々にお世話になりました。特に以下の方々には、多大なご支援を頂いております。
「駆逐艦『名雪』の生涯」の作者であり、「名雪と『名雪』」に引き続き、私の3次創作を快く認めてくださったSTONEさん。
 本作が隆山世界とは関連がないにもかかわらず、投稿を受け入れてくださった管理人のさたびーさん。
 浅学な私に、海自及び自衛艦の知識を数多くご教授くださった片岡城一さん。
 そして何よりも、私を観艦式に招待してくださり、あまりにも素晴らしい時間を共有してくださった七崎さん。貴方の撮影した写真と動画、録音した音声なくして、本作の完成はあり得ませんでした。
 この場をお借りして、深くお礼申し上げます。どうもありがとうございました。

2005年10月26日 平成15年度自衛隊観艦式より1年目の日に

U−2K



 参考文献

 DVDビデオ 平成15年度自衛隊観艦式(ワック)
 世界の艦船2004年1月号(海人社)
 世界の艦船2002年5月号増刊 海上自衛隊の50年(海人社)
 世界の艦船2004年8月号増刊 海上自衛隊全艦艇史(海人社)
 海上自衛隊ハンドブック(海人社)
 艦載兵器ハンドブック(海人社)
 Jシップス2004vol.14(イカロス出版)
 Jシップス2004vol.16(イカロス出版)
 月間ベストカー 護衛艦デラックス(三推社/講談社)
 防衛ホーム2003年10月26日号外
 海上自衛新聞 観艦式特別号
 
 その他、多くのホームページを参考にさせていただきました。

 著者・編者・管理者の方々に厚くお礼申し上げます。



作者(U−2K氏)メールアドレス:y-kanai2@xd5.so-net.ne.jp
管理者メールアドレス:ホームページ管理者
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